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亡国の道州制 2
新自由主義と道州制
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亡国の道州制 1
09/8/10
今回の衆議院選は、選挙戦スタート当初から、未だかつて例のない異様な状況が生まれています。大阪府の橋下知事が強引に選挙戦に介入したばかりか、橋下知事に扇動された形で、全国知事会も選挙戦に強力に介入しはじめたからです。地方分権を推進するためだという、もっともらしい目的が掲げられていますが、まるで今回の衆議院選挙は、有権者を差し置いて、橋下知事や全国知事会によってその成否が決まるのではないかとの印象さえ抱かずにはおられません。
全国知事会は、自民、民主、公明各党代表と討論会を開き、各党の政策を聞くとともに、各党が示した政策を採点し、公表しました。知事会の採
点の結果は、道州制を強力に推進することを表明してきた公明党が、もっとも地方分権の道筋が明確だとして公明党が最高点でした。朝日新聞の報道では、まるで全国知事会が公明党を推薦したのかとの印象さえ抱きかねませんでした。
全国知事会は、特定の利益集団ではなく、各自治体の住民の代表によって組織された団体です。知事会のその基本的な性格からするならば、知事会が暴走して、有権者の投票行動に多大な影響を及ぼすような活動をすることは、知事会の立場を完全に逸脱するだけではなく、主権在民を謳った憲法にも違反するのではないか。
橋下知事と、橋下知事に扇動された全国知事会による選挙戦介入の最大の目的は、次期政権で道州制を実現させることにあります。道州制は日本解体を狙ったものであることは、これまでも繰り返し批判してきましたが、道州制推進の扇動者の一人である橋下知事の正体を暴露した、一の宮美成、グループ・K著『橋下「大阪改革」の正体』(講談社)を、つい最近、図書館で偶然見つけて、驚いています。橋下知事批判の本が出ていたとは、まったく知らなかったからです。本書は今年の1月に出版されていますが、朝日の書評では取上げられなかったのはもとより、朝日の新聞広告でも見たことがありませんでした。
時間がなくて、まだ一部しか読んでいませんが、橋下知事の改革は、道
州制を導入し、関西州をつくることを目論んだ、大阪府の解体そのもにあることが暴露されています。橋下知事は、大阪府がまるで今にも倒産しそうな借金会社同然であるかのような、事実に反した話をマスコミを使って大々的に流しながら、府庁職員の給与を、かつて例のないほど大幅に削減する一方、教育や福祉など住民の生活に直結する分野の予算も大幅に削減しました。
ところが驚いたことには、削減して浮いた予算を使って、御堂筋をイルミネーションで飾るという新事業を立ち上げたという。どのようなイルミネーションになるのかは不明ですが、ムダに税金を使い、電気を消費するだけの反エコ事業であることはいうまでもありません。さらには橋下知事は、大型の住宅地再開発事業も実施するという。大阪府も人口が減少しているはずですが、さらに人口減少を加速させるような、福祉や教育予算の削減を強行しながら、住宅地だけを開発してどうするのか。これこそ税金のムダ使いです。
つまり、大阪府の借金削減を錦の御旗に掲げた橋下知事の改革とは、借金削減を装いつつ、職員の生活を過剰に圧迫するばかりか、住民福祉をも削る一方、特定企業にのみ利権を提供する事業には、惜し気もなく巨額の税金を投入するという、異常なものだということです。
しかしマスコミは、この異常な橋下改革については、非常な偏向報道を重ねてきました。橋下「大阪改革」の正体を読むまでは、橋下知事が反府
民的な税金の使い方をしているとは全く知りませんでした。今回の選挙報道絡みでの橋下知事関連記事を見ても、特に朝日新聞の偏向報道は際立っているのではないかと思われます。本書でも、朝日新聞が事実に反した報道キャンペーンを張り、橋下知事のまやかしの「改革」を強力に支援してきたことが指摘されています。
