葦書房

2010/10/12
葦書房有限会社
福岡市中央区警固2丁目2-11
シャンボール警固202号(〒810-0023)
TEL092-761-2895 FAX092-761-2836
ashi@gold.ocn.ne.jp
http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/

 

捏造・改竄1と2
 
「デジタルブックレット葦」6-2号より転載 

10/14↓
10/13(2ケ所) 

捏造・改竄1 10/6

検察による証拠改竄という、前代未聞の事件で日本中が衝撃を受けています。わたしはこのニュースを見聞きしながら、2004年2月に、石風社の福元満治に名誉毀損で警察に告訴された時のことを思い出しました。わたしはこの事件で警察に3度、検察に一度呼び出されて供述調書を取られましたが、その調書の一部が改竄されたていました。改竄箇所は名誉毀損罪の成否には直接的には関係のない、わたしの経歴に関しての改竄でした。

2度目だったか、福岡市の中央警察署に呼ばれた時のことです。前回とは別の係官が、前回の調書のつづきを聴取するとのことで、前回までの調書の内容を読み上げたのですが、わたしが喋るはずもない、わたしの経歴に関する事実に反した内容が書かれていました。わたしは驚いて、その場ですぐに事実ではない旨伝え、訂正してもらいました。わたしの出版事業や執筆の仕事に関わる経歴での改竄でした。

調書は専用のワープロのようなもので書かれていますので、改竄しようと思えば簡単だと思われます。前回の調書にはわたしの署名と印が押されていますが、その部分だけは頁が改められていますので、本文の改変は可能です。しかし担当官が、前回調書の全文を読んで聞かせてくれたので改竄にも気がつきましたので、この改竄は誰かが個人的に行ったものだと思われます。その後はおそらく改竄はなされていないと思いますが、調書は本人には渡されませんので、想像するだけですが。

福元に告訴された名誉毀損罪では不起訴になりましたが、警察の調書にまでわたしの経歴改竄の工作の手が伸びていたという衝撃は、今なお強烈に消えずに残っています。ただこの事件をすぐには公開しなかったのは、リアクションが怖かったからです。しかし、昨今の状況から、むしろ公開する方が、わたしの経歴改竄工作を無効にする効果は高くなるのではないかと思い、思いきって体験を公開することにしました。

しかしわたしに対する経歴改竄工作は、この後もつづきます。つい最近では、すでに紹介しておりますように、弦書房の小野静男を提訴した裁判でも、小野による悪意に満ちたわたしの経歴改竄とわたしの人格を貶めるような誹謗中傷がなされています。詳細は弦書房裁判を公開をご覧いただきたいと思いますが、この裁判の前には、佐川引越しセンターから訴えられた裁判でも、非常に不可解な改竄、捏造がなされていました。不本意な内容とはいえ、和解で終結した佐川裁判の経過は、佐川裁判として報告してきましたが、今回は佐佐川裁判の資料も一部公開することにしました。不可解な改竄、捏造の事実を明らかにするためにです。

佐川裁判の資料の中で最も不可解なのは、佐川が証拠として提出した、甲1号証から甲2号証の6までの7枚の書面とその表紙です。弁護士が作成した表紙には「原告 有限会社葦書房」(古書葦書房の正式社名)と書かれています。7枚の甲号証の社名欄は、法人表記なしの「葦書房」だけ、住所欄には「福岡市中央区赤坂3ー1ー2 大東ビル1F」と誤記載されています。正しくは乙7号証の佐川急便の請求書の記載通りです。「大東ビル1F」ではなく、「第2大東ビル1F」です。

一方、訴状の方は2頁目に、「原告 葦書房有限会社」、住所は移転後の新住所「福岡市中央区警固二丁目2番11号シャンボール警固202号」と、「二丁目」の「二」のみ漢字表記にした登記簿謄本通りに記載されています。佐川は、訴状と甲1号証から甲2号証の6は提訴時に一緒に提出しています。当然、当社の登記簿謄本も訴状に添付されており、佐川の代理人弁護士は、移転後の新事務所のみならず、旧事務所の正式な住所も「葦書房有限会社」という正式な社名表記も、登記簿謄本で確認していることはいうまでもありません。

