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蟹座の世界樹
プロローグ
 

二十三世紀終盤。

人類は、善良なるSF作家たちの希望的観測を裏切り、地球連邦を築かぬまま、第二次大航海時代へと突入していた。

その先鞭を着けたのは、アメリカ合衆国だ。

我々の太陽系から四・三光年の距離にある『αケンタウリ恒星系』と、五・九光年の距離にある『バーナード恒星系』へ矢継ぎ早に移民船団を送ると、大統領が全世界へ向け、誇らしげにその領有権を主張したのだ。

これに対抗意識を露としたのが、ロシア共和国だった。

彼らは、三百年に渡る宇宙開発のライバル国として、七・六光年離れた『ウォルフ三五九恒星系』に、アメリカの規模を超える大移民船団を送り込み、大いにその面目を施した。こうなると、ヨーロッパや日本なども黙ってはいられない。それぞれが先進国としての意地とプライドをかけ、続々と他の恒星系へ移民船団を繰り出していった。

十五世紀の第一次大航海時代、植民地からその本国へともたらされた大量の金銀は、本国におけるその価値を暴落させ、旧来の資本階級を没落させていった。歴史は繰り返す。銀河の植民地から、膨大な資源が地球へ運び込まれるようになると、アラブ諸国の石油や南米の鉄鉱石などの価値が暴落。遠く離れた恒星系まで同胞を送り届ける科学力を持つ先進国と、それを持たない発展途上国との貧富の差は、絶望的な速度で開きはじめ、やがて、発展途上国の多くは、自らも先進国の一員たらんとする意欲を失っていった。

 唯一の例外は、『アル・アドル王国』である。

 二十二世紀、新たな巨大油田の発見とともに建国された、中東のニューリーダー的存在で、この国だけは、石油の輸出で得た巨額の資産を背景に、先進各国から優秀な技術者を掻き集め、驚異的な速さで自国の宇宙殖民計画を推進していった。

 先進各国は、この国の台頭を危ぶんだ。

 時代に逆行するような絶対王政の国であるとともに、国際テロ組織との関係がとりざたされていたからだ。彼らは『ワープ技術拡散防止条約』を締結する一方、自国の移民政策を一段と加速させていった。

 それから百年後、『アル・アドル王国』は、ついにワープ航行可能なエンジンを搭載した宇宙船の開発に成功した。しかし、時すでに遅し。そのときはもう、人類の到達可能圏内に、地球型人類の移民に適した惑星など、ひとつも残っていなかった。すべて先進各国によって植民地化された後だったのだ。


 だが、『アル・アドル王国』は、宇宙殖民計画を諦めなかった。

 地球の衛星軌道上に建造された宇宙船ドッグで、当初の予定通り何隻もの巨大宇宙船を造り始めたのである。

 先進各国は彼らの動きを警戒。それらの船に大量破壊兵器が搭載されていないかどうか、国連の査察機関による立ち入り検査を『アル・アドル王国』に強く要求した。行く宛てもないのに、移民船団を造り続けるということは、すでに自分たちが領有している星を力づくで奪うつもりかも知れない―――彼らは、そう疑ったのだ。

 しかし、大量破壊兵器の類は一切発見されなかった。

 それもそのはず、彼らは最初から先進国と競合するつもりなどなかったのだ。

先進各国が見向きもしなかった星でも生存できる新人類を遺伝子操作によって誕生させ、しかる後に、移民船団に乗せてその目的地へと送り込む―――それが、彼らの計画の全容だったのである。

この、いわゆる『ジーンリッチ計画』は、二十二世紀初頭、すでに実用化のレベルに達していた。しかし、それは生命への冒涜行為であるとの根強い国際世論が障害となり、研究者たちは長年の研究の成果を確かめることができずにいたのだ。