橋下知事の正体やその政治手法については、本書を読み終えて再度書くつもりですが、民主党の小沢副代表までもが橋下知事の御機嫌伺いに出向くという状況ですので、読み終えてからでは遅すぎると思い、急遽、特別に道州制批判の一環として橋下知事批判を書くことにした次第です。小沢氏も道州制とは異なるものの、同じく都道府県を廃し、国と地方自治体との2層構造による行政単位への改変を唱えていることを、最近、知ったばかりですが、わたしの道州制批判とは、2層構造派への批判でもあります。2層であろうが 3層であろうが、これらの行政単位の改変は、日本解体の総仕上げであるという点でまったく同じです。
道州制批判としてはまだまだ書くべきことはありますが、今回は橋下知事の正体のいかがわしさの一端をご紹介しました。道州制も橋下知事同
様、非常にいかがわしいものであることはいうまでもありませんが、追々、批判を書き加えていきたいと思います。
なお、今日の朝日新聞には、全国知事会に加え、九つの民間シンクタンクによる自民、民主の政策評価もでかでかと掲載されていましたが、これも一般国民の意思とはまったく無関係な評価であることはいうまでもありません。これらシンクタンクやその代表やメンバーの中で、小泉構造改革の危険性について警告を発した機関や人物はいるのかどうか。また今回の世界金融不況を惹起したサブプライムローンや金融派生商品のいかがわしさ、危険性に対しても、事前に警告を発した機関や人物はいるのかどうか。皆無のはず。経済や政治や社会の動きを、まっとうに見る目を持たぬ
人々がマスコミと結託して、選挙の行方に影響を与えようという、いかがわしい活動をするのはいい加減にしていただきたい。
なお、これまでわたしが書いてきました道州制批判の主なものを、以下に転載します。
<<09/9/23デジタル新聞葦11号-5」より転載>>
●地方分権と道州制 世界の破壊と日本の破壊とは同じ一直線で繋がっていますが、日本解体の総仕上げが、地方分権の最良の形として論じられている、道州制あるいは自治体を300に区分けする都道府県廃止論です。道州制は国と道州と基礎自治体の3層構造であり、300区分は国と基礎自治体の2層構造という違いがありますが、いずれも都道府県を廃止するという点では共通しています。しかし都道府県廃止論は、これまで何度も指摘しましたように、日本を日本たらしめてきた、日本の国が原初以来育んできた長い長い歴史的、文化的伝統の基礎を破壊する以外の愚策でしかありません。
江戸幕府を倒し、廃藩置県を敢行した明治政府の革命的な大転換時においてさえ、都道府県は日本民族がその国の初まり以前から築かれていたであろう行政区分を、基本的には大幅な変更をせずに踏襲しています。旧勢力を徹底的に壊滅させるためならば、行政区分を無茶苦茶に変えてしまってもよかったはずですが、明治新政府はそこまではしなかった。なぜか。政治体制そのものは革命的に転覆させはしたが、日本の国土に刻印された風土と歴史とそれらが育んできた伝統や文化までをも破壊しようとまでは考えなかったからです。明治政府がそこまで明確に意図したかどうかまでは専門外ゆえ分かりませんが、少なくとも日本の国土全体を、破壊的に変えてしまおうとまでは考えていなかったことだけは明らかです。
わたしは道州制や300区分論を取り上げる前に、地理や古代の歴史を少し勉強しようと、先日の日曜日9/21に図書館で専門書を数冊借りてきました。この問題はわたしの国文学的な知識だ
けで批判すべきではなく、もっと専門的な勉強をしてからにすべきだと考えていたからです。わたしにはそれほど重大な問題だと思われました。しかし時間がなく最初の2、3ページにパラパラと目を通しただけです。読み終えてからでは、選挙が目前に迫っていますので間に合わないとも思われ、派遣問題とセットで取り上げることにしました。いずれも根は一つです。
都道府県は行政単位を表すものですが、47都道府県には、それぞれの地域の自然風土や歴史が育んできた文化的伝統や社会的な有形無形の富の蓄積が刻印されています。それらが総合して日本の国土が形成されているわけですが、日本民族が原初以来、長きに渡って育んできた地域単位を基礎にした地域区分を、なぜ破壊しなければならないのか。古代の行政区分は自然風土の特性に対応した自然発生的に生まれたものが基になっているものと思われます。日本の国土を一気に掌握し、自由自在に区分を策定するほどの権力は物理的に存在は不可能だったからです。日本で最初に中央集権的な権力機構を作った律令国家ですら、おそらくはそれ以前からあった、自然発生的に発生した地域単位のまとまりを基ににした区分に依拠していたはずです。貴族の権力が確立し、200年も続いた平安時代においてはもとより、群雄割拠する中世動乱の時代ですら、領土の分捕り合戦はしても、それら領土を画する、日本の歴史と伝統が刻印された行政区分の改編などは、誰もやっていません。完全な中央集権体制を確立した江戸幕府ですらやっていません。
