葦書房

 

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事務所移転のお知らせ 07/7/6

*07/7/13 以降は、梱包の大小にかかわらず、配送はすべて、佐川急便から郵便局に変更しています。

 

 

裁判資料の一部公開
2020/10/6

デジタルブックレット葦6-2号の10/6追記「捏造・改竄」に関連して、佐川裁判の資料の一部を公開しましたので、本ページでもお知らせします。下記リンクをご覧ください。

佐川裁判資料

 

不可解な和解
2010/1/30 追記1/31 2/1 
2/3 2/8

反訴を提起 3/26
佐川の悪質偽造 1/19↓
佐川裁判と謀略 09/1/10 追記1/11
佐川が提訴 12/24↓

●ウソつき佐川 5/12↓
●デジタル新聞葦1号異変 5/1↓
●ペテン師佐川 4/25↓
●復旧ならず 2/15↓
●画像復活!2/6↓
●修理と佐川の異常 2/4↓
●奇妙な掲示板 08/1/12↓
●プリンター異変 11/15 ↓

●スキャナー異変 11/13 ↓
●交渉決裂 10/13 ↓
●佐川と交渉 10/8 ↓
●パソコン異変 8/25 ↓
● 佐川の悪意 7/20
7/21
●移転を巡る怪 7/9 ↓
●自宅マンションを巡る怪 7/6
●怠業と悪意ある工作 7/6

 6/13以来、更新が途絶えておりましたが、実は6月末に事務所を移転しました。ホームページで事前にお知らせすべきところですが、余り早く移転を公開しますと、どんな妨害が発生するかもしれませんので、事前のお知らせは控えさせていただきました。

●怠業と悪意ある工作 7/6

6/30に事務所を空けることになっていましたので、当初の予定では、移転の作業は28日午後3時頃から始まり、30日に終わることになっていました。一部は予定どおりに進み、前の事務所の荷物は6/30に全て搬出し、6/30には事務所は完全に空にしました。業者の方が粗方掃除はしておいてくれましたが、ほこり等が残っていたり、細かい汚れも気になったので、大家さんの了解を得て、翌7/1にわたしが自分で空になった事務所の掃除をしました。その後昼過ぎに大家さんに鍵を返して、前の事務所の始末は全て完了しました。しかし搬出した荷物を新事務所に搬入する作業は7/1までつづいたのみならず、未搬入の荷物を残したまま途中で一旦休止となりました。(7/9 久本福子)予定より大幅に延びたので、当初の見積りでは大幅な赤字になるので、見積額を見直したいという引越し業者の申し入れによるものです。この申し入れを受け入れなければ、残りの荷物は搬入しないという方針らしい。しかも残りの荷物の搬入は、7/6と7/7の2日に分けて搬入作業をするという。業務の再開がさらに一週間も延びることになるわけです。

しかも最後に残った未搬入の荷物には、Macのデスクトップパソコン2台と経理、出荷伝票専用のwindowsのパソコンやOKI MICROLINE 1035PSや事務関係、キッチン関係の荷物などが含まれています。つまり仕事に即必要な荷物がほとんどすべて搬入をストップされるという、異常な状況がつづいていましたので、ホームページで移転をお知らせすることもできませんでした。電話とインターネット回線の移転は、6/29に完了していますので、せめて取次各社にFAXででも移転をお知らせしたいと思っても、名簿類が手許になく、お知らせすることができませんでした。

しかし業務再開の遅れは、未搬入の荷物だけが原因ではありません。6/29には本棚の大半の17、8本ほどが解体されずにそのままの形で搬入され、奥の本棚専用スペースに即設置されました。ところが6/30には、前日に搬入されたものと同じ大きさの本棚であるにもかかわらず、なぜか残りの本棚はすべて解体されて搬入されました。その内の一本がその日の内に組立てられましたが、翌7/1には、4人もの作業員が朝から来社して、丸一日をかけて本棚4本が組立てられただけという、不可解な展開を辿りました。ただしこの日7/1の夕方には、さらに増員された作業員が、6/30に前の事務所からトラックに積込み済みの段ボールを一気に運び込み、表の部屋を本棚と段ボール箱で埋め尽して帰っていきました。(07/7/27)事務机は6/30に搬入されたのですが、机は使うに使えない状況に置かれたまま作業が停止されました。しかも机と本棚は当社の指示を無視した異様な配置をされて、机が使えないばかりか、梱包を開けて本棚に本類を並べて整理することすら出来ない状態がつづいていました。しかし問題は、指示を無視した机や本棚類のレイアウトが、明らかにある明確な意図をもってなされていると判断せざるをえないということでした。

移転後の新事務所(福岡市中央区警固2-2-11-202)は、前の事務所(福岡市中央区赤坂3-2-1 第2大東ビル1F)からもさほど離れてはおらず、しかも天神にもより近いという好立地にあるマンションの2階ですが、広さは約104F。床面積だけで比べると、40坪あった前の事務所の約8割の広さです。室内の空間全体の容積で比較すると、新事務所は前の事務所よりさらに狭くはなりますが、現在の当社の営業内容からすると十分すぎる広さだと思います。玄関を挟んで二つに部屋が分かれていますが、二部屋は三方がぐるりと窓に囲まれていて、非常に見晴らしのよい造りになっています。

当社の指示を無視したスチール製の本棚類の配置とは、実はこの部屋の造りと密接に関係しています。異様な机や棚の配置によって、どのような結果がもたらされたのか。以下のとおりです。

<その1>巨大なスチール製の本棚を使って窓を完全に隠し、内外からの視界を完全に塞ぐ。<その2>天井につかえるほどの巨大な本棚を林立させて、部屋をぐるりと巡っている窓を塞いで外光を遮断し、本来ならば明るく開放的な室内のイメージを暗くする。<その3>奥の部屋にスチール製の本棚を並べて本の保管専用スペースにし、通りに面した明るい方の部屋を事務専用スペースにして机やパソコンを配置するという、当社の指示を無視して、机等までもを二つの部屋に振り分けて配置した。その結果、新事務所には、葦書房以外の別の会社の事務所が入っているかのような印象を与える。

この異様な光景を目にしたのは、午後5時には作業を終了すると事前通告を受けていた7/1の午後5時頃のことでした。続きは、延長分の見積額の見直し等での相談をした後になるといわれていましたので、やむなく我慢。疲れも加わり呆然とした思いに襲われていましたが、何時まで経っても仕事ができませんので、7/3の夕方頃から気を取り直して、業者が来るのを待たずに、わたしと長男一魔の二人で、表の部屋の窓を塞いでいる、段ボールで埋まっていた本棚の一つを空にして移動し、場所を塞いでいた回りの物も動かし、別の部屋に置かれていた机を移動するためのスペースを作り、スチール机3台と袖机2台を移動しました。いずれもかなり重いものですが、引き出しを抜いたり、戻したりと面倒な作業を繰り返しながらも、予定通りの位置に移動することができました。実際に自分達でやってみると、二人でやっても数時間でできることを、なぜ、間に長い休止を挟むほどの大仰な作業にしようとするのか。業者に対する不信の念が膨らみ始めました。

翌日夕方、長男と二人で空にした本棚を奥の部屋に移動することにしました。移動する前に、異様な配置の証拠を残すために携帯電話のカメラで部屋の様子を写真に撮っていたところ、こちらの気配を察したのか、業者から電話が入りました。明日と明後日(7/5と7/6)荷物を搬入するとのこと。予定より一日早く残りの荷物が届くらしいですが、何を今さらと、逆に怒りがこみあげてきました。家庭の本棚とは違い、スチール製の重い本棚ですが、何とか二人で移動することができました。しかし残りの本棚は、本棚同士がビスで連結されていたり、天井につかえていたりと、素人には動かすことは不可能な状態になっていました。奥の本棚専用スペースに、解体されずにそのままの形で6/29に、搬入された15本ほどの本棚はどこも連結されていないにもかかわらず(後でわたしが自分で針金を使って連結しましたが)、表の事務専用スペースの窓を塞いでいる本棚は本棚が互いにビスで連結されていて、ビクともしません。悪意を感じざるをえない配置だと断定する所以です。

翌7/5、業者が来ましたが、残りの本棚をすべて撤去するようにと繰り返し指示しているにもかかわらず、この日もまだ本棚はこのまま残しておいた方がいいのではないかといって、はずそうとはしませんので、わたしは本棚がはずされるまで、片時も目を離さずに作業を監視することにしました。それでやっと本棚はすべて撤去され、残りの荷物もやっと搬入されましたが、これらの作業は昼頃すべて完了しました。一体何のために一週間も引き延ばされねばならなかったのか、あらためて不審に思わざるをえない顛末です。

以上のような経過から、移転作業の遅れは、意図的な怠業によるものであり、当社の業務再開を意図的に遅らせる営業妨害だと判断し、業者に対して厳しく抗議しました。

●自宅マンションを巡る怪

しかし問題はこれだけではありません。事務所移転に連動して、わたし個人を巡っても不可解な出来事が起こってます。新事務所への移転は6/29ですが、賃貸契約は6/25からになっています。この直前まで内装業者が入っていたらしいですが、この業者が、当社には無断で、新事務所の電気とガスの使用を6/26から開始するとの手続きをしていたことを入居後に知りました。電気はともかく、当社には無断で当社が入居する以前に、業者が立ち会ってガスまで開栓していたわけです。

ここまでなら、わたしもさほど神経質には反応しませんが、この6/26の夕方、現在住んでいる南区桧原の自宅マンションの管理会社から突如電話があり、わたしが借りているマンション付属の駐車場の駐車場所が間違っているので、すぐさま移動するようにとのこと。それも詰問口調の険しい電話です。この駐車場は借り手の名前の代わりに部屋番号が表示されていますので、わたしは自分が借りている部屋番号のプレートがかかっている場所に止めていました。今年の3/14にこのマンションに転居以来、ずっとこのプレートの位置に止めていましたが、この日まで一度たりとも、注意はおろか間違いを指摘されたことすらありませんでした。 

しかもまだ仕事中だというのに、すぐにも移動せよとの異常な電話です。移動先の場所は別の部屋番号がかかっています。今急に別の部屋番号のプレートの位置に移動すれば、まるでわたしが転居したかのような印象を与えるので、わたしは自分の部屋番号のプレートの位置に止めるといって、誰かを代理しているらしい管理会社の言い掛かりに近い要求を拒否しました。その日は、いつもの場所に止めましたが、翌日の夜、帰って駐車場に入ったところ、わたしの部屋番号のプレートははずされていました。以来やむなく、部屋番号表示のない場所に止めています。

このマンションに転居して一月ほど経ッた頃、奇妙なチラシが入りはじめました。このマンション名を特定した「○○マンションを購入したいという人がいます。乞売却」という内容の不動産屋のチラシです。一帯はマンションが林立しています。にもかかわらず、なぜエレベータもないこのマンションを特定して売却勧誘をするのか、不吉な予感がしていました。

しかも新事務所のマンションも、当社が6/29に転居する数日前に、引越しがあったばかりだという。もう少し詳しく知りたいと思っていた矢先、その話をしてくれた管理人さんが急病になり、毎日管理人が代わるという異常な状況がつづいていますが、これらの動きは偶然のこととは思えません。6/26に、当社の新事務所になったマンションに、南区桧原のマンションから「久本福子」が個人で転居してきたというシナリオが作られているのではないかと推測せざるをえません。

このシナリオは、事実を調べれば全く成りたちませんが、事実に反した露骨な捏造シナリオ作成の意図の存在だけは隠しようもなく明白です。引越し業者も内装業者もこのシナリオのパーツを演じさせられていますので、自らのなした行為の意味するところをどこまで認識しているのかは分かりませんが、恐るべき犯罪に加担させられているのだということだけは、とくと認識していただきたい。

事務所のガスは使用を停止しました。昨年来から問題になっていた相次ぐガス漏れ事故死は、その大半は、明らかに業者の意図的な事故誘発工作によるものです。ガス会社やガス器具メーカは、本体の本社の管理だけではなく、下請け業者の管理監督も本体である自社の責任であることをしかと自覚すべきです。官民あげて外注大流行りですが、他業種においても然りです。

本日、8日ぶりにパソコンを開けました。あっちの箱、こっちの箱から部品を探し出すだけで、疲れ果てて、とても書く元気は出てこないと思いながらも、一日も早く、事務所移転のお知らせをしなければとの思いと、早くからご注文をいただておりますのに、出荷が遅れている事情を説明してお詫びしなければと書き始めました。業務開始の道具類はやっと揃いましたが、荷物の開梱はこれからです。ご注文いただきました本をお届けするまでには、まだ数日かかります。申し訳ございませんが、どうぞ今しばらくご猶予ください。

なお、電話、FAX、Eメール、URLは以前と変わらず、同じです。

 

●7/9 追記 移転を巡る怪

前回7/6記の引越し顛末記は、一部誤解を招いたり、事情が分かりにくい箇所があると思われますので、追記することにいたしました。7/6に書いた説明では、7/5まで前の事務所に荷物が残っていたかのような誤解を与えそうですが、赤坂の前の事務所の荷物は、6/30に退室するとの届出どおりに、6/30には完全に空にしました。上記該当箇所でも説明不足を補うために、本日補正追記しましたが、さらに詳細に追記することにしました。

前の事務所からの荷物は6/30にすべて搬出したものの、新事務所への荷物の搬入が7/1まで延びたのみならず、当社の営業活動にとってはいわば心臓部に当るに荷物がすべて未搬入のまま、業者のトラックに一週間も留め置かれるという異常な状況に遭遇させられていたわけです。

実は当社が依頼したのは佐川引越しセンターです。当社は荷物の集配は佐川急便に依頼していますが、その関係で自宅の2度の引越し(平成18年1月の皿山の自宅から長住団地への引越しと今年平成19年3月の長住団地から桧原のマンションへの引越し)も佐川引越しセンターに依頼しました。手際のよい作業の進め方で、不可能かと思われた皿山の引越しも予定どおり完了し、2度目も佐川に頼みました。その経験から、他社との見積り比較もせずに、事務所の移転も迷わず佐川に依頼しました。自宅の引越しの経験から、たとえ事務所とはいえ、当然予定どおり完了するものと思っていました。しかし既にご報告したような経緯を辿り、新事務所への搬入に異常に手間取る結果になりました。

なぜここまで手間取ったのかは、素人目にも不可解の一語です。昼過ぎまで前の事務所の掃除をしていましたので、前日に佐川の現場担当者と本棚や机の配置は念を入れて打ち合わせていましたので、当然その通りの配置になっているものと思っていましたが、昼過ぎに事務所に戻ると、ばらして搬入したスチール製の本棚を表の部屋で組立てていました。奥の部屋には事務机や大きなパソコン台などがありスペースがないので表の部屋で組立ててから奥に運ぶと説明を受けていましたので、組立てられた本棚は当然、奥の部屋に移動されるものとばかり思っていました。しかも当時はまだ意図的な怠業がなされようとは夢想だにしていませんでしたので、仕事のはかどり具合も業者にお任せという気持ちでおりました。

しかし後で思うと、7/1は一日かけてスチール製の本棚を4本ほど組み立てただけです。前日に1本組上がっていましたので、本棚は全部で5本ですが、横幅は全て120cm、奥行も全て45cm、高さは180cmのものが一本、210cmのものが2本、240cm(現物は撤去時に解体しましたので、実際に計ることはできませんが、30の倍数になっているらしいので、天井につかえる一番高いものは多分この高さだろうと思われます。)のもが2本。この5本の棚が表の部屋の窓を塞いで並べられたわけです。この位置に固定されるらしいと知ったのは、夕方、本が入っているらしい段ボール箱が一気に運び込まれ、これらの本棚に詰めら込まれた後でした。この日は午後5時に仕事を終了すると事前に通告されていましたし、この時はまだ未搬入の荷物が残っているとは思いもしませんでしたので、事態の全貌がまだ把握できぬまま、作業の終了を了解しました。

しかし後で、パソコン類がすべて搬入されていないことに気づき、一気に不安にかられました。このことに気づいたこの日の夜は不安で眠れなかったほどです。データはほとんどすべてwebに公開しているとはいえ、ウイルスを送り込んだり、パソコン本体に何か工作がなされるのではないかなどと、一旦疑惑が萌しはじめると止めどもなく膨らみはじめました。

それで翌朝すぐに佐川引越しセンターの担当者に電話したところ、パソコンを含む荷物は佐川のトラックに保管して鍵をかけているから大丈夫だ。不安ならばパソコンだけ、今日(7/2)の午後配達するからとのことでしたが、事務机はもとよりパソコン台も奥の部屋に置かれたまま。これらを事務スペースの表の部屋に移動するためには、まず表の部屋から5本のスチール製の本棚を撤去しなければなりませんが、この日来社した二人の担当者は、これらの作業にかかる気はまったくなく、本格的な作業は7/6と7/7になるとのこと。この日、ほんとうにパソコンを持って来たのかどうかは確かめていませんが、仮にMacの大きなデスクトップパソコンだけ持ってきてもらったとしてても、実際には置く場所もなく、使えません。それでこの日の搬入は諦めました。

