葦書房

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葦レポート9号 

05/3/29









大崎周水写真集
































夢野久作著作集










































ひできくんばんざい












































4/4 追記↓

葬儀社ばかりがなぜ増える?

















前回の「病院をめぐる怪」につづいてのショッキングレポートです。自宅のある南区周辺に葬儀社が急増!最近目につきはじめた怪現象です。葬儀社も営利企業なので自由競争で新規参入業者が出てきても不思議はないとはいえ、扱う「商品」の特殊性からするならば、他の一般業種と同列に見ることには抵抗を感じざるをえません。普通の民家を改造したような小さな葬儀社も含めると、以前の10倍近い増え方ではないかと思われます。特にそのつもりで調べたわけではなく、自宅と会社との間をいくつかのルートを通って車で走行中に、偶々目にしたものばかりです。そのつもりで調べるともっと見つかるかもしれませんが、尋常な増え方ではありません。他の地区まで走り回る暇はありませんが、南区ほどではないにしても、おそらく増加しているはずです。      

ひできくんばんざい



なぜ南区に増加が顕著なのかは、他地区に比べて特別人口が多いというわけではないので不可解というほかありませんが、この葬儀社をめぐる怪にも堤清二氏が関与しているのではないかと推測しています。今から10年ほど前に清二氏は、一時同氏の事業のライフワークとまでいわれていた西洋環境開発を使って、当時未開発地の多かった南区老司周辺に進出してきました。同社を使って他県でも開発事業を進め、結果は莫大な借金を作って事業は失敗。事後処理は西武百貨店社長・現そごう社長の和田氏が引き継ぎ、銀行に4000万円近い債権放棄をしてもらって、不良債権処理を進めたとされています。清二氏自身も株を含む100億円の資産を提供したそうですが、全株は手放していないはず。公開された名義だけでは判断できないのは、今回のコクド提訴事件でも明らかです。急増している葬儀社についても同様です。

清二氏と葬祭業との関わりを推測する傍証の一つに、当社刊の八尋一郎著『葬儀屋さん』(1992年5月刊)があります。元フク二チ新聞記者であった八尋氏がフク二チ新聞倒産後に務めた葬儀社での体験をもとに、知られざる葬祭業界の内幕について書かれたものですが、葬儀社に対する一般的なイメージを裏切るようなユーモアに満ちた内容で、業界に対する積極的な提案もなされています。しかし著者の八尋氏は本書が出版された頃は葬儀社を退職され、さる高校の先生をはじめられたそうですが、おそらくもうこの世にはおられないのではないかと推測しています(お元気でご存命だとのこと。先ほど弦書房の三原浩良氏より電話がありました。まことに失礼しました。しかしよかったです。3/30 AM11:50)。著者略歴には生年月日は記されていませんが、昭和32年九大文学部卒とありますので、ご存命ならば、まだまだ若い66

葬儀屋さん

、7歳ぐらいかと思われます。これだけの文章を書かれる方が、本書を出されたあと、マスコミに一切登場しないというのも解せません。故人となられたのではないかと推測するゆえんです。

たとえ辞められたとはいえ、地元や業界で名前の知れた人物がいる限り、外部からの介入もやりにくい。当初はその有名人の名前などを利用しつつ狙いを定めた業界に接近しますが、ルート開拓ができると有名人はかえって邪魔者でしかありません。邪魔者は消せ。ここ10年ほどの間に広まった、文化犯罪者の基本セオリーの一つです。八尋氏もその犠牲になられたのではないかと思われてなりません(ご存命でした)。また自宅の近くにある葬儀社の社長宅があるのですが、社名が変わっているので、大丈夫かしらと気になっています。子供が大きくなってからはご近所とはいえ直接顔を合わせる機会もなく、わたしの置かれている目下の状況からも、無闇と声をかけることもはばかられ、外から推測するばかりですが、10年前と比べずとも、ここ2,3年の間でも、葬祭業界が激変したことは間違いないはずです。

