窓の外、闇の中、街路灯の元、芽吹いたばかりの木々がしなる。

密閉性の高いマンションから見下ろすそれは、まるで無声映画を見ているかのように色も音もなかった。

「東京の電車は弱いからな。大丈夫かな。明日の出勤」

傍らに立つ男が呟く。

「だから、今日のうちに戻れって言ったのに」

冷たい声音で嘯く女を、男は一瞬虚をつかれたという表情で見下ろした。その後、雲が晴れるように男の顔から強張りが消え、口の端が上がり八重歯が見えた。

「…何よ?」
「時間って奴は、偉大だなー」
「はぁ?いきなり何?」
「付き合い始めの頃、同じようなことを言われて、俺、さっさと帰ったことがあったよな」
「…厳密には、状況はちょっと違うわよ」
「そうだけどさぁ」

男の視線はとても温かく、声に笑いが混じる。

「何がおかしいのよ」
「今はもう間違えないで済む。お前の言葉の本当の意味」
「…」

あの頃は、お互いを思いやる気持ちはあるのに、お互いの行動が理解し合えなくて、すれ違ってしまった。
けれど、積み重ねてきた月日が二人の距離を少しずつ縮めていった。
そして、思い知った。
お互いを想う気持ちは、それぞれ別のかたちをしていて、それを受け入れることが愛なのだと。

「心配してくれて、ありがとよ」
「…こんな天気なのに、電話で済むのに、わざわざ言いに来なくたっていいのに…」

言い募る女の背後に回り、男は温かな身体に腕を回した。
こういう時に女は顔を見られたくないと、そして、自分の腕が振りほどかれることはないと、男はもう知っていた。

「それでも会って言いたかった。…誕生日おめでとう」

女が肩を震わせる。そして、男の腕のなかで、顔を伏せたまま後ろを向いた。
顔を男の胸に預け、両腕を広い背中に回す。

「…馬鹿」

呟きは男の胸に甘く響く。

どんな嵐のなかでも、こうして寄り添ってゆきたいと、互いに願っていることを、二人はもう知っていた。

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