その後、7/6に書いたような成り行きになったのですが、今あらためて考えてみると、未搬入の荷物が一週間もトラックの中に置かれたままなどということはありえぬことだと思われます。トラックを荷物の保管のために一週間も寝かせておくことなどありえぬことです。しかも2台もです。当然これらの荷物は一旦どこに下ろされていたわけです。当社の心臓部に当る荷物の搬入だけを一週間も遅滞されたということは明らかに意図的な作意によるものです。ホームページ用のパソコンのみならず、経理と出荷伝票作成用のパソコンやプリンターまでもが未搬入なので、出荷の遅れで苦情の来た注文品を出荷するたっめに、急遽、市販の納品書を買いに走ったりもせざるをえませんでした。これを営業妨害といわずして何といえばよいのか。

また、電気ポットを含むキッチン用品も未搬入荷物に含まれていましたので、お茶も湧かすことも出来ませんでした。事務所でお茶を飲むためには、ガスコンロのないまま、内装業者が無断で開栓したガス湯沸器を使用せざるをえません。しかし時が経つにつれ、これらの動きは密接に連係したものであるとの思いが強まり、ガスは絶対に使わないことにしました。疲れの余り、お茶を沸かすことすら苦しいと感じざるをえないほどでしたが、毎日、大きなおやかんにお茶を湧かして会社まで持ち運びました。

また、かなり沢山の植木類も未搬入の荷物の中に含まれていました。皿山の自宅を出る時に、動かせる鉢植え類を運びだして赤坂の事務所の前に並べていたものです。一週間もトラック?の中に置かれたままだったので、当然のことながら一部は枯れ果てていました。

思えば思うほど、意図的だと断定せざるをえないほど、不自然きわまりない引越し作業の遅れですが、当初は社名も出さず、詳細に書くことも避けていましたのは、日頃、本の出荷で集配してもらっている佐川急便への気遣いからです。これまで、佐川急便の仕事ぶりにはこれといって不満や不足を感じたことはなく、社名を挙げて、引越しの遅れの実態を明らかにすることで、直接的には全く責任のない佐川急便のドライバーの方々にも、同じ佐川グループの一員として、悪い印象を与えることになれば気の毒だと思ったからです。

しかし、佐川の関係者の方々にとっても、中途半端な書き方をされるよりも、事実をはっきりと書いた方がむしろいいのではないかと思い、はっきりと社名を出して書くことにしました。佐川急便には、引越しが始まる前の26日前後に新住所での送り状の作成を依頼していますが、電話で催促してもまだ届きません。当社としては佐川引越しセンターの仕事ぶりには怒りを感じていますが、荷物の発送は従来どおり佐川急便にお願いしたいと考えていますが、送り状が届かないので、荷物が出せずにおります。

なお、今回の佐川引越しセンターの引越し荷物の配送トラックは、初めの内は佐川引越しセンターの社名の入った大型トラックも数台出ていましたが、後半頃からは、シルバー色の車体に沈んだ赤色をした「HANADA」というローマ字名だけが入った、下請業者なのか、他社のものらしい小さ目のトラックが中心になり、ついにはこのトラックだけが残りました。未搬入の荷物もすべてこちらのトラックに乗せられていましたが、このことに気がついてからは不安がさらに募りました。今のところ、このパソコンには異常はなさそうなので、ほっとしていますが、パソコンに異常がないということは、当社の仕事の再開を遅らせることが主たる目的だったのか。

なお、自宅の引越しには、2度とも佐川引越しセンターのトラックで荷物は搬出、搬入されました。事務所の引越しだけがなぜ、他社名の入ったトラックが中心になったのか。不可解至極。このトラックに、当社の心臓部を乗せるためだったのか。事務所の引っ越し費用は約40万円、自宅の引越し費用の倍近い値段がついています。

 

● 佐川の悪意 7/20 7/21↓

すでにご報告しましたように、今回の事務所移転には佐川引越しセンター作業員による、悪意ある工作を感じざるをえない事態に遭遇させられていますが、新たな疑惑も判明しました。

使用中の売上台帳や請求書のファイル。いずれも手書きで記帳しているものばかりです。売上台帳は個人客を中心にした直販売上を、日々手書きで記帳しているものです。取次を介さぬ直販売上は、納品から入金まですべて当社で管理しなければなりませんが、それらの管理はすべて売上台帳を基にしています。その台帳がないとなれば、直販の売上管理ができなくなるばかりか、決算書作成時の資料も欠けることになります。

また請求書はすべて、納品伝票、返品伝票を一枚一枚チェックし、入金額も確認して手書きで作成したものですので、売上額も残高もほぼ正確に実態を記録しています。ですから決算書作成には、この手書きの請求書は非常に重要な基礎資料にもなっています。先日、請求書の発行が遅れていて、取引先から督促を受けましたので、急いで6月度請求書を作成しようとして、請求書ファイルも消失物の中に含まれていたことに気づいたのですが、それだけではありませんでした。驚いたことには、まだ未使用の無地の請求書伝票の箱までもが消えています!住所は当然のことながら、赤坂の前の住所が記載された伝票です。

さらに、4種類の名簿類までもが消えています。いずれも手書きの一点物の名簿ばかりです。その中には、当社創業以来使われてきた住所録も含まれています。創業者久本三多の筆跡で記されたものが中心になっていますが、著者をはじめとした多くの方々のお名前が収録されており、当社にとっては金銭で購うことのできない貴重な財産ともいうべきものです。また、わたしが平成14年10月1日に当社の代表に就任して以来、新たに書き加えて作成した新しい住所録も消失物の中に含まれています。さらにはわたしが手作りした、取次や書店などの取引業者の名簿も消失物の中に含まれています。これは市販されている業界関係名簿とは異なり、日々の業務の中で、当社と関係の深い取引相手の連絡先等を、大学ノートにファイルしたもので、分厚い名簿を調べなくともすぐに相手先が分かる、非常に便利な名簿ノートです。

ほかにも定期的に出荷する取次など取引先の一覧や最新の電話注文票綴りや、短冊に未転記の注文メモも、消失物の中に含まれています。これらの消失物は、わたしが見れば、外から見ただけで他の段ボール箱とは違うことが分かる箱に入れておりました。貴重な品々であるのはもとより、日々の営業にも欠かすことのできないものばかりです。移転作業の始まった6/29も、午後3時に電話とネット回線の新事務所への移転の手配をしていましたので、電話が鳴る間は、かかってくる電話注文にも応対しながらの引越し作業でした。その間、これら必需品を入れた箱を、口を開けたまま、わたしが座っていた椅子のすぐ側に置いていました。最後に、注文メモの綴りを入れた後に自分で封をして自分で運ぶ予定にしいたからです。

ところがふと気がつくと、その箱が見当たりません。周辺にはいくつか段ボールが段重ねで置かれていました。それらはまだ残っているのにもかかわらず、口を開けたまま置いていた箱だけが見当たりません。他の段ボールも一斉に運び出されたならば、わたしもすぐに気がつきますが、一番上に置かれていた箱だけが消えていたので、その一角はまだ動きのない印象でしたので、気づくのが遅かったわけですが、気づいてすぐに佐川の作業員の人たちに聞いて回りましたが、今、荷物を運び込んでいるトラックに入っているはずだとのこと。

急いでトラックを覗いたところ、前方の方に荷物が詰まってはいるものの、まだそれほど詰まってはいませんでしたが、下ろすまでは検品はできないといわれました。その頃はまだ佐川が悪意ある工作をしようなどとは夢想だにしていませんでしたので、すぐにも必要なものが入っている箱なので、この荷物を下ろす時にはその箱を取り出したいと伝えて、トラックから離れました。ところが荷物を下ろす前にスチール製の本棚を運びこまなければならず、そうこうしている内に、前の事務所から呼ばれて赤坂に行って帰ってくると、もうすでに荷物はすべて運び込まれていて探すに探せない状況になっていました。

それから2週間近くが経ち、荷物の整理もかなり進み、重要物の入った箱があるはずの一角も調べることが出来るようになりましたので、先日来から箱を探し始めていますが、どこにも見当たりません。佐川引越しセンターに問い合わせても、こちらが悪いといわんばかりの返事しか返ってきません。問い合わせや苦情には、現場には一度も立ち会っていない営業マンが窓口になっていますが、その営業マンは、そんなに疑うのなら、自分が行って荷物をすべて調べるとまで言ったのですが、すぐにも来て調べてほしいと返事をすると、保留です。やむなく、また繰り返し箱探しをしていますが、みつからないままです。消失物捜索に時間を取られ、正規の業務再開も遅れる一方です。

上段に移転時に紛失したものを具体的にご紹介していますが、紺色部分の物は見つかりました。これらの物を入れていた箱が見つかりました。この点に関しましては当社の事実誤認でしたので、お詫び申し上げます。(11/29)

新たに判明した消失物との関連で、それほど重要視していなかった消失物についてもご紹介します。その一つが、三つ折りに出来る台車です。これは三原時代からのもですが、場所取らずの便利な台車です。一階にあった前の事務所では台車はめったに使わなかったのですが、二階のマンションにある新しい事務所では台車は必需品です。佐川引越しセンターに問い合わせても、ないというだけ。出てくるまで待っていたいたのでは何時になるのか分からず、やむなく、先日普通の台車を買いました。

その2、廃棄机の中の物。前の事務所にあったスチール机を3台廃棄処分にしたのですが、処分は佐川に頼みました。それらの机の引き出しはほとんど空にしていたのですが、いくつか取り忘れた物が残っていました。以前、わたしが個人で買ったキャノンのスキャナーなども入っていました。縮小率に限界があり、もう使わないと思いながらも捨てようかどうしようか迷いながらそのままにしていたものですが、このスキャナーは、要るかどうか佐川の作業員は尋ねてから、処分していました。ほかにも使っていないネット回線用のモデムも同じ机の引き出しに入れたままにしていましたが、このモデムは机と一緒に廃棄されずに、新事務所に運び込まれた荷物の中に入っていました。ところが、同じ廃棄処分の机の引き出しに入れたままにしていた、3種類の大きさの太い輪ゴムの入った大きな袋3個は、新事務所の荷物の中には見当たらず、消えています。納品時、複数册の本を結束するために使うものです。

つまり、同じ机の引き出しの中の物の処分も、選択的になされていたということです。当社が業務を再開するためにはすぐにも必要となるものは消えているか、パソコン類のように搬入が意図的にストップされていたことになります。

7/1は4人もの作業員が来て(夕方の荷物の搬入時にはさらに増員!)、ほとんど一日かけてスチール製の本棚が4本組立てられただけだと前回書きましたが、この件についても後処理専門らしい営業マンに問い質すと、一日くらいは当然かかる。当社には熔接経験者がいるので、組み立てにもすぐ対応できたとのこと。組立式のスチール製の本棚をビスで止めるだけの作業になぜ熔接の経験が必要なのか。営業マンのトンチンカンさには驚くほかはありませんが、前日には、天井につかえるほどの一番大きな本棚が、別のスタッフによって数十分で組立てられていたというのに、なぜ7/1には朝から夕方まで、ほぼ一日かけて4本の本棚が組立てられなけれなならなかったのか。当社の心臓部に当る荷物の搬入を一時停止し、どこかに留置する口実を無理にも作るためであったということは明らかです。

7/5に、6日ぶりにパソコン類が当社に戻ってきましたが、同日夕方、出荷用パソコンを設置し、プリンターとも繋ぎ、早速、納品書を作成しました。その時は、やっと使えるようになったという安堵感の方が強く、数日経ってから気がついたのですが、納品書の日付は全く狂っておらず、7/5の日付が印字されていました。パソコンの電源は6/29に切って以来、7/5の夕方電源を入れるまで、佐川のトラック(実際には「HANADA」という名前の書かれたトラック)の中に留置されていたことになっています。丸一週間一度も電源に繋がないままで、パソコンの内臓電池が機能しつづけるのだろうかとの疑問が数日前から沸き起こり、ひょっとしてパソコン類は、どこかで覗かれていたのではないかとの疑惑すら抱くに至っています。パソコンを操作するためには、当然、電源に繋がねばなりません。電源を入れると、内臓電池も充電されることになります。

インターネットには接続していないこのパソコンには、商品出荷関係のみならず、何年分もの決算書データをはじめ、様々なデータが保存されています。パソコンを開けば、それらのデータはいとも簡単に抜き取ることも可能です。しかも抜き取っても、痕跡は残りません。ただ、一週間も電源を完全に切ったままの状態で、日付が全く狂わないなどということがありうるのかどうか、この疑惑は重要なものだと思われます。この種の基礎知識に乏しいわたしにはすぐには判断は下せませんが、なぜパソコン類だけが、一週間以上も佐川に留置されねばならなかったのか。また植木類も、運び込む意思さえあれば、すぐにも運び込めたはず。新事務所は、マンションにはめったにないと断言してもいいほど、広い広いベランダが窓際2方をぐるりと巡っています。7/5に運び込まれた植木類は、その広いベランダのごく一部に収まっています。

さらに今にして不可解に思うのは、パソコン類を最後の荷物として残すような作業の進め方をしたことです。玄関先には以前から段ボールが積まれていましたが、6/27の夜にわたしと長男一魔の二人で過去の経理関係書類など貴重な資料類を当社の段ボール箱に積めましたが、それらの箱が30箱近くになりました。その一部も玄関先に置いていました。6/29のトラックへの搬入作業はまず玄関先のそれらの箱からはじまりましたが、玄関近くに置いてあったホームページ用のMacパソコンの前でストップ。翌6/30日の搬入時にもパソコンは一番最後に回されました。玄関から中に入った経理、納品用パソコンやプリンターなども一番最後に回されたのはいうまもありません。仮に荷物をトラックに残さざをえなくなったとしても、なぜパソコン類が残されたのか。作業を進める過程ですでに、パソコン類を最後に残すような意図的な選択がなされていたことは明らかです。

また普通ならば、箱積め用の段ボール箱も事前に届けられるはずですが、今回の事務所の移転では、佐川の作業員が作業に来た6/28の午後3時過ぎに同時に届けられ、当社での事前の箱詰めは出来ない状況でした。ですから当社で本格的な箱詰め作業を開始したのも、6/28の夜からですが、長男は前日の6/28夜には、棚一本分くらいの本も箱積めしていました。事前に箱が届けられていたならば、本類はほとんど当社で箱積めは終わっていたはずです。段ボール箱がなかなか届かず、引越し作業が遅れるのではないかと不安を感じるほどでしたが、自宅の引っ越し費用の支払がかなり遅れたという事実もあり、当時は移転費用の額が大きいだけに佐川も支払に不安を感じ、作業開始をためらっているのかとも考えていました.。しかしそうではなく、この時からすでに、引越し作業を遅らせるためのシナリオが動き始めていたのは間違いありません。

これらの様々な疑惑を総合するならば、佐川の悪意ある工作は、単に当社の業務再開を妨害したものであるのみならず、偽の葦書房作りを企む連中を幇助する結果にもなっています。佐川の皆さんがそれを認識していたかどうかは不明ですが。

以上のような経緯を辿り、日が経つにつれて、佐川引越しセンターへの疑惑はさらに強まる一方です。前回は、佐川急便には直接責任はないので、集荷は従来どおり、佐川急便を使うと書きましたが、その後も佐川の移転作業における悪意ある工作があらたに判明し、当社に害を及ぼそうとした疑惑がさらに強まったことと、事後処理担当の営業マンの対応のあまりのひどさに怒りを覚え、今後、佐川グループとは一切取引をしないことにいたしました。新しい業者が決まるまで、しばらく出荷作業にも遅れが出る可能性もあり、お客様にはさらにご迷惑をおかけすることになりそうですが、どうぞご容赦ください。

引越しといえば、個人にとっても企業にとっても、引越し業者への信頼がなければ、恐ろしい事態が生まれます。当社の被害はその生きた事例ですが、当社に起こったことは必ず他でも起こりうるということは、これまでも数々の事件が証明しています。しかしとはいえ、わたしも事後に疑惑を感じるまでは、佐川の作業員に対しては、警戒を要するような疑惑は毛ほども感じていませんでした。むしろ暑いさ中での作業に、その労をねぎらうために、午前と午後の小休止タイムと作業の終わった後にはジュースやコーヒなどの冷たい飲み物を必ず差し入れていました。ただし6/28の夕方から7/1夕方までの間です。この間のジュース類の代金合計額は1万1737円となっています。7/5の荷物の搬入時には水の一滴も出していません。当然の事ですが。佐川引越しセンターは、顧客の善意に対し悪意をもって報いたわけです。

