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私的話題の広場 私の身の回りにある何気ない事です。ごゆっくりと楽しんで下さい
2006.10.10ピクニックでピクニカ
ブリヂストン ピクニカ 1969年から発売された小型折り畳み自転車です。車名の通りにピクニック などのレジャー用に設計され、フレームの中央から折り畳め大きさが半分に なり、当時としては画期的な持ち運び自由な自転車でした。
こちらは今年5月で閉館になった万世橋交通博物館の展示品です。
フレーム部分。ロゴがまた格好いい! ボルトが見えますね、ここから 折り畳める訳です。当時は軽量でしたが、今持ち上げてみると結構 な重さですね(汗)でも、我が家ではまだまだ現役であります♪
駆動部分です。PICNICAのロゴ入りチェーンカバーがお洒落です。 ロードマンと共にブリヂストンの歴史的自転車といえましょう。
市販VHSビデオテープ 今となってはDVDにお株を奪われてしまったVHSですが、昭和の時代は ビデオテープを買う事は3200円のLPレコードを買うよりも高価な品でとても 学生のお小遣いでは買えるものではありませんでした。
さて、値段を見てみましょう(笑) 30分で14000円、28分で9800円!!! ありえない値段かもしれませんが、昭和を生きた人ならばわかるかもしれません。 因みにこのテープの購入に要した私の額は1/10以下です。やはり当時は 買う予算もありませんし、むしろあの頃は「見せてもらう」のが苦肉の策でしたねぇ^^
ブリヂストン ヤングウェイモンテカルロ80年ポルシェ仕様
ブリヂストン ロードマン クロモリ73年仕様 私が少年期の憧れの自転車がようやく揃いました。 ロードマンは当時から乗り続けている四半世紀以上の相棒。モンテカルロは これこそ、私の欲しかったタイプです。トピックスの懐かしのセミドロップ、 ドロップハンドル自転車とモンテカルロで乾杯をご覧になってください。
スーパーカーブームを象徴するリトライトはベルの逆側に遠隔操作出来るレバーで フォグ(閉じたまま点灯)やライトを開き点灯させることが出来ます。5段変速。
モンテカルロとロードマンの駆動部分です。す、素晴らしい! 自転車がこげなくなる前にモンテカルロとロードマンを所有出来て満足です。 これで、私の自転車趣味も一段落つきました。あとは乗り回すだけです♪
アスキー ベスト競馬ダービースタリオン いわゆる競馬ゲームの原点とも言われるのが、俗称「ダビスタ」であります。 91年にこの初代が発売されて競馬ブームとともに人気を博しました。 攻略本のアイネスフウジンの画像のように、競馬場で初めてスタンドコール された時代でありました。その強豪を倒すために競走馬を育成したりする 競馬とは何ぞや?な人にも競馬の仕組みが分かるゲームです。
去年大活躍のディープインパクトを育成してみました。 無敗の三冠馬ルドルフを父親にして菊花賞までの記録です。 皐月賞、ダービー、宝塚記念、菊花賞となんと大胆なローテーション。 ちなみに「ますお」はサザエさんではありません(^_^;)
ちょっと殿堂馬にしてみようとしたら、リセットしても、戻らなくなって しまいました(涙)なんかぁあっさりした画像です(笑)とりあえず 無敗のままGT8勝してルドルフの7冠越えです^^
流石にジョッキーは当時は実名に出来ず、名手岡部騎手は「おたべ」に なってました。たしか京都八つ橋の「おたべ」ってありましたね(笑)
ブリヂストン モンテカルロ85年仕様 長年探していたモデルとは、ちょっと年式が新しいですがなかなかいいですね。 それからセミアップハンドルになってしまっていて残念ですが、操縦は楽ですよ。
モンテカルロの特徴のシフトレバーです。スーパーカーブームの名残を残しています。
特徴その2は、デコトラ風の駆動部分。まさにスーパー自転車と名乗りたい 派手派手です(^_^;) 後輪のブレーキは油圧式でママチャリのようにキーッと いう不快音がしません。その後もモンテカルロを探し中ですが、なかなか高値 で手に入りにくい自転車になっています。やっぱり男の子の必需品でしたから この世代の人達には今でも乗りたいスーパー自転車なのでしょう。
ぶら下り健康器 メーカー不明 古くはベルトマッサージャー、スタイリー、ルームランナーなど彗星のごとく輝いた 健康器具も一過性のものでした。そして「ぶら下り健康器」も…。 ご覧になってください、サビだらけでぶら下る意欲すら激減です(笑) 買った当初は家族全員が、暇さえあればぶら下っていたのに(涙)
そして行く手を阻む物置状態(汗) これでいいのでしょうか?いやいや、 自分に問うております(^_^;) いまのところポスト健康器具の末路はエアロバイク。 前立腺炎のため、自粛気味…。唯一の救いは私が自転車好きなところですね。 ぶら下り健康器も、このままでは可愛そう。機会があればぶらさがりましょう! おそらく彼は、経年変化を口実に身を犠牲にして積年の恨みを晴らす事でしょう(爆)
