葦書房

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号外葦 2号     

05/1/28 追記1/28 2/3 2/7
福岡市美術館叢書をめぐる怪

福岡市美術館協会発行、葦書房制作発売による「福岡市美術館叢書全10巻」の発行が昭和62年(1987年)3月からはじまりました。第1巻『山崎朝雲資料集』、第2巻『仙崖ーその生涯と芸術』が平成4年1月、第3巻『児島善三郎資料集ーその創造の軌跡』が平成10年12月に刊行されています。そもそも同叢書は昭和61年には企画案が出来上がっておりました。当初予定では、以下のような刊行予定になっていました。

1.昭和61年度  山崎朝雲資料集
2.昭和62年度  仙崖
3.昭和63年度  黒田家文書
4.昭和64年度  児島善三郎
5.昭和65年度  九州派
6.昭和66年度  高取焼
7.昭和67年度  九州の版画

以下は未定ですが、各巻の美術館側の担当者も決まっておりました。

3巻までの既刊叢書の最後のページにも、発行年度は書かれていませんが、上記刊行予定の一覧は掲載されています。(上記刊行予定一覧は、第1巻の「山崎朝雲」にのみ掲載されており、「黒田家文書」はすでに2巻から、刊行予定からははずされておりました。訂正します。2/3)これまで予定は大幅にずれこんではいますが、第1巻「山崎朝雲資料集」が昭和62年3月に、第2巻「仙崖」が平成4年1月に、第3巻「児島善三郎」が平成10年12月に刊行されています。3巻以降は三原体制下にありましたので、「黒田家文書」がなぜ飛ばされたのかは不明ですが、10巻まで葦書房から刊行される予定であったことは間違いありません。ところが、4巻以降の出版受託先が弦書房に変更されました。

事の発端は、一昨年(03年)、福岡市の美術関係財団アートリエが、同叢書の第4巻出版に関する入札を実施したことに始まります。福岡市の全出版社に案内がいったのかどうか分かりませんが、当社には同叢書は入札で委託先を決めるので、資料を提出してほしいとの案内がきました。三原氏が葦書房の社長をつづけていたならば、従来どおりに葦書房からの刊行になっていたであろうことは間違いないでしょうが、公金を使う以上、入札制度に変更するとの路線変更には、誰も文句はいえません。当初の案内からかなりの月日が経ってから、再度入札の連絡があり、当社も見積書を提出しました。それからほどなく弦書房に決まったとの電話連絡があったものの、何社が参加し、弦書房はいくらで落札したのかなど詳細については、今に至るも一切明らかにされていません。経費の節減と透明性を確保することが入札制度のもっとも基本的な狙いであるはずですが、むしろ不透明、不可解さを隠蔽するための入札であったといわざるをえません。

しかも第4巻は、予定にはなかった「吉田博」になっています。まったく無名の画家ですが、福岡市美術館では2回ほど展覧会をしたらしい。いずれもわたしは見ていませんので詳細は分かりませんが、ポスターか、新聞記事で見た記憶では、自然の風景をテーマにした画家だったようです。無名の画家を発掘したということなのかもしれませんが、なぜ「黒田家文書」を後回しにしてまで出版を急がねばならないのか、不思議におもいます。そもそも「黒田家文書」より、なぜ「児島善三郎」が先に出版されたのかも不可解です。吉田博の作品が市美術館の収蔵品であれば、常設展に展示されるはずですが、これまで数え切れないほど常設展はのぞいていますが、一度も見たことはありません。「黒田家文書」は当然市の所蔵のはずであり、出版するにはよほど好条件が整っていると思われます。

福岡市民にとっても、日本の歴史を研究する上でも「黒田家文書」の発刊は急を要するものではないかと思われますが、なぜ後回しにされたのか。一部は別の形で利用されているようですが、「黒田家文書」そのものが、どこかで、誰かが不正に隠匿しているのでしょうか。