 

7/21 追記 大事なことを書き忘れていました。佐川への疑惑をさらに裏付けるものです。前の赤坂の事務所には表と裏の二ケ所に入口がありました。表の玄関は広目のニ車線の道路に面しており、広々としています。しかも玄関前には4.5メートルはありそうな広い歩道もあり、引越し作業をするには好環境にあります。裏口は普段はシャッターを下ろしたままで使ったことはありませんが、引越し作業中は裏口も開けていました。しかし裏口は、目と鼻の先で接するような感じで、八百屋さんや食堂や美容院などが並ぶ細い通りに面しており、大きなトラックを横付けするのは難しい場所にあります。

まともな引っ越し業者ならば、自分達の作業の簡便さを考える以前に、まず近隣周辺には迷惑をかけないような作業手順を考えるはずであり、それが基本の基本であろうと思われます。今回の当社のケースでも、裏口にトラックを横付けしての荷物の搬出は、極力避ける手順が考えられるべきでした。仮に裏口を使うにしても、裏口近くにある荷物を搬出するための、短時間の作業に止めるべきでした。

しかるに実際の作業では、裏口からの搬出が大半を占める結果になっています。大きなトラックは横付けできないので、「HANADA」トラックが連日裏口に横付けされていました。わたしもなぜわざわざ狭い裏口にトラックを止めるのか、不可解には思いながらも、注意をしようとまでは考えが及びませんでした。しかし今から考えると、表の玄関からの作業を進めていくと、順番として玄関前の植木類をすぐにも移動せざるをえません。新事務所には広い広いベランダがあり、すぐにも運び込める環境です。それを避けるために、表からの作業を中止し、裏口専門に変更した。

また、パソコン台は6/30に搬入しているにもかかわらず、上に載せていたMacパソコンだけはトラックの中に残したというのも、いくら考えても不自然です。表からの搬出をつづけていくと、表の部屋にあったこれらMacのみならず、Windowsの経理、納品処理専用パソコンや連続伝票専用のプリンター類も搬出せざるをえなくなるわけです。これらを最後に残すために、近隣の迷惑を顧みずに、裏口からの搬出選科にしたものと思われます。

実は作業中、赤坂周辺のご近所の方から、佐川は仕事が襲いねえと苦情をいわれてしまいました。当時、わたしはこの苦情の真意が十分理解できませんでしたが、今になって、いつまでも狭い裏口にトラックを横付けして作業をつづけられることへの、婉曲的な苦情だったのだと思い至った次第です。トラックは余り道路にはみ出さないように軒際ぎりぎりに止められていたこともあり、本当に申し訳ないことですが、それほどわたし自身も、ご近所にご迷惑をおかけしているとの認識が薄かったわけです。トラックだけではなく、大勢の作業員の作業そのものが道路を占拠し、周辺にご迷惑をかける原因になっていたのだろうと、後になって申し訳なく思っています。、

また新事務所になったマンションでも、佐川の仕事のやり方が原因で、二ケ所から苦情を受けました。現場で汗を流していた作業員のことを思うと、本当はここまでは書きたくはなかったのですが、佐川の悪意が明々白々であるとの思いが強くなるにつれ、寸毫たりとも情状酌量をする必要はないと思い、事実をそのまま公表することにしました。ただし、自宅の2回の引越しでは、ご近所からの苦情は一度も受けていません。

昨日、請求書がファイルと無地の未使用請求書の綴りが共々消失したと書きましたが、納品書の方はファイルも未使用伝票も共に当社に搬入されています。しかし納品書は、パソコンの日付の不自然さに気づいてからは使っていません。なぜ一方が消失し、一方が搬入されたのか。両者の違いは次のとおりです。

請求書は直接金銭の受渡しに絡む伝票であること。社名の表記が葦書房有限会社となっていること。そして発行済みの請求書は手書きであること。

一方納品書の方は、直販以外は、それだけでは即入金されるものではないということ。社名は図書出版葦書房と表記されていること。そして発行済の納品書のデータはほとんどすべてがパソコンに保存されていること。

パソコンに入力されたデータは必ず外部に漏れる、盗まれるという体験から得た教訓から、重要なものは手書きにしていますが、今回はそれが凶と出たのか。しかし凶の元凶は佐川です。

 

●パソコン異変 8/25

2週間ほど前になりますが、経理、販売管理専門のパソコンに異常な工作がなされていることに気づきました。納品書はすべてこのパソコンで作成していますが、移転前にはなかった納品書作成妨害が発生しています。佐川による意図的な移転作業怠業の結果、当社のパソコンすべてが一週間近く、佐川に留置されていましたが、当社の催促により、7/5に新事務所に搬入されたのは、すでにご報告した通りです。搬入後、パソコンが問題なく動くかどうかはわたし自身で確認しましたが、パソコンを使った本格的な納品書作成は8月に入ってからです。それまでは市販の納品書に手書きして納品していました。

請求書の入った箱は見つからず、納品書の入った箱だけはすぐに見つかったのですが、納品書は不特定多数のお客様にも使いますので、古いものは使用せず、新住所の入った新しい納品書を作ることにしました。以前使っていた納品書は文字が見えにくいデザインでしたので、すべての文字が鮮明に見えるようにデザインを少し変えて、新しい納品書を発注しました。7月末に新しい納品書が出来上がって以降は、従来どおりパソコンで作成しています。

納品事務は長男の担当ですので、わたし自身が納品伝票を作成する機会も暇もなく、異変に気づくのが遅れたのですが、2週間ほど前、長男が体調不良で欠勤。やむなく移転後、初めて自分で納品伝票を作成しはじめました。そこで異様な現象に遭遇しました。ある特定の書名を呼び出すと、それまで入力したデータがすべて消えてしまうのです。納品書は10品目記載欄がありますが、後半まで入力した所でこの妨害画面が出てくると泣くに泣けない気分に襲われます。移転前には一度も遭遇したことのない異変ですが、当初は事情が分からず、消えるとすぐさま入力し直す、また消される、めげずに再度の入力という作業を繰り返していましたが、その繰り返しで、ほとんど一日を費やしてしまいました。疲れも異常なものでした。

この異変が意図的な工作によるものだと気づいてからは、むやみと入力を繰り返すという愚は避けることにしていますが、パソコン類が佐川に留置されていたことと密接に関連していることは明らかです。そういえば、長男が新しい納品書で納品伝票を作成しはじめたものの、移転前にはあっという間に伝票を作成していたのに、いやに時間がかかるようになったことに不審を抱いていましたが、その理由がやっと分かりました。データ消滅妨害を避けるための、迂回策を講じているらしいということに気づいたからです。長男は、我が家を襲う犯罪被害に遭って以降は、自分の意思を言葉で表現することを避けていますので(あるいは表現できなくなっていますので)、他の事例同様、この異変についても、長男が自ら説明するということは一度もありません。わたし自身が直接体験して、初めて状況を理解するという経緯を辿っています。

長男は時間をかけて必要な書名をすべて入力していますが、通常の操作では、かなりの数の書名にデータ消滅の入力妨害工作が施されています。それらの書名にはいくつかの共通点があります。全部の書名を確認したわけではありませんが、最近受注した本の書名を入力し、消されるという作業を繰り返した結果、判明した共通点は以下の通りです。

(1) 売れ筋本であること。(2) 弦書房で出版している著者と同じ著者の本であること。これには売れ筋本と売行き不振本両方が含まれています。(3) ぼんぼん売れているわけではないが、わたしがおすすめ本コーナーなどで取り上げている内容からすると、ある特定の読者層に確実に売れると思われる貴重な価値高き本。

ということになります。つまり売れ筋本にデータ消滅プログラムが組み込まれているということは、納品書が作成できないということであり、悪質、陰湿な営業妨害工作以外の何物でもありません。加えて、当社の最大の財産である貴重な在庫を、不正な方法で奪取することを狙った工作であることも明らかです。しかも連中は、当社に対しては営業妨害をする一方、(2)からも明らかなように、弦書房に対しては利益誘導を図っています。

この異変に気づいてすぐに公開しなかったのは、当社のパソコンに対する不信が拡がることを恐れていたからですが、納品の遅れの原因を明らかにすべきだと思い、本日公開することにしました。また、当社に起こることは当社のみの特殊事情ではなく、どこにでも起こりうることだとの警告の意味合いも込めて公開することにしました。

こういう工作は、パソコンのプログラムのごく初歩的な知識があれば簡単にできるはずです。東証で大騒ぎになった語発注事件なども同様だろうと思います。このパソコン工作は佐川が直接関与したとは思われませんが、これらの犯罪幇助のために意図的な怠業をなし、当社のパソコンを一週間近くも外部に留置する先導役を果たしたのは明らかです。つまり佐川も共犯であるということです。

なお、7/5にパソコンと一緒に新事務所に搬入された段ボール類は、すべて黄土色の普通の段ボールばかり。非常に目立って、遠くからでもすぐにもそれと分かる、白地にブルーと赤で飛脚ひっこし便と書かれた佐川の箱は1つも含まれていません。つまり、これらの荷物をパソコン類と一緒にどこかで下ろしても、佐川の引越し荷物だとはまったく気づかれずにすむということです。ここまで荷物の選別をしていたわけです。

佐川引越しセンタ−がこれほどの工作役を引き受けるに至ったのは、犯罪者集団から佐川に対し、大きな利権の提供がなされていたからだと思われます。大きな引っ越し利権です。いうまでもなく、公的機関、公的施設の引越し利権です。つまりこの犯罪には、かなりな力をもった政治的集団が背後にいるということです。社会保険庁を6分割すれば、ここでも当然のことながら引越し利権が発生します。社会保険の統合を目指すといいながら組織を6分割するという無駄を敢行するのも、あらたな利権の喚起策にほかなりません。学校の統廃合、役所の統廃合に絡む引っ越し利権も同様です。

なお、パソコンの異変は、納品作業には時間がかかりますが、当分このままにしておきます。法的な措置を取らざるを得なくなったときの証拠として残すためです。また、わたしは、パソコンに関しての概念的な理解はかなりなものだと自負していますが、実際のパソコン操作の技術的な知識は初歩も初歩の段階であり、自分でこの異変に対処することは不可能だという事情もあります。他人に頼むのは危険この上もありませんので、当分は、不便をしのぶしかありません。

 

● 佐川と交渉 10/8

佐川引越しセンターから当社が受けた被害についてホームページで公開してきましたが、佐川からはまったく何の反応も返ってきません。被害を回復するためには、裁判を起こすしかなさそうだと思っていましたが、裁判は時間がかかります。移転作業のトラブルで、業務が遅滞しているという状態は一日も早く回復してもらわなければなりません。

直接の担当者に抗議をしても、佐川にはまったく責任はない。佐川の仕事を監視して注意をしなかった当社が悪いという詭弁まで弄し、すべての責任は当社にあると繰り返すばかり。その上、報復のつもりか、空いた段ボール箱の回収まで拒否されました。こんなひどい担当者相手では、いくら抗議をしても無駄だと、途中で抗議するのを止めてしまいました。ホームページに佐川への抗議を公開していますので、会社から何らかの反応があるのではないかと考えていましたが、まったく音沙汰なし。

実は、会計ソフトにも入力妨害工作がなされていました。素人のわたしが決算業務までこなすことができるのは、会計ソフトがあるからです。それが使えないとなると、決算もできません。佐川から反応が返ってくるのを、いつまでも待っているわけにもいかず、先月の22日に、佐川引越センター福岡支店の支店長宛に、A4用紙6枚の長文の手紙を郵送しました。

しかし一週間経っても何の音沙汰もありません。配達記録郵便で送っていますので、届いているか否かは調べればすぐにも分かりますが、まず佐川に電話をしました。後で支店長から電話があり、届いていることは確認できましたが、わたしが手紙に書いた内容についてはまだ十分には把握しておられない様子でした。ひょっとして、わたしが電話をした後初めて、支店長に手紙が手渡されたのではなかとの疑惑が、ふとよぎりました。そんな雰囲気でした。

その後10/1に支店長が来社され、佐川引越センターから当社が受けた被害とその経緯について概略説明しましたが、被害が多岐に渡っていることもあり、当社が受けた被害を一覧にして支店長宛に提出することにしました。話を迅速に進めるためにも、誰が読んでも一読即理解できるようにと、簡潔に箇条書きにしましたが、被害は25項目に及んでいます。その一つ、一つにつき佐川の回答を聞くというのが、来社時の支店長との確認事項でした。

そこで早速翌日の10/2に、被害一覧を作成しました。それが、A4用紙5枚に箇条書きにしてまとめた被害一覧です。作成して即日10/2に配達記録郵便で届けました。この被害一覧の送付を受けて、佐川の支店長から10/6に来社する旨の連絡を受け、当日両者の話合いがもたれました。この日の佐川の提案は非常に具体的でした。

被害25項目のうち、2項目についてはすぐ対処するとのことでしたが、その一つは、未回収の段ボールをすぐにも回収に来るということ。もう一つは、移転時、旧事務所にあった発送用クッション材を佐川の作業員が当社には一言の断わりもなしに勝手に使い、新事務所には一枚も搬入されていないことも被害の項目に挙げていましたが、そのクッション材の代替品を届けるというものでした。25項目のうちのたった2項目だけとはいえ、佐川の責任をまったく認めなかった担当者よりはましだともいえそうですが、その後の要求が恐ろしい。

この2項目への対処と引き換えのつもりなのか、当社のサイトに公開している佐川批判を下ろしてほしいとの要望を出して来ました。そんな要求を出してくる一方で、残る最も重大な被害の数々に対する回復、賠償についてはどう考えているかと聞いても、この2項目以外については答えられないとのことでした。こんな勝手な要求があるのでしょうか。被害の全面的な回復、賠償なしに、佐川批判を削除するわけにはいきません。

またこの日、支店長は、作業員が事務所内の配置を勝手に変えたのは、当社に良かれと思ってしたことで、悪意があったわけではいと釈明しました。そんな言い訳が通用するとで思っているかのと、唖然としました。顧客企業の心臓部ともいえるパソコンを外部に持ち出し、一週間近くも留置していたことも異常だとは考えていない様子に、話合う余地などあるのかと暗澹たる気分に襲われています。

忙しいこともあり、またこれ以上紛糾させずに解決できれば幸いだとの思いもあって、佐川批判は休止していました。しかし沈黙していても、事態はよき方向に進展するものではないということをあらためて思い知らされ、久々に佐川批判を追記しました。また、個人であれ、企業であれ、学校であれ、その他公共機関等々においても、引越し、移転には様々な危険が伴うことをお知らせすべきだとの思いもありました。引越し業者に対してそこそこの信頼がなければ、引越しなどできませんが、完全な信頼はもとより、そこそこの信頼すらも危ういというのが、目下の日本の企業モラルであり、個人のモラルの水準です。

● 交渉決裂 10/13

先ほど(午後7時頃)、佐川引越センター福岡支店の支店長が来社されました。当社が提示した25項目に対する回答を佐川に求めていましたが、交渉が延々と長引くことになりそうに思われてきました。経理関係のパソコンが使えないという状況は一刻も早く解消しなければならず、交渉を迅速に進めることにしました。そこで10/8に、当社が受けた被害に対して、包括的な損害賠償を佐川に求める文書を送付しました。

この文書に対する回答を持って、佐川の支店長が来社されたわけですが、佐川には責任はないというのが基本的な姿勢です。この点では、営業担当者と全く同じ。移転作業によって当社が受けた被害に対しては、責任を取る意思の全くないことだけははっきりと確認できました。このホームページでの佐川批判に対しては名誉毀損と営業妨害で訴えるらしい。顧客に多大な損害を与えても責任は取らず、佐川自身が被ったらしい損失については異様に敏感! 呆れ果てて物が言えぬというのが、ただ今のわたしの心境です。

裁判になりそうですので、余り細々とは書かずに、本日はこれにて終了といたしますが、佐川引越センター福岡支店は、自らの責任を逃れるためには、平然と大ウソをつく会社であることを、声を大にして赤の太字で書いておきます。同社は、以前は「福岡店」との名称でしたが、最近、「福岡支店」と変った模様。その分、本社との関係が強くなっているはずではないかと思われます。本件についての対応も、おそらく、本社からも指示があったはずだと推測しています。

 

●スキャナー異変 11/13  

追悼・稲尾和久氏を作成中に気づいた異変です。このページを画像つきで公開したのですが、画像が表示されておりません。移転後はスキャナーを使うヒマもなかったのですが、11/1の「佐野眞一氏提訴」お知らせ時に、移転後はじめてスキャナーを使って画像を撮ったのですが、web上に表示されませんでした。原因を調べたところ、画像は「jpg」の拡張子をつけて保存したものを転送するのですが、転送先のサーバー内には「jpg」のあとに「.bin」という余計な文字が付着していました。web上に表示されないはずです。画像を何度転送し直しても結果は同じです。初めからスキャンし直しても結果は同じです。移転時にスキャナーにまで細工されたのかと思いましたが、まさかここまでするのかとの思いもあり、この異変は公開しませんでした。