にもかかわらず、なぜ甲号証に関わる書面には正しい社名表記も正しい住所表記もなされずに、事実とは異なる改竄、捏造表記がなされたのか。これはうっかりミスではなく、意図的な改竄であることは明らかです。

実はわたしの経歴改竄には2種類あります。その1、小野流誹謗中傷、その2、古書葦書房の妻ないしは関係者との誤解をばら巻く。小野流誹謗中傷は、弦書房裁判資料で紹介したとおりですが、わたしの経歴、能力、人格を貶め、出版事業を営む資格はないとの印象を与えることを狙ったものです。石風社の福元が「熊日新聞」で、わたしを出版事業「無免許運転」として誹謗中傷したのも、同趣旨のものです。警察での調書改竄も、同じ流れにあるものでした。わたしの経歴改竄の究極の目的は、単に私の名誉を毀損するだけではなく、本物の久本福子をこの世から抹殺し、わたくし久本福子が残した仕事を、別人がなりすましで悪用する魂胆であることはいうまでもありあせん。

小野裁判では、裁判官から、わたし個人に対する誹謗中傷に対する反論は、裁判の判決には関係しないと言われましたが、相手の主張に反論しなければその主張は事実だとみなされ、この書面が永久に残りますので、大変な時間と労力を費やして反論のための書面を書き、提出しました。誹謗中傷するのは簡単ですが、反論する方は、それが事実ではないことを証明しなければならないので、膨大な労力と時間を費やさなければなりません。しかし、小野が当社の印刷データを無断使用したのみならず、裁判の場においても、平然とわたしに対する事実に反した誹謗中傷を展開していることに激しい怒りを覚え、この苦行に耐えて、反論書面を提出しました。

一方、佐川の裁判資料の捏造は、その2の古書葦書房との混同作戦に関係したものであることは明らかです。古書葦書房との混同作戦はこれまでも何度も遭遇させられてきましたが、裁判の場においても、姑息きわまりない、当社と古書葦書房との混同作戦に見舞われたのは、佐川裁判が初めてです。わたしはこの裁判でも膨大な量の書面を作成し、当社への改竄工作を指摘しましたが、この改竄が悪意に満ちた意図的なものであると、裁判官に理解してもらうことはおそらく不可能だったと思います。この改竄の背後にある犯意は、通常では想像することも不可能な、超異常なものだからです。

旧事務所に関する甲号証には、古書葦書房の社名を記載し、旧事務所の葦書房は古書葦書房の関連事務所だとの印象を与え、住所も「第2大東ビル1F」とは書かずに「大東ビル1F」と表記。当社は平成19年6月30日には、第2大東ビル1Fの旧事務所は完全に空にして、大家さんにもその旨の証明をしていただき、裁判所に提出していますが、甲号証ではその後も7月5日まで移転作業を続けていたことになっています。第2大東ビルは空になっても、大東ビルでは作業を続けていたという、異様な話が出てくる可能性もゼロではない超異常な捏造文書です。しかも移転品目には本は1册も含まれていないという異常さ。佐川が請負った移転は、出版社葦書房有限会社の移転ではないとの印象を与えずにはいません。この異様で無茶苦茶な捏造文書にまで、反論、証明をしなければならないとは、当社の負担は並み大抵ではありませんでした。。

 既刊本

佐川裁判では、そもそも甲号証そのものが想像を絶するほどに露骨な捏造文書であることは、ご覧いただくとすぐにもお分かりいただけると思います。わたしはその余りにも露骨な捏造を目にして、当社をバカにしているとしか思えなかったほどでした。しかし裁判では、ご覧いただければ一目瞭然です、では通じませんので、捏造を証明するためにも膨大な労力を費やしました。

