2004年12月31日(金)
 夕方から、パリ郊外の友人宅に行く。サン・ドニのさらに北になるのだが、彼らの住むアパートの下がカフェになっていて、いつもガラの悪い若者達がたむろしている。車にいたずらをされたり、度々問題が起こっているらしい。日本でいう2DKの広さのアパートを600万円くらいで買ったそうだけれど、私には住めないなー、この治安の悪さ。お祭りだからお酒もたくさん飲んで、個人的にはご機嫌で、新年を迎えました。
2004年12月30日(木)
 アジアの地震、津波のニュースが連日のように報道されていて、ニュースを見るたびに死亡者の数がどんどん増えてゆくので、史上最大の自然災害という言葉がズシンと響く。パリの各区の役所に義援金の箱が設置されたようだ。ニュースの映像には、1000ユーロと記載のある義援された小切手が大写しに写され、あらこれは貧乏な私も少し協力しなければ、と思わされた。まあ映像の影響も大きいけれど、
遠くはなれたフランスにいて、アジアは私の故郷ではないか、アジア人の私が無視できない!という気持ちも以前より大きいのだ。現地の人たちは、多分この先何年もこの災害の後遺症を抱えてゆかねばならないのだろうな。 
2004年12月29日(水)
 シネマテークでマルチェロ・マストロヤンニ主演の映画をみるが、あまり面白くなかった。フェリーニの『8 2/1』を意識してのマストロヤンニだったようで、彼の力だけでは映画は成り立たないのよね、と今更ながら痛感。今月から来月末にかけて、このシネマテークでは、「夢と悪夢」というテーマで上映プログラムを組んでおり、私の大好きな『セリーヌとジュリーは舟で行く』がまたまたスクリーンで観れる!(2005年1月5日16h30〜)
モンマルトルの丘について(番外編)
forum des images
2004年12月28日(火)
 シェークスピア&カンパニーという英語の本の古本屋さんがあるのだが、ドイツ人の友人が一晩泊めてもらったというので、日本のジャズマン君にもいいかも、と思って一緒に行ってみた。中に入ったのは初めてだったのだが、これがなかなか面白い!もちろん英語の本に興味はあまりないので店内を眺めて周っただけなのだが、所々にべッドらしきものが置かれ、アメリカからのバックパッカー達が多く足を運んでいることが伺える。あいにく店主が留守だったようで、宿乞いは断られてしまったようだが。
シェークスピア&カンパニー
パリ5区の、セーヌ川を挟んでノートルダム寺院が目の前に見えるロケイション。メトロはSt-Michel
 夜、ジンガロのスペクタクルを観にいく。メトロの駅を降りて、すぐ近くにあるはずの劇場が良く分からなかったので人に尋ねると、彼らも同じ目的地に向かう家族連れだった。ジンガロの本拠地である劇場のロビーは大勢の人で賑やかで、今回の公演のためにチベットで過ごした時の写真やら、今までの公演の衣装などが展示されているのであった。
 満席、さらに階段に座る人までいる中で、馬と人間とのスペクタルは始まったのだった。素っ気無く説明してしまうと、馬のサーカスを芸術化したもの、である。だが、念入りに練られた演出の力で(演奏者であるチベットの僧侶たちまでが衣装替えをする)、確かに草原を走り抜ける馬の群れを観たし、風を感じたのだった。もうひとつ感動的だったのは、馬の意思を感じられたこと。彼らが自分の意思でそこに居る瞬間があった。
ZINGARO
パリ公演は2月15日まで。
その後日本公演だとか。料金は24000円だそうです。この金額、さすがにお勧めはできませんが、
パリで観るのはいいかも!特に馬好きの人にはお勧めできます。
Theatre Equestre Zingaro
メトロ Fort d'Aubervilliers
08 92 68 18 91
料金 24 et 38ユーロ
2004年12月26日(日)
 この間みたお芝居に出ていた女優についてネット検索しようといつものシネマテークに行ったら、私の顔と名前をやっと覚えてくれたみたいで、カードを出す前に準備をしてくれた。嬉しい。もうすぐ家にADSLのモデムが来てしまうのが惜しいくらいだ。
2004年12月25日(土)
 静かなクリスマスだ。隣りの部屋、上の階の部屋から、家族団らんの声が聞こえてくる。私は、外出せず、読書などをして過ごす。大掃除も少し手をつけ始めたけれど、フランスには年末大掃除という習慣はないようだ。
2004年12月24日(金)
 イメッドちゃんを迎えにオルリー空港まで行く。
 ノエル(クリスマス)って何時?ああ、明日?なんていう文化で育った人なので、ご馳走用意しなくてもいいもんね。
2004年12月23日(木)
 夕ご飯の後、jazzクラブに行く。今日はセッションの日で入場料は無料だった。日本からの旅人も参加。なかなか繊細なトランペッターだった。やはり飛び入りで参加していた韓国人のピアニストも良かったなぁ。彼に会えるなら通いつめようかしら?