『アル・アドル王国』は、そんな彼らに目をつけた。

 密かに彼らを自国に招き入れ、最新設備の整った研究施設と、十分な研究予算を与えて、人知れず、彼らの研究を大成させていたのである。

この事実が国際社会の知るところとなると『アル・アドル王国』は国際世論の猛烈な批判に晒されることとなった。人体実験が繰り返され、反体制派の少数民族に多くの犠牲者が出たと、亡命者が証言したのがきっかけだった。

国連は『アル・アドル王国』に対し、彼らの宇宙殖民計画を即時中止するよう勧告。彼らがそれを無視して計画を続行すると、経済制裁に踏み切った。

 しかし、それが裏目にでる。

 彼らの計画を後押しする結果を招いてしまったのだ。

 もともと『アル・アドル王国』の『ジーンリッチ計画』は、実験段階までは順調に進んでいたものの、移民計画を実行に移す段階で大きく躓いていたのである。自らの子を新人類として誕生させ、宇宙の遥か彼方へと送り出す―――このことに、『アル・アドル王国』の人々は、世界の人々と同様、強い抵抗を覚えていた。そのため、宇宙移民の希望者は、政府の目論見通りには集まっていなかったのだ。

国連の経済制裁は、この流れを変えてしまった。

 先進各国の殖民惑星からもたらされる豊富な天然資源が原因で、『アル・アドル王国』の貿易収支が赤字に転じて久しい。蓄財に余裕のある王族は別としても、その国民の大半は、他の発展途上国同様に厳しい生活を強いられるようになっていた。

経済制裁は、その国民の生活を直撃した。突如として彼らを襲った貧困。国民の多くは、国の募集に応じ、その見返りとして、政府から報奨金を手に入れる以外に、その貧困から逃れる術を持たなかったのである。

『アル・アドル王国』の宇宙殖民計画は、いよいよ実行に移された。

 彼らがその目的地として選んだのは『テグメン恒星系』である。

 第一次大航海時代、船乗りたちが、その夜空に認めた『蟹座』の、西の足の先に位置していた星だ。ただし、それは黄道十二宮の一つに数えられながら、全天八十八星座の中で最も目立たない星座である。

 そんな『蟹座』の中にあってさえ、『テグメン』は特に暗い五等星だった。おそらく都会に暮らす人々の中に、それを目視できた人は、殆どいなかったことだろう。

 だが、実際の『テグメン』は、我々の太陽の約六倍半の光を放つ、堂々たる恒星である。

 かくも暗く見えたのは、地球から八十光年も離れているからであった。

 また『テグメン』は、多重連星であった。

 二つの恒星が、六十年弱の周期で互いに回りあい、少し離れて、それらの周囲を三つ目の恒星が回る構造となっている。二十世紀の段階で、その三つ目の恒星の軌道が不安定であることが観測されると、当時の天文学者たちは、観測困難な第四の恒星の存在を示唆していた。

 しかし、二十二世紀になって、それが、天文学の常識を覆すほど巨大な惑星の引力の影響であることが判明する。

 恒星の一つの軌道に影響を与えるほど巨大な三つの惑星―――それらは、我々の太陽系の第五番惑星『木星』に良く似ていた。いずれも、分子状の水素ガスと、ヘリウムガス、メタン、アンモニアなどで構成されるガス体の惑星だったのだ。

外観上異なるのは、桁違いに大きいということと、透明度が高く、澄み切った泉のようであるという二点である。特に後者は特筆すべき点で、なんと、反対側の星の輝きが、おぼろげながらも透けて見えるほどであった。

それらの惑星から、ちょうど彗星が太陽風に煽られて尾を引くように、外宇宙へ向けて神秘的なガスが放出されていた。それは、最初は太く褐色で、先端に向かうにつれて枝分かれし、新緑色へと変化している。あたかも泉の畔から巨樹がその幹枝を周囲に広げているようだ。

最初にこの三つの惑星を発見したドイツの天文学者は、その姿にゲルマン神話に登場する有名な世界樹『ユグドラジル』を彷彿とし、三つの惑星を、それぞれ『フェヴェルゲルミル』『ミーミル』『ウルザルブルン』と命名した。いずれも、『ユグドラジル』の根元にあって、その命を支えているとされる、聖なる泉の名をとってつけられたものだ。

