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2013/02/01 アラタメ


カナモジカイ


カイサン しません!!



  カナモジカイが カイサン すると いう ウワサが ながれて いる よう ですが、 カナモジカイは カイサン しません。 ザイダン ホウジンと しては ソンザイ しなく なりますが、 カタチを かえて カツドウを つづけて いきます。 もちろん 「カナノヒカリ」も ハッコウ します。 

わたしたちは うったえる

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《 カナモジ運動が めざす もの 》

 わたしたちは、日本語の書き表わし方について考え、そのあるべき姿を実現するために運動しています。

 日本語を書き表わすのには、漢字とカナが用いられていますが、漢字の数の多さや使い方の不合理さ(一つの漢字に読み方がいくつもあるなど)のため、日本語の表記法は、世界に例のない複雑なものとなっており、非効率やさまざまな災いをもたらしています。カナモジカイは、それらの解決をめざして1920年に創立されました。

 戦後の国語改革――これには、カナモジカイも大きな貢献をしました――によって、文字の読めない人は、ほとんどいなくなりました。また、コンピューターなどで漢字を扱う技術も飛躍的に進歩しました。しかし、わたしたちは、これで問題が解決されたとは考えていません。

 1.漢字は、日本語を正しく書き表わすことのできない不完全な文字です。

 「私」という漢字は、「わたし」とも「わたくし」とも読めます。「明日」は、「あす」とも「あした」とも「みょうにち」とも読めます。どれが正しい読みなのかは、それを書いた人にしか分かりません。「わたし」「わたくし」、「あす」「あした」「みょうにち」は、それぞれ意味は近くても別のコトバですから、それらを区別できるように映し出すことができなければ、文字としての役割をを果たしているとは言えません。

 2.漢字は日本語の伝統を破壊しました。

 日本では、外来の漢字・漢語をありがたがり、本来の自分たちのコトバである大和言葉(和語)を卑しんできたため、おおくの大和言葉が滅び、漢語に取って代わられました。

 漢字は、生き残った大和言葉にも大きなツメアトを残しました。「くさい」と「くさる」、「おもい」と「おもな」は、日本語としてはキョウダイのコトバですが、中国語にならって、「臭い」「腐る」、「重い」「主な」と、異なる漢字を当てて書き分けるため、それぞれのコトバの関係が分からなくなり、したがって、コトバの本当の意味も分からなくなりました。

 また、「微笑む」と書いて「ほほえむ」と読ませることも行われていますが、これは許すまじきことです。「ほほえむ」とは本来「ホホが笑む」という意味ですが、「微笑む」と書いたのでは、そのことが見えなくなり、「微(かす)かに笑う」という意味にすり替ってしまいます。

 3.漢字は、日本語の発達を妨げてきました。

 日本では、長い間漢字に依存してきたため、目で見れば意味が分かっても、耳できいて分からない漢語が安易に作られてきましたし、今も作られています(たとえば、「防汚」「放鳥」「廃農」など)。また、漢字の音はきわめて限られたものであるため、漢語のほとんどは同音異義語となってしまいます。

 そのため、話しコトバとしての力が弱まっただけでなく、本来の日本語(大和言葉)による造語法の発達が妨げられ、「カタカナ語」が必要以上に増える原因の一つともなりました。 

 耳で聞いて分からないコトバでも、字を見れば意味が分かるから漢字は便利だ、などと考えるのは、逆立ちした考え方です。

 4.漢字は、コトバの弱者を生み出しました。

 目の不自由な人々などにとって、漢字を学ぶことは極めて困難です。日本語を漢字に依存するコトバのままにしてきたことが、おびただしい数の耳で聞いて分からないコトバを作り出してきたのであり、漢字を使わない人々に対する壁を作ってきたのです。このことは、かれらに対する差別であると言っても言い過ぎではありません。

 5.漢字は、教育の上で重荷となっています。

 戦後の国語改革も、漢字の数の多さや使い方の複雑さによる学習の難しさをいくらか和らげたに過ぎません。そのため、本来はコトバそのものではなく、その器であるはずの文字の学習――その大部分は漢字の学習――が重い負担となっています。学校での「国語学習」は「漢字学習」に偏ったものになっています。

 6.漢字は、外国人にとっても大きな壁となっています。

 日本語は、発音も文法も決して難しい言語ではなく、学んだ外国人は、話すだけなら、それほどの苦労はない、と言われます。漢字が障害となり、日本語を学ぼうとする外国人の意欲をそぎ、日本の社会への参加を閉ざしさえしているのは、とても残念なことです。

 日本の学校で学ぶ外国人の子どもが日本語を身につけることができずに落ちこぼれていくのは、深刻な社会問題になっていますが、漢字の難しさがその原因の一つであることは疑いようもありません。

 7.漢字は、社会生活の能率を低いものにしています。

 今は、コンピューターなどで漢字を――以前に比べれば――たやすく扱うことができます。しかし、漢字への変換という作業が能率を大きく妨げています。

 また、漢字は使いこなすことが難しく、書き間違いや変換ミス、読み間違いがしばしば起こります。送りがなの付け方など迷うことも少なくありません。(問合せ? 問合わせ? 問い合せ? 問い合わせ?) これは、時間のムダです。

 漢字のもたらした災いは、まだまだありますが、ここでは省きます。

 カナモジカイの目的を一言で言えば、漢字を廃止することによって、日本語の書き表わし方を合理化し、日本語の伝統を守り、かつ日本語本来の生命力を花開かせよう、ということです。 

 もっと短く言えば、日本語を愛し、大切にしていこう、ということです。

 この目的を実現するため、カナモジカイでは、カタカナだけで文章を書くことを唱えるとともに、カタカナだけて書いても読みやすいデザインのカナモジ書体(肩線ガナといいます。)を作るなどの活動ををしてきました。 

 差し当たっては、ひらがなでも良いのです。漢字に頼らない日本語を育てていきましょう。皆さんもぜひ、わたしたちの仲間に加わってください。