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東京医大患者死亡事件と日本の「ジャーナリズム」
東京医大で同じ医師による心臓外科手術の手術ミスと思われる死亡事故が、11例にものぼるという衝撃的な事件が起こりました。第一報は今月11日の一部新聞に報道されましたが、この事件は現下の日本の医療現場の異様な変質を象徴すると同時に、新聞を中心にしたマスコミのおそるべき実態をもあぶりだしました。「葦レポート」1号では、まずこの事件をめぐる新聞報道の異様さを検証しつつ、新聞が報道機関として果たすべき役割を完全に放棄したという、おそるべき実態をを明らかにしたい。
11日の読売新聞ではトップでこの事件を取り上げていましたが、扱いは各紙まちまち。今回は購読4紙(朝日、毎日、読売、西日本)に加え、図書館で日本経済新聞も調べました。重大な事件であるにもかかわらず、各紙の扱いにあまりにも違いがありすぎたからです。事件が判明した、12/11の各紙の朝夕刊での扱いは、以下のとおりです。
「朝日」夕刊社会面1段
「毎日」朝刊社会面3段
「西日本」朝夕刊ともに0
「読売」朝刊一面トップ/夕刊一面で続報
「日経」夕刊社会面4段
「朝日」の扱いは、1段でほんの申し訳程度に触れたけれど、本心は報道したくないという気持ちがアリアリものですが、「西日本」は今日に至るも、本事件については一行たりとも触れていません。
本事件は、死因に不審をいだいた被害者遺族が、証拠保全を申し立てたのを受けて、東京簡裁が申し立てを認める決定を出したことで明るみに出たのですが、14日には病院側が厚労省で初めて記者会見を開いています。11日時点での報道で明らかにされたのは、同医師による術後の死亡例は提訴された心臓弁膜症手術後の死亡3件と別の死亡1件の4件でしたが、14日の記者会見で病院側は、2001年以降の同医師が関与した術後の死亡は、提訴された患者以外にもバイパス手術でも8件あったことも明らかにしています。計11人もの患者が、短時日のうちに同じ医師の手術を受けて、術後間もなく相次いで死亡。これは、当然のことながら一面トップで報道すべき事件です。
しかし各紙の扱いは上記のとおり。14日の記者会見で病院側は、事故ではないと弁明しながらも、術後間もなく患者が死亡したという事実は認め、別の手術でも同医師の執刀による術後の死亡例が8人あったということ(合計では11人の死亡数)も明らかにしたわけですが、読売と日経(15日朝刊)以外は、この記者会見を開いたことすらも、一行たりとも報道していません。日経も記者会見を開いたということを1段の小さな扱いで報じているだけで、この記者会見で明らかにされた新たな死亡例については一言も触れず、「医療事故ではない」という病院側の主張を紹介しただけです。
NHKのラジオニュースでもこの記者会見の内容は放送されていましたので、この記者会見で明らかにされた東京医大患者死亡事件は、事実に間違いありません。もしウソを書いたのであれば、病院側は即座に名誉毀損で新聞社などを訴えるはずです。この後も読売は続報を掲載していますが、こういう書き方をせざるをえないほど、現在の新聞を中心にした報道機関は、各紙が連合して(談合して)、報道規制を行うという不気味な動きを露骨化しています。
その後、西日本新聞は12/20の朝刊に、病気の子の治療を親が拒否する「治療拒否」が18%にのぼるという、厚労省の調査結果を黒地に特大白抜きの見出しで、一面トップに掲載しています。いずれも難病(染色体異常による内臓奇形、水頭症などの神経疾患、心臓病、脳障害、白血病など)治療をめぐって起きた事例であり、親が子の治療を拒否したという単純な問題ではありません。しかし、あたかも親が我が子の治療を拒んで死に至らしめたとの印象を与えるような記事の扱いです。
1週間ほど前のこのおそるべき医師による大量死亡事故は1行たりとも報道せずに、この記事を特大扱いで報道する西日本の報道感覚は異常だといわざるをえ
ません。のみならず西日本は、先ごろ亡くなられた久能恒子氏が提訴した、医師による医療事故裁判に対しては、家庭欄の大半を割いた特大シリーズを10回ほどもつづけ、異常なほどに力を入れてバックアップしつづけました。西日本のこの超偏向報道は、久能恒子氏を主人公に同裁判を描いた佐木隆三氏のドキュメント風小説『証言台の母』が、弦書房から出版されたことと無縁ではありません。