しかし今夜、追悼の画像が表示されないという事態に直面し、あらためてこの異変の実態を調べてみました。やはり今回も拡張子「jpg」のあとに「.bin」が付いています。このパソコン内に保存している画像ファイルには、わたしが付けた拡張子「jpg」しか表示されていません。サーバーに転送される時に「.bin」が付着するらしい。サーバー内で名前を変更して「.bin」を削除してもwebには表示されません。

そこでサーバーを一旦閉じて、再びサーバーを開き画像ファイルを調べると、「.bin」を削除した画像ファイルそのものが消えています。webに表示されないはずです。ということは名前変更で「.bin」を削除すると、画像ファイルそのものが消えるプログラムが組込まれているらしいと思われます。「.bin」が付着していても表示されませんし、削除しても表示されないという複雑な仕掛けがさされていますサーバー内の文字が余りにも小さいので見落としていました。画像ファイルはサーバーに残っていました。しかしwebには表示されません。紫部は誤認部分です。(11/4)

昨夜は時間が遅くなり、検証途中で当ページを公開して帰ったのですが、本日出社して検証し直したところ、異変の原因がやや違ったところにあることが分かりました。画像ファイルを保存しているパソコン内の保管場所では、わたしが付けた「.jpg」の拡張子だけしか表示されていませんが、転送ツールFetchを使って転送する時に表示されるファイル名には「.bin」が付着していました。そこで「.bin」を削除して転送したところ、サーバーには「.bin」の付かない「jpg」だけの拡張子のファイルが保存されました。しかしwebで当ページを開いても画像は表示されません。ということは、このパソコン内で保存されている画像ファイルは、表面上では「jpg」の拡張子だけになっていますが、実際には「.bin」の付いた、隠しファイル名が組込まれているのではないかと思われます。

ファイル名が一致しないと、いくらサーバーにファイルを転送しても表示されません。しかしかといって画像ファイル名そのものを「.bin」付きに変えてしまうと、ファイルの性質そのものが損なわれしまいます。いずれにしてもこの細工のなされたスキャナーを使う限り、画像は表示されないということです。

東京でエディター・ショップの仕事を続けていた時に、メールアドレスに、隠しアドレスが組込まれるという事態に遭遇したことがあります。表面上のアドレスは知人のアドレスですので、安心してメールを何度か送ったのですが、相手には届いていないということが分かりました。不審に思ってメールアドレスを何かよく分かるぬまま、操作している渦中で、表面に見えるアドレスとはまったく別の見知らぬアドレスが組込まれていることを発見しました。パソコンの仕組みなどほとんど分からぬ頃の出来事で、まったく偶然の発見だったのですが、すぐさま、エディター・ショップのホームページで、「隠しアドレス」にご用心」という警告文を公開しています。

当時の体験からも、このスキャナーにも、隠しファイル名のプログラムが組込まれているはずだと判断した次第です。CGIを使ったカウンター表示も隠すという意味の「bihind」を入れるとweb上には表示されませんので、隠し文字そのものはプログラム言語としてはごくありふれたものだろうと思いますが、システム全体の動きの中で隠し文字を目的(今回の場合は乗っ取りのための悪目的)達成のために有効に使うには、かなり専門的な知識がないと不可能だろうと思います。(11/14)

これらの異変は、移転後にスキャンした画像にのみ起こっている怪奇現象です。移転前にスキャンして転送した画像には、まったく異変はありません。サーバー内で細工されたものではないのは明らかです。移転前も移転後も同じスキャナーを使っていますので、スキャナーに細工されていることは明らかです。このスキャナーも含めて、パソコンとパソコン関係機器のすべてが佐川引越しセンター(本当は別の場所?)に一週間留置されていましたので、その間に細工されたものだと判断せざるをえません。これほど手のこんだ細工をするとは、かなりのIT技術の知識の持ち主が関与しているものと思われますが、当社の移転に際し、当社のパソコンと関連機器に細工する計画が、そもそもの初めから立てられていたことは明らかです。告発の思いをこめて画像なしのまま公開します。参照追悼・稲尾和久氏

 

●プリンター異変 11/15

スキャナーまでやられていたので、ひょっとしてプリンターもやられているかもしれないと思い、本日初めて梱包を開けて、調べてみました。三原時代から使っているOKIのMICROLINE 1035です。とても立派なプリンターですが、やはり、このプリンターにも異変が起こっていました。webから印刷しても、パソコン内に保存されているファイルから印刷しても、ごく一部の文字を除いては、まったく文字が印刷されません。びっくりして、焦ってしまいましたが、原因はすぐには見当がつきませんでした。しかし、色んなタイプのファイルやページをあれこれ印刷している内に、画像は印刷されることと、白色も含めて色文字は印刷されることに気づきました。つまり、デジタル画面上で、黒色表示されている文字は印刷されないということです。おそらく黒色<black>(実際のプログラムでの色指定は、数字やアルファベットの組合わせによる記号でなされますが)に、印刷不可のプログラムを組込む、不正工作がなされているのではないかと思われます。なお、このプリンターはカラー対応型ではなく、黒一色のインクを使用するモノクロ型です。

これでパソコンと関連機器のすべてに、不正工作がなされていたことが判明しました。これはもう明らかに、当社の財産破壊を狙った、犯罪以外の何物でもないと判断せざるをえません。

二口ガスコンロも消えたまま、今も見つかっていません。またこの新事務所の天井のクロスが破られ、傷つけられたままです。天井の一件は、大家さんからクレームがくるかもしれないと思って今日まで公開しませんでしたが、ついでに公開いたします。破った作業員ご当人からはもとより、何度も来社され、破れた天井を見た佐川引越しセンターの支社長からも、一言のお詫びすらありません。呆れ果てた会社です。ミスをしても謝るな!というのが、同社の鉄則なのかもしれません。

 

●奇妙な掲示板 08/1/12

 昨年の20日過ぎのことです。ある方から、上記「スキャナー異変」の症状を直す方法が掲載されているwebのあることを教えていただきました。教えていただいたアドレス http://www.tohoho-web.com/lng/199812/98120016.htm にアクセスすると、そこは掲示板でした。何と当社の異変とまったく同じ症状についての応答が掲載されていました。1998/12/4という随分古い日付になっていますが、本当なのか大いに疑問を感じながらも、ここにあるような設定でファイルを転送し直しました。しかし、やはり画像は表示されません。

とはいえ、すぐさま掲示板どおりに操作をしたわけではありません。こんな例が他にもあったのかという驚きや、この問答は事実なのかどうかという疑いもあり、この掲示板を信用していいのかという根本的な疑問に襲われたからです。この問答を教えてくださった方は、わたしに危害を加えるような方ではないということは重々承知していますが、想像を絶するような被害に襲われつづけてきましたので、安全かどうかということをまず考えてしまうという習性が身についてしまっておりますので、実際に試すまでにはかなりの時間がかかりました。

加えて英語の表記ゆえ、すぐには意味が分からないということもありました。「Raw Data」の「Raw」の意味が分からず、辞書を引いたところ「生(なま)」という意味だということが分かり、これなら大丈夫だろうと考えました。変形前の原型ということだろうと判断したからです。これだけの迷いや手間ひまをかけて設定を変更したのですが、画像は表示されませんでした。OCNのサーバー内には「.bin」のつかない「.jpg」のファイル名になっていますが、画像は表示されません。わたしが手動で転送時に「.bin」を削除して転送した方法(上記掲示板の「問い」でいう、RENAMEでの変更)と同じであると思われます。従って、その結果も同じでwebには画像が表示されません。掲示板の問答そのものも、偽造ではないかとの疑いはさらに強まりました。

また転送ツールのFetchを新品に変えたらこれらの症状が改善されるかもしれないと思い、Fetchのホームページから新しいFetchをダウンロードして試してみましたが、結果はまったく同じです。つまり転送ソフトに原因があるわけではないということです。また、当サイトに以前から掲載していた炭坑の本フェアロングセラー書評(このページのアドレスが「rong」となっていますが、わたしが作成したものです。後ですぐ気がついたのですが、中学生でも知っている「long」を間違えてみっともないなあとは思いながらもそのままにしています。正しい表記に変えると、リンクのアドレスも全部変えなければならず面倒だと思ったからです。ご容赦ください。久本福子)の画像が消えています。

炭坑の本フェアロングセラー書評のページから画像が消えているのは、移転後気づきました。移転前にもこれらのページは時折覗いていましたが、異常はありませんでした。画像ファイルは残っていますので、何度か転送を試みたのですが、上記ファイルとまったく同じ症状になります。移転前にスキャンして保存していた画像ファイルも、移転後搬入されたパソコンで新たに転送すると、画像が表示されないというまったく同じ異変に見舞われています。ということはつまり、これらの異変はスキャナーそのものに原因があるわけではなく、また転送ソフトに原因があるわけでもなく、これらの機器を操作するパソコンそのものに原因があるということです。

経理、商品管理専用のWindousでもソフトだけの異変ではなく、パソコンそのものに異変が加えられたと判断しています。見積りを取るために依頼した専門業者の診断でも、同様の結果が出ています。因に、炭坑の本フェアロングセラー書評から消された画像の本はすべて、納品書作成時の入力妨害対象品にもなっています。

 

●修理と佐川の異常 2/4

見積りを依頼していた業者に、実は大塚商会ですが、2/1にパソコンの異変の修理をしてもらいました。大塚商会は当初すべて新しくする予定で見積りを出していたのですが、佐川引越しセンターとも相談した上で、修理をすることになったとのことで、担当者が来社されました。ソフトに不具合が生じているとのことで、少々時間はかかりましたが、基本的にはパソコン類の異変は改善され、画像の転送時の異変を除き、復旧しました。

Windowsの異変は漢字変換ソフトの不具合らしいとのことで、Office2000のCD-ROMを使って復旧。一度目のインストールでは成功せずに、2度目のインストールで成功。この成功で、Quick出版と大蔵大臣の異変は直りました。なぜこういう異変が起こるのか、不正プログラムを流し込んだのではないかと担当者に尋ねたところ、理屈としては起こりうることだけれども、引越しだから移動時の外部からの衝撃で起きたのではないかとのこと。衝撃で起きるのなら、すべての書名やすべての文字入力に対して起こるはずだ、特定の書名や文字を選択して起こるのはおかしいと尋ね返すと、よく使うデータから起こるとのこと。めったに注文の来ない本でも、おすすめ本で取り上げている、貴重な本には妨害工作がなされています。

どうも納得のいかない説明で、素人には故意になされた妨害工作としか思えませんが、仮に衝撃で、漢字変換ソフトに選択的に異変が起こったとしても、非故意による佐川引越しセンターの責任であるのは明らかです。仮に非故意によるものだとしても、旧事務所から即新事務所に搬入されていたならば、パソコン類の衝撃を受ける度合いもはるかに低かったのはいうまでもありません。

黒文字だけが印字されないというプリンターの異変も、ソフトの設定に問題があるらしいということで、担当者は様々な設定を試みていました。メールもまったく印字されません。あれこれ試している内にやっと黒文字が印刷される設定が判明したのですが、その設定を保存することができません。通常チェックボックスにチェックを入れると必ず保存されますが、チェックをしても、その場限り。新しく印刷操作をし直すと、入れたはずのチェックがはずれていて、黒字が印字されません。担当者は会社に連絡を入れて相談しながらチェックの保存方法探っていましたが、やっと保存に成功。黒字が印字できるようになりました。

このプリンター異変は、黒字だけが印字できないようなプログラムを、誰かが流し込んだのではないかとわたしが担当者に尋ねたところ、この疑問に対しても担当者は、理屈としては起こりうることだけれども、このプリンターの異変も外部からの衝撃による、単純な設定ずれだとのこと。パソコンはちょっとした衝撃でも簡単に設定が狂うものだと答えました。わたしは納得出来ず、以前、ノートパソコンでホームページを作成していた頃、盗まれては困るので毎日持って帰っていたけれど、一度も異変は起こったことはないと言ったところ、ノートパソコンは移動に対応した作りになっているので、壊れにくいと応じました。

大塚商会の担当者としては、佐川引越しセンターの故意による異変工作によって被害を受けたという、当社の主張を裏付けるような言質はとられたくないということなのでしょう。事実はっきりと、自分は単に修理にきただけで、佐川の責任問題については一切関知しないとのことは、繰返し口にしていました。もっともといえばもっともですが、技術者としては、ほんとうにこういう異変が自然に、不可避的に起こることなのかどうか、もう少し中立的に診断してくれてもよかったのではないかと思われてなりません。担当者個人の問題というよりも、大塚商会の会社としての姿勢の問題ではありますが。

最後に残ったのが、画像転送時の異変ですが、この異変については、この担当者には直接修理はしてもらっていません。この日来社した担当者はホームページは自分の専門外なので、詳しいことは分からない。ホームページ作成の専門家に見てもらった方がいいとのこと。しかしホームページ作制の専門家には絶対に見せたくないので、症状を説明して、差し支えない程度に、OCNのサーバーも開けてデータを見せたところ、一旦「.bin」がついたままでサーバに送ると、後で「.bin」をはずしてもダメなので、サーバー側の画像データを完全に削除してから、新しい画像を送らないといけないのではないかとのアドバイスをもらいました。

時間も5時を過ぎていましたし、ホームページのデータ類をあまり長時間見られたくないということもあり、担当者のアドバイスを受けて自分で修復をやることにしました。不要ファイルの完全削除というのは、記憶装置そのものだというパソコンの最大の特性を考えると、あらためてなるほどと納得させられました。そこでアドバイスどおりにやってみたところ、一部は成功しましたが、今なお画像が表示されないものもあります。本日、大塚商会の担当者にはその旨報告しましたが、パソコンが原因ではないはずだとのこと。では何が原因だというのでしょうか??? 担当者は電話口の向こうから、サーバーに原因があると、あらためて強調しました。(こちらから大塚商会に電話をかけたところ、Kさんは不在ということで、後でKさんから当社にかかってきた電話でのやりとりです。)

サーバ、サーバと強調する、ホームページに関する大塚商会担当者の発言は、時間が経てば経つほどますます不可解さが募ってきます。ホームページの専門家に見てもらって、サーバー内のデータを、全部新しく入れ替えた方がいいということを繰返し口にしていました。異変が起こっているのは、移転後に転送した画像ファイルだけです。にもかかわらず、なぜサーバ内のデータを全部入れ替える必要があるのか。考えれば考えるほど恐ろしいアドバイスです。パソコンの知識が全くのゼロならば、この忠告どおりにやっていたと思います。その結果、当サイトのデータ転送日時までもが、一斉に新しく書き換えられてしまいます。

ところで佐川引越しセンターは、昨年12月の半ば頃、支店長が佐川急便の責任者と来社。引越し費用を払ってくれとの催促での訪問です。引越が正常に終わっていないのに払えるわけがないと突っぱねると、それはそれ、これはこれで、引越し費用は払ってもらわないと困ると執拗に迫ります。引越し被害で、営業に支障を来し、売上が減少しているのに責任は感じないのですかと言い返すと、被害の賠償は必ずするので、引越し費用は払ってくれと言い募ります。やり繰りして仮に払ったとしたら、賠償どころか、被害を与えたことすら無視するはずだと言い返しやりました。

事実、佐川引越しセンターは、支店長からして大ウソをつきます。一週間近くもパソコンと関連機器すべてを含む荷物を佐川に留置していた事実をごまかすために、引越しそのものを一週間延期して、荷物の梱包を開けて本棚に整理する仕事も佐川がしたという、本当に卒倒しそうな大ウソを平然とつきます。改めていうまでもなく、佐川には旧事務所では箱詰めもしてもらいましたが、新事務所では一箱たりとも開けていません。支店長がこの大捏造話を書面にしてきたのを見て以来、社内の片づけを、やむをえない場合を除いては、完全にストップしました。社内に大量の段ボールが積み上げられた状態が、どれほど日々の業務の障害になっているか。本の整理ができないのはもとより、社内の行き来にも難行苦行状態で、注文を受けても本をすぐには引き出せない状況が今なお進行中です。

自社の責任逃れのために、これほど平然と大ウソをつく会社が他にあるでしょうか。佐川引越しセンター以外には絶対にないと断言します。これまでここまでは公開してこなかったのは、公開すればこの捏造話を本物らしく見せるための様々な工作、作業員への口裏合わせや書類の改竄などを怖れていたからですが、冷静に考えれば、これほど大掛かりな捏造工作はそう簡単にはできないはずだと判断し、公開することにしました。