死者が出ないと成り立たない業界で、新規参入業者が激増しているということは何を意味するのか。銀行なり公的金融機関なりが融資しなければ、ここまでの葬儀社の新規開設はありえません。融資がなされるのは利益が出るとの予測が立っているからなのかとも思われますが、人口が減る一方の現在、さほど展望のある業界とも思えません。高齢者人口が増えているとはいえ、何時の時代も老人はいたわけで、今現在特に過去のどの時代よりも老人が突出して多いわけではないはずです。にもかかわらず葬儀社だけが激増している。不気味というほかはありません。この業界でも自由競争が行われ、価格、サービスなどの競争が激化し、やがて競争に負けた会社は退場し、適正な数の葬儀社が生き残るということになるのかもしれませんが、それだけでは終わらないはずです。

どんな業界でも、あらゆる方法を駆使して需要を喚起し、販路の拡大に努めます


折紙図鑑

。葬祭業界だけが例外であるはずはありません。ましてやこれだけ(南区だけの実見に基づくものですが)新規開設ラッシュがつづけば、従来の水準の「顧客」を奪い合うだけでは収まらないのは明らかです。なんらかの方法で需要を喚起し、あらたに「顧客」を開拓せずんば、建設資金の返済すらおぼつかないのは火を見るより明らかです。ここでいう「顧客」とは、いうまでもなく死人です。人口が激増しつづけた時期ですら、葬儀社が激増するなどいうことはありえなかったはずですが、ここ10年ほどの間、「顧客」となるべき人口が減少しているにもかかわらず、受け皿となる業種企業が激増するという怪奇現象が起こったのは、大学の新設と葬儀社の新設と文学・文化関連賞の新設でしょう。いずれにも清二氏が関与していますが、いずれも各業界の発展には寄与していません。葬儀社も同様です。

ことに葬儀社は死人の数が売り上げを支える業界です。ここで思い出されるのが、昨今連鎖して起こる集団自殺や集団感染による死者の存在です。いずれも不可解な事件ばかりです。自殺のコーディネータまでいるそうですが、因果はつながらなくとも、結果として、葬儀社は売り上げ増の機会を手にすることになります。老人施設でもあいついで集団大量感染が起こっています。自然に起こったのであれば、日本の保健行政のあり方そのものを疑わずにはおれないほどの杜撰さです。感染者全員が死んだわけではありませんが、かなり大量の死者が出ています。しかも死者の発生は、各地に散らばっています。

ここまで書くとわたしの正気が疑われるかもしれませんが、当初文学分野でだけの問題だと考えていた、すべてを「商品化」して売り出すという清二氏の手法は、ありとあらゆる分野でも貫徹されています。清二氏の狙いは人の命や才能を直接「商品化」し、自らの采配で世に出し、自らの力ですべてをコントロールすることにあります。自力で創造しうる人間は他人のコントロール下には入りませんが、そういう人間は徹底して排除され、ついにはこの世から消されてしまいます。しかもコ

旅の鳥たち

ントロールできないような人間は「才能」だけは巻き上げられて、当人は抹殺。盗んだ「才能」を別人に与え、永遠のコントロールを維持しつづけます。文化分野はもとより、医療、科学、スポーツ、あらゆるジャンルにわたっています。次々と才能ある人物が消えてゆくのも、偶然ではなく人為的な作為によるものです。

前号8号で、そうした犠牲者の一人として取り上げた田中幸人氏の著書がなんと

娘遍路

弦書房から刊行予定。先日数ヶ月ぶりに、同社のホームページをのぞいて知ってビックリ。知らぬこととはいえ、弦書房の宣伝をしたような按配で複雑な心境ですが、談合批評の横行する昨今、嫌な相手にかかわるものとはいえ、冷静公正な批評は必要だと思い、すでに書いたものはそのままにしておきます。

また、石風社が、まどかぴあ図書館賞なるものの版元になっているのも先日はじめて知りました。紀伊国屋書店福岡天神店の当社の棚の横に石風社の棚があり(他の地元出版社にも各自棚は提供されています)、いつもは間近に寄ってまで見ることはないのですが、先日は偶々目立たぬとこ

