緒沢とともに指揮車のなかに入り込んだ冷たい朝の空気は、真犯人を炙り出すための罠について桐子が説明している間に生ぬるく濁っていった。
「お前が仕掛けたことはわかった。・・・で、誰だったんだ?犯人は」
耳元で搾り出された声に桐子の口元から皮肉めいた笑いが消えた。そして、瞬きを二度繰り返した後、緒沢の目をまっすぐに見据えながら口を開いた。

「・・・後藤さんよ」

緒沢の瞳が大きく揺れる。
「嘘だろ、なんで、後藤が。どうして」
言いながら桐子の隣に膝をついてがっくりとうな垂れた。
少しの沈黙の後、顔を上げた緒沢は食い入るように桐子の顔を見つめた。その視線の強さに桐子は柳眉を寄せる。その顔を見て緒沢は真実を確信した。
「どうして、気づけなかったんだ、あいつが、こんなことをしでかす前に!」
緒沢の頭が再び下を向く。そして拳を握り締めると床に向かって何度も打ち付けた。
「あなたのせいじゃないわ」
言葉とともに桐子の右手が緒沢の拳を押さえた。
「誰にも止められないのよ、罪を犯す瞬間は」
声に篭る思いつめた響きに緒沢は桐子の顔を見上げた。

ずっと続いていくと思っていた日常は掌を返すように消え去り、あっけなく道が逸れていく。そして、失った後に気づくのだ、そのかけがえのなさを。

「まだ、事件は終わってない、生君を助け出すまでは。自分を責めるのはその後にして」
言葉の鋭さとは裏腹のしっとりと暖かい手に緒沢の目頭は熱くなった。




罠に落ちたことを知った後藤の銃口が桐子に向けられ、引き金にかけられた指に力が込められたのを見て取ると、緒沢の身体は一瞬のためらいもなく動いていた。

後藤にこれ以上罪を犯させるわけにはいかない。

誰も傷つけたくないと思っても、我知らず傷つけてしまっている時もある。
人を救うのが仕事でも、全てが救えるわけじゃない。
それでも、この身体が盾となるのならば、いくらでも差し出そう。

罪を犯す瞬間が誰にも止められないように、お前を守りたいという思いも誰にも止められない。





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