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  きもの語りべ」の一言 --- きものらいぶらりー <帯の変遷・1>

   帯の歴史は紐から
 秋空高く爽やかな街路で行き交うきものの女性のうしろ姿に、季節を運ぶ帯の風情が残ります、
   きものを着ても帯なしでは人前には出られません、帯が後ろ姿にアクセントをつけ、それによって優美となり、また時には粋となり、ひとつ違えばだらしなくなり、扱いによっては引きしめもし、心ゆるめばしどけなく、不思議に女の個性と表情を見せます。きものを楽しんで着る人は帯に凝りますが、きものに慣れない人にとっては帯はやっかいなものともいえます。しかし、きものを楽しむ以上帯に関心を持たざるを得ませんね、そこで先ずは帯の歴史から簡単に振り返ってみましょう。
 原始時代に裸の暮らしをしていた人々は紐によって夫婦のちぎりを結び紐によって身を飾ることを覚えたのでしょう、服飾史を見ると衣服文化が開けたのは縄文時代から古墳時代であるとされますが、人類が衣をまとったのはそれよりも歴史が古いであろうと言われ、何らかの紐が用いられていたことになります。これを帯と 名づければ右・埴輪・・人物/中央・褶(ひらみ)姿/右・弥生時代の服装/帯の歴史も着物と共に生まれ発達してきたと考えられますが、その発達は着物ほどめざましくはなかったといえます。
  帯は紐が発達したものと考えるならば紐類は古代から作られていたもので、組み紐や打ち紐がでてきたのは飛鳥時代と言われます。唐から朝鮮を経た大陸文化が仏教とともに我が国に伝来したことから組み紐類は仏教に関連のある経巻や数珠などに用いられていました、また正倉院御物の中に条帯(じょうたい)とゆう組み紐の帯があり、これは太刀の下緒(さげお)に用いたもので天平期のおおらかで色彩豊かな大陸文化が表現されています。右・太刀/左・条帯(じょうたい)組み紐の帯で太刀の下緒に用いた・(正倉院御物)
高松塚古墳の西の壁の女性像
 戦国時代になると武士のものとなり、武具の必需品となります、このようにはじめは仏具から武具へ、やがてこの組み紐は女性を飾る名古屋帯に発達していくのです。
               
湯女図・MOA美術館蔵・作者不詳・寛永の頃の作名古屋帯・出雲阿国が斬新奇抜な姿で縄帯をぐるぐる巻きにして演じた


では次回をお楽しみに・・・ごきげんよう

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