 惑星『ミーミル』には、七つの衛星があった。

 その大きさは、いずれも地球と同じぐらいで、しかも、似たような組成の大気に覆われている。しかし、殖民に適する星を、先進各国が揃いも揃って見落とすはずはない。この衛星が彼らの殖民星リストから除外されたのには、それなりの理由があった。

 なんと、その地表の全てが渓谷になっていて、平野部が全く見当たらないのだ。

 二十世紀に、火星の『マリネリス』渓谷が、北米のグランドキャニオンの十倍以上の規模であるとして話題になったことがある。だが、惑星『ミーミル』の衛星は、それをも遥かに超える規模の渓谷に覆われていた。

 人の暮らせるような場所といえば、渓谷の所々に点在する、猫の額のような狭い台地しかない。しかも、この衛星上では、突発的に嵐が発生する。それらを科学的に予見することは全く不可能なため、地球で使われているような航空機等は一切使い物にならなかった。

 見知らぬ土地を開拓するには、入植者全員が一丸となって、これに当たらなければならない。なのに、集落単位に分かれて狭い台地に入植しなければならない上に、入植後、互いに連絡を取り合うことすら非常な困難が予想される―――これらの問題を解決するため、第一次殖民計画では、鳥類の遺伝子の組み込まれた『ジーンリッチ』が送り込まれた。

八十光年の長旅を経て、狭い台地に南米のマチュピチュ遺跡のような都市を築いた『ジーンリッチ』の入植者たちは、今日のハンググライダーのような形をした飛行補助具を自らの身体に装着し、他の台地に築かれた都市との間を往来している。

大量輸送に慣れ親しんだ我々の眼には、不合理極まりない情景に映るが、それは、この星では最も安全確実な交通手段であった。鳥類の遺伝子を組み込まれ、優れた危険予知能力を有する彼らは、肌に風を感じて飛行することにより、その予知能力がさらに研ぎ澄まされて、未然に嵐を回避することができるからだ。

第二次移民船団の目指した惑星『フェヴェルゲルミル』には、五つの衛星があった。

こちらも、地球に良く似た組成の大気に覆われていたが、もちろん先進国の植民地リストから漏れただけあって、惑星『ミーミル』の衛星群に勝るとも劣らない過酷な環境である。

なんといっても、移民たちがそこで暮らしていく上で最大の障害となったのは、そこに全く陸地がないということだった。

地表の全てが海水に覆われ、最も浅いところですら、水深が五メートルあるのだ。

 第二次移民船団に乗り込んだ人々は、魚類の遺伝子を組み込まれていた。その結果、一時間ぐらいなら、息継ぎせずに素潜りしていられるし、通常の人間が限界とする、その倍ぐらいの水深の水圧にも耐えることができる。しかし、さすがに基本は人間なので、水中でずっと暮らすことはできない。

彼らは水上離発着機のようなシャトルでこれらの衛星へ降り立つと、そのまま狭い機内で寝起きしながら、衛星の水位を下げて、海底より群島を出現させる土木作業に取り掛かった。

衛星の地下には、特殊な鉱脈が眠っていた。

それは、ガラスのように透明で鋼鉄のように堅い特徴を持つ新元素で、三つの惑星の名にちなんで、『ヴァルキリー』と命名されていた。これを建築資源として、摩天楼とハイウェイを幾重にも組み合わせたような立体運河『ヴァルハラ』を建設。そこへ地表の水を押し上げれば、計算上、水位を七メートル下げることが可能である。

だが、実際の土木工事は、予期せぬアクシデントの連続で困難を極めた。

本国が『ジーンリッチ』計画を強行した際に発動された経済制裁の影響で、移民船に満足な重機を搭載してくることができなかったのも、そのひとつだ。彼らは土木工事に必要な機材を現地で生産することから始めなければならなかったのだ。