これほど犯罪的な大ウソをついてまで責任逃れをしたばかりか、昨年12月の引越し費用の催促時には、ビデオカメラを持参し、社内を隈無く撮影して回りました。社内の様子を写しておきたいからというので、わたしは善意に解釈し、今なお正常に戻っていない状況を写して、佐川の方で検討する材料にしてくれるのかと思い、許可しましたが、奥の本の保管庫まで入り込んでいったので、ぎょっとしまた。しかしわたしが紛失したといっている物を、どこかに隠しているのではないかと疑っているらしく、それらしき言葉も口にしたので、呆れ果てて、ベランダも含めてどこでも見て下さいと言うほかなく、すべてを見せて、ビデオ撮影もやりたいだけやってもらいました。

しかし肝心のパソコンの障害は写す様子はないので、わたしがパソコンの障害状況も実物でみてほしいとこちらからビデオ撮影を促して、撮ってもらいました。一日も早く正常に復旧してほしいとの一念からでした。それから一月半も経ってやっと回復したわけですが、ビデオ撮影した後遺症が出ています。この新事務所への移転後は何一つ異変は起こっていなかったのですが、佐川のビデオ撮影後、事務所から物が消えるという無気味なことが起こっています。現在の事務所はあらゆる物が渾沌としていて、仮に解錠されて出入りが自由になって、誰が入ってきても、どこに何があるかはまったく分からない状況です。

しかしビデオは、人間の肉眼では簡単に把捉できない、細部の細部に至るまで鮮明に写し出します。後でビデオの危険性に気づき、佐川引越しセンターの支店長に電話をして、ビデオ撮影後、物が紛失していることとビデオ映像の危険性を訴え、フィルムを当社に返還ないしは預けてほしいと伝えたところ、支店長はビデオ撮影と物の紛失の因果関係は証明できるのかと反論。フィルムの返還については、すぐには答えられないとのことでした。数日後電話があり、フィルムも渡すことはできないとの返答でした。そこで盗難予防を兼ねてビデオの件も公開することにしました。うっかり許可したこちらにも責任があるとはいえ、佐川引越しセンターは異様、異常な会社だといわざるをえません。

 

●画像復活!2/6

画像が完全復活(追悼稲尾和久)いたしました。記憶装置そのものであるというパソコンの特性は、文字部分だけに作用するのではなく、画像ファイルそのものにも及ぶのではないかと考え、先ほど、画像を新しくスキャンし直してアップしたところ、無事表示されました。2/1は、画像ファイルそのものを新しくスキャンし直すことにまでは頭が回らなくて、大塚商会の担当者からサーバ、サーバと言われたこともあり、サーバーとパソコン内で送信、削除をいやというほど繰返していました。そしてあっという間に、夜も10時近くに。

いくら削除しても表示されない画面を見ながら、ひょっとして画像そのものをスキャンし直した方がいいのかもしれないとも考えましたが、疲れの余り、ボタン一つ押す気力も出て来ませんでした。昼間は何か細工をされても困りますので、大塚の担当者の修理具合を、片時も目を離さずに見ていました。これも結構疲れる作業です。その上、夜は、送信、削除の繰り返しで、精も魂も尽き果てたという感じでした。

今日は、画像そのものも更新すればいいはずだとほぼ確信してスキャンし直したところ、無事復活いたしました。とすると、大塚商会の担当者が繰返し強く勧めた、ホームページの専門家に依頼してサーバーのデータそのものをすべて入れ替えた方が言いというアドバイスの恐ろしさは、いや増しに増してきます。ただ、この担当者がほんとうに大塚商会から派遣されてきた人物だったのかどうかには、やや疑問が残ります。

というのは、Kと名乗っていたこの担当者は、当社の担当者として何度も来社していると話していましたが、わたしが当社代表に就任以後、コピー機の保守点検で大塚商会のKさんが何度か来社されたことはありますが、2/1来社のKさんはまったくの別人物で、見たこもありません。また出版業界専用のソフトQuick出版も、当初は使い方が分からず、大塚商会からは何度も来てもらっていますが、その時の担当者とは名前も違い、まったくの別人物です。その後は、使い方も分かってきましたし、経費節減の必要から大塚商会との保守契約はすべて解除しています。帳簿を見れば正確な解約日時は分かりますが、少なくとも4年以上前から解約していますので、大塚商会からは誰も当社には見えていません。

今回見積りを依頼した大塚商会のkさんは、以前に何度も来社されたKさんの声でしたので、てっきりそのKさんが来社されるものとばかり思っていましたが、実際に来社されたKさんは見たこともない人物で、年令もKさんよりもはるかに若い、まったく別人のKさんでした。このKさんが以前にも当社に出入りしていたというのは、わたしが当社代表に就任する02/9/30以前のことか、そうだなければ全くのデタラメだということです。これを書きながら、この別人Kは、ひょっとして大塚商会ではなく、佐川引越しセンターから直接派遣されてきた人物だったのではないかと思えてきました。となると、当社の移転による被害は、想像以上の恐るべき陰謀によって、事前に準備されていたことになります。

 

●復旧ならず 2/15

先日、パソコンと関連機器が修復した旨お知らせしましたが、やれやれと思ったのも束の間、再び修復前の状態に戻ってしまいました。おそらくソフトの設定だけでは対症療法的な修理しかできないのではないかと、素人なりに判断しております。大塚商会にも電話して、根本的な修理の方法はないのかと問い合わせてみましたが、ないとの返事でした。そこでやむなくその旨、佐川引越しセンターにも文書で連絡しております。一体いつになったら正常に戻るのか。ほとほと疲れ果てています。

大塚商会の金丸氏の一件は、ご当人にも電話で再確認しましたが、どうやら大塚商会の社員ではあるらしい。わたしには金丸氏が二人いるようにしか思えないのですが。修理にまつわる事の顛末をこのホームページに書いているので、読んでおいてくださいと伝えておりましたが、金丸氏と電話で話しても、このページに対する疑問や反論は一言もありません。不思議といえば不思議です。

 

 ●ペテン師佐川 4/25

何時まで経っても佐川の被害が回復されず、もううんざりの極みにあり、告発文を書き加える気にもなれず放置していました。しかしつい先日、佐川引越しセンター福岡支店の支店長が来社されたものの、まるでペテン師だと思わざるをえない対応をされたので、やむなく久々に告発文を書くことにしました。

裁判になると1年か2年ぐらいはかかりそうだと思い、直接交渉をつづけてきましたが、もう10ヶ月も経ってしまいました。見積書を出せば被害を弁償するといいながら、見積書を出しても、被害はまったく弁償されていません。それどころ、引越し費用を払えという催促だけは何度も寄越します。引越し費用は、引越が問題なく完了した時点で払うもの。引越しの結果破損などの障害が生じている以上、その被害が弁償されないままでは払うことは出来ないと支払いを拒否していますが、先日も支払の督促に来社されたわけです。

当社が佐川引越しセンターから受けた数々の被害の内、天井の傷については修復するといったものの、それ以外についてはまったくの無視。しかも肝心要のパソコン類については、大塚商会を派遣して修理に当らせたので、それで被害は回復したはず。それ以上の責任は佐川にはないとまでいう始末。しかも困っている時に人(大塚商会)を派遣して修理してあげたじゃないですか。こちらはきちんと対応してますよとの、図々しさ丸出し。特許のページ(4/4付け「拒絶理由通知書」)を見ての言い種のようですが、パソコン類に不正工作をして使用不能にしたという、通常の引越では起こり得ぬ異様な被害を当社に与えたことへの、佐川自身の責任にについてはまったく自覚していない言い種です。呆れ果てて言葉もありません。

さらにその上、パソコン類は修理した直後は使えるようになったものの、すぐに使えなくなったということについては、まるで当社の責任だといわんばかりです。2/1に大塚商会から派遣されたという金丸氏は、当初は修理に来たとはいわずに、状態を調べるために来たということでした。修理できるかどうかの自信がなかったからだと思いますが、とりあえずは使えるようにはなりました。しかしすぐに元の使用不能状態になったことに関しては、完全修復は不可能だと答えています。これで壊したパソコンの修復は済んだという、佐川引越しセンターの無責任さには怒りを覚えます。

画像も数多く、表示不能になったままです。webで非表示になっている画像も、画像ファイルはすべてパソコン内に保管されています。しかしそれらの画像はそのまま転送しても、まったくweb上には表示されません。転送時の設定に注意しながら何度も転送し直しましたが、何度転送しても表示されません。書籍ご案内ページの画像が抜けたままで、気にはなっておりますが、以上のような次第です。

佐川引越しセンターは、2/1の大塚商会からの来社で、天井の傷以外以外には賠償の責任はないと主張していますが、こんなことが罷り通っていいのでしょうか。被害はきちんと賠償するという支店長の言葉を信用して、今日までうかうかと過ごしてきましたが、名の知れた会社といえども、うかうかと信用してはいけないということなのでしょう。

なお、以前07/7/1追記部分で、当社の旧事務所の前は1.5メートルの歩道があると書きましたがが、事務所前の歩道は4メートル(昨日は4.5メートルと書いておりましたが、訂正します。4/26)ほどあります。佐野事件で、佐野氏が実際には当社の旧事務所を直接訪問せずに『だれが「本」を殺すのか』を執筆したのは明白ですが、それを証明するための証拠の一つとして、旧事務所の周辺図を提出しました。裁判所に提出する証拠ですので、道幅なども実測しました。その結果旧事務所前の歩道は、1.5メートルどころかその3倍もあることを知った次第です。

それでこのページの数字も訂正しなければとは思いつつも、いくら書いても佐川にはプレッシャーにはなっていないようなので、ついつい面倒にも思い、そのまま放置していましたが、今日、久々に更新したついでに訂正することにしました。1.5メートルと4メートルとでは、佐川の意図的な悪意ある工作の作意の悪辣さの度合いも格段に違って来ます。これを書きながら、そういえば歩道として整備される前は、事務所前は駐車場として利用していたことも思い出しました。事務所前のこの駐車場には、大型バンのみならず、大型ワゴン車まで止めていました。その先に歩道がありましたので、車の長さからしても、どう考えても1.5メートルのはずはないわけです。

この駐車場スペース分も含めてすべてが歩道になりましたので、歩行者にはご迷惑をおかけいたしますが、一時的に大型トラックを止めるぐらいは十分に許される広さがありました。しかもこの歩道と平行して走る車道の幅は8メートル(昨日は11メートルと書いておりましたが、訂正します。4/26)あり、向いの歩道も4メートルあります。車の走行量も少ない。おまけに近くにある筑女高校の下校時以外には、人通りも少ないという場所柄です。

以上のような環境にある旧事務所前は、引越し作業をするにはまたとないほどの好適の場所でした。しかし佐川引越しセンターはこの広いスペースのある事務所前の玄関からは荷物を運び出さずに、商店の並ぶ、狭い裏口に小さめのトラックを横付けして荷物を運び出し、搬出に無用な時間を費やしたばかりか、玄関先にあったすべてのパソコン類を一番最後になるような段取りをとり、パソコン類を佐川のどこかに運び込んだ挙句に、パソコン類に不正工作を施しました。

これほど不自然きわまりない工作をした佐川引越しセンターが、天井の傷の修理だけでごまかそうというのは、ペテン師以外の何物でもないと、声を大にして訴えたい。

なお、4/25付けペテン師佐川についても一言付け加えます。引越し当日は、佐川の大型トラックも配車されて玄関前から荷物を搬出していました。大型トラックでは、本棚も解体せずにそのまま載せて、新事務所にそのまま搬入しますので、一回に15台以上もの本棚が運びこまれました。しかし途中からは、大型トラックは、事務所の向かいの道路際に止められたままで、HANADAの名前入りの中型トラック一台だけを使って裏口から搬出し始めました。大型トラック担当の佐川の従業員も3、4人、手持ちぶさたにトラックの側につっ立てていました。人手も大型トラックもむざむざと休ませたまま、わざと搬出に時間をかける手はずに突如変更させられてしまったわけです。

当時はなぜなのか考えることもしませんでしたが、事が終わった後に、玄関側にあったパソコン類を動かさずに済ますための搬出法に変更させられたということに思い至りました。また本棚も、大型トラックなら解体せずに運ぶことが出来たにもかかわらず、大型トラックは広くて通行量も少ないのを幸いにとばかりに、ずっと道路際に止めたまま使わずに、中型のHANADAトラックに載せるためにか、本棚まで解体し始めました。二重、三重に時間のかかる作業手順に、意図的に変更させられたのは明らかです。その挙句の、佐川引越しセンターへのパソコン留置です。(5/1)

●デジタル新聞1号異変 5/1
(上記
5/1付け赤字部分もお読みください。)

昨日、ネットで「デジタル新聞葦」をGoogle検索したところ、デジタル新聞葦1号がすぐさまヒットしました。クリックしてびっくり。形が崩れています。移転後しばらくしてデジタル新聞1号の異変に気づき、レイアウト枠を各号共通の数値に作り変えました。てっきりそれで正常化されているとばかり思っていましたが、昨日崩壊した1号を目にしてショックを受けています。昨日は、他には異変はないか調べてみましたが、異変はデジタル新聞1号(無料化以降の「デジタル新聞葦」1号のアドレスはshinbun-ashi-1-2.htm)のみです。当初、「デジタル新聞葦」は有料化しておりましたので、アドレスもすぐには推測されないように複雑(shinbun-ashi-1btp68j.htm)にしていましたが、同じ「デジタル新聞」1号でも、有料用の1号は正常です。

 崩壊したままではみっともないので、昨日は正常化しようと、何度も基本枠を、各号共通の大きさに作り変えようとしたのですが、枠の大きさを共通数値に変えても崩れは直りません。何度やっても結果は同じです。有料用は正常ですので、こちらのアドレスに変えようかとも考えました。しかし崩れは、佐川引越しセンターに留置されていた時期に含むshinbun-ashi-1-2のアドレスの1号のみです。2号以降にはまったく異変はありません。ということは、この異変も間違いなく佐川引越しセンターに留置されていた時に不正工作を加えられた結果であるのは明らかです。そう判断しましたので、崩れはそのまま残して、佐川引越しセンターの犯罪をあらためて告発したい。(以上は「佐川事件」のページにも掲載します。)

 

●ウソつき佐川 5/12

もうすでに「ペテン師佐川」(上記4/25付け)と命名していますが、あらためて「ウソ付き佐川」として告発いたします。なぜあらためて「ウソ付き佐川」と告発するのかといえば、佐川引越しセンターが、引越し期日に関して、信じられないような大ウソを付いているからです。同社と当社の間で事前に交わした契約書では、事務所移転の期日(搬出搬入日)は平成19年6月29〜6月30日となっています。つまり29日と30日の二日で移転を完了するということになっていました。しかしすでに繰返しご報告しておりますように、30日に旧事務所からすべての荷物を搬出するという作業の方は契約書通り履行されましたが、新事務所への荷物の搬入は、上記掲載のような不可解な状況のもとで、大幅に遅れてしまいました。

ところが驚いたことには佐川引越しセンターは、当社移転の期日を6月27日〜7月5日としています。6/27〜7/5は6/29〜6/30としている契約書とは全く異なった期日であるのみならず、実際には佐川からは誰も当社に来たこともない日までを勝手に引越し期日として捏造しています。6/28の3時すぎに佐川から段ボール箱が届けられましたが、段ボールの搬入だけですので、これは移転業務としてはカウントされるものではありません。

ただ契約書を渡された時に、6/28の3時過ぎに、箱積めのための人を派遣するということは事前に連絡は受けていました。この日の箱積めは、無償のサービスだということでしたが、6/28に作業員の方々が実際に来社されたのは、3時半も過ぎて4時近くなってからでした。3時頃人を派遣すると聞いていましたが、3時半になっても誰も見えません。今日は来られないのかしらとやきもきしていましたが、この日はサービス派遣でしたので催促も出来ず、この調子で明日も誰も来ないのではないかと不安に駆られ始めた頃、やっと佐川の作業員の方が4、5人来社されました。これで引越は無事進むと、心底ほっとしたのを覚えています。

作業員の方々は、どこかの引越しの終わった後に当社に見えた様子でした。それから夕方までの1時間余り、本の箱詰め作業をしてくれました。この箱詰め作業はもともとサービスとしてやってくれるということで、請求には含まれないと聞いていましたし、作業時間からしても、請求に計上すべきものではありません。当然のことながら6/28は、契約書の搬出搬入期日には記載されていません。彼らの帰った後、夜遅くまでわたしと長男の二人で、かなり本の箱詰めをしております。

6/28は以上のような状況でしたが、6/27は佐川からは誰も来ていません。なぜこの日までもが移転期日として計上されているのか、まったく理解不能です。この日は佐川からは段ボール箱は未だ届けられていませんでしたので、わたしと長男の二人で当社の段ボールを使って箱詰めをしています。当然のことながら、6/27も契約書の搬出搬入期日には記載されていません。