つまり日本の歴史始まって以来、営々と築き上げられたきた歴史と伝統が、都道府県という行政区分に刻印されているということです。壊せば二度と修復は不可能な日本の歴史と伝統が刻印された国土を、なぜ大根を輪切りにするように切り刻もうとするのか。日本破壊の総仕上げだと批判するゆえんです。
明治新政府が樹立されるに際して、首都を京都にすべきだという動きが公卿を中心に起こったそうですが、明治天皇はそれら公卿の要請を拒絶し、江戸を引き続いて首都とする考えでいたという。しかし京都への首都遷都を画策する勢力は諦めず、天皇を京都に強引に拉致しようとさえ考えていたそうですが、天皇はその強行策から逃れるために、京都へ移る偽りの行列を仕立てて京都へ移ると見せかけてその難を逃れられたという。東京在住中に明治神宮に参拝した時に拝観した、展示御物で初めて知った明治政府誕生時の逸話ですが、首都というのは行政単位の中では特殊ではありますが、行政単位の象徴でもあります。その首都を江戸にするか京都にするかは重大な問題です。アジアの中で唯一近代化に成功し、欧米列強の侵略を免れたのは、明治新政府が江戸を首都として引継いだからだと思われます。
武士を頂点にした政治体制は容赦なく破壊しましたが、江戸300年が蓄積してきた、歴史的、文化的、経済的、政治的な有形無形の富は放擲されず、破壊されずに、明治新政府に引継がれて大いに活用されたということです。天皇家の出自や党派性には捕われれず、なおかつ抵抗勢力に抗してまでも、江戸を首都と定められた明治天皇の功績は、非常に大きなものであったと思わずにはいられません。
翻って平成の世の政治家たちは、まともに考える知力すら持っていないのではないかと嘆かずにはおられません。官僚支配を解体するためには、道路や河川、農魚業など地域に密着した領域の権限の大半を都道府県に移譲すればいいわけです。汚染米や中国の毒入り牛乳など危険食品の流入を放置しつづけてきたという異常事態は、歴代自民党政権並びに自公政権と官僚の無能ぶりを白日のもとに晒しています。実際に農魚業を営んでいる現場に近い都道府県に権限の大半を移譲すれば、現場を無視したムダな事業に巨額の税金を浪費するということは今よりはかなり減るはずですし、それぞれの地域特性を活かした政策も立案できるはずです。そのための行政単位としても都道府県は適正規模です。
道州制、300区分制はともに都道府県を廃止し、現在の市町村の行政単位をさらに拡大し、都道府県や国の新たな権限までをも含む過剰な移譲を目指していますが、これ以上、最少単位の地方自治体を拡大するなといいたい。こうした人為的な行政単位の改編は、日本の歴史と伝統を破壊する以外のなにものでもないことは繰返し強調しておきます。しかも両制度とも、日本の国土を300ぐらいの行政単位に切り刻むことでは一致しています。もしそうなれば、300もの自治体の名前と所在地を覚えることは容易ではなく、日本人のほとんどが、日本にあるはず
の自治体の名前とその所在地を知らないという、異様な社会が生まれることになります。自治体の名前と所在地を知らないということは、各地域を日本国を形成するものとしての一体感あるものとしては実感できなくなるということです。それは他地域で起こっていることに対して、実感的には関心をもてなくなることをも意味しており、日本を自治体規模で侵蝕しようと考えている勢力にとっては、格好の日本国土破壊策です。