西日本新聞の超偏向報道についてはあらためて取り上げることにいたしますが、今回はなぜこれほどの重大事件が、新聞各社によって無視されたのか、その背景を探ってみたいと思います。一言でいえば、新聞社の私的利権の確保維持を優先した結果です。この事件に関しては新聞のみならず、出版社系の週刊誌もどこも触れていません。ともかくも病院側が公の場で、術後間もなく同じ医師による患者の死亡が11人も、相次いだことを認めた事件です。出版ジャーナリズムが健在ならば、すぐさま取材して各誌が報道を競うはずですが、完全に沈黙、無視です。
新聞、出版の連合、談合が露骨化しているとはいえ、新聞が取り上げない事件でも週刊誌が取り上げている例はいくらでもありますが、これほどの重大事件あるにもかかわらず週刊誌までもが完全に無視しています。この事件に関する談合的報道規制は、新聞のみならず出版社にまで徹底されていることを窺わせます。ここまでくると、この事件を報道せずに葬ることによって得られる利益が、新聞、出版双方にまで及ぶ、かなりなものであると判断せざるをえません。
ではその利益、利権とは何か。いくつか考えられますが、まず一つは、この医師が現在の新聞、出版双方にとって、アンタッチャブルな人物であるということ。かなりの大物の子供か縁者。政治家やその他の有名人ならば、週刊誌がすぐにも飛びつくはずですので、現在のマスコミ界にこれほどの影響力を行使できるのは、堤一族、中でも清二氏の関係者。
二つ目に考えられることは、東京医大に、マスコミ関係者の天下り先の指定席が設けられていること。新聞や出版は政治家や官僚の天下りは厳しく監視しますが(厳しく監視するのは報道機関としての当然の務めですが)、彼ら自らの天下り人事については強固な談合体制を敷いて、既得権益確保、あるいはあらたな権益確保に力を注いでいます。この天下り先の確保には、堤一族、なかでも清二氏が強力に動いています。大学を中心とした天下り先確保という権益への誘導は、清二氏が、近年、マスコミ界に強い影響力を行使しはじめ、保持しつづけている最大の理由です。
三つ目に考えられることは、堤一族が早稲田大学を蹂躙して以降、早稲田に医学部を創設しようという動きが目立ちはじめました。当初、地理的にも近い東京女子医大との合併による、早稲田大学医学部誕生が画策されました。これを口実に当然のことながら、それまで東京女子医大にとってはまったく無縁であった、外部からの介入が始まりました。いうまでもなく、堤一族による介入です。その時期(平成11年)に心臓外科では定評のある同医大でも、今回と同じような杜撰な手術ミスによる患者の死亡事故が起こっています。こちらは確か二人の死亡が相次いだとの報道だったと思います。
病院には治療ミスはつきものとはいうものの、東京女子医大でのミスについては、新聞報道を読んで、医師の人格的にも技術的にもあまりの未熟さに驚いた記憶があります。今回の東京医大でもまったく同様、というよりもそれ以上にひどいとの印象を受けましたが、いずれも心臓外科医によるミスです。偶然とは思えぬ一致です。医学部に限らず、今わが国の大学は激しい変質を余儀なくされされており、いずれあらためて取り上げたいと考えていますが、東京医大のこの異様な死亡事故は、医療、薬学分野にまで、利権のみを狙った勢力が入りこみ、影響力を浸透しつづけている状況と無縁ではありません。ただしこの場合の利権とは、利潤追求という意味ではなく、人事権などを握り、医学部そのもの、ひいては医学界そのものを牛耳ろうという狙いを意味しています。
つまり原因を一つに特定することは非常に難しいということですが、この異様な事態に沈黙を守る日本のジャーナリズム、新聞、出版の異様さは。それ以上に恐ろしい事態だといわざるをえません。
なお読売新聞は事件報道に関して今回は、読者に対して責任ある報道をしたといえますが、文化欄、文化分野では完全に談合体制の一翼をにない、かつ重要な役割を果たしています。この点に関しては、批判しても批判しすぎることはありません
2004年12月25日
久本福子
Yoshiko Hisamoto
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