7/1〜7/5は、佐川が当社に請求すべき期日ではなく、契約通りに移転作業がなされずに不当に遅延させられた期日として、当社が佐川引越しセンターに損害賠償を請求すべき対象となるべき期日です。しかも佐川に留置されていた当社のパソコン類に不正工作がなされていた期日でもあります。にもかかわらず佐川から当社に請求するとは、これこそまさに強盗の居直り以外の何物でもありません。

なお、先ほど契約書に目を通しておりまして、以前上記箇所で、トラックのトン数を間違っていることに気づきました。わたしのいう佐川の大型トラックは2トントラックでした。ということは「HANADA」トラックは、2トンよりは小さいトラックです。わたしはトラックの大きさを数字で把握する知識はありませんので、2トンの下が1トンなのか、1.5トンなのか分かりませんが、ともかく佐川の大型トラックを休ませたまま、2トンより小さな下請業者の「HANADA」トラックを使って、わざと搬出搬入に時間をかけるという異様な作業が展開されました。その結果、移転期日だけをとっても、佐川引越しセンターは当社に対して、契約違反による作業遅延の損害行為を働いています。

これほどの大ウソを平然とつく佐川引越しセンターは、とうていまともな会社だとは思えません。当社をペテンにかけたり、平然と大ウソをついてまで、責任逃れをしようとする佐川引越しセンターの経営陣は、ヤクザの集団ではないのかとさえ思わずにはいられません。

 

佐川が提訴 12/24

去る10/20に、当社は佐川引越しセンターから提訴されました。引越し費用を支払えとの裁判です。提訴前にも、佐川は当社に対して、何度も何度も支払い催促を繰返してきましたが、引越しで受けた当社の被害が回復されない限り、費用の支払い





はしないと突っぱねてきました。ところが佐川は、被害は弁償すると口では言いいながら、いつまで経っても当社に与えた被害は放置したまま。そしてついに当社を提訴です。呆れ果ててモノがいえません。

訴状を読んでさらにびっくり仰天。まさに唖然、茫然、慄然です。これまでも佐川は責任逃れをするために、平然とウソ八百を並べてきましたが、法廷にまで平然とウソ八百を並べるとは想像もしていませんでした。しかも法廷に提出したウソ八百の「証拠書類」は、当社の前で直接並べたウソ八百よりさらにひどいものでした。日本中にその名が知られている企業が、ここまで平然と偽造書類を作るのかとの驚きは、慄然とした思いへと誘わずにはいないものでした。責任逃れをするためならば、どんなウソでも平気で捏造するという、佐川引越しセンターの姿勢を如実に示しています。

 




当然、当社は佐川の余りにもひどいウソをウソだと証明し、佐川の請求を棄却し、当社の受けた被害をこそ弁済せよと主張した答弁書を提出しました。

11/26に、福岡地裁で最初の口頭弁論が開かれました。裁判官は佐川引越しセンターに対して、このままでは請求は棄却するしかないですよと言いました。佐川の弁護士は棄却は受け入れる気はないらしく、争点変更か何かで当社に対する請求をつづけるらしい。呆れ果てた会社です。佐川は最初の弁論日に、棄却しかないと言われるほどのひどい捏造書類を偽造したのです。

証拠として提出した作業日程についての偽造ですが、偽造は日程だけではなく、当社の旧事務所(福岡市中央区赤坂3-1-2第2大東ビル1F)の住所まで偽造するという念の入れようです。引越しで当社に被害を与えただけではなく、裁判でも当社に対する新たな偽造被害を追加しようとの魂胆なのか。呆れ果てた会社ですが、引越し業者が信用できないとなると、個人も企業も学校も役所等々も、うかうか引越しなどできなくなります。恐ろしい時代です。

なお当社に対しては、裁判官は、反訴か提訴をしなければ当社が佐川に対して請求している損害賠償請求については審理はできないとのことを言われました。事前に参考書を読んでいて、反訴という方法があるのを知りましたが、裁判所に尋ねると、
 








反訴でも提訴と同額の裁判費用がかかるとのことで、その費用が工面できず、反訴は提出せずに、答弁書の中で、当社の被害の実態を具体的に示し、損害賠償請求を主張しました。佐川引越しセンターが、私文書偽造と同行使の刑事犯罪まで犯していることも指摘しております。

佐川提訴をすぐに公開しなかったのは、最初の弁論で、費用の請求は不当だとの当社の主張は全面的に認められたものの、反訴をしないと当社の被害回復はこの裁判では全く不可能だとのことが分かり、また裁判費用がかかるのかとの落胆の方が大きく、経過報告をする勢いが出ないまま、忘れてしまいました。佐野裁判の判決消滅時効で敗訴 12/18を紹介した後、佐川の報告もすべきだとのことに気づき、遅まきながらご紹介する次第です。

なお佐川の代理人弁護士は、三多の死後しばらくして、葦書房






のことで相談したY弁護士の所属する事務所です。Y弁護士は、ご主人が弁護士をしているわたしの高校時代(兵庫県尼崎市)の友人から紹介を受けた方ですが、この時は結局何もせずにそのまま放置することにしました。当時はわたし自身が葦書房の代表になろうとは、想像もしていない頃でした。間接的にもせよ、こんな形でY弁護士と再び縁ができるとは夢想だにしていませんでしたが、佐川の代理人はY氏とは別のM弁護士です。 

 

09/1/10
佐川裁判と謀略 追記1/11

1/14に佐川裁判の弁論準備がありますので、一昨日と昨日の二日をかけて準備書面を作成していました。佐川側が訴え変更をするとのことだったのですが、その文書が届いたのは昨年末でした。世間並みのお正月を迎えることなどできない環境にあるとはいえ、年末年始は慌ただしく過ぎてしまい、また期限の迫った佐野事件の上告の準備もあり、本事件に関する当社の反論、主張のための準備書面の作成は年明けになりました。

書面作成のために今回改めてじっくりと目を通したのですが、佐川側が唯一の証拠として提出した偽造見積書の異常さにあらためて気づき、慄然としています。この偽造見積書の偽造ぶりについては、当社はすでに答弁書において証拠を添えて暴露しています。本ページ前回の12/24付け「佐川が提訴」でも書きましたが、佐川の余りにも露骨で粗雑な偽造工作は、彼らの請求を正当づけるためにはまったく役には立たず、最初の弁論の日に、裁判官が佐川に対し、このままでは棄却になると言ったほどでした。






そこで佐川は訴えの変更を申し立てのですが、証拠は提訴時に出した偽造見積書だけです。そこでわたしもこの偽造見積書に改めて目を通すことにしました。この見積書は、偽造の偽造ぶりをごまかすためなのか、真正の見積書の半分の大きさになっており、文字も当然非常に小さく、最初に答弁書を書いた時にはうっかり見逃していた箇所がありました。書式も真正のものとは異なっていますが、「移動品目明細」という、旧事務所から搬出し、新事務所に搬入した物品を記載する箇所に、驚くべき記載がなされていました。

今でも信じられませんが、何と、「移動品目」には、事務机も本もまったく含まれていません。代わりに新旧両事務所には存在しない、存在したこともないテーブルと食卓が移動品目として記載されています。本はまったく記載なしのゼロです。この見積書だけを見ていると、佐川を使って07/6/30に現住所に移転した当社は、出版社ではなく、出版社以外の業種の会社であったと誰もが思うはず。出版社の引越しだとは誰も思いません。それほど異様な品目記載になっています。その上、住所の一部までもが変えられています。

もしこの裁判で佐川が勝訴するような異常事態が生じれば、こ







の偽造見積書が「真実」だと見なされかねません。そうなると、当社の正統性さえ疑われかねないという、異常事態まで想定させれるほどの異常さです。佐川がすぐにも分かる粗雑きわまりない偽造見積書を使って当社を提訴したのは、当社の正統性を疑わせることも狙ってのことではいかと、佐川による新たな被害をも想定せざるをえない、異様な裁判になっています。

しかし異様さは、これだけではありません。当社が現在の新事務所に移ってから半年ほど経った頃から、この事務所の前使用者なのか、見知らぬ人物名宛の郵便物が、時折届くようになりました。最初は間違いだと思い気にも止めていませんでしたが、その内、実際には存在しない部屋の号数を表記した郵便物まで届くようになりました。当社の事務所の号数は202号ですが、実際は202号と203号を合わせて一つにした事務所仕様になっており、当然、お風呂もありません。ということで、当社が入っているマンションには203号という部屋はありませんし、事務所は人が生活することは不可能な作りになっています。

しかし不審郵便物はこれだけではありません。当社の前に、この事務所に入っていた、創風舎株式会社という会社宛の郵便物までが届き始めました。同社が事務所前に貼付けていた移転お知らせを剥がして、下駄箱に放り込んでおいたことを思い出し、引っぱり出したところ、同社は平成18年7月に、すぐ近くの警固3-13-35 ルブラン警固303に移転しています。当社がこの事務所に移転したのは平成19年6月30日です。下見をした時の事務所の様子は、この間空家であったことが一目で分かるような汚れ方でした。次の借り手が決まるまでは改装しないのは当然ですが、その汚れ方から、前の借り手はよほど長い年月借りていたのだろうと思ったものでした。それほどひどい汚れ方でした。その上、ガラスまでもが一部割れていました。

しかし創風舎という見たことも聞いたこともない会社のこと
 




は、郵便物や宅配便が届くようになるまではすっかり忘れていました。郵便物の新住所への回送は、一年しか有効ではありませんが、もしこの有効期限切れでこの事務所に誤配されるのでれば、当社移転後すぐにも誤配されてくるはずです。しかし誤配が始まったのは移転後、半年以上経ってからです。誤配物から推測すると、創風舎はペット関連の会社らしく思われました。事務所内のドアには、犬の尻尾をデザインした絵柄いりのプレートが貼られたままになっています。剥がそうかと思いましたが、剥がした跡が残るのでそのままにしています。同社はまた、ペット関連の雑誌などの出版物まで出しているらしいことが推測されました。開封せずに、宛名や封筒からの推測なので、実体のあるものなのかどうかは不明です。

同社がペットという特殊領域のものとはいえ、出版まで手がけているらしいと知って以来、新たな捏造工作が始まったのではないかと、警戒を始めていました。案の定、不自然な誤配はエスカレートし、昨年暮には創風舎宛のお歳暮までもがこの事務所に届けられました。もちろん、受け取っていません。当社がこの事務所に移転した一昨年平成19(2007)年の暮には、創風舎宛のお歳暮の誤配はありませんでした。

しかしさらに誤配はつづきます。今年の新年には創風舎宛の年賀状までもが何通も届いています。昨年平成20(2008)年の新年には創風舎宛の年賀状は1通たりとも誤配されていません。突然始まった創風舎宛名での誤配は、葦書房捏造を狙った意図的な工作によるものであるのは明らかですが、これら年賀状の一枚には「創風舎株式会社 プロデューサー小野教子様」との宛名表記のものまでありました。賀状の宛名からすると、同社の代表は谷川ケンという人物らしい。あらためていうまでもありませんが、創風舎(株)も谷川ケン氏も小野教子氏も見たことも会ったこともなく、当社とはまったく関係はありません。

こうした当事務所の前住人を使った異様な工作と、佐川の裁判を利用した捏造工作とは無関係な動きではなく、密接に関連したものだと考えざるをえません。両者の動きを繋ぐ共通項は、「パソコン」です。佐川は、07/6/30に当社のデスクトップパソコン3台、プリンター2台、スキャナー1台、パソコン関連の重要書類やソフトを収納したキャビネット2台とパソコンデスクを一台とを旧事務所から搬出した後、そっくり無断で持ち帰り、07/7/5に新事務所に搬入したわけですが、この間、パソコンに保存している、わたしの特許出願中のホームページのデータをすべてコピーすることは簡単にできますし、同じくパソコンに保存している十数年分の帳簿や決算書や販売管理等のデータも簡単にコピーできます。コピーだけなら、時間を要さずにすぐにもできますが、使用不能な工作をするためには、数日が必要だったのでしょう。

しかも当社は移転に際し、どこの事務所でもごく一般的に使わ




れている、グレーのスチール製の事務机を9台とパソコンデスク2台も処分しています。規模を縮小して営業を続けようと考えていたからです。新事務所に搬入した事務用家具よりも、処分した事務用家具の方が圧倒的に多いのですが、処分したこれらの机などが、葦書房捏造工作に使われる可能性も否定はできません。佐川が堂々と裁判所に提出した露骨な偽造見積書を目にした今では、移転当時には想像もしなかった異様な事態をも考えざるをえません。こんな工作までもが考えられていたのであれば、事務机などももっと新事務所に移したはずですが、一体誰がこんな事態までをも想定できるでしょうか。どれほど悪辣な犯罪者でもこんなことまでは考えもしないはず。

処分したパソコンデスクの中には、間仕切付きのL字型のデスクも含まれていましたが、少なくともこのL字型パソコンデスクは、佐川の作業員が自分の事務所で使うからといって持って帰りました。作業員のいう自分の事務所とは、佐川引越センターの事務所ではないはずです。

また、当社の新事務所に創風舎宛の誤配物が届きはじめたのは、わたしの特許申請に対し、特許庁から拒絶理由書が届き、わたしが不服申立ての意見書を作成し、提出した頃からのことです。他人の物を強奪することを画策してきた連中の狙いは、わたしの特許品をも含んでいるのは明らかですが、法的には通用するはずもない、姑息きわまりない、捏造工作の数々であることはいうまでもありません。これほど異様な犯罪に、日本で知らぬ人はないほどに名の知れた有名企業が堂々と加担していることには、あらためて恐怖を感じざるをえません。

●追記1/11 上記のような工作と関連した不可解事が、他にも起こっています。平成19年6月30日にこの事務所に移転して以降の8月から、朝日新聞の配達が始まったのですが、この新聞配達にまつわる出来事です。事務所のドアについている郵便受けに直接投入されるのですが、どこでも同じだと思いますが、郵便物ならともかく、新聞はドアの中側にまで押込むのは簡単ではありません。新聞は郵便受けの受け口に差し込んだままになっているのが普通です。当社のこの新事務所でも、当初は受け口に差し込まれたままになっていました。朝、出社するとそれを抜いて中に入ります。

ところが、ある頃から、時折朝、出社しても新聞が受け口にないこともありました。配達を忘れたのかと思いながらドアを開けると、中に新聞が落ちていました。中には受け箱のようなものはなく、玄関床まで直行方式になっています。初めのうちは、あっ、入っていたと思っただけで不審などは感じませんでしたが、その内、受け口に新聞のない日が、ある特定の日にのみ見られる特殊な現象であることに気づきました。同じようなことが繰返されると、いやでも気づかざるをえなかったのですが、その特定の日とは、当社のホームページ、「デジタル新聞葦」の更新日です。

わたしは、「デジタル新聞葦」の刊行物としての信頼性を高めるためには、内容がまず第一であるのはいうまでもありませんが、定期的に刊行するということも重要だ考え、更新日を1週間サイクルと決めていました。掲載広告を受注するためにも、定期刊行は必須だと考え、極力このサイクルを守るようにしていました。当然、更新日は同じ曜日になります。つまり、新聞は1週間のうち、更新予定日の曜日だけ郵便受け口から消えるという怪奇現象が毎週必ず起こるようになりました。

この日だけ新聞が受け口にないということは、この受け口を見た人は、誰かが前夜からか、少なくともわたしと長男が出社する以前に誰かが事務所にいる、あるいは居たと判断するはずです。事実、このマンションの掃除をしている管理人さんから、新聞がないからもう来てられるのかと思ってましたがと言われたことがありました。この怪奇現象が起こりはじめてかなり経ってから、朝の出社時にたまたま顔を合わせた時に管理人さんからそう声をかけられたので、わたしはそうではないと状況を説明しました。

特定日の新聞の中落としは、実はもう一つのケースもありました。裁判絡みです。当社は裁判をいくつも経験していますが、裁判用書面はすべてわたしが自分で作成しております。その書面作成日にも、必ず新聞がドア外の受け口から消えています。

つまり、「デジタル新聞葦」と裁判関連書面は、久本福子が自分で作成しているのではなく、誰か別人が作成しているのだとの印象を与えるための工作です。ほんとうに姑息きわまりない手口ですが、佐川裁判での偽造とも関連した動きであるのは明らかです。

しかしこの怪奇現象も昨年末で終了しました。朝日新聞を事務所に配達してもらうことを中止したからです。販売所にも尋ねましたが、これは朝日の配達員の仕業ではなさそうです。

 

佐川の悪質偽造 1/19

佐川引越センターの重大な犯罪的偽造を書き忘れておりました。前回の告発文では、佐川が実際にやった移転作業量よりも少なく見積り、当社への請求額も少なくしているとの誤解を招きそうだと遅まきながら気づき、あらためて佐川の犯罪的偽造を告発いたします。

佐川は今回の裁判では、7枚の見積書を偽造して裁判所に提出しています。すべて偽造です。余りに露骨な偽造なので、一つ一つ具体的に指摘せずとも偽造は明らかだと思わずにはいられ
 

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ないほどひどいものですが、作業実体のない偽造文書を7枚も作り、実際に事前に当社に提示されていた見積金額の2.6倍もの費用を計上しています。しかも、OA機器の内部損傷には責任をとらないとの但書きまで捏造する悪質さです。当社に事前に渡された見積書には、こんな但書きなどなかったのはいうまでもありません。

偽造を具体的に書き出せば、また膨大な量になりますので、もっとも重大な偽造を公開します。当社に起こった被害は必ず当社以外にも起こります。わたしのように被害を認識し、告発する例が他にはないというだけです。警告の意味も込めて、ここにあらためて、佐川の極悪質犯罪を告発いたします。全国の皆様、くれぐれも佐川にご用心!