『Studio des Islettes』
10 rue des Islettes 75018 M Barbes
01 42 58 63 33
毎週火曜と木曜は入場無料
2004年12月22日(水)
 このHPの訪問者の方が、トランペット片手にパリにやってきた。オーストラリア、ニューオリンズ、南仏、フィンランド、バルト3国、ドイツなど、いろいろ周ってきたらしい。ジャズ聴きに行くならどこがいいかねーと、今日発売のパリ版ぴあ、「パリスコープ」(毎週水曜日発売、0、40ユーロ)をめくってみる。オペラ近くのカフェ、「la ferme」では、あちこちから日本語が聞こえてきた。エシャンジュをしているグループ、2人組み、知り合いのジャーナリストさんなどなど。
 夜、シャンゼリゼの近くの劇場にお芝居を観にいく。ピーターブルック演出、ミシェル・ピコリ、ナターシャ・パルリー主演の2人芝居。チェーホフとその妻オルガとの手紙のやり取りをもとにしたお芝居。44歳だかで亡くなったチェーホフを演じるのに、ミシェル・ピコリは老けすぎでは?と余計な心配をしていたが、観て納得。お上品で高度な語り劇でした。劇場の雰囲気にもぴったり。お客さんも、優雅な生活を楽しんでいそうなおば様たちが中心。私は貧相にみえたのかしら?受付の人が料金をおまけしてくれました。そうそう、私の後ろの席では、『tierno bokar』のプログラムを持って話し込んでいる女性の二人組みがいました。演出家で芝居を選ぶというのが、ひとつの流れのようです。まあ、日本でもそうですね。 
お芝居についての情報
『ta main dans la mienne』 2004年12月31日まで
COMEDIE DES CHAMPS-ELYSEES 15 avenue Montaigne 75008 01 53 23 99 19
2004年12月21日(火)
 朝、なんと雪が降っている!
 私は連日の観劇、映画鑑賞、図書館での勉強で、頭が壊れ気味。いくらでも寝られそう。夜またお芝居を観にいこうと思っていたのだが、目が覚めたらもう19時で、開演の時間だった。着替えるのも面倒で、家にあるものでなんとか空腹をしのぐ。そして夜中まで日本語の読書。一人でいると全然テレビ付けないわ。彼が居ないうちに誰かに売っちゃおうかな、なんて。
2004年12月20日(月)

 侯孝賢の『珈琲時光』(café lumière)を観にいく。とても心地がよくて、映画が終わってもまだ動きたくなくて、そのまま残って次の回も観てしまう。私の好きな東京が描かれていて、浅野忠信はいつにもましていい雰囲気を出していて、ロケ地選びには誰が奔走したのかなーなどと思い、蓮見重彦さんの声の出演に微笑んだ。小津安二郎生誕100周年の記念に松竹の依頼で撮ったというこの作品は、たしかに現代の『東京物語』かも知れない。少し東京にノスタルジーを感じる私。
 お腹が空いたので、以前から気になっていたbioレストラン「Le Potager du Marais」に行く。これまた美味しくて、良い雰囲気で、大満足。
そのあと図書館で、閉館の22時まで勉強。

『珈琲時光』
「Le Potager du Marais」
2004年12月19日(日)
 またまたお芝居を観にいく。パリ10区にある劇場は、とても味があって、お芝居の内容よりなによりまず劇場に惚れてしまった。私と同じように、カメラを取り出してパシャパシやっている人も多かった(もちろん上演前)。私は一番安い8ユーロの席しか取れず、まあ安くて助かりもしたのだが、2階席の下手側から舞台を覗く形(写真右)。隣りに座ったカップルが、イチャイチャソワソワと落ち着きがなく不運だったが、上演されている作品はなかなかだった。自然体の演技で、笑いもあり…。出演者の肌の色も様々で、台詞のフランス語も難しくなかった!だが、このような語り劇をみると、亡きマルセ太郎さんを思い出してしまう。照明装置もない公民館で、おばあさんやおじいさんと混じって床に座ってみた、「スクリーンのない映画館」(「黒い河」)、もう一度みたいな、あれ。