わたしは佐川裁判を闘いながら、日本を代表する運送会社が、顧客に与えた被害の責任を免れるために、これほど露骨な捏造文書を作成するのかと驚愕とするとともに、佐川引越しセンターは異様な勢力に乗っ取られているのではないかと思わずにはいられませんでした。佐川が、責任逃れの主張や証明には直接関係しない、当社の社名や住所改竄に加担するという犯罪行為まで重ねたのも、異様な勢力によるものであることは明らかです。

わたしが被った被害の数々は、この異様な勢力が、法曹界にも広く影響力を拡大しつつあることを物語っています。

 

 

捏造・改竄2 10/12 10/13(2ケ所)

 「NTTも改竄」

10/6に上記「捏造・改竄」を公開した翌日(10/8)、NTTも同種の改竄に加担していたことが判明しました。最近、電話をNTTから別の電話会社に変更したのですが、NTTから届いた2枚の回線利用休止通知書を見て、びっくり仰天。契約者である長男久本一魔の住所が、不可解な記載になっていたからです。

当社は電話使用権利を3回線分(事務所移転後は2回線のみ使用)所有していますが、3本とも三多個人の名義でしたので、わたしが代表就任後数2年近く経った頃、長男一魔に名義を変更しております。代表就任後しばらくして、当社の電話が三多の名義のままであることに気づきましたが、就任当時は、三原が残した1億円近い巨額借金のため毎月1000万円近い支払に追われつづけ、後で名義変更をと思っているうちに忘れてしまっておりました。一段落ついた頃、思い出して名義変更をしましたので、就任後2年近く経っての変更になってしまいました。

ところが先月、某電話会社から安くなるからと盛んに勧められて、電話をNTTから某電話会社に変更したのですが、NTTから回線利用休止の通知がきてびっくり。わたしはNTTの回線が利用できなくなるとは思わずに変更したのですが、NTTの回線が使えなくなると知って不安になり、某電話会社に話が違うと抗議をしましたが、時すでに遅し。NTTの回線に戻すためには自分で費用を払って手続きをしなければならず、腹立たしく思いながら、NTTに回線復活の電話をかけたのですが、この時初めて、通知書全体に目を通して住所改竄に気がつきました。

回線利用休止通知書は、電話専用の「092ー761ー2895」とFAX専用の「092ー761ー2836」の2枚が届きましたが、いずれも契約者名は久本一魔と記載されています。ところが契約者の住所欄は、奇妙な記載になっています。

電話専用の通知書には、「福岡市中央区赤坂3丁目1ー2」とだけ書かれており、FAX専用の通知書には、「福岡市中央区警固2丁目2ー11 シャンボール警固202号」(当社の現住所)と書かれています。電話設置場所はいずれも当社の現住所になっています。

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そこでNTTの名義変更通知書を取り出して調べたところ、またまたびっくり仰天。名義の変更をしたのは平成16年の秋でしたので、当時の当社の住所は旧住所ですが、その住所が何と、佐川引越しセンターのニセの見積書と同じ住所「福岡市中央区赤坂3丁目1ー2 大東ビル1F」となっていました。当時は住所改竄など想像もしていませんでしたので、名義が一魔に変更されているのを確認しただけで、住所までは目も通していません。今、初めて住所を確認したばかりです。

名義変更通知書も回線利用休止通知書も、NTTが住所を勝手に改竄していることは明白です。「赤坂3丁目1ー2」に建っているのは5階建ての第2大東ビルですが、2Fから上は住居になっており、「赤坂3丁目1ー2」だけでは、住人の個別の住所は特定できません。ということはつまり、長男一魔のニセ者も用意されているということです。この犯罪が障害なく進行すれば、当然の事ながら長男一魔も、何らかの方法で、いずれこの世から消される予定になっているということです。以前、早良区に長男と同姓同名の「久本一魔」がいるとのことを聞いておりましたが、電話とFAXの回線休止通知書の住所が異なっているのは、それぞれ別々の「久本一魔」ということなのか。だとすれば、想像を絶する異常工作です。