47都道府県なら日本人なら誰でも知っています。市町村名までは知らなくても、都道府県まで分かれば、だいたいの場所は感覚的にも簡単に把握可能です。しかし文科省は道州制論者の旗ふり役を努め、小学校では47都道府県を教えなくともよろしいという、驚くべき「指導」をしていたという。この春頃、この方針を転換して47都道府県を小学校でも教えることになったとの新聞報道で初めて、この反国民的愚策を知り、驚いた次第です。非民主的かつ反民主的であった前近代の日本国の長い歴史の中でも破壊されずにきた地域区分を基に、多少数は少な目になっているとはいえそれらを基礎に確定された47都道府県の行政区分廃止を、一握りの政治家だけで勝手に決めて導入することが許されるのか。与野党の政治家は、国民によってその権限を負託されているにすぎないということをとくと自覚し、導入に際してはまずは国民投票にかけよ。(誕生したばかりの自民党の麻生新総裁が、道州制導入を政権公約にすることで公明党と合意し、両党の連立維持を確認したとのことが、NHKラジオニュースが報じていました。昨夜、帰りの車の中で聞きました。自民党はもとより公明党の正体も見たり、道州制。9/24)
しかしなぜこれほど都道府県解体に熱心なのか。本当に地方分権そのものが目的ならば、国の権限をまず都道府県に移譲するための方策についてもっと論議が進むはずです。これがもっとも権限移譲に際して経費も少なくて済む手法だからです。しかし何が何でも都道府県を解体することを狙っている連中の目先の目的の一つは、IT業界への巨額利権を提供することです。日本のIT業界は、政府や自治体からの仕事で潤ってきました。ITに無知な政治家や官僚はIT業界に要求されるまま、まったく不必要であるばかりか日本国民の生命財産の安全を脅かしかねない戸籍謄本の電子化すら、国民の了解なしにひそかに強行しました。政治家や官僚が、電子化が何を意味するのか、その基礎的な知識があれば、こんな反国民的な戸籍謄本の電子化までをもIT業界に提供しなかったはず。この愚策は無知だといって許されるレベルのものではありません。
公共事業は従来の建築土木からITへ移行していますが、IT事業は目に見えず、ITの公共事業化が進んでいることは分かりにくく、また電子化の便利さが喧伝されると公共事業だとの認識は持ちにくい。しかし不要なIT事業に巨額な税金が投入されているのは紛れもない事実です。テレビのデジタル化は例外的に目に見える、公然たる不要な公共投資です。しかしITは情報産業だけに、情報に直結する仕事を次々と生み出さなくては利権が生まれてこない。情報に関わる公共事業ということは、国民の重要な個人情報などに関わる分野が利権化されるということを意味し、戸籍謄本や住民票や会社謄本などの重要な情報までもが、デジタル化される事態にまで立ち至っています。
これらの利権化が一渡り済んだと言うことで、次なる公共分野での情報利権は、情報を管理している行政区分を大幅に改編するのが最も手っ取り早いとばかり、都道府県の解体が執拗に画策されてきたということです。この国土解体利権には莫大な税金が投入されるであろうことはいうまでもありませんが、民間でもこの解体に伴う改編作業に、莫大な費用と人手と全くムダな時間の消費を余儀なくされることになるのはいうまでもありません。しかも主としてこれらの改編作業を担うことになるはずのIT業界は、日本政府の教育無策の結果、日本国内ではその担い手が十分には育っておらず、外国頼み。ここでも国内外の派遣業界とつながる、国際化した利権屋集団が待ち構えています。IT利権では、ここが最重要ポイントです。
こういう連中に利権を提供することばかりを考えている都道府県廃止論者は、地方分権を錦の御旗にしていますが、具体的な地方分権よりも行政区分を変えることにばかり熱心だということでも共通しています。なぜ都道府県に権限を移譲してはいけないのか。日本の有史以来の歴史と伝統を破壊してまで都道府県を廃止しなければならない理由は何なのか。誰か明確に説明せよ。また都道府県廃止論者は、わたし程度にでも日本の地理的変遷や歴史を学び直そうと考えた人はいるのでしょうか。もし勉強していたならば、これほどの愚策は思いつくはずはありませんが、これほどの重大な政策を立案するに際して、全く勉強もせずに破壊策を強行しようとしているのであれば、政策立案の資格すらないと強調しておきます。
