DRAWING 1

 

旅先の合い間に描き留めた、私の好きな建築のドローイングです。その
時、スケッチの横に書き留めていたメモを元に、コメントも書き改めてみ
ました。日々の実務からは凡そ程遠い、空想力が一杯詰まった古建築
を訪ねることは、直接的には仕事と関係ないとはいえ、しばし学生時代の
気持ちに戻って建築を志した頃の自身の原点に立ち返る事が出来ます。
道端に座って描いていると、珍しいのか良く冷やかされ閉口しますが、そ
れそれの絵を見れば一瞬で、当時の情景が鮮明に蘇ってきます。また
細部を見れば当時何に拘って描いていたかもが思い出されたりします。

 



Athens , Acropolis


「光彩陸離」という言葉は将にこの風景かと思えるような空前絶後の景観でした。乾いた岩壁(そ
れでも緑が不思議と繁茂している)のうえに屹立する廃墟のマッスはそれらが廃墟であるがゆえ
に、より美しく感じられました。学生時代から色々な写真や図版で見慣れた建築でありますが想
像以上に巨大で刺激的な建築でした。かつてル・コルビュジェがこのパルテノンを飛行機、電話
などの当時の先端的な工業製品と同じカテゴリーに分類して論じているのがどうも良く判らなか
ったのですが現物を前にし、その精巧に組み上げられた幾何学的構成を眼の当たりにして初め
て彼の本当の真意が判ったような気がしました。既に「実用」を失って久しい莫大な量の大理石
の残骸が、何故かくもこんなにも美しいのか?改めて自問させられる建築でしたし今尚その明確
な解答を見出せない自身に対して或る種のもどかしさを禁じえないというのが正直なところです。







古代ローマ帝国時代の遺構が残されたフォロ・ロマーノの外れに
この「ヴェスタの神殿」が佇んでいます。18本もあるコリント式の
円柱は長さが5m以上あります。この時代のものは、いずれもス
ケール感が尋常でなく、想像以上に大きくて驚かされました。一方
これだけの数の長柱を繋ぐ桁が無いのが不思議だったのですが
円錐形の瓦葺き屋根が後世のものと後で聞いて納得しました。



 

 


Donato BramanteMilanSanta Maria delle Grazie 1488

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の描かれている建物として有名な建築ですが、ルネサンス
芸術を象徴する絵画を収めるのに相応しい、初期ルネッサンス建築の代表的な作品です。明るく乾
いたイタリアの陽光のもとで、この巨大に積層する幾何学的ヴォリュームの建築には、最早ゴシック
建築を彷彿させる求道的なディテールの、その残滓すら見つける事はできません。そこに在るのは
明晰すぎるほどの理知的な幾何学でした。しかしその幾何学の何と健康的で力強い事でしょうか!



古典的な装飾を剥ぎ取ると、これらの建築は実は単純な幾何学で構成されて
いる事が判ります。特に左側の、ブルネレスキ作のパッツィ家の礼拝堂は矩形
フレームの隙間から半球ドームが見え隠れするという、現在のモダニストにとっ
ても刺激的な形態をしていて、何かの「機械」にすら見えてしまいます。いずれ
も初期ルネッサンス(左側は何と1492年完成の建築)を代表する傑作です。





上と同じ初期ルネッサンス建築を代表するブルネレスキ作の「捨て子寺院」。コリント式の細い円柱が
繰り返すアーチはリズミカルで、広場に面していることで一般市民にも開放されたロッジア空間を形成
しています。アーチとアーチの間に嵌めこまれた円形のテラコッタには赤ちゃんの図像が描かれてい
て建物の機能を象徴しています。1445年に完成されたこの建築は今なお現役で使われていました。








Sant'Ambrogio,Milan

ミラノのロンバルディア地方の色濃い地域に建つ、
この初期ロマネスク教会堂は、創建がAD400年
頃でその後11〜12世紀頃の改修とあって、プリミ
ティブな造形が散見されます。構造的には当時斬
新な手法だった、半円形のリブ・ヴォールトを受け
るこの柱頭部分の図像学的な装飾にも、当時のヴ
ァナキュラーな雰囲気が、充分伝わってきます。






