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コサギは、水辺の浅いところにいる小動物(小魚やザリガニなど)を餌としている水鳥です。私は、紀ノ川流域のコサギの個体数調査を、20年あまり継続してやっています。
コサギは昼行性の鳥類です。昼間活動し、夕刻になるとねぐらと呼ばれる河川の周辺にある木に集ってきて、集団で休息し夜間をすごします。翌朝になると、ねぐらから飛び出して活動を開始します。そのため、ねぐら位置さえきちんと調べておけば、紀ノ川にどれだけの数のコサギがいるかを、ほぼ正確に調べることができます。 コサギのねぐらは、たいてい紀ノ川の河川敷または中州にできます。下の地図は、1979年8月から1999年10月末までに確認した紀ノ川流域のコサギのねぐら位置です。夕刻に、ねぐらに向かって帰っていく方向を単車などで追跡していくと、ねぐらを見つけることができます。
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| 船戸山古墳のコサギの親子 |
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ねぐらに利用されやすい木は、河川敷に生えている竹類(ねぐら全体の約60%)です。次は、紀ノ川の中州や河川敷によく生えているヤナギ類(20%程度)です。
これらの木は、しなやかで折れにくく、外敵(イヌやネコ、イタチなど)が簡単に登ってこれないので、よく利用してされていると考えられます。
ねぐら位置は、季節によって微妙に変化します。北西の季節風の強い冬季には、風を避けられる東斜面や南斜面の木がよく利用されます。夏季には、南西の風の影響を受けにくい北斜面や、川の中州に生えているヤナギ類の木がよく利用されています。
では、紀ノ川流域にどれくらいのコサギがいるのでしょうか。
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上のグラフは、1987年〜1999年7月下旬までの橋本−粉河間の各ねぐらに集まるコサギの個体数を各月の旬ごと(約10日ごと)に合計したものです。
特に興味深いのは、7月中旬ごろから、毎年きまったようにこの範囲内の個体数が急激に増加していくことです。
そして、8月〜9月ごろに最大となり、その後減少していきます。11月ごろから翌春の3月上旬までは、個体数の大きな変動のない割と安定した時期です。4月上旬になると、各ねぐらに集まるコサギの個体数は急激に減少していきます。
紀ノ川のコサギの個体数は、毎年規則的な個体数変動をくりかえしています。
では、紀ノ川流域(和歌山県内に限る)にどれくらいのコサギがいるのでしょうか。
1991年と1992年の各年の1月上〜中旬に、日本野鳥の会県支部会員で県下一斉のサギ・ウ調査をしました。私は、県内の紀ノ川流域にあるすべてのコサギのねぐら位置と個体数を調査しました。
その結果、県内の紀ノ川流域でののコサギの個体数は、1991年には989羽、1992年には1050羽でした。前のグラフの1991・1992年1月上〜中旬の個体数と比較すると、橋本−粉河間のねぐらに集まる個体数の3倍以上のコサギが県内の紀ノ川に生息していることになります。
コサギのねぐらの個体数が最大になるのは8〜9月です。多い年には約900羽になります。この数を単純に3倍すると、県内の紀ノ川流域でコサギは多い時で2700羽以上いるということになります。
コサギは、繁殖期になると繁殖コロニーとよばれる集団繁殖地に集ってきます。アオサギやゴイサギの繁殖コロニーは、和歌山県内でも数か所確認されています。しかし、コサギの繁殖コロニーは、県内では紀ノ川流域の和歌山市船戸にある船戸山古墳の雑木林にだけにしかないそうです(日本野鳥の会県支部会員のいろんな人に聞いた結果)。
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| 船戸山古墳のコロニ−では、1985年以降、現在(1999年)まで、毎年コサギ、ゴイサギ、ダイサギ、アオサギの繁殖を確認しています。 2月中旬ころになると、アオサギが船戸山古墳の雑木林にやってきて、巣作りを開始ます。巣作りといっても、昨年までの古い巣を修復して利用する場合がほとんどです。3月中旬ころになるとダイサギがやってきて、巣作りを開始します。 コサギは4月上旬ころ、集団で船戸山古墳にやってきます。そして求愛、産卵、抱卵、育雛となります。 幸運なことに、1989年には、この船戸山古墳のサギコロニーの個体数変動を継続調査できる機会を得ました。 図の左のグラフは、この年の6月21日〜9月25日までの間の朝の8時20分ごろに、船戸山古墳の定地点で、サギ類(コサギ、ゴイサギ、アオサギ、ダイサギ)の個体数カウントの結果を示したものです。 なお、観察回数は、47回です。実際には、木のかげなどにかくれてしまって見えないサギ類や、採餌にいっているのもいるので、このカウントした数の2〜3倍程度の個体がいるものと思われます。 太線は、船戸山古墳の繁殖コロニーでのコサギの個体数の変動を示したものです。このグラフから、コサギは、7月中旬ころから個体数が激減していくことがわかります。そして、この時期は、ちょうど、橋本−粉河間の個体数が増加してくる時期(地図の下の右側のグラフ)と、ほぼ一致するのです。 船戸山古墳で繁殖を終えたコサギ(親鳥と若鳥)がすべて紀ノ川にやってくるわけではありません。また、紀ノ川流域のコサギのすべてが、船戸山古墳のコロニーからきたものであるとも言えません。紀ノ川流域全体のコサギの個体数と船戸山古墳のコサギの個体数を比較すると、かなりの数のコサギが外部の繁殖コロニーからやってくることが予想されます。 しかし、毎年のようにおこる紀ノ川の割と広い範囲(橋本ー粉河間)での7月上旬からの急激な個体数の増加の要因は、繁殖地からの移動であるという、考えて見れば、あたりまえのようなことですが、私にとっては大きな発見でした。 |