今回見たお芝居は、『tierno bokar』。ピーター・ブルック演出で、日本人の音楽担当者のインタビューが、パリの日本語情報誌にも掲載されていました。下記の劇場で、2005年1月15日まで上演中。
THEATRE DES BOUFFES DU NORD
2004年12月18日(土)
 夜から、パリ郊外の劇場へお芝居を観にいく。メトロの駅から歩いていくと、路面電車に遭遇。今度散策してみるのもいいかも知れない。
 チェーホフの『桜の園』。演出家はハイチ人。出演者も皆が、グアドルーブ、マルチニックといった、カリブ海諸島の人たち。もちろん原作どうり、ロシアが舞台の設定ではあったけれど、ダンスのシーンではエキゾチックな雰囲気満開になったりもして、面白い、そしてすばらしい舞台だった。
 なんといっても素晴らしかったのが、94歳の女優、Jenny Alpha。原作では老僕という設定なのだが、性を変えて、ばあやになっていた。彼女の輝きを前に、そんなこと、天国のチェーホフもとやかくは言うまい。ああ、このお芝居を観れて本当に良かった。
 そうそう、このお芝居が書かれて、そうしてチェーホフが亡くなって、今年は丁度100年目の年なのだった。
このお芝居は、来年4月に数箇所で再演予定だとか。今回私が観た劇場は、MC93 Bobigny
MC93 Bobigny
94歳の女優、Jenny Alpha
メールマガジンパリの階段小路から
2004年12月17日(金)
 朝から雨。まずオペラ近くの日本書店を2軒回ってから、サマリテーヌへ行く(写真右)。温度差で少し体がだるくなるが、デパートめぐりは楽しいのう!なんだか久し振りに晴れ晴れした気持ちになる。その気持ちのまま、fnacにも寄り、以前から迷っていたjeanne balibarのCD、paramourを買う。fnacはものすごく混んでいた。クリスマス前だからだろうか。フランスでは、本やCDを贈り物にすることが多いらしい。なんだか知的でいいではないか。イメッドちゃんはあれから毎晩電話してくる。あれ?夏に留守にしていた時は、3日に一度くらいだったのに。なんで?
サマリテーヌ…パリ1区にあるデパート。最近新装オープンされて、メトロの構内でもよくチラシを見かけるようになった。
www.lasamaritaine.com
Jeanne Balibar
2004年12月14日(火)
 イメッドちゃんがチュニジアに出かけていった。仕事、仕事、と言っていたが、やはり故郷へ帰るのは嬉しいものらしい。お土産や警察所長への貢物(?)をたくさん詰めて、私の赤いヴァリーズで。ああ、これじゃあ私は日本に逃げられないじゃないか!などと冗談を言い合う。
2004年12月12日(日)
 彼がマルシェに出かけた後、私はまたベッドにもぐりこむ。お昼ごろ、知らない人から電話。今ラスパイユのマルシェでスープを買ったら、彼女が日本人だから電話してごらんと電話番号を教えてもらって…。電話の相手は話の合いそうな女の子で、今度会いましょうね、なんて言って電話を切った。
 帰ってきた彼に、なんだかイライラ、憂鬱な気分で、誰にでも彼にでも、私の電話番号教えないのでよね!と文句をいってしまう。彼は、でも、よさそうな子だったでしょ。友達になれるといいかな、と思って…。ふうん。
2004年12月11日(土)
 明日のマルシェの買出しを付き合う付き合わないで揉める。結局手伝ってあげなかっった。来週のマルシェ、代わりに一人でやってくれない?と言われたけれど、出された金額に満足できなくて断ったら、今までのいろいろなお金のことで少し喧嘩になった。マルシェさ、重労働だよ。寒いし。去年の私だったら、無償でホイホイと手伝ってあげてたかも知れないけど、もういろいろ苦労も分かったからね。
お金のことは、お互い言いたいことを言えてかえって良かったのかも知れない。マルシェはキチンと私の名前も登録しての経営形態が出来上がってから、いろいろアイディアもあるし、参加する、ということで。それまでは、少しは手伝ってあげるけど、一人でやれ!