しかし電話を巡る怪事件は以前にも経験しています。自宅の電話も三多個人が使っていた電話も、いずれも三多の名義になっていましたので、三多の死後は2本とも長男一魔の名義に変更しております。ところが東京でエディター・ショップを開業して、拙著の『柄谷行人論』を2000年7月15日に出版した後のことですが、見知らぬ男性が事務所(東京都新宿区高田馬場1丁目18ー26ー107)にやってきて、唐突に電話の権利を譲ってほしいと言い出しました。

ちょうどNTTの民営化が話題になりはじめ、近いうちに権利金なしに電話に加入できるようになるとの話が出始めていた頃です。権利金なしに電話に加入できるということは、すでに持っている権利金もやがてゼロになるということですが、ゼロになる前に売った方が得だという話もマスコミで報道されていました。見知らぬ男も、電話の権利がゼロになる前に売った方が得ですよとしつこく勧めましたが、もちろん断りました。

何でも商売のタネになるとはいえ、電話の権利を買うために戸別訪問するという商売は、この男性以外には誰もやっていなかった特殊なケースのはずです。つまり男性は、我が家の電話の権利の取得のみを目的にやってきたことは明白です。三多の名義であった電話の権利を手に入れ、ありもしない三多との特殊な関係を捏造するために使おうという魂胆です。

今回判明したNTTによる改竄・捏造は、同じ魂胆による工作が、葦書房で使っていた電話に対してもなされていたことを証明しています。三多名義であった電話を巡る不正工作が今なお執拗につづいているわけですが、佐川引越しセンターまでがこの陰謀に加担し、移転作業で当社に異常な被害を与えただけではなく、捏造・改竄工作にまで加担し、当社に何重もの被害を与えました。 

しかしNTTだけではありません。これも最近気がついたのですが、某銀行の住所も登録したものとは違った表記になっていました。 銀行への住所変更届には登記簿謄本を添付しなければならず、住所変更届けも謄本どおりに記載して提出しております。小切手用の住所も謄本どおりの正規の住所「福岡市警固2丁目2潘11号シャンボール警固202号」(謄本には「二丁目」となっておりますので、ここだけ「2丁目」と変更)のゴム印を届けており、某銀行からもだいたい毎月1回、この住所印を押した小切手を使って出金しています。

ところが、当社に送られてくる当座勘定通知書の住所にシャンボール警固というマンション名が入っていないことに最近気づき、某銀行に訂正を申し入れたところです。なぜ当社が届け出た住所とは違った表記になっているのか、理由は不明だとのことでしたが、すぐに訂正するとのことでした。銀行から届く郵便物にまで住所不備があるとは想像したこともなく、移転後3年以上も経って、偶々宛名の当社の住所にふと目をやって、初めて気がついた次第です。

いずれも権威ある機関、企業を使っての捏造・改竄ですので、戸籍謄本や会社謄本とは違っていても、これらの捏造・改竄が社会的に認知される可能性は十分にありえます。わたしの身に何かあれば、さらに捏造・改竄は好き勝手のやり放題になることは火を見るよりも明らかです。小泉自公政権時代に「改正」(改悪)された戸籍謄本では、改竄はさらにやりやすくなっています。改製前の戸籍は全て隠されており、公に提出する戸籍謄本はデジタル化された改変後の謄本のみとされているからです。