 

反訴を提起 3/26

 

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佐川引越しセンターに対して、3./24、福岡簡裁に反訴状を提出しました。昨日3/25、福岡簡裁にて裁判官より、福岡地方裁判所に反訴状を移すとの言い渡しがありました。

 

 

不可解な和解
2010/1/30 追記1/31 2/1
2/3 2/8

裁判所からの和解提案を受け、1/21に迷いながらも佐川との和解に同意しました。和解の内容は、佐川側の移転費用の請求棄却と、当社の請求の一つであった残置段ボール箱を佐川が回収することでした。その余の請求は全て棄却です。段ボールは、和解の前の、昨年12月25日に佐川が回収に来ましたので、和解調書には、当社は段ボール箱の回収請求を取り下げたと記載されているだけです。

 

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わたしがなぜこの和解に迷いを感じたのかといえば、当社の被 害がほとんど回復されないことが最大の理由ですが、加えて、この和解は、佐川が提出した余りにも露骨な捏造文書が、証拠として認められていることが前提になっているからです。露骨な捏造文書がなぜ証拠となりうるのか、その理由は最後まで理解できませんでした。

佐川が提出した唯一最大の証拠は、実際には行われていない当社の移転作業を捏造して、2007年6月28日から7月5日まで作業をしたことにして捏造した7枚の見積書です。当社宛の見積書でしたが、本裁判で提出されるまでは見たこともない見積書です。この7枚の見積書は、原告佐川の証拠甲第1号証(甲1)から甲第7号証(甲7)として提出されましたが、その捏造の異常さは、以下の主要項目を見るだけでも明らかです。

<配車数> 2トン車 6台      

      4トン車 2台

      補助車  3台

<作業員> 55名

<移動品目明細> キャビネット5  スチール棚41  椅子5 片袖机5   テーブル3   冷蔵庫1    パソコンデスクトップ3  プリンタ2  金庫1

<6/28から7/5の搬出先> 旧事務所

<6/28から7/5の搬入先> 新事務所

どの項目を見ても異常であるのは明らかですが、まず車の数です。実際には6/29と6/30の2日間、2トン車1台で往復して
 

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搬出入したのですが、これで十分な荷物の量でした。旧事務所にはかつては常時10人前後の従業員がいましたので、作業用机も含めると机と椅子だけでも、14台ありました。移転に際し、事務机3台、椅子5脚だけを残し、あとは全て処分しました。大きなパソコンデスクも3台ありましたが、コンパクトなデスクを1台だけ残し、あとは全て処分しました。これだけでも、大物荷物の大半が処分されたことになりますが、社内保管用の本を並べるためのスチール製本棚も41本から36本に減っています。5本はどこかに消えてなくなっています。これだけの荷物ならば、2トン車1台で1日で済んでしまう量ですが、1週間も作業をしたという、信じられないような捏造がなされています。

次に移動品目明細を見ると、事務机という品名がどこにもありません。さらに不可解なのは、本が1冊も入っていないことです。出版社の移転で、移動品目に本が入っていない異常さ。佐川の言い分は、新(現)事務所は旧事務所より狭いので、本は入らないので、移動品目には入れていないとのこと。当社が、社内在庫本は別に倉庫を借りて倉庫に保管すると言ったという、ありえぬ捏造主張を繰り返していました。ちなみに  新旧事務所の面積は以下の通りです。

旧事務所    40坪

新(現)事務所  31坪強

確かに現事務所は旧事務所より9坪狭いですが、11台分の机と椅子を処分しています。その他大量に不要品を処分しましたので、現事務所に移動した本以外の荷物は、旧事務所にあった荷物全量の10分1ぐらいです。 

旧事務所にあった本のうち商品にはならない不良品は処分しま
 

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したし、すぐには売れそうにもない本は一部倉庫に移しました。また、自費出版で預かっていた本も10数箱、著者に引き取ってもらいました。ですから移動した本の全量も旧事務所にあった本の全量の8割ぐらいです。また、わたしが代表就任後印刷所2社から返却された大量の原版フィルムも大半は倉庫に移しました。原版フィルムはタテ110cm×90cm×高さ2cm〜5cmの大きさで非常に場所を取りますので、フィルムが半減するだけでもかなり荷物の量は減少します。

新旧事務所の面積と搬入した荷物の量とを比較するならば、社内在庫本も含めた荷物の全量は、新(現)事務所に十分に収まることはもとより、かなりのゆとりが生まれることは明白です。そもそも、中小零細出版社で、注文に即対応するための社内在庫を保管していない出版社は存在しません。事務所移転に際し、新事務所には本は1冊も移動せずに、本棚だけを41本(実際には36本)も移動し、社内在庫本を全て別に借りた倉庫に移動するような出版社もこの世には存在しません。

さらに不可解なのは、佐川は6月30日には旧事務所からは荷物の全てを搬出したにもかかわらず、そのまま現事務所には搬入せずに、パソコンと関連機器を全て持ち帰ったことです。旧事務所の大家さんには、6月30日には全ての荷物を撤去し、完全に空になった旨の確認書を、署名、捺印つきで書いていただき、証拠として提出しています。また、荷物の搬入先である新(現)事務所に記録されている当社の移転年月日は、6月29日と6月30日の2日間であることを明確に証明した書証も証拠として提出しています。

 

以上の概略を辿るだけでも、佐川の唯一の証拠である見積書と、それをもとにした主張は完全に現実にはありえぬ捏造であ
 

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ることは明白です。わたしは、佐川の証拠が全て捏造であることを、証拠をもとに以上のような内容も含めて詳細に主張しましたが、裁判官は佐川の証拠は捏造だとは判断されていません。当社は反訴まで提起して、被害の回復を訴えてきましたが、痛み分けのような和解案しか提案されないことには、今も納得できずにいますし、裁判で被害を回復することはほとんど不可能だとの絶望感にさえ襲われています。

にもかかわらず、和解に応じたのは、判決まで行っても、おそらくよくてこの和解案程度か、ひょっとしてさらに悪い判決が出そうだと思われたからです。被害が回復されぬまま、費用だけ支払えという判決が出れば、当然、控訴せざるをえません。どんな大嘘でも平然とつく佐川を相手に控訴となれば、現物証拠として残しておいた残置段ボールに占領された状態をこの先も続けざるをえなくなります。これ以上、段ボールに占領された状態を続けることは、心身両面の負担が増すばかりで耐えられなくなっていたからです。

実際段ボールが全て回収されて片付くと、現事務所の半分ぐらいの広さでも十分だと思えるほどのゆとりが生まれ、事務所の行き来も非常に楽になりました。ただ段ボール回収に際して当社は佐川に対し、開梱作業は全くやっていないとの確認書を求めました。しかし佐川は、開梱作業もしたといって拒否しました。裁判官も確認書をとらなくても、当初予定していた2日分(デタラメな佐川の見積書をもとにした2日分)の費用367,500円以外は、佐川は請
 

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求しないと言ってるから、同じじゃないですかと言って、確認書を出して欲しいという当社の要求は退けられました。2日分以外の金額は569,500円となっています。総額ではこの事務所移転は937,000円もかかったことになっています。現実にはありえぬ金額ですが、佐川の捏造証拠を証拠として通用すると考えれば、佐川は569,500円もの費用の請求を放棄しているとの判断も生まれます。裁判官の「同じじゃないですか」との発言は、佐川の捏造文書を捏造だとは見ていないことを物語っています。わたしは実際に作業をしていないのに、作業はしたけれどその費用は請求しないということとは全く違うと訴えましたが、確認書なしで判決や和解の前に段ボール箱の回収を済ませることに同意せざるをえませんでした。こうしたいきさつからしても、判決まで行っても当社に良い判決は出そうにもないと判断せざるをえませんでした。

しかし不可解なことはこれだけではありません。2007年12月に佐川の当時の支店長が来社し、社内を隈なくビデオ撮影しました。わたしの要求で、パソコンの異常もビデオに撮ってもらいましたので、このビデオを証拠として提出するように要求しました。裁判官も佐川に提出を求めましたが、佐川はかなり時間が経ってからDVDにして提出しました。私は佐川のDVDを手にするまでは、DVDは見たことも触ったこともありませんでした。初のDVD観賞ですが、古い型のMacやWindowsでは開くことができず、新しく購入したノートパソコンは、移転時に液晶画面が壊されて、使用不能になっていました。会社にも自宅にもテレビはなく、やむなく天神にあるネットカフェに行ってDVDを開くことにしました。ネットカフェは生まれて初めてですが、薄暗い室内、小さなパソコンデスク、しかも初めて使うメーカーのパソコンです。 

何もかも馴れないことづくめの中、操作の仕方を店員さんに教わりながら、DVDを見始めました。ところが音が出ません。音は録音できなかったのかと思いながら映像だけを見ていましたが、異常なビデオでした。1時間余りの長さです。そのほとんどにわたしの姿が入っているのですが、わたしの顔を映した場面は皆無です。後ろ姿を瞬間的に映した場面は1ケ所ありましたが、それ以外は、わたしの頭から上は決して映さないという方針で撮影したとしか思えない場面が延々と続きます。最後にわたしの壊れかけた眼鏡とわたしのお腹の当りを映した場面が30分ほど続いています。何か喋っているのでしょうが、音がないので異常さがさらに際立ちます。その上、当社の証拠となりうるパソコンの異常を映した場面が出てきません。佐川が自分には都合の悪いところをカットして提出したことは明らかですが、相手方からこちらの証拠になりうるような証拠を出させることは、そもそも無理だったと思い、このビデオを証拠として使うことは諦めました。

ところが、裁判も終わりに近づいた頃、もう一度ビデオを見直そうと思い、再度ネットカフェに行きました。二度目なので、DVDの再生もスムーズにいきました。驚いたことには、この時は音が出ました。その上、パソコンの異常を映した場面もはっきりと映っていました。しかし、その映像は、当社のパソコンの異常とはやや違ったようにも見えましたが、手近に再生する端末がないので、繰り返し確認することは出来ずにいますが、パソコンの異常がはっきりと画面に映っていることだけは確認できました。2回目にはわたしの壊れた眼鏡とわたしのお腹の辺りだけを延々と30分もの長きに渡って映した場面は削除されていましたが、わたしの顔を映した場面が皆無であることだけは、初回と同じです。初回のDVDと2回目のDVDが異なっていることは明らかです。

手近にDVDを再生する方法がないことは、裁判所にも佐川にも
 

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伝えています。DVDがどこかで取り替えられたか、ネットカフェのパソコンに外部から別の映像が流されたかの、どちらかです。ネットカフェで案内された席は、初回も2回目も同じ席でした。その席のパソコンに、外部からDVDの映像とは別の動画を流すことは技術的には可能です。DVDそのものを取り替えるためには当社の事務所に侵入する必要があります。どちらの工作がより簡単かといえば、事務所に侵入してDVDを取り替えるよりは、ネットカフェのパソコンを作った工作であることは言うまでもありません。パソコンが特定できれば、外部から映像を流すことは難しくはありません。もちろんネットカフェの協力が前提ですが。

和解成立後に気がついても遅いですが、今この文章を書きながら、このDVDは果たして証拠になりうるのかという、根本的な疑問を感じています。DVDが法廷で上映されなかったので、裁判官の見たDVDの内容が、私の見た初回のDVDと2回目のDVDのどちらと同じだったのかは、確かめるすべもありません。私が初回に見たDVDは、音声もなく、当社にとって有利になるような場面は一つもなく、パソコンの異常を映した場面も皆無です。裁判官の見たDVDがこの初回の内容であれば、当社にとっては不利な証拠でしかありません。私は裁判所にDVDを開く端末をもっていないことを伝えていますが、法廷で上映されることはありませんでした。DVDを証拠として採用するのであれば、その内容を法廷で公開すべきではなかったのか。

また、本裁判ではわたしは初めて証人尋問を経験しました。私は、佐川が捏造した見積書に記載されている55名の作業員全員と佐川の当時の支店長と大嘘の陳述書を提出していた営業担当Oの証人尋問をするために証拠申出書を提出しましたが、55名の作業員については、証人を特定する必要があるといわれ、彼らの名前を特定するために当事者照会書を提出したものの、佐川からは提出されぬまま。実在しない作業員の数ですから名簿を出すことができないのは当然ですが、営業担当O一人のみの証人が認められました。わたしはOの大嘘を証明するために陳述書に書かれた順番で尋問を始めましたが、怒りの余り、わたし自身が佐川の大嘘を立証し始めてしまい、裁判官に何度も制止されました。

尋問時間は40分ありましたが、途中で尋問を打ち切られてしまいました。おそらく10分か20分ぐらいで打ち切られたのではないかと思います。証人に喋らさないといけないことが分かったものの、後の祭です。しかしわたしがOに、あの多数の車をどこに止めていたの
 

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かと尋ねたところ、Oは旧事務所近くの駐車場に止めていたと答えました。どこの駐車場に止めていたのかと尋ねましたが、Oは答えることはできませんでした。Oが答えられないのは当然です。今でこそ旧事務所近くにも駐車場はいくつもできていますが、当時、旧事務所周辺は道路の拡幅工事が終わっておらず、駐車場はありません。ウソをつこうにも、つきようがなかったわけです。しかしこんな尋問なしでも、甲1から甲7全てがデタラメな捏造文書であることは、一目見れば明らかです。

Oは新事務所の移転品目には入っていなかった本を運ぶことになり、それが原因で移転が遅れたと陳述書に主張していましたが、本を詰めた段ボールの数は400箱以上であったとO自身が証言しています。段ボール箱の大きさは平均で100cm(タテ+ヨコ+奥行)です。400余りの段ボールを運ぶのに、大型トラックを11台も使い、1週間もかかるとは、運送業者でなくとも大嘘であることはすぐにも分かります。しかし、この大嘘の佐川の主張も認められ、実に不可解な和解提案を余儀なくされたという次第です。裁判で被害を回復することは、ほとんど不可能に近い。これがわたしの実感です。しかし裁判でしか被害を回復する道はないという、現実。

 もう一点付け加えますが、佐川の訴状と甲1から甲7までに記された当社の名前が統一されていません。訴状には正しく葦書房有限会社と書かれていますが、甲1から甲7の表紙には、弁護士の捺印つきで有限会社葦書房と書かれており、甲1から甲7本体には葦書房とだけ書かれています。その上搬出先の旧事務所の住所欄には第2大東ビルとは書かず、大東ビルとだけ書かれています。佐川から当社宛に出された367,500円の請求書には、社名は正しく葦書房有限会社と書かれています。

一昨年から昨年の新年にかけて、現事務所の住所にわざとのように別の会社名を宛名にした郵便物や荷物が届いていましたが、当サイトでこの不可解な動きを紹介した後は、住所の一部「シャンボール警固202号」を省いた当社宛の郵便物が時々届くようになりました。また、当社の隣の201号に別の会社Kの事務所がありますが、数カ月前に、当社の住所202号を記載したKの宛名の請求書が届きました。1回目は単純なミスだと思い、お隣さんに、間違ってますよと届けました。そして住所を訂正しておいてくださいとお願いしましたが、何と、昨年暮れ頃に、またもや同じ差出人から当社の202号の住所を記載したK宛の請求書が届きました。2度も続くとは当社との混同を意図的に狙ったものであることは明らかです。Kは出版業界にも関わりのある会社です。