想像を絶する労苦を強いられる日々が延々と続いた。

まさに空中楼閣ともいえる巨大な建造物をゼロから造り上げ、そこに地表を覆う海水を追いやって水位を下げる―――専門家の大半は、その計画は失敗すると見ていた。ところが、この衛星に入植した人々は、信じられないほど忍耐強く、不平一つ言わずに黙々と働き続け、ついにその『ヴァルハラ』を完成させてしまったのである。

水位が七メートル下がると、いたるところに群島が姿を現した。彼らはそこに故郷から持ってきた植物の種子や苗木を植え、野生動物のツガイを放して、故郷の自然を再現した。
そんな、彼らの超人的忍耐力に、多くの学者たちが注目した。

 当時、先進各国が開拓した惑星のいたるところで、開拓者症候群ともいえる謎の伝染病『テルミヌス』が蔓延していた。精力的に働いていた人が、ある日突然無気力になり、その肉体が急激に老化しはじめるという恐ろしい病気だ。

 人類が地球から遠く離れた星へと移民した際に、その脳細胞の中に永いあいだ眠っていた未知の伝達物質が何らかの理由で覚醒し、それが人のやる気を失わせるばかりか、その肉体をも急激に老化させてしまう―――多くの研究者はそう結論付け、その伝達物質を無力化する伝達物質を探していた。多くの学者たちが『ヴァルハラ』を造り上げた人々に関心を抱いたのは、そんな彼らの脳内に、その伝達物質が存在するかもしれないと考えたからだった。

 
伝達物質とは、人の脳細胞の中を移動して、感情を左右する化学的物質の総称である。

二十世紀に発見された、ドパーミンやペプチド、γアミノ酪酸やアスパラギン酸もその仲間で、これらを人為的に合成して投与することで、様々な精神病の治療が行われてきた。

 脳細胞は、医学的には神経細胞(ニューロン)と呼ばれ、その一部が大樹のように枝分かれしていることが知られている。『樹状突起』と名づけられた、その部分の先端には、小さな袋が木の実のようにくっついていて、その中には、様々な種類の伝達物質が、果実の中の種子のように詰まっている。

 人間が思考すると、その神経細胞の軸索という、大樹の幹に当たる部分に電気信号が走り、それが樹状突起へと向かう。そして、その信号が樹状突起へと到達すると、先ほどの小さな袋の中から化学物質が放出されるのだ。

 それらの化学物質は、隣接する神経細胞の表面に存在する受容体分子に結合。その受け手の細胞にとってオン・オフスイッチとして働き、人の感情を昂ぶらせたり、静めたりする役割を果たす。だから、特定の化学物質の種類や量を人為的に調節してやれば、人の精神状態は、ある程度コントロールすることが可能なのだ。

多くの学者による精力的な研究の結果、意外な事実が判明した。

惑星『フェヴェルゲルミル』の五衛星に入植した人々が、『ヴァルハラ』建設という途方もない労苦に耐え抜けたのは、彼らがその脳内に特殊な伝達物質を持っているからではなかった。彼らの暮らす環境に、意外な秘密が隠されていたのだ。

『テグメン恒星系』の三つの巨大惑星からは、ある特殊な微粒子がその衛星へと降り注いでいる。それが、人々の脳細胞の中に特定の伝達物質を創り出す、一種の触媒的な役割を果たしていた。

 その微粒子を持ち帰った学者が臨床実験を繰り返した結果、『テルミヌス』の特効薬となりうることが判明。『アル・アドル王国』への経済制裁は即刻解除され、先進各国は競うように同国との貿易に乗り出した。

第二次大航海時代を迎えて以降、世界の総人口は六千億にまで増えている。その三割以上が『テルミヌス』に罹患し、その治療薬を必要としているのだ。『アル・アドル王国』は、思わぬところで石油に代わる新たな外貨獲得手段を手に入れることとなった。

『テグメン恒星系』と本国を結ぶ定期貨物船が頻繁に往来するようになり、入植者たちの多くがその関連産業に従事し、彼らは入植当初、予想もしなかった豊かな暮らしを手に入れた。先進各国が揃って見捨てた星に、最も価値ある資源が眠っていたのである。