オウム真理教とムラの論理路

ろに立てられていた同書の「まどかぴあ」という文字が目に入り、はじめて知った次第です。池田満寿夫氏の版画を表紙に使ったものですが、同氏の死後に出されたものばかりです。池田氏の死後は夫人の佐藤陽子氏が館長を務めておられますが、ここでも複雑な心境に襲われました。

池田満寿夫氏が同館の館長に就任するきかっけは、以前わたしが勤めていた純真女子短大の理事長夫人(同短大の教授)の斡旋によるものだったからです。まどかぴあの女性学講座の講師を務めていた夫人が、同郷の縁で池田氏とまどかぴあの橋渡し役を務められましたが、もちろんそのシナリオは清二氏によるものでしょう。

短大は南区役所のある同区の中心部にあり、同じく近くにあった九州芸術工科大(九大に吸収合併)ともども清二氏と文化犯罪者集団の南区進入の拠点になったはず。

葬儀屋さん

当時短大でのわたしの授業も盗聴されていました。短大を含む福田学園運営にも清二氏は介入していたはずです。同学園をめぐる不可解な動きについては拙著『柄谷行人』や『文化ファシズム』にも書いております。

なお、レポート6号7号のファイルが消えていたことに今日気づき、リンクを貼りなおしました。また、各ファイル毎に名前だけではなく、住所も記載しました。最近ある事件に遭遇したのをきっかけに、トップページに住所を記載していても、各ファイルは鎖でつながれているわけでもないので、各ファイルにも所在地を記載しておくべきだと痛感したからです。全部のファイルにすべて記載するのはすぐには難しいので、新しいファイルや目に付いたものから住所を追加しています。少なくとも、『日本の出版社 2004年』が正しい表示に書き換えられるまでは、まったく気の抜けない日々を余儀なくされています。

■追記4/4
 
「葬儀屋さん」の著者八尋一郎氏は(お元気でご存命だとのこと。先ほど弦書房の三原浩良氏より電話がありました。まことに失礼しました。しかしよかったです。3/30 AM11:50)との注を書き加えましたが、本書の舞台となった八尋氏が勤めておられた西日本典礼という葬儀社は、目下拡大路線を展開中の葬儀社の一つです。現在の同社は、本書に書かれていた頃の同社の雰囲気とはかなり違っているのではないかと思われます。

一人の人間が葬儀社を利用するのは一生にたった一度だけです。あるいは一度も利用せずに、あの世に旅立たざるをえない人もいます。これほど利用頻度の少ない業種は、他にはありません。この特性からするならば、この業界に限っては、むやみな拡大路線は何かの活性化に寄与するどころか、むしろ社会の不安要因を生み出すもとです。

昨年、北九州市で葬儀社を建設するとして、10数億円もの同和対策助成金を受けたものの、不正に使われたことが発覚し、福岡県と北九州市からほぼ同額の10数億円の返還請求を受けている業者がいます。「同和対策」と名がつけばこれほどの大金が簡単に支給されることには驚かざるをえませんが、葬儀社建設という名目がまた不気味です。

葬儀社関連の話題はこれだけではありません。2,3ヶ月前のことですが、ある葬儀社の社長が映画制作のための費用を寄付したというので、朝日新聞にでかでかと顕彰記事が出ていました。記事の扱いの余りの大きさに、驚くと同時に異様な感じを抱かざるをえないほどでしたが、大紙面を費やしてまで、単純に寿ぐような事態なのかどうか、大いに疑問です。

また西日本新聞(だけではなく、他紙にも出していました4/6)にカラーで頻繁に広告を出す葬儀社もありますが、かつては見られなかった現象です。

なお、前号葦レポート8号の「病院をめぐる怪」でご紹介しました愛媛の十全会病院の「積善会」はおそらく積善社の名前の一部を真似たものなのだろうと思います。福岡市内に古くからある積善社は、拡大路線をとらぬ数少ない葬儀社の一つだからです。これが正常だろうと思われますが、目下、福岡市内で進行中の、葬儀社の店舗が増えつづけるという事態は、ただごとではありません。わたしが直接見たのは、福岡市内の南区や早良区の一部だけですが、他地域でも同様の事態が起こっているのではないかと推測しています。

2005年3月29日 30日 4月4日

久本福子
Yoshiko Hisamoto

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