2004年12月10日(金)
 お部屋でゴロゴロ。
2004年12月9日(木)
 朝、11区の市役所の前を通ったら、クリスマスツリーの飾りつけをしていた。
 お昼、日本人の友人の依頼で、クスクス料理教室。といっても彼女と2人で一緒に作っておしゃべりして…。クスクスのソースは、鶏肉と根菜類で。クスクスの調理方法は、専用のクスクス鍋はないので、60度くらいのお湯をかけて蒸らしたあと、お湯を張った鍋に茶碗をいれて蒸す方法を取った。ホロホロで丁度よい加減に仕上がり大満足。そういえば、日本のデパ地下のパスタコーナーとかでもクスクスって売っていたけれど、1箱どのくらいの値段したかなー。結構高かったよね。でもさ、カフェとかで出したら結構日本人にもうける味だよね、などと話したりして。そういえば、マンションのロビーに、大きなクリスマスツリーが飾られていたっけ。
2004年12月8日(水)
 ルーブル美術館の地下のショッピング街を見て周る。クリスマスプレゼント探し。面白いもの見つけたぞ!
2004年12月7日(火)
 夜、家の近くのメトロをでたら、11区の市役所に、クリスマスのイルミネーションが灯されていた。
2004年12月6日(月)
 引越しで家具を売るという広告をみて訪ねて行ったお宅が、なんともいい味の小路にあって、思わず家賃を聞いてしまった。すれ違うのが難しいくらいの小路で、でも両側に建物への入り口があって、郵便ポストもあったりするのだ。乳母車を引いた夫婦や、買物帰りの人など、ちょっとフラフラしている間に、数人の住民の出入があった。パリにはまだまだこんな小路が隠されているのかも知れないな、と思うと、ワクワクする。
2004年12月5日(日)
 恒例の第一日曜日で、ルーブル美術館に行く。午後から予定があったので、午前中早めに入り、まだ空いているうちに、ゆっくり鑑賞することができた。常設展のなかに、現代作家の作品を展示するという企画が行われていて、(写真左)ルーブル美術館の存在の現代性を感じられた。
2004年12月4日(土)
 夜9時から、いつものシネマテークに行った。ジャック・リヴェットの最新作、HISTOIRE DE MARIE ET JULIEN(マリーとジュリアンのお話) 2002。やっぱり彼は私の一番好きな映画作家だ、と確信する。映画ならではの世界を作り出し、私たちを酔わせてくれる。今月もう一度上映されるので、もう一度観にいくつもりだ。
 上映終了後、久し振りに、台湾人の友人に会った。お互いに、近況を話たりして、私はメトロの乗り換えを忘れてしまいそうになる。彼女が大学の試験を受けたのは聞いていたのだが、結果は聞いていなかった。いつもフランス語の本を読んでいて、(今回はマンガ、ドクタースランプ・アラレちゃんの仏語版)筆記も得意な彼女が落ちてしまったなんて、そんなに難しいの?と、人事ながらショック!
台湾人の友人に会った
2004年12月3日(金)
 昨日の夜アンニャの家から帰るとき、anversの駅の前にマルシェのテントの用意がされていた。横断幕に、毎週金曜日開催、と書いてあったので、さっそく行ってみた。ところが、12時ころだったのに、たった1軒のパン屋さんを残してすべて閉店されていて、跡形もなく片付けられていた。まだ新しいマルシェで、認知度が低いのだろうか?また次回のぞいてみよう。せっかくだから、近所を散歩。町中が、クリスマスの準備で浮かれている感じだ。
2004年12月2日(木)
 アンニャの誕生日だった。彼女の部屋は、モンマルトルの丘を南に下った所にあり、坂の途中に立つアパートの最上階で、7階まで階段で登るのだが(エレベーターなし)、窓からパリの街が一望できるステキな部屋だった。朝は丁度正面から太陽が昇ってきて、とてもきれいなの!少し家賃は高いけれど、気に入っているんだ!とのこと。友人数人が集まって、賑やかな夜だった。
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