わたしに関しても追加したいと思います。わたしは1999年3月末で、授業の盗聴が理由で純真女子短期大学国文科の助教授を辞めましたが、その3、4ヶ月前に奇妙な文書を目にしました。短大の図書館が毎年発行している学内外に配布する印刷物(「図書館報」という名称だったと思います。)が、誰かの机の上に置かれているのをちらっと目にした時のことです。非常に目につく表紙の下の方にわたしの名前が記載されていたのですが、何と近世文学専門として紹介されていました。わたしは短大では近代、現代文学を専門に教えていましたので、これは誤植なのか、あるいは新年度からはわたしに近世文学を担当させようということなのか。

短大を辞める決心は固めていましたが、短大側にはまだ辞職届は出していませんでしたので、当人に無断で専門を変えることなどありえないはずだと思いながらも、無気味に思っていました。今から思うとなぜわたしの手許には届けられなかったのか不可解ですがわたしはこの図書館報は手にしないまま、この年の期末3月に退職しましたので、新年度からのわたしの担当が近世に変更されることが事実だったのかどうかは確認する機会はありませんでしたが、おそらく近世も担当してくれないかとの打診はあった可能性は高かったのではないかと思います。わたしが辞職表を提出した時にはかなり引き留められましたので、わたしが辞めることは想定していなかったのではないかと思います。

ではなぜわたしと近世文学がつながるのかといえば、わたしの「日本近代文学の起源」という国文講読の講義に淵源があります。この国文講読は、柄谷行人著『日本近代文学の起源』をテキストに、日本の近代文学の起源を探ろうとした授業ですが、近代文学の起源を探るためには、その前代の江戸時代の文学にも踏み込まざるをえません。代表的な江戸文学も対比的に取上げましたが、中でもわたしが力を入れて紹介したのが、俳人の芭蕉でした。明治時代に誕生した言文一致体の起源を探るためには、江戸末期の滑稽本にも触れましたが、近代文学の基本的なパースペクティブが、前代のそれを根本的に転換したものであることを対比的に探るには、芭蕉は格好のテキストとなりました。今ならもっと別の角度からも迫ることができると思いますが、今は文学どころではないので、ここではわたしと江戸文学(近世文学)との関係を紹介するにとどめます。

わたしが国文講読で特に芭蕉に焦点を当てて取上げてしばらく後に、堤清二が某出版社から「芭蕉論」を出版するとの予告広告が出ました。これは著名な経済人十数人が、史上有名な人物を論じる評論集をシリーズで出すという、かつて見たこともない企画でしたので記憶にの残っているのですが、その執筆者の一人が堤清二でした。この企画を持ち込んだのも堤清二だったと思われますが、堤清二の「芭蕉論」は、後半の後の方に予定されていましたので、この広告から1年以上は後に刊行が予定されていたはずです。わたしはこの広告を見て、わたしの授業の芭蕉論は間違いなく堤清二に盗まれると確信しました。

しかしわたしは芭蕉論のさわりだけを講義して、1999年3月で辞めましたので、堤清二の「芭蕉論」も未刊のままですが、この経済人シリーズそのものも立ち消えになったようです。ただこれを公開すると、堤清二は意地でもどこかからネタを仕入れて来て「芭蕉論」を出版するかもしれませんので、専門家諸氏は御用心あれ。

なお、わたしが国文講読の授業で芭蕉を取上げた講義は、西日本新聞の女性記者が取材にきて記事にしましたが、わたしが話をした芭蕉論とは全く似ても似つかぬ、事実に反した内容になっていました。当然のことながら、「日本近代文学の起源」とは縁もゆかりもない芭蕉論に改竄されていました。その上、授業の様子までもが事実と違った、悪いイメージを与えるような紹介のされ方をしています。わたしが講義した芭蕉論を仮に誰かが盗作しても、わたしの授業を盗作したとは誰も思わない、あるいはわたしの授業を盗聴する物好きなどいるはずはない、という事前準備もなされた手のこんだ工作がなされていたわけです。新聞社を手先に使うほどですから、この犯罪の規模の大きさと悪質さの度合いは、かつて例のない、並外れて異様なものだということです。(10/13)