ただ地方分権の必要性は誰もが認めるところですが、地方に優位すべき日本国家の権限までをも、すべて地方に移譲することまでは、誰も望んではいないはずです。アメリカは軍と外交以外の権限のほとんどを地方に移譲しているらしいですが、サプライムローンの拡大と深化は州単位で野方図に拡大していったということも新聞で報道されていました。つまり当初は国の権限の及ばないところで、悪病が蔓延したいってということです。やがてブッシュ政権も気づくに至ったものの、イラク戦争遂行のために野放しにしてきて、今そのツケを世界中で支払わされているところです。サブプライムローン事件から学ぶべきは金融政策だけではないとうことです。
また官僚支配打破と同時に、官僚たちの定年を世間並みにまで延長すべきです。早期退職制度が、不要な公益法人を無数に作り税金のムダ使いと腐敗の温床にもなっているわけですから、定年延長と同時に官庁のスリム化と地方分権は進めるべきではないかと思います。早期退職制度は官僚にとっては残酷な制度であり、諸悪の根源です。
<09/7/9
デジタル新聞18号(3)より転載> 都道府県は、日本列島各地で、原初的なクニグニが形成され始めた頃からの風土的な特性、伝統、歴史を刻印した貴重な無形の財産であり、日本人の日本的心性を育んできた重要な基盤です。この無形の風土的遺産が今日まで破壊されずにきたということは、世界的にも例がないと思われますが、日本が有史以来、一度も外国からの領土侵略を受けなかったことが最大の理由だと思われます。世界的に見ても希有な無形遺産を、なぜ日本人自らが破壊しようとするのか。橋下知事をはじめ道州制論者は、縄文から明治維新に至るまでの日本の歴史を勉強するとともに、日本の代表的な古典文学も読みなさい。さもなくば47都道府県を隈無く歩き、各地で暮らす人々の生活を直に探査せよ。無知は人を野蛮にさせる。
亡国の道州制 2
新自由主義と道州制
9/17
いよいよ鳩山新内閣が発足しました。民主党は今回の総選挙では、地方主権という政策は掲げていましたが、道州制という具体的な制度導入は主張していなかったはずです。自公政権が道州制導入を明確に政策として掲げていましたので、同じ政策になることを避けるために道州制は掲げなかったのか、あるいは道州制の危険性に多少なりとも危惧を感じて避けたのかは不明ですが、原口新総務大臣は、民主党の中でももっとも熱心な道州制推進論者のお一人だったはず。原口総務大臣は、就任会見では、国の出先機関は廃止することをはっきりと明言されていましたが、道州制には一言も触れておられなかったので、道州制とは別の形で地方主権を実現しようとの方針なのかもしれません。
しかし気になることがありました。原口氏は総務大臣就任直後に、強力な道
州制推進論者である大阪府の橋下知事に就任の挨拶の電話をかけて、地方分権で連携を強めていくことを確認し合っという。お二人はかねてから親しい間柄だそうですが、地方分権運動がお二人を繋ぐ強い絆になっているらしい。という背後事情から推察するならば、民主党の掲げる地方主権とは、道州制導入をも射程に入れているのではないかとの疑念も拭いきれません。
もしそうだとすれば、激しく政権を争った自公政権と民主党が、日本の社会を根本的に破壊せずにはいない道州制導入では、完全に一致していることになります。これほど珍妙、奇妙なことがあるでしょうか。道州制の危険性については、上記「亡国の道州制
1」で歴史的な視点から批判しておりますが、今回は、前回紹介しました『橋下「大阪改革」の正体』(講談社)の後半部分をご紹介しながら、本書でも指摘されている、道州制と新自由主義との関係を通して道州制の危険性を検証していきたいと思います。
前回未読であった本書の後半には、道州制と新自由主義との関係が、神戸大学の二宮厚美教授へのインタビュも交えて詳細に解説されています。さらには、前半部分に続けて、橋下知事の悪政ぶりや浅薄きわまりない人柄や稚拙な政治手法などが具体的に書かれており、よくぞこんな人物が大阪府の救世主のごとくマスコミでもてはやされるものだと、今の日本の異常さにはあらためて慄然とせざるをえませんでした。
橋下氏は弁護士でもあったらしいですが、マスコミが報道しない、本書で紹介されている知事の言動からすると、彼は本当に司法試験を通ったのとかとの、大疑惑すら沸き上がってきます。橋下知事の言動から推測されるその頭脳は、それほど粗雑きわまりないひどさです。これほど人格的にも能力的に