 その微粒子の名は、『フォンターナ』と命名された。

先進各国は、『アル・アドル王国』との貿易を続ける一方、この『フォンターナ』の人工合成に全力を挙げて取り組んだ時期がある。しかし、まったくその見通しが立たぬまま月日が過ぎ、今ではその研究を続けている者は変人扱いである。

これで『テグメン恒星系』の繁栄と平和は、永久に続くかに思われた。

だが、そんな彼らを、突如として激震が襲った。

 なんと、本国『アル・アドル王国』で革命が起こったのだ。民衆の一斉蜂起により、王宮は陥落。解放軍の指導者が、そのまま大統領に選出されて、その国名を『アッ・サブール共和国』とすると、『テグメン恒星系』に大使を遣わし、彼らに『アッ・サブール共和国』の属州となるのか、それとも独立するのか、決断を迫った。

惑星『フェヴェルゲルミル』の五つの衛星に入植した人々は国民投票を行い、本国からの独立を選択。ここに『パックス共和国連邦』が誕生した。

ところが、それとほぼ時を同じくして、隣接する惑星『ミーミル』の第一衛星『ウォロー』が、『フォルティア帝国』の建国を宣言した。

『アル・アドル十六世』の遺児を連れて本国を脱出した『アクイーラ将軍』が、彼を『フォルティア一世』として即位させると、惑星『ミーミル』の全ての衛星が彼のものであると主張して、武力侵攻を開始したのだ。

『アクイーラ』は、超巨大戦艦『黄金の鷲』をその旗艦とし、瞬く間に七つの衛星のうち、その六つまでを支配下に収めていった。

 この騒ぎに『パックス共和国連邦』政府が巻き込まれた。

 惑星『ミーミル』の第七番衛星『リベルタス』の暫定自治政府が、軍事援助を申し込んできたのである。そこで暮らす人々は、他の六つの衛星に入植した人々と同様に、鳥類の遺伝子を組み込まれた『ジーンリッチ』ではあるものの、その前はというと、別の民族であった。『リベルタス』の地方自治体は、以前に人体実験疑惑が取りざたされた、あの少数民族出身者によって構成されていたのである。彼らは本国の革命を機に、『リベルタス』暫定自治政府を発足させ、『パックス共和国連邦』政府に、水面下での軍事援助を求めてきたのだ。

 しかし、このとき『アクイーラ将軍』も『パックス共和国連邦』政府に、ある申し入れをしていた。

 それは、自分たちが惑星『フェヴェルゲルミル』の五衛星に侵攻しない代わり、『パックス共和国連邦』政府も惑星『ミーミル』の七衛星については干渉しないようにというものだった。『パックス共和国連邦』は、いったんこの申し入れを受け入れている。

しかし、『アクイーラ将軍』は、惑星『ミーミル』の七衛星すべてを掌握すれば、必ずやその矛先を惑星『フェヴェルゲルミル』の五衛星へと向けるに違いない―――彼らはそんな疑惑を払拭することができなかった。

そこで、彼らは水面下で『リベルタス』暫定自治政府に接触。秘密裏に軍事援助を行うことにした。『リベルタス』を『フォルティア帝国』軍から自分たちを守るための防波堤として利用しようと目論んだのである。

 ところが、それが『アクイーラ将軍』の知るところとなる。

将軍は激怒。誰も予想だにしない行動に出た。

突如『パックス共和国連邦』の首都がある『フェヴェルゲルミル』の第五番衛星『カリスティア』に『黄金の鷲』をワープさせたかと思うと、『ヴァルハラ』に集中砲火を加えたのである。

彼らのワープ技術は先進各国のものと比べると甚だ未熟で、惑星引力圏内などの狭い空間にワープアウトするのは、極めて危険な行為だった。彼は、それを承知で自ら旗艦『黄金の鷲』に乗艦し、奇襲を仕掛けたのである。