わたしは短大を辞めましたので、芭蕉論をはじめわたしの授業の盗聴の恐怖からは解放されましたが、純真女子短大の図書館報にわたしが近世文学専攻と紹介されたものが、正式に印刷配布されていたならばどうなるか。いうまでもなくわたしは二人の人物に分割されることになります。久本福子は近世文学専攻、近代・現代文学専攻は明石福子(近現代文学論を執筆する際のペンネーム)と分割され、両者を合体させて講義をした本物の久本福子は、この世から消される運命にあったわけです。

小野静男をはじめわたしの経歴を捏造、改竄する連中が、わたしが短大の国文科の助教授であったことを隠蔽しているのも、この恐るべき陰謀の一環であることはいうまでもありません。もっとも純真女子短大はすでに消滅していますので、今では過去の記録としてしか残っていませんが、経歴の捏造、改竄が単に名誉を毀損するだけではなく、殺人を前提にしたものだという恐るべき犯罪が、今なお進行中だということです。

以前にも紹介していますので迷いながら最後に付け加えますが、西部がスの請求書にも名前の改竄がなされていたことがあります。10年ほど前のことですが、突然、封筒の表書きと中身の請求書の宛名が異なる請求書が届きました。表には「ヒサモトフクコ」と記載し、中身の請求書本体には「ヒサモトヨシコ」と書き分けるという、手のこんだ工作請求書です。この請求書は今も残していますが、これはうっかりミスではなく、意図的な改竄であることは明らかです。この時は西部がスに直接抗議の電話をしましたので、以降は、請求書の表も中も「ヒサモトヨシコ」と記載されています。わたしと我が社の存在を危うくする改竄が、ありとあらゆる所で起こています。しかも今なお続いています。

いつ果てるともなく続くこうした改竄工作は、戸籍謄本や会社謄本そのものの改竄にまで及ぶ可能性も否定はできません。特に会社謄本の改竄、捏造は簡単です。三原浩良による当社の無断取締役就任登記はその典型ですが、三原の取締役就任については違法の事実が明らかであるにもかかわらず、マスコミの大支援を受けてきました。マスコミ関係者までもが、無法を無法と思わぬ風潮を助長してきた結果、個人の戸籍謄本の改竄をも容認しかねない事態まで招いています。わたしや息子を巡る様々な改竄、捏造の数々は、戸籍謄本書き換えの状況証拠として悪用される可能性すらあります。おそらくそれを狙っているはずです。改竄工作が今なお続いているというその異様な執拗さからするならば、彼らの究極の目的は、戸籍謄本そのものの書き替えにあることは明らかです。

そして彼らの改竄、捏造工作が今なお延々とつづいているのは、改竄工作者たちに対しては、マスコミは絶対に批判はしない、マスコミは連中と談合仲間であるとの暗黙の合意があることを物語っています。しかし戸籍謄本まで改竄される危険を感じながら生活することを余儀なくされる状況は、我が家にとっては恐怖のもとであるばかりか、日本にとっても、社会の基盤をも突き崩す危険きわまりないものであることは言うまでもありません。(10/13)

 既刊本

この異様な、わたしと我が社を襲いつづけている犯罪は、特殊といえば特殊ですが、平然と無法を働き、他人の権利を侵害する彼らの行為を放置するならば、日本の社会そのものが、この無法者の餌食になることは言うまでもありません。おそらくそれと気づかぬまま、この連中の餌食になった犠牲者も多数いるはずです。

捏造・改竄」の独立ページも作りました。

 

佐川事件の画像を追加 10/14

佐川引越しセンターの捏造を証明する画像を、佐川引越センター裁判資追加します。各画像の下に、画像追加公開の説明も加えています。是非ご覧ください。

 

 

 久本福子
YOSHIKO HISAMOTO

葦書房有限会社
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田んぼの忘れもの
いのちを養う漢方講座
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