特別名勝兼六園について(兼六園の名前の由来)

兼六園の名前の由来、「六勝」について

六勝の碑
真弓坂口近くの六勝の碑

現在兼六園の住所は「金沢市兼六町」ですが、「兼六園」という名称は元々土地の名前から付けられたのではありません。「六つを兼ねる園」という意味からそう名付けられたのですが、この「六つ」とは何でしょうか。

今から180年以上前の文政5(1822)年、奥州白河藩主・松平定信は、加賀12代藩主前田斉広(なりなが)の依頼に応じ、宋(昔の中国)の詩人・李格非(りかくひ)の書いた「洛陽(らくよう)名園記」という書物の中の次の文を参考にしました。

「洛人云う園圃の勝 相兼ぬる能わざるは六
宏大を務るは幽邃少なし
人力勝るは蒼古少なし
水泉多きは眺望難し
此の六を兼ねるは惟湖園のみ」

その意味は、「広々としていれば(宏大)静かな奥深さはなく(幽邃)、人工的であれば(人力)古びた趣は少なくなる(蒼古)。また池や曲水や滝が多ければ(水泉)、遠くは眺められない(眺望)。つまりそれぞれ相反する六つの景観(六勝)を兼ね備えているのは『湖園』だけである」ということです。

そしてまさに兼六園がそうであるという理由で名付けられました。

兼六園を散策する時は、この六勝を意識してご覧になると、その素晴らしさがより一層伝わることでしょう。

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