「吉田博」の刊行が優先された背景としては、成功すれば世界的商品にもなりうる近代化論に関する新商品「開発」の動きと連動したものだと推測されます。柄谷行人の「日本近代文学の起源」を材料に、わたしは近代化に至る過程を考察するに際して、新しい視座を提示しています。これは純真女子短大国文科の授業で講義したもので、まだ文章としてはまとめていませんが(文章としてまとめていたならば、わたしはとっくの昔にこの世からは消されていたはず)、この近代化論では、「自然の風景」の受容が非常に大きな意味をもっています。弦書房は、不正な方法で新理論を収奪しようと様々な画策をつづけてきた文化ファシズム集団の後押しを受け、「近代化」をテーマにした新刊を出し続けてきました。「吉田博」が弦書房に委託されたのは、規定路線であったはずで、「入札」はそれを正当化する演出だったのではないかと思います。

ちなみに、三原時代に葦書房が受託した福岡市美術館叢書の制作費は、印刷所は三多の時と同じ栄光印刷であるにもかかわらず、三多の時代の倍以上の金額が払われいます。つまり、福岡市の美術関連の予算が過剰に三原時代の葦書房に払われていたということです。談合の典型ですが、2倍といっても100円の2倍と1万円の2倍とでは、余剰金額は桁が違ってきます。同叢書の制作受託金は数百万円が基礎になっていますので、その2倍以上となると、余剰金というか過剰金は非常に高額です。同じ三原氏が、半分以下の値段で応札するとは考え難い。当社は三多の時代の制作受託金相当額で応札しました。

さらに不可解なのは、この叢書既刊分の印刷所栄光印刷が突如倒産したことです。業界内でも事前の兆候も出ないままの唐突さに驚いていたほどの何やら不可解な倒産ですが、倒産後の元社員の動きも不可解です。また、倒産後すぐに(02年10月)に当社に運び込まれた、印刷原版フィルムの中に含まれていたのは「仙崖」だけですが、半年ほど経って(時期としては弦書房が設立された頃に重なります)残りのフィルムも返還されましたが、こちらは未調査ですので、この中に市美叢書が含まれているかは不明です。蛇足ながらつけ加えますが、弦書房からは「仙崖」に関する本が出版されています。

当初の予定ではもうとっくに刊行済みのはずですが、遅れているとしてももうそろそろ新聞各紙が競って紹介する時期ではないかと思い、その前に同叢書刊行にまつわるウラ話を公開いたします。(この箇所のみ1/29)

■注2/7 「黒田家文書」は平成12年に福岡市博物館から発行されていました。昨日、中央区民図書館で偶々みつけて分かった次第です。ちょうどわたしが福岡を離れていた時期でしたので、ニュースを目にする機会もなく、気づきませんでした。同じ棚に、園本琴音氏の「悲劇の王女 川島芳子」も並んでいました。ご本人が寄贈したものですが、あきれ果てています。あの本だけを見れば、当社葦書房が、あの本を出版可能な形にするまでどれほどの時間と労力を費やしたかは、想像すらできないでしょう。事実を平然と捏造する、人間としての最低の倫理すらない人物の本が、たとえ寄贈本であれ、多くの人が利用する公立図書館に並んでいることには、耐え難いものを感じます。

2005年1月28日
葦書房 久本福子

「葦レポート」とは別に、緊急発信の必要が生じた時は「号外」として公開します。

号外葦目次

<05/2/7 「葦の日誌」84号として公開
<2/23
元どおり「号外葦」として独立させました。

●注 05/8/30「号外葦」は「葦レポート」の有料化にともない、無料で速報をお届けするためにために発刊したものですが、購読ゼロにつき「葦レポート」を無料で発刊することにいたしましたので、2号を出したところで、お役目ゴメンとなったものです。リンクも含めすべて発刊当時のままにしていますので、初めて読まれた方は不可解に思われるかもしれないと、遅ればせながら気づき、事情を説明いたしました。(久本福子 )

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