初期ルネッサンスの天才建築家アルベルティの作で
あるサンタ・マリア・デラ・ノベラ聖堂のウイング部分。
元々ゴシック様式だった建築をリフォームしたもので
旧様式の良い部分を残しながらも新しい美意識のも
と、溌剌とした幾何学のファサードに改造しています。
幾何学と黄金比を駆使したファサードの規則正しい律
動感はこのウイング部分にも発揮され、ゴシックの痕
跡を残しながらも、三次元的な幾何学的形態を構築、
その影までもが美しく律動するさまに注目しました。






Giulio RomanoMantuaPalazzo del Te 1526-34

美術様式的に分類するとルネッサンスとバロックの橋渡し的様式と分類される、マニエリスム様式として
つとに有名な建築です。予算がなかったのか規模が広大すぎたのか判りませんが、レンガ積みに左官仕
上で大理石風に見せているところが、さすがの貴族もお金に困ったのかと何となくほほえましくなる城館
建築です。「崩壊感覚」を表現すると美術史家の指摘する、意図的にずらされたトリグリフも塗り造られた
ものとあってはさほどの迫力もありません。しかしさすが画家ラファエロの直弟子というだけあって比例の
感覚には尋常ならざるものを感じました。双子柱とアーチの反復をベースとするファサードの美しさは,真
正のマニエリストとはいえ、古典主義者でもある建築家ジュリオ・ロマーノの面目躍如といったところです

 



Andrea PalladioVicenzaBasilica Palladiana 1549

パラディオについては大いに誤解していました。「建築四書」の
グラフィカルな建築論の図版などのイメージから観念論先行の
学者タイプの建築家とばかり思っていました。そういう意味では
彼に先立つレオン・バッティスタ・アルベルティはまさに学者っぽ
い建築家でした。アルベルティの存在意義はそれこそ彼の華麗
なる著作「建築十書」にのみあるといったら言い過ぎでしょうか?
でも実際アルベルティの建築には僕は殆ど魅力を感じませんで
した。しかし!、パラディオの建築は違いました。特にこの通称
「バシリカ」と市民に親しまれているこの建物は、実に素晴らしい
建築でした。卓越した比例感覚は云うに及ばず、繊細なディテ
ールと独創的なデザインには圧倒されてしまい、少しでもあや
かりたいと感じて思わずスケッチ帳を引っ張り出した次第です。
エンタシスのついたイオニア様式のオーダーは優美どころか官
能的ですらありました。ここにはもはや、再興(ルネッサンス)を
大きく飛び越した建築芸術の独創的な試みが展開しています。





ルネッサンス期の理想的住宅として知られるパラディオの代表作、ヴィラ・
カプラローラです。一般の観光地ともなっているようで、広大な敷地のあち
こちに沢山の観光客が見られました。平面的に完全なシンメトリー形をし
ていて精巧に構築された幾何学的形態は、一切の無秩序を拒否するよう
な小宇宙のような凝集性すら有ります。どれだけの施工精度があるのか
意地悪く実測してみた結果、4面あるペディメントに並ぶ6本の円柱の間隔
が東面のみ5cm小さいことが判りました。(中央2本の柱の間隔が3面と
もぴったり1910mmあるのに、東面のみ1860mmでした。大発見!?)





アルノ川岸に佇むこのアノニマスな建築は余りに美しいので思わずス
ケッチしました。古都フィレンツェにはこんな無名の美しい建築群が至
るところにあって、都市全体が美術工芸品のような、凛とした佇まいを
しています。フィレンツェはもう一度、訪れたくなる都市のひとつです。




 


Otto Wagner , Vienna , Church Am Steinhof , 1905-07

広大な精神病院の敷地内に立つこの教会は一種異様で独特の雰囲気を醸し出
しています。鉄骨造の躯体に石を貼り付けるという美意識は20世紀初頭のモダ
ニストから見れば反道徳的に映ったかも知れませんが、現在のようにハイブリッ
ドの相乗状態のような美意識からすれば、とても面白く見えます。平滑な石面の
更に上皮に石の帯を金属鋲で止めたかのような独創的なディテールは、今の安
っぽい商業建築等の模倣の的となっていますが、本家本元のお手本を改めて見
ると、筋金入りの建築家(当時のウィーンの国家的建築家、オットー・ヴァグナー)
の迫力にはもう圧倒されるばかりです。精神病の患者がたむろするロケーション
の雰囲気もあってか、前面に並ぶ4体の天使も悪魔のように見えてしまいます。





