「何、読んでんの?」
「うわぁ!びっくりした。突然、なんなんだぁ、お前」
「歯磨き粉、切れたから買いに来たのよ、あんたこそ、何やってんの?」
「・・・言っただろ、頭冷やしてくるって」
「ふーん、さぞかし、冷えたでしょうね。いくら熱血刑事でも、このさっむいのにそーんな薄着じゃ」
そう言って、桐子は羽織っていた男物の上着を脱いで渡した。
「・・持ってきてくれたのか?」
「寒かったから、借りたわ。・・それ、買うの?」
「いや、いい」
「買ったらいいじゃない、『読売旅行』。でも、あたしは行かないわよ」
「・・・なんでだよ?」
「そんなに行きたいんなら、誰か別な人、誘いなさいよ」
「それじゃ、意味がねーんだよ」
「こんなとこで、大きな声出さないで。とにかく、あたしは行かないから」
歯磨き粉を掴むと桐子はさっさとレジへと歩いていった。
緒沢は読んでいた雑誌を棚に戻して追いかけた。

つい30分前。
桐子のマンションで、二人はちょっとした口喧嘩をした。
今度の休みはどこかに出かけようという緒沢。
どこにも行きたくないと言う桐子。
もともと桐子は出不精だ。たくさん人があつまるところは疲れるから駄目。映画や芝居など、感情を移入して鑑賞するものは、精神的に受け付けない。洋服や化粧品は必要なものだけあればいい。
二人があの事件で知り合って、まず、飲み友達になってからは、緒沢は桐子にいろいろなものを食べさせに連れていった。夏の鮎、秋のマツタケ、冬のふぐ。桐子はそれまで食べることには、あまり興味がなかった。しかし、緒沢はとても食べさせ上手で、素材のことや、調理法をよく知っているいて、「これはここが美味いんだ」と教えて、とてもおいしそうにものを食べる。そのとおり食べると、今まで感じたことがないくらいおいしい。だから、緒沢の食事の誘いには大人しくついて来るようになった。しかし、それ以外の外出は頑として応じなかった。
「じゃあ、一緒に行ってくれる人と、付き合えばいいじゃない」
「お前、それでもいいのかよ」
「・・・しょうがないわね」
「・・・頭、冷やしてくる!」
怒りのあまり、着の身着のままで出てきたはいいが、日が暮れた冬の東京。冷え込みは半端ではなく、緒沢はすぐに近くのコンビニに逃げ込んだ。戻るに戻れず、ぱらぱらと雑誌をめくっていたところに、緒沢の上着を来た桐子が現れたのだ。

二人とも頭の中にはいろいろな思いは渦巻いていたのだが。
桐子は自分の推理どおりに、コンビニにいた緒沢にあきれると同時に、見つかってほっとしていた。
緒沢は、桐子が自分の上着を着て迎えに来てくれたことが、少し情けなかったが、嬉しかった。

レジの前には先客が3人ほどいて、その後ろに二人で並んだ。ふっと桐子の視線は、レジの横にある白い湯気に向けられた。それに気がついた緒沢が言う。
「おでん、あったかそうだな。買ってくか?」
「コンビニおでんとかも、食べるの?」
「好きだぜ、うまいじゃん」
「こだわってんのかと思った、おでんはこの店のこれじゃなきゃ食べないとかって」
「俺は何でも食うぜ、うまけりゃ。つゆがうまいよなぁ、ご飯にかけて食べると最高」
「そんな食べ方、見たことない」
「これがうまいんだって、食ってみろよ」
二人のレジの番がくる。歯磨き粉を台に置いて桐子が言う。
「あと、おでん、ください」
「入れ物、一番大きいので」
「何にする?」
「ちくわと、がんもと、もちきんちゃく」
「大根と、昆布と、つみれと、シラタキ」
「あ、卵も」
「全部2つずつね」
「つゆ、いっぱいいれてください」
店員が器に盛り終わって、蓋を閉めていると緒沢はレジから離れて、売り場の奥の方へ歩きだした。
「どこ行くの?」
「ビールとご飯も、買ってこうぜ。その代わり、今日の晩飯、これで終わりな」

桐子が歯磨き粉とおでんを持ち、緒沢はレトルトのご飯と缶ビールを持って外に出た。外はもうすっかり暗くなっていた。まだ、お互いに少しだけ気まずくて、二人とも黙って歩いてると、ふっと白いものが視界をかすめた。
「雪だ」
「あ、本当」
足を止めて、空を見上げる。花びらのように軽くて白い雪が、音もなく降ってきた。
「積もるかしら?」
「予報じゃ、明日は晴れだって言ってはずだぜ。すぐに止むんじゃないか?」
桐子は顔の前に掌をかかげて、雪を受け止めた。
「冷たい」
「・・・桐子。雪、好きか?」
「嫌いじゃないわ」
雪の結晶に目を凝らす桐子。その横顔をじっと見ている緒沢。
「なに?」
緒沢の視線に気がついて、桐子は振り返った。
「いや、やっぱいいや、そんなに嫌だったら、どこにも行かなくても」
どこか満足そうな顔をして、緒沢が言う。
「どうしたのよ、急に」
どうして、緒沢がこんなことを言い出したのか、桐子はわからない。
「早く帰って、おでんで雪見酒といこうぜ」
赤くなった桐子の手を掴んで、歩き出した。

いつもなら、恥ずかしくて、手などつなげないけれど。家まですぐだし、何よりあったかいから。桐子は、そのまま手をひかれて歩きだした。

いつもなら、恥ずかしくて、手など握れないけれど。二人でどこかに出かけたかったのは、雪を見つめるあの笑顔が見たかったんだということがわかったから。緒沢は言葉にできない思いを伝えたくて、手を握って歩きだした。

二人で見た、初めての雪。


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