『ヴァルハラ』は崩れ、そこに蓄えられていた海水が地表へ流れ落ちると、水位が急速に上昇。群島の多くが大津波に呑まれ、大勢の人々が犠牲となった。

 これが、いわゆる『第一次テグメン戦争』である。

 戦局は『フォルティア帝国軍』優勢のまま経過した。近代装備に勝る『フォルティア帝国』の前に、虚を衝かれた『パックス共和国連邦軍』は為す術がなかったのである。

しかし、『パックス共和国連邦軍』が広域に分散し、持久戦へと持ち込んだことで、戦局は少しずつ変化しはじめた。『フォルティア帝国軍』が神出鬼没の『パックス共和国連邦軍』に気を取られている隙に、自国領内の抵抗勢力がゲリラ化。『パックス共和国連邦軍』と連携する動きを見せ始めたのだ。

このまま戦争が長期化すれば『パックス共和国連邦』が俄然有利になる―――誰もがそう考えはじめた。

しかし、そのとき、それまで静観を決め込んでいた先進各国が動いた。

国連安保理に働きかけて、両国の和平調停に乗り出してきたのだ。

『パックス共和国連邦』の人々は、このあまりにタイミングの悪い国連の干渉に不満を抱きながらも、もとより同胞による戦争は望まないとして、その調停に応じ、休戦協定に調印することにした。

 だが、それから三年後、『第二次テグメン戦争』が勃発する。

『フォルティア帝国』が、惑星『ウルザルブルン』の周回軌道上に、巨大な工業プラントを建造したのが、その発端だった。

 その工業プラントは、もちろん『フォンターナ』を抽出するためのものである。

 本国からの独立後、『フォンターナ』の輸出に関して、『パックス共和国連邦』と『フォルティア帝国』は正反対の立場をとっていた。『パックス共和国連邦』は慎重派で、抽出は計画的に行い、輸出の量にも上限を設けてきた。それに対し『フォルティア帝国』は、先進各国との良好な関係を維持するため、彼らから求められるまま無制限に輸出を続けてきたのだ。

 結果として惑星『ミーミル』の『フォンターナ』は激減。『フォルティア帝国』は、惑星『ウルザルブルン』に工業プラントを建設せざるを得なくなった。

 もともと惑星『ウルザルブルン』には衛星がなかったため、『フォルティア帝国』『パックス共和国連邦』いずれにも属さない、中立地帯とするという条約が交わされていた。『フォルティア帝国』の惑星『ウルザルブルン』へのプランと建設は、明らかなる条約違反である。『パックス共和国連邦』は、即座に工業プラントの建造を中止するように抗議した。

しかし、『フォルティア帝国』はそれを無視。第二、第三の建造を強行した。業を煮やした『パックス共和国連邦』は、それを実力で阻止せんと軍を派遣。そのまま武力衝突となったのである。

 これに対し、ふたたび国連が調停に乗り出した。

両軍はただちに惑星『ウルザルブルン』から撤退し、第三国によって構成される国連平和維持軍を駐留させることになったのである。

しかし、その調停には、落とし穴があった。

『フォルティア帝国』が惑星『ウルザルブルン』に建設してしまった五基の工業プラントについては、引き続きその操業を認められたのである。『パックス共和国連邦』はこれに強く抗議した。しかし、その点については、今後も誠意をもって協議を継続することとされ、今日もなお違法操業は続けられている。

 二度に渡る戦争を契機として、『パックス共和国連邦』にある変化が現れた。

度重なる国連の『フォルティア帝国』寄りの姿勢に怒りを覚えたのか、それとも『フォンターナ』の減少にともない、その民族性に変化が生じ始めたのか、本来誰よりも平和を愛していた『パックス共和国連邦』の国論が、軍事力を高め、実力によって『フォルティア帝国』や国連の介入を阻止すべしとする強硬論へと傾いていったのである。

この事態を深く憂慮する若者たちの団体があった。

 その名は『イーシーノルブー』。

『如意宝珠』という意味のサンスクリット語をその団体名とする、地球のNGOである。