全世界の20世紀のモダニズム建築に影響を与えた「近代建築の五原則」
が全て具現されているばかりでなく、70年代以降に展開するマニエリスム
的特質も既に散見されるように、包摂主義的美意識が色濃く展開していま
す。記号としての隠喩的なシンボリズムにも富み、半世紀を経てもなお参照
するに足る今日的なデザインが小宇宙のような壮麗さで凝縮されています。






Le CorbusierEveux near Lyons
Monastery
 of Notre-Dame de la Tourette
1952-60

建築を学び始めの頃、学校の図書館で知って初めて興味を覚えた建築であり
当時学生の身としては高価過ぎる写真集を無理して買い求めたくらい、のめり
込んだ建築でした。刷り込みとでもいうのでしょうか、30年近く経っても今尚好
きな建築ですし、現地に訪れた時も遠隔地であったこともあって結局丸一日こ
こで過ごしてしまい、おかげで稔り豊かな経験をすることができました。コンクリ
ートの可塑性を極限まで突き詰めた華麗な造形は隠喩性にも満ち、これほどま
で建築に詩的ヴィションを封じ込めることのできた例は余り思い浮かびません。
日本人のきれいに納めるという感覚からはおよそ程遠く、打継ぎ目地のズレや
打設のミスが散見されるのに、一向に気にならないのが不思議なくらいでした。
ここで生活している修道士の一人が附きっきりで隅々まで案内して下さり日本
の文献では知り得なかった造形の意味や、現状のフランスでのコルビュジェの
今日的評価について熱心に語ってくださいました。ガウディもそうですが半世紀
という時間の経過をへてもなお人々に熱く語り継がれる建築の底知れぬ魅力に
ついて改めて考えさせられました。僕にとっては建築の原点のような存在です。





 
Monastery of Notre-Dame de la Tourette

上 囲い込まれた中庭にある小さなチャペルです、四角錐の
  屋根の一面にのみ筒状のトップライトが設けられていて
   ある時間帯のみ劇的に直射光が入り込むように仕組まれ
  ています。チャペル全体は平面的に十字架のような形態
  の「柱」でピロティのように地盤から持ち上げられていま
  す。一見、恣意的に見えるデザインも実は入念に計算さ
  れているようです。他方、枝のように下方に伸びる樋の造
形は機能が先か、形が先か判然としない部分も数多くあ
ります。              

下 入口付近にある玄関番の部屋は円筒形のセル型が5個
  あり、そのうちの3個が中庭から見えます。上のスラブ
  からは完全に切り離されているためより深い陰影が生じ
  ていて、この不定曲線のマッスの異形さが強調されてい
  ます。彼自身が30年前に掲げていた「近代建築の5原
  則」のひとつ、「自由な平面」をこんなところにまで可愛
  らしく開花させているところが当時年齢70歳を越してい
  た老人とは思えない若々しく弾ける想像力を感じます。











Le Corbusir,Notre-Dame-du-Haut,Ronchamp,1950-55

鉄筋コンクリート構造の可塑性を極めたテクノロジー的側面と自らの青年期
の古典主義的趣向を自身が諧謔(かいぎゃく)するマニエリストとしての側面
など、判り易さと難解さが混在した建築。建築というひとつの領域だけでは説
明し得ない不可思議な造形物です。この奇妙で美しく、かつグロテスクな教会
(実は建築的な機能がちゃんとある)はこの前にも後にも模造物が,この世に
いっさい存在しない事実は、逆にこの建築の完成品としての純度の高さ、そ
して長い教会建築の歴史に於ける突出した独自性の高さを証明しています。
「近代建築の五原則」の精神とは全く別世界の手法で創み出されたこの異形
で恣意的な「建築」はこれまで真面目に「過去のコルビュジェ」を信奉してきた
人々をあっさり背信する行為であるにも拘わらず、これだけの特別席を与えら
れたのも、ひとえに純粋な造形物としての高い評価を与えられたからでしょう。
じゃ建築って結局つまるところ空間かぁ、と思わず嘆息してしまいたくなります
が、この建築の最終的評価が定まるにはまだ時間が要するように思います。






これは建築なのかそれとも彫刻なのか、
唯このディテールの美しさは
紛れもない




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