ふっと目を覚ますと、目に飛び込んできたのは、見なれない白い天井。
自分がどこにいるのかわからなくて慌てたのは一瞬。腕の中にいるその人の感触に、すぐに状況を認識した。

さらさらとした茶色い髪。柔らかくて滑らかな白い肌。
片手に余りそうに小さい頭。俺の胸にかかる、規則正しい寝息。

抱き合った後、離れがたくて、彼女の体に触れながら、いろいろと話をしているうちに眠ってしまったようだ。枕もとの時計を見ると午前1時30分。眠っていたのは一時間もない。

急に煙草が吸いたくなった。
名残惜しいが、彼女を起こさないように注意しながら、体を離し、ベッドから抜け出した。その辺に飛ばしてあった、下着を身に着け、ソファになげかけておいた上着の内ポケットからタバコを探る。最後の一本だった。
買いに行かなきゃな、と思いながら、くわえて火をつける。キッチンに行き、この前ここに来たときに置いていった灰皿を探す。

彼女はふだん煙草を吸う習慣はない。最初に来たときには飲み終わったビールの空き缶を灰皿にした。次に来たときには、俺が自分で灰皿を持ってきた。 「置いてっていいだろ?」
内心、少しどきどきしながら、俺は尋ねた。
「好きにしたら」
口許に皮肉っぽい笑みを浮かべて、彼女は言った。

灰皿は一番最後に見た場所、前に帰る時に洗って伏せた流しにぽつんと置かれていた。
前に見たときと寸分たがわぬ姿でそこにあった。
「・・片付けねーのかよ」
と言いながら、灰皿を持って部屋へ戻る。ソファに座って煙をはく。サイドテーブルの明かり一つが、ほのかに部屋を照らしている。

会うのは3週間ぶりだ。
二人とも仕事がとても忙しくて、面倒な事件がおきれば、解決までずっと署に泊まりこみも珍しくない。そんな感じだからそうそう会う約束なんてのもできなくて。明日は(もう今日だが、)初めて二人の休みが重なった、貴重な休日だった。

付き合うようになってまだ3ヶ月。二人きりで過ごした回数は両手に満たない。それでも、どんどん彼女のことが見えてくる。

彼女は、今までつきあったどんな女とも違った。
今までの女は
「あなたといると、すっごく疲れる」
そう言って去っていった。

しかし、彼女は
「あんたといると、すごく楽」
一緒に酒を飲んだ時、とても穏やかな眼差しで俺を見つめて、そう言った。

前の女たちにとって俺のどこが疲れるのか、今の彼女にとって俺のどこが楽なのか、わからない。ただ、俺も彼女と一緒にいるのは楽しかった。
まったく甘えてこないし、どちらかと言えば、俺のことをちっとも構ってはくれない。口を開けば、弁は立つし、皮肉屋だし、素直でないことこの上ない。それなのに、一緒にいるときの緊張感も、飯を食いながらする口喧嘩に近い言い合いも、抱きしめた時のためらいも、恥じらいも。何もかもが俺の心をひきつける。

煙を吐き出しながら、彼女の部屋を見廻す。
職場に通うのが楽な方がいいと、都心に借りた1LDKのマンション。作り付けのクローゼット。ソファとベッド、テーブルに置かれたノートパソコン。飾り気のまったくない部屋。ただ、仕事柄眠る時間も不規則になりがちなので、昼間でも良く眠れるようにと選んだ遮光カーテンの青だけが綺麗だ。こうしていると深い海の底にいるみたいだ。

俺にはわからない。
ここに辿り着くまで、彼女が通ってきた道。それはとてもつらく厳しい道だったことだろう。これからどうなるのか、どうしたいのか、まだわからないけれど。このままこうして夜を過ごしていきたい。

タバコを吸い終わってしまった。
このまますぐに眠れそうにもないし、近くにあったコンビニに行って買ってくることに決め、ソファにかけておいたシャツを羽織る。
彼女をこのまま寝かせておくわけにもいかないから、起こすこととしよう。

「桐子」
「・・・ん・?」
「・寝るんならパジャマ、着ろ。風邪ひくぞ」
ゆっくりと目を覚ます。毛布で体を隠しながら、起き上がった。
「・・帰るの?」
服を身につけている俺に声をかける。
「煙草が切れた。買ってくる」
「・・煙草なら、あるわよ。そこの引出しの中」
指をさされた引出しを開けると、いつも吸っている銘柄のタバコが1ダース入っていた。一箱取り出して、桐子の顔と煙草を交互に見る。
「・・・シャワー浴びてくる」
桐子はベッドから降りて、床に落ちている服で体を隠しながら、バスルームに消える。

今、鏡を見たら、俺はとっても見られない、崩れた顔してるんだろうな。
俺が置いていった灰皿、あいつが買った煙草。こんなことがとんでもなく嬉しい。
俺はこの場所にいることを許されている。

さっき見た桐子の顔を思い出して、俺は一人笑った。


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