も劣悪な人物が、まったく批判も受けずにもてはやされるのは、政治も芸能も面白ければそれでよしとする、腐り切った現在のマスコミと、そのマスコミに洗脳されてしまっている有権者の痴呆ぶりが背景にあるからです。
どれほど稚拙、浅薄な政治家であろうとも、どれほど悪政を続けようとも、マスコミ受けするキャラクターならば、マスコミ自身によって批判はすべて闇に葬り去られ、時代の寵児としてもてはやされるという、異様な状況が生まれています。橋下知事はまさにその意味では、日本の現在を象徴する人物ですが、実は橋下知事自身のマスコミ対策も奏功しての橋下知事ブームらしい。元タレント、あるいは現役タレントでもあるらしい橋下知事は、タレント専業時代の芸能プロダクションのマネジャーを知事室に招き、知事室長だったかの高級な公的役職につけて、マスコミ対策を任せているという。唖然とせざるをえない事態です。
タレント知事好きの大阪府民とはいえ、こんな知事を今なお大阪府の救世主知事として認めているらしい大阪府民の痴呆ぶりには、呆れるほかはありません。しかしさらに問題なのは、日本国民の熱い期待を背に発足したばかりの民主党政権の、地方分権推進役の原口総務大臣が、こんな人物を地方分権推進における最上のパートナーとみなしているらしいということです。原口総務大臣の動きは、当然のことながら、原口氏を総務大臣に選んだ鳩山新政権の意思を体現したものだとみなしうるものではないかと思われます。少なくとも鳩山新政権は、原口大臣が橋下知事などと連携して、地方分権を進め、道州制導入に踏み込む可能性があるだろうとの認識はもっているはずです。
もし原口大臣の地方主権推進策が、道州制を目指したものであるならば、非常に危険きわまりないことだと言わざるをえません。本書『橋下「大阪改革」の正体』では、橋下改革批判として道州制も俎上に乗せられていますが、本書によれば、道州制とはそもそも、竹中平蔵氏と密接な関係のある政財官学の新自由主義グループによって先導されてきたものだという。つまり道州制とは、日本と世界を破壊しつづけてきた新自由主義政策の一つであるということです。
福岡の経済界中枢も道州制導入には非常に熱心ですが、新聞紙上で紹介され
るのはもっぱら道州制推進論者ばかりですが、彼らの主張の枕には、必ず「皆が切望している道州制」という言葉がふられていますが、切望しているのは経済界を頂点にした政財官学のごく一部の勢力のみです。経済界がなぜ道州制導入に異常なほど熱心なのか。その理由は、大規模に国の税金を分捕るためには、道州制がもっとも便利な制度だからです。
新自由主義蔓延後は、日本の経済界は公的資金、公的支援に依存した安楽な商売の手法が一般化しました。新自由主義とは、一切の規制をなくし自由な競争を促して経済を活性化させるものだ考えられていますが、その実態は、企業が安楽に商売することができる環境を準備するという、企業を超過保護にさせるイデオロギーだったということです。
企業は規制があれば、その規制の中で商売をつづけるための様々な工夫や努力を重ねざるをえませんが、一切の規制がなくなればやりたい放題。一流企業と言えども、もっとも安楽な手法に流れます。
派遣労働が自由化されれば、必要な時にはどっと雇いはするが、不要となると容赦なくクビにする。直接雇用でないので、躊躇も痛みも感じずに瞬時に解雇も可能。これほど安楽な雇用手法があるでしょうか。
また企業合併を容易にする法律が作られると、企業は苦境に直面すると、自力で必死になって苦境脱出ための努力をする前に、いとも簡単に合併して、規模の拡大で当面の苦境をしのごうとします。しかし規模の拡大は真の解決にならないことは、世界中にその実例がゴロゴロしています。目下話題になっている、アメリカに身売りせざるをえなくなった日航もその一例です。
あらゆる規制が撤廃された世界の金融市場でも、安楽に巨額の儲けを手にすることが可能になった結果、その安楽さに馴れた金融市場では、企業の成長を促し、そこから利益を得るという迂遠な方法よりも、企業活動や実態経済に悪影響を及ぼすことさえ厭わずに、さらに安楽に巨額の儲けを手にする方法を考え出そうとします。