さらにもう一点付け加えます。12月25日の段ボール回収直後に、佐川とは別の引越業者2社に、現事務所から中央区内のあるビルの3Fに移転することを想定して移転費用の見積りを依頼しました。1社は12月26日に、もう1社は12月28日に来社し、見積りのための下見をしました。段ボール回収後すぐに見積りを依頼したのは、段ボール回収直後の事務所内は、佐川が旧事務所から運び込んだ全荷物がほぼそのままの状態で置かれているので、佐川が搬出入した荷物とほぼ同じだからです。次の移転先は、中央区内に実在するあるビルの3F(70Fほどの広さ)を想定していましたので、2社に依頼したのは2Fから3Fへの移転です。しかも想定する次の移転先は現事務所よりは30F、約10坪余りも狭い。佐川の移転作業は、旧事務所の1Fから現事務所の2Fです。どこからどう見ても、前回の佐川の移転よりも、今回2社に見積を依頼した移転の方がはるかに条件は悪い。荷物の全量は両者ともほぼ同じです。ところが2社からの見積りは、使う資材等の違いもあり、金額にこそ違いはありましたが、いずれも2日間で荷物全量の搬出、搬入を完了することが見積書に明記されていました。この2社の見積書を証拠として添付して、甲1から甲7の佐川の主張の捏造をあらためて証明しましたが、和解案には全く変化はありませんでした。努力も空しく、徒労感だけが残っています。

次は、弦書房との裁判が始まります。

 

●追記 1/31  

佐川の移動品目の中でもっとも数の多いスチール棚は、4本柱に棚板だけのもっとも簡略型の本棚です。奥行は46Bと25Bと43B、幅は120Bから60Bです。冷蔵庫は単身用の小型、金庫は高さ66B×幅46B×奥行46Bの小型です。

これだけの荷物を搬出入するのに、なぜ1週間もかかるのか。意図的に遅延を企まない限り、起こりえない異常事態です。しかも驚いたことには、旧事務所が空になって鍵も大家さんに返した後の7月1日以降も佐川は、4トン車1台、2トン車1台、補助車1台を出して、旧事務所から新事務所に荷物の搬出入をしたと主張しています。佐川のこの主張は、佐川自身が作成した捏造見積書を唯一の証拠にしたものです。本裁判では、こんな荒唐無稽な主張が認められ、不可解な和解を余儀なくされてしまいました。

移転に際し、処分した物品が旧事務所の床を占有してた面積を一つ一つ具体的にタテと横の長さを明示して計算したリストも作成し、証拠として提出しています。そしてこのリストをもとに、処分した物品が占有していた総面積を計算して、新旧事務所の面積の差と比較したリストも提出しています。比較の結果は、最少で見積っても残った荷物を全て新事務所に搬入しても、新事務所には24、87C、約25Cの余裕スペースすらあることも証拠として提出しています。

また逆に、新事務所に搬入された荷物についても、物品の床占有面積を、それぞれの物品一つ一つのタテと横の長さを明示して計算した文書も提出しています。搬入された物品を基準にして床占有面積を計算すると、本を詰めた段ボール箱も含めた物品の総床占有面積は40、8Cでした。約104Cある新事務所の4割ぐらいを占有するだけで、6割もの部分は空いています。もちろんこの総床占有面積は詰めて置いたと想定した計算になりますので、物品を実際に使う時には、それぞれの物品の間に空き部分も作る必要が出てきますので、実際的には6割も空きが生まれるはずはありませんが、かなりのゆとりスペースが生まれることは、こちらの計算でも証明されています。

以上のような当社が提出した証拠と主張が完全に無視されない限り、佐川の主張には全く根拠のないことは客観的に見れば明らかだと思われますが、佐川は運送代の放棄だけで無罪放免されてしまいました。運送業者の法的責任を定めた商法第576条、577条、581条には、遅延したり運送品に被害を与えた場合は、運送業者は自己に責任のないことが立証されない限り、依頼人に対し運送料を請求することはできないということや被害に対する賠償責任を負うことなどが定められています。

わたしはこの法律に基づき、佐川の責任が認定されるものと思っていましたが、そうはなりませんでした。当社が提出した証拠や主張が、妨害されずにそのまま裁判官に渡っているのかどうかとさえ疑わずにはおられないような結末です。

3台のデスクトップパソコン類の被害は放置されたままですし、液晶画面が壊されたノートパソコンも放置されたままです。ガステーブルも黄色の三つ折り台車も返ってきません。三つ折り台車は持ち運びにはコンパクトですが、開けば通常の台車と見分けはつきません。誰かがどこかで使っているはずですが、三つ折り台車は今ではどこにも売っていません。

裁判官は、佐川が放棄した367,500円が、パソコン代に相当すると言われましたが、商用で使うパソコンは、販売管理ソフトや会計ソフトなどのソフト類なしには全く役には立ちません。パソコンのバージョンが大幅に変れば、ソフト類も同時に変える必要があります。パソコンよりもソフト類の方が高い。しかも出版業界専用の販売管理ソフトは、使用者が限られているせいかソフトとしては市販されておらず、特定のソフト開発業者に直接ソフトを導入してもらうことになります。当然のことながら、非常に高額にならざるをえません。しかもデータを移転しなければ、ソフトを新しくしてもパソコンは実際の役には立ちません。被害が修復されぬまま放置されていますので、パソコンを使った伝票作成ができず、やむなく現在も長男が手書きで納品書などの伝票を作成しています。

経理ソフトも異常が放置されたままで、決算書作成も手作業でしましたが、税務署に申告した後、大幅に計算間違いをしていたことが判明し、ショックを受けました。手作業で計算した段階ではやや黒字になり、喜んでいましたが、当然の事ながら法人税が発生します。ところが後に判明した正しい計算では、かなりの赤字となっていました。悲しい結果ではありますが、法人税は免除されます。この被害も回復されぬまま放置されています。

パソコンが受けた被害とは、パソコンという機器だけの被害ではなく、パソコンの中に挿入されているソフトとパソコンの内部に保存されているデータにも及ぶものだということです。これらの被害を回復するには非常に高額は費用がかかります。これらの被害の回復を求めた当社の損害賠償額は、慰謝料も含めて、当然のことながら高額なものとならざるをえませんでした。

IT機器特有の、以上のような事情も準備書面で詳細に主張しました。しかし慰謝料どころか、パソコン類が受けた被害すら回復されぬままの結末となりました。DVDの再生問題も含めて、裁判官は、IT機器の実際について、どこまで理解されておられるのかとの疑問も感じております。

●追々記 2/1

和解の報告を書くまでは、和解案には納得できないものの、納得できない理由をどこまで書くべきか、かなり迷っていました。しかし、一旦書き始めると、次々と書きたいことが出てきます。それでもう1点、新旧両事務所の周辺概略図について追記します。わたしは佐川の捏造を立証するために、移転時の平成19年6月30日現在の新旧両事務所の周辺の様子が分かる概略図を描いて提出しました。道路の幅も実測して詳しく描いています。旧事務所前は340Bの2車線、現事務所前は320Bの2車線。新旧両事務所とも、周辺には商店が並んでおり、引越し作業のためとはいえ、車は1台しか駐車できません。また、旧事務所前なら仮に4トン車でも1台なら駐車は可能ですが、現事務所前は道路幅も狭く、けやき通りに近くて車の往来も多く、たとえ引越しのための一時的な駐車であっても、4トン車を駐車して、荷下ろし作業をすることは不可能であることは、概略図を見れば即、分かります。その上、現事務所のマンション1階はレストランやカラオケ喫茶が入っており、おまけにマンションの右隣は民家で、この民家の車庫がマンションの入口に接していました。ただし現在は隣の民家も駐車場に変身しています。

ここまで立証せずとも、佐川の主張は捏造をもとにしたものであることは明白ですが、裁判では、DVDへの疑惑以外は、1/30以来紹介してきました何百倍もの字数を費やした、詳細な書面や証拠を提出しています。しかし、被害は回復されぬまま裁判は終結しました。

 

 ●追記3  2/3

 もう一点付け加えます。本引越の移転作業は6月29日と6月30日の予定で行われましたが、2日目のことです。佐川の作業員Eが、突如わたしに、非常に慇懃な口調で「奥様」と呼び掛けてきました。2度の自宅の引越しでもそれまではEも含めて、佐川の営業も現場作業員も、わたしを呼ぶ時は全員が「久本さん」と呼んでいましたので、Eのそのへりくだった口調と「奥様」との呼称には、またもや新たな陰謀が始まったのかとぎょっとさせられました。わたしは2006年と2007年の2度、自宅の引越しをしていますが、2度とも移転は佐川に頼みました。Eは自宅の移転作業もしていましたし、若い作業員の中ではやや年配で、いかにもベテランらしい仕事ぶりから、顔も名前もしっかりと記憶に残っていました。引越し作業員はアルバイトなどがほとんどだろうとは思うものの、Eのようなベテランは社員だろうと思って、Eに社員かどうか尋ねたところ、社員ではなく仕事のある時だけ佐川で仕事をする、臨時だとのことでした。

引越しも3度目になると、引越し作業も単なる力仕事だけではないことが、部外者にも分かってきます。引越し作業にはこういうベテラン作業員が必要なはずなのに、臨時だと聞いて驚くとともに、年格好からすると家庭をもっておられるはずなのに臨時だとは大変だなあと思っていました。あるいはEは家庭を持つ余裕もなく、年を重ねておられるのかもしれませんが、仕事の伎倆も評価されないその立場に同情を感じていたEが、何やら陰謀の片棒をかつがせられているらしいことにもショックを受けました。わたしはEに何と答えようかと考えていましたが、Eはさらに慇懃に「奥様」を繰り返します。黙っていても「奥様」が繰り返されるので、わたしはEに「わたしは社長ですよ」と答えました。するとEは「久本社長」と呼んだり、「奥様」と呼んだり、「久本さん」と呼んだりバリエーションに富んだ呼称を繰り返していましたが、やがて元の「久本さん」に戻りましたので、この呼称異変の件はすっかり忘れてしまっていました。

 ところが、昨日あることがきっかけでふと、この小さな事件を思い出しました。思い出してみると、この小さな事件は決して小さくはなく、本裁判で佐川が甲21の証拠として出したDVDの異常とも繋がってくる、重大な事件であったことに思い当たりました。甲21のDVDには、1時間余りもの映写のほとんどにわたしの姿が写っていながら、わたしの顔を写した場面は皆無であるという異常と、「奥様」とが直結しているはずだとの疑惑です。あらためて言うまでもありませんが、わたしは久本三多以外の男性と結婚したことはなく、三人の子供たちも全員三多との間に生まれた子供たちです。しかし三多は1996年6月8日に亡くなっています。佐川の関係者はわたしが当社の社長であることは全員承知しています。にも関わらず、こういう状況下でわたしに向かって「奥様」と呼び掛けるとは、余りにも異常です。

わたしは本裁判を通して、佐川があさましくも余りにも露骨な捏造文書を作ってまでも、自らの責任を免れようとしているのは、単に損害賠償を払いたくないからだとばかり考えておりました。しかし単に金銭だけの問題だけではなかったことに、和解後の今になって気づきました。つまり、わたしを巡る異常な犯罪に、現場の人間だけではなく、佐川引越しセンターが会社ぐるみで加担しているということです。終始わたしの姿を写しながら、わたしの顔を写した場面が皆無だという甲21の不自然さは、現場サイドの問題ではないからです。わたしは裁判所に提出した書面にもわたしの顔が写っていない不自然さは指摘しましたが、その意味を本裁判で裁判官に訴えることは本事件の埒外の事件ですので、それ以上は触れていません。それよりも2度目に見た甲21のDVDに、わたしが撮影を指示したパソコン類の異常がわたしの説明つきで全て写っていましたので、それを証拠に被害の実態を訴えることに気を奪われていました。ネットカフェで2度目に見た、甲21のDVDに写っていたパソコンの異常は以下の5点です。

1. 画像を転送してもwebに表示されないという異常。

2. 黒色、黒文字だけが印刷できないという異常。

3. 納品書に文字入力をする時に、特定の書名にだけ入力不能状態が発生するという異常。

4. 経理ソフトを使って帳簿に入力する時、経理関係用語を入力すると入力不能状態が発生するという異常。

5.ノートパソコンの液晶画面が壊れている。

以上5点のパソコン類の被害が実物で、そして実際の操作の実演入りでわたしの説明の声とともに写っていますので、もしこれと同じ映像を裁判官がご覧になっていれば、これらの被害は意図的な工作なしには発生しえないことは納得されたのではないかと思われますが、どうであったのか。当時は、わたしは裁判官も当然このDVDと同じものをご覧になっているはずだと思い込んでいました。いくら佐川でも裁判官には、当社に不利になるように編集工作したDVDを提出しているとまでは考えなかったからです。しかし実際はどうであったのか。

 DVDの再生機が手近にあれば、私もこのDVDを問題にしたはずですが、DVD観賞で余りの疲労を感じたので、もう2度とネットカフェには行きたくない、DVDは見たくないとの思いの方が強かったことと、和解案が提案されて3度目の、最終となる弁論の日が近づいていましたので、和解案を受け入れるか否かの態度を決定しなければならず、その迷いの方が大きかったのが実情です。拒否すれば判決となりますが、その判決は当社にはよいものになるとは思えない。どうすべきか、ずっと迷っていました。和解後になって、DVDへの深刻な疑惑が湧き出てきましたが、後の祭りだというべきかもしれません。しかしせめて佐川引越しセンターの余りにも異常な工作の数々を紹介して、世の人々にも注意と警戒を促すことといたします。

 

 ●追記4 2/8

葦書房有限会社と有限会社葦書房の違いがなぜ問題なのか、一言追記します。当社のホームページををずっとご覧いただいている方には、これまでも何度も取上げてきましたのですぐにお分かりいただけたと思いますが、初めての方には、有限会社が後につくか、頭につくかはそれほど重大な問題ではないと思われるかもしれませんので、一言付け加えることにしました。

有限会社葦書房は同じ中央区内にある同じ名前の古書店です。2、3年前に会社法が改正されるまでは、同区内では関連業界では同名の社名を使うことは禁止されていましたので、古書の葦書房の登記地は早良区です。店だけは当社からもそう離れてはいない中央区草香江にあります。古書の葦書房は昔は簡略体の「芦書房」と名乗っていましたが、当社の名前が知れ渡った後に、当社と同名の「葦書房」に変えています。古書葦書房が有限会社の法人組織にしたのはさらに後のことです。当社は、1970年3月の設立時から葦書房有限会社の法人組織として発足しています。

2002年10月1日にわたしが当社の代表に就任して以降、同名を悪用した古書葦書房と当社との混同工作が始まり、それが延々とつづいてきました。その上、ネット上に公開されている「久本福子」の解説文では、私は、古書葦書房の社長の奥さんにさせられていました。ぞっとします。また、わたしが当社の代表に就任した頃は、前社長であった三原氏の後を継いだのは、三原氏の奥さんだという噂までが流れていました。こちらもぞっとしますが、出所不明の噂には対処のしようもありません。

佐野裁判で、佐野側の弁護士事務所が福岡地裁への送信票の宛先を福島地方裁判所と記載するという意図的な誤記をしたことも、裁判の経過報告で紹介しましたが、福島県は三原氏の奥さんの出身地です。三原氏の奥さんが当社を継いだという荒唐無稽な噂を、さも本当らしく印象づけるための工作であることはいうまでもありません。佐野裁判といい、佐川裁判といい、裁判を利用してまで、偽「久本福子」の捏造工作がなされているわけです。

 さらに遡れば、久本三多の死去後、突如として、わたしは「フクモトさん」と呼び掛けられるという経験に何度も遭遇しています。1999年から2002年までの3年間、東京在中にも、「フクモト」呼ばわりされることが何度もありました。「フクモト」といえば、その名を目にするだに嫌悪感を覚えずにはいられない石風社の福元満治氏と同音です。何という嫌がらせかと、「フクモト」呼ばわりされる度に怒りを覚えましたが、当社の代表に就任後は「フクモト」呼ばわりはされなくなりました。

   しかし別の嫌がらせ、というよりも、わたしを別の人物に仕立て上げようという工作が始まりました。それが本裁判での佐川が提出した捏造文書の表紙を含む甲1から甲7及びDVDを使った工作にまで繋がっています。この工作がさらに進めば、わたしはこの世から抹殺され、偽の「久本福子」が登場することになります。その時、初めて「久本福子」の顔を広く公開しようという企みです。しかし、仮にわたしを抹殺しても、わたしの頭脳の代用品はこの世には存在しません。連中もそれは重々承知しているはずです。佐川がこの犯罪の全貌をどこまで理解して加担しているのかは不明ですが、佐川引越しセンターの引越し業者としての最も基本的な責務すら果たさぬ異常さは、この犯罪の異常を反映したものに外なりません。

 久本三多の死去後、私が遭遇させられた数々の異変については、これまで何度も当サイトでも書いてきましたが、本裁判を経験する中で、わたしを巡る異変は今なお新たに継起していることを思い知らされ、あらためて、現在の問題としても再度紹介させていただきました。

 

 

久本福子
Yoshiko HISAMOTO

葦書房有限会社
福岡市中央区警固2丁目-2-11-202
(〒810-0023)

TEL092-761-2895
FAX092-761-2836
ashi@gold.ocn.ne.jp
http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/

 

葦書房