私は、昭和19年(1944)の申年生まれ。
職業は「テキスタイルデザイナー」です。
30才の時に現在のスタジオ.アーガス設立、何人かのスタッフと共に婦人服/インテリア/傘柄/紳士服/ネクタイ/輸出柄などの図案を描いておりました。もちろん現在も創作活動しております。
昭和50年代の後半にシャープX68000というパソコン機のゲームを見て、その色の表現また表示などを見た時にこれならデザインに応用出来ると思いました。
当時はプリンターの技術がおくれていたようにおもいますが。。。
ベタ場の表現に粒子の荒さが目立ち実務で使えるような機種が手頃な値段ではありませんでした。
プリンターだけで数百万もしておりました。そんな時に見つけたプリンターがNEC-PC-PR801 確か定価¥490000円だったと思います。(?)
これならX68000と組み合わせればなんとか使えるだろうと思いパソコン=シャープX68000 プリンター=PCPR801 スキャナー=エプソン製 ソフトなど総額125万円少々で購入しました。
この時は、パソコンは全く使ったことも(初期化の意味すら知りませんでした)なかったのですが、
125万もの出費ですから途中で諦めたとは言えず、ただただ訳も分からずマニアル本ばかり読んでおりました。正直、読んでも意味すら理解出来ず字を数えているというような読み方でしたが。。。。
パソコン=シャープX68000は1M(標準)で国内で始めてハードデスク内臓というふれこみでした。(20M)。フロッピーは5インチのフロッピーでした。
当時は非常に人気があり雑誌もX68000という雑誌まで発行されておりましたし、また、68(ろくはち)クラブなるものもありました。
その後、現在で7台目のパソコンになりますが、パソコンが一番仕事してくれたのは最初のこのX68000です。どちらかというとデザイン(図案)をパソコンで描くのは邪道だと思われていたような時代ですから、ストライプから水玉のような柄まで仕事がありました。
( 現在は、低価額でハードもソフトもよくなりまた企業でもほとんどが高性能なパソコンを導入されていますから簡単なデザインは自社で製作されることが多く我々ところまでは降りてこないのが実情です。)
水玉柄でも仁丹玉ぐらいの大きさをコンパスを使って描くのですが、均一に一面に並べるということは大変時間のかかる仕事でした、が、同じものの繰り返しなどはパソコンの得意とするところですので短時間での製作が可能でした。
ストライプにしても幾何柄にしても同じようなことが言えました。また商品にもよりますが、そのような柄行きがトレンドとしてもてはやされている時代でもありました。
その数年の後にMacと出逢い、その後は何がなんでもパソコンはMac。。。とMacマニアに。。。。
インターネットは1997前半からのスタートでした。また当初からホームページ等にも興味があり独学ですが自分のホームページは自分で製作しておりました。またその後数社のホームページの製作にも関わりました
そんな時、マスコミまたインターネットでインターネット検定=ドットコムマスターの試験をしりました。
パソコンにはチョット(ほんのチョットだけ)だけ自信がありましたので簡単に考えて受験しました。が。。まず最初にびっくりしたのが(会場は大阪の某大学でした)受験生の多さと受験生の若さでした。
まるで自分の子供達程度の年令の若者ばかりのように感じました。
着席後、周囲を見渡すと前後左右若者ばかり。。。。。。。。。
なんだか場違いな所にきたように感じ恥ずかしさでそわそわしながらの受験でした。
またマークシートの受験というのも始めて、内容はというと始めて聞くような専門用語また長文の問題に時間の配分が悪く
1回目の受験はあえなく。。。。失敗。。と。。いうより惨敗
2回目:”一回目はいうならば様子見”程度にしか考えていませんでしたので正直あまり受験勉強はしてませんでした、また不合格のショックもそれほどもものでもありませんでした。
中途半端な受験勉強では合格できないと思い仕事の時間を割いてまで勉強しました。 が2回目も時間の配分/また、まだまだ勉強不足を感じました で 点数はわかりませんが惜しくも(?)失敗
(いいところまでいっていたように思うのですが。。。。ショックもそこそこ)
また、NTTコミニケーションズさんは機種による不利がないような問題を出しますと言っていますが。普段からWindowsを使い慣れている方が断然有利なように感じます。
私はこの時までMacしか触ったことなかったのです。
3回目:独学では無理だと感じ、日々の仕事をこなしながらの勉強になりますのでインターネット上でドットコム受講を申し込み猛勉強(?)今度は大丈夫と自信満々////
ところが受験4日前から(事故)歩くことは無論起き上がることも出来なくトイレすら行けない状態でした。
試験当日は、杖をたよりに何とかゆっくりですが歩くことが出来ました。これで受験はできると。。。。/
当日の受験は乗り物は乗れず試験場まで子供に車でおくってもらい杖をたよりに何とか着席でき受験はしましたが、集中力を欠いては試験になりません ということで3回目も残念ながら。。失敗
家族からも”お父さんもう諦めたら”といわれておりました。
仕事にも少なからず影響が出ておりましたので。。。。
悔いを残さないために最後にもう一度受験しようと心にきめて4回目の試験勉強スタート///
4回目:前回の経験から体調にも1週間前から気をつけました。また、試験場では特に周囲の人たちを見ないようにしました。(ほとんどが若者ばかりでしたので。。。気後れしますから。。統計的にも受験者の年令は私の年では数%程度だったと思います。(どこかに統計が出てました。。。)
試験日、当日は問題集などはいっさい見ませんでした。もし問題集を見て分からない問題に出くわせば不安が残るばかりですし、また悔いのないだけの試験勉強はしたつもりでしたのでただただ試験が始まるのを静かに待つばかりでした。
試験は5ジャンルに分かれ、5ジャンル平均して合格点に達しないと合格出来ないらしいです。
(たとえ4ジャンルで100点でも1ジャンルで点数が低ければ不合格)
また試験勉強では長文の問題に対応するために「速読法」なども同時にチャレンジしました。
。。。
合格発表は、インターネットで見ることが出来ました。
。。。
最後のチャレンジでしたし(家族との約束)この試験の合否によっては、大袈裟に言えばこれからの人生が変るかも知れないと思っておりました。
まずドットコムに合格してつぎに某試験を受けて。。。。などと大まかな計画をたてておりましたので。
ドキドキしながらID/パスワードを打ち込みそれ以上にドキドキしならがリターンキーを押しました。
画面一杯に出ました『合格おめでとう』の文字
長かった!試験は年二回ですから受験勉強を初めてから約3年弱!
約半年後次なる目標にチャレンジ→→Go
続く。。。。
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