サブプライムローンはその一例ですが、一切の規制がないFXや株の空売りもそうした悪例の一つです。手持ちの資金内で通貨を売買したり、株を売買するならともかく、手持ち資金の何百倍どころか、おそらく何千倍もの額の通貨の売買すら行われているはずです。ただ通貨を売買するだけで、あるいは株を空売りするだけで、投資家の能力とはまったく無関係に、巨額の儲けを手にすることができます。最近、日航が香港のファンドが日航株を大量に空売りをしかけた結果、大損をこうむったとしてそのファンドを提訴したという。
無政府状態の金融市場では、投棄集団は企業を痛めつけることで大儲けをし
ているという実例の一つですが、日航の空売りで大儲けをしたという香港のファンドには、日航の新株発行の情報が事前にもれていたのでしょう。情報流出を予防することはほとんど不可能ではないかと思います。それよりもFXや株の空売りを規制する方が、はるかに日本や世界の経済の健全化に有効であることは明々白々です。FXや株の空売りが廃止されるならば、投資家はいやでも企業の実際的な活動と向き合わざるをえなくなります。企業の活動を読み解きながら投資をすることは、投資家にもそれなりの能力が要求されることになります。規制がなければそんな努力も能力もまったく無用。
つまり猛烈な勢いで、あらゆる規制を撤廃させてきた新自由主義とは、企業家に安楽な手法で商売をする環境を次々と作り出し、その結果、事業を継続するための努力を放棄させる政治的イデオロギーであったということです。一旦、安楽な商売の手法が身についてしまうと、企業家は次々と安楽に商売のできる環境を生み出せと、政治に要求しつづけます。経済界が異常なほど熱を入れて道州制導入を叫びつづけているのは、世界不況以前に、すでに自力では立てなくなっている、経済界の政治へのおねだり、甘えそのものの現れにほかなりません。
創価学会が道州制を推進する理由は、政治的、経済的に勢力を拡大することを狙っているからですが、自民党ともども今回の総選挙での敗北は、両党がかかげた道州制も有権者によって拒否されたとみるべきでしょう。民主党は今回の総選挙が示した民意を、あらためて検証すべきです。もし道州制を導入しようとするのであれば、国民投票にかけよ。有史以前からつづく日本のあらゆる形を変えずにはいない道州制は、国民投票にかけるに価するほどの重大な問題だということをしかと自覚していただきたい。
最期に付け加えますが、堤清二氏も道州制導入を目論んで来た人物の一人です。清二氏は自公政権時代には自公政権に近づき、民主党政権になれば民主党政権に近づきます。福岡市でも前山崎市長時代には山崎市長を篭絡し、西友のための地下鉄七隈線を作らせましたが、山崎市政を批判して当選した現吉田市長が誕生すると、吉田市長を篭絡にかかります。
全国の地方自治体の中で、経済界が道州制導入で熱心に動いている自治体の共通点は、いずれの自治体でも堤清二氏によるマスコミ篭絡と政官財学篭絡が顕著に進んでいることではないかと思われます。大阪府と福岡市の例からの類推ですが、福岡市では各界の大物が次々と急死させられております。当社の創業者久本三多も急死を余儀なくされた一人です。残された小物相手ならば、外部からの新参者でもその地域を牛耳ることは簡単です。
上記のような特殊な状況に置かれた福岡では、清二氏と並んで創価学会による政官財学中枢への浸透も顕著に進みました。創価学会に関しては、政権与党からはずれた今、その影響力は弱まるであろうとは思われますが、清二セゾンは与党であれば主義主張かまわず侵蝕しつづけます。他の自治体、地域では如何?
ところで七隈線は、福岡市地下鉄3路線のうち唯一の赤字路線です。しかも毎年超大赤字を垂れ流しながら走っています。清二セゾンはこの上さらに、学校法人都築学園を悪用しつつ、天神中心地に安価にセゾン系店鋪の進出を果たそうと、10年以上も延々と画策しつづけてきました。文科省はセゾンによる学校法人の悪用を許すな!セゾンの利用を許すのであれば、文科省は都築学園の学校法人格を剥脱せよ!
久本福子
HISAMOTO Yoshiko
葦書房有限会社
福岡市中央区警固2丁目2-11
シャンボール警固202号(〒810-0023)
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