空はこんなにも青くて、春の日差しは暖かいのに。
ビルの屋上は風がとても強くて、髪を乱す。
やつれた顔にかかる髪が、あの人の顔を一層悲痛なものにしていた。
「生を、助けてください!」
私がかつて愛したひとは
私を裏切ったのではなく、
私を忘れてしまっていたのだということを
私に告げた。
あらためて、この人を見つめなおす。
左手の薬指のプラチナが目に入った。
「いつか、本物をプレゼントするよ」
二人で行ったお祭り。
夜店で買った、綺麗な緑色のガラス玉の指輪をはめてくれながら、そう言ったあなた。
このひとは私を知らない。
知らないのなら、交わした約束など、初めからなかったと同じだ。だから、
「生くんは、必ず助け出します」
この人には何の罪もない。
罪があるのは私だけ。
生くんに続いて、高野舞も消えたとの連絡を受けて、私は初めて高野家に入った。
飾り尽くされたインテリアが、どこか色あせて見えるのは、家族がいないからだろうか。
ダイニングテーブルに、無造作に投げ出された、小さなプラチナを見つけた。
またひとつ、果たされない約束を見たような気がして、苦い思いがかすめた。
あの人からもらったガラス玉の指輪は、あの子と一緒に捨ててしまった。
どうして、人はこんな小さな輪で、人を縛ろうとするのだろう。
自分の心さえ、どんなに願っても、つなぎ止められはしないのに。
二人で歩く、夜の銀座。
「女は、こういうの、好きだよな」
緒沢は足をとめて、光るショーウィンドウを指差した。
目の高さから少し下、水槽みたいに小さなケースの中には、斜めに敷かれたブルーのリボン、そのうえに小さな天使が、ダイヤの指輪をささげ持っている。
脇に小さなカードが添えられていた。
「Only one Only you 」
小さなスポットライトの光を受けて、深く強い輝きをはなつ、色のない石。
「ダイヤモンドって、こーんなちっちぇーのに、すっげーたっけーよなぁ」
驚きのこもった口調で言う。その言葉は、あることを私に連想させた。
「・・・買ったこと、ある、わね?」
私の言い方に何かを感じたのか、緒沢は真面目な顔で答えた。
「・・・ないわけじゃない」
「そう」
黙りこんでしまった私に、緒沢は言った。
「聞かないのか?いつなのか、とか、どんな人だったのか、とか」
「興味ないわ」
そんなこと、聞くまでもない。
この人はとても普通の人で、結婚して、家庭をつくって、子どもを生んで、そういうことを望む人だ。私には決してできないことを。
「緒沢」
「ん?」
「結婚したくなったら、言ってね。別れるから」
「・・・どういう意味だ?」
「言葉どおりよ」
緒沢は目を見開いて、何かを言おうとしたが、聞かずに、私は歩き出した。
指輪なんて欲しくない。
果たされない約束なんていらない。
でも、もし、覚えていてくれるなら、一つだけ、私の願いを叶えて。
いらなくなったら、ちゃんと言って。
私は、すぐにあなたの前から消えるから。
何も残さずに。