震度7。マグニチュード7.2。死者5千3百名以上。負傷者3万4千4百人以上。倒壊家屋16万棟弱の大災害をもたらした、1995年1月17日午前5時46分に起きた阪神淡路大震災。
我が家は、淡路島と本州間の一番近いと思われる地域に位置します。(明石市船上町)目の前にきれいな淡路島がみえます。淡路島の家々が肉眼でみえます。
震源地とは数キロの範囲に位置しますが、活断層から逸れていたが為に我が家は、何とか持ちこたえられはしましたが、屋根瓦はずり落ち、壁ははがれ、水道菅は破裂、屋内は家具は倒れ、壊れた食器はちらばり足のふみ間のない程の状態でした。
自分自身、もう10センチ枕の位置がずれていればタンスの角が顔面にまともにあたっていたことでしょう。考えただけでゾーとします。
”みんな怪我はないか?”誰も怪我はないと言う。。。が2階から降りてきた後には血の後がついている(這うようにして2階から降りました) ”本当にどうもないか”。。。。自分の怪我の血の後だと分かったのだが其の時は、どこも痛みは感じなかった。
(また数カ月後、歯医者の治療でなにかがぶつかって根元が折れたであると言われた1本の「歯」は未だに其の時の状況を思い起こさせるごとくに時々痛むがこれも生きている証拠とたえている(笑い))
おそるおそる事務所に入ってみると、絵の具は棚から落ち、本棚は倒れ、コピー機は部屋の済まで移動、床はぼこぼこ。。。
正月が終わればゆっくりMacを勉強しようと約一ヶ月前に購入した新品のMacが見るも無惨にケーブル1本でぶら下がっている。
無論、他の機器(プリンター/スキャナー/MOその他)もばらばら。。。。
折角購入したMacであったが運がなかったものとあきらめようとケーブルだけはずして部屋の片隅に直しました。
このような大震災の後では実際に仕事が出来るはずもなく、また日々の生活に追われ仕事を考える余裕などない状態でした、またデザインの仕事などありませんでした。
ただ毎日のようにガラクタの整理から自分で治せるものはこつこつ修理するより方法がなく、夜は疲れた体を横たえるだけの毎日が続きました。
10日ほど経った頃でしょうか、どうせ動くまいとは思うけれども一度、
Macのスイッチっを入れてみるか!!!!!!!!!!
。。。。
なな。んと。、なんと。。ボーンと言う軽快な音。続いてニコニコマーク(Mac使う人分かるね!)
何ごともなかったように立ち上がりました。思わず やった〜。。。。。。。
それからですパソコンは何が何でもMac/Macintosh/まっく/Mac/Mac
<今でも其の時のMac大事に保管してます。もちろん今でも動きます>
。。。。。。。。。
でも前にも書きましたようにインターネット検定またその他の資格を取得するためにはWindowsに慣れる必要がありますね。
IPテクノサービス(出張サービス)の資格も取りましたが、Web上に流れている仕事はWindowsの依頼ばかりです。
試験は試験管の計らいでMacで受験する事は出来ましたが、実務はMacの仕事はほとんど来ない状態です。
Macを使っている人は少ないのでしょうね!。。。。。。。。。。。でも、今回も購入した機種はMacでした。
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