昭和49年作品 宇宙戦艦ヤマト 当時テレビっ子だった小学生の私を釘付けにしたアニメでした。実在した戦艦大和を モチーフとして作られた作品は、ヤマトと大和のプラモデルに嵌らせ、第二次世界大戦 の書物を読んだり、アニメのストーリーも絶大ながら日本の暗い歴史をも勉強させて くれたものでした。今もヤマトと大和のフィギュアなどあると、つい買ってしまいます。
昭和54年作品 銀河鉄道999 時期がブルートレインブームと重なり、銀河鉄道999も私を虜にさせたアニメでした。 なかでもメーテルのキャラは松本先生が虜になった八千草薫等の女優さんがモチーフ になっており、今でも人気が絶える事はありません。総括すると何故、空を飛べない 船や列車が宇宙を旅するのか?私は歴史的に敗戦国日本の象徴であった戦艦や SLを、経済が安定した時代に振り返り戦争の愚かさや、用済みの蒸気機関車の栄光 の時をもう一度思い出してほしいと、アニメを見ていて私なりに解釈しました。今現在でも フィギュア、模型などなど公開すれば桐が無いくらい所有していますので、 今後も飽きる事はないでしょう。
フリップクロック 愛称パタパタ時計 今も現役ですが、私の中学生時代はよく朝になると当時新鮮な電子アラームで 私を起こしてくれました。一見デジタルな表示に見えますが、日めくりカレンダーの ようにパタパタと数字板がめくれていきます。右上のボタンはライトアップで暗闇でも 時刻が確認出来ます。なにせ日本製が当たり前の時代の時計ですから少し優越感 があります、が、単一電池一本も使う電気喰いです(笑)
最近は、お目に掛からなくなって来たギザジュウ お釣りなどに、この10円玉が入っていると嬉しいものです。表面的には 普通の10円玉なんですが、側面にギザギザがついています。現在私が 所有するギザジュウは109枚。25年くらい前から集めるというか貯めこんでいます。 綺麗なのも、緑青丸出しや、こんがりした色もまたいいものです。
見よ!これがギザジュウタワー!側面のギザギザが分かりやすいですね。 なぜギザになったかと言うと朝鮮戦争の事情により50円玉の図案で製造 された事によりギザになりました。昭和26〜33年まで製造で31年は製造無し。 価値のあるものは製造数が少ない32年と33年で、私も1枚づつしか持っていません。
昔なつかしいベーゴマ 鋳物で出来ていて、当時の人気野球選手や力士、プロレスラーの 名前が模られていました。私の時代はこのスタープレイヤーでした。 右のベーゴマ用の紐を使って、回します。
このように、ベーゴマの尖った底に紐で二つのコブを作って、 それを取り巻くようにして、強めに紐を巻いていきます。巻くのが意外と 厄介でしたね。あとは手首のスナップを利かせて、紐を引っ張るように ベーゴマを飛ばします。私の時代でも、ベーゴマは古い玩具扱いでした ので、今は懐かしい物が懐かしいという感じがしています。
コカ・コーラ ヨーヨーチャンピオントルフィー このトルフィーを持っている当時子どもであった人は、何人いるのだろう? トルフィーの天辺には、ゴールドギャラクシーヨーヨーがついている。 怪しい外国人のヨーヨーチャンプも各地に出没し、異彩を放っていた。
これは、トルフィーと共に贈呈されたバック なんと!YO-YO CHAMPION って…まんまですね(笑) 持ち歩くのは、ちょっと恥しいぞ!でもチャンピオンだしなあ(笑)
当時のヨーヨーのチラシ 王冠の「うらぶた」をめくると、ギャラクシーヨーヨーのクリア銀ラメが当たるのだ! 「おこづかい10円」も当時はありがちでしたね。スーパーのスケルトンなヨーヨーはお気に入りでした。
ヨーヨーホルダーとスーパー、ギャラクシー、スペシャルスピンヨーヨー その他、えんぴつや遊び方、で…「虎の巻」で、しかもシニア編って…子供なのに?! 当時の日本は、「アメリカからやって来た」に憧れていたと思います。いい時代だった。
御存知、ダイヤル式電話機です。 昔は黒電話だったのですが、我が家では色的に好ましくなかったので、 白い電話機をレンタルしていました。これでしたら、黒電話のようにお洋服のような カバーをしなくてもお洒落ですので、ADSLになるまで長い間活躍してくれました。
今でも、線をADSLでも使える状態にしていますのでウォールジャックから直で つなげば、使用できます。この電話を使っていた時はとぐろを巻いた線を指で もぞもぞと絡めて、いろんな方とおしゃべりをしました。電話機の前で相手の 連絡を待つ、なんて、今思うとのんびりしていい時代だなって、思いますよ。
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