玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
( たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする )
小倉百人一首に載せられている、恋の歌です。
玉の緒とは「魂の緒」に通じて「魂をつなぐ紐のようなもの」という感じ。
(へその緒ってのがあるでしょ?)転じて命そのものを指します。
それが「絶える」ということはつまり死んでしまうということ。
「絶えなば絶えね」とは「絶えるならば絶えてしまえ」という強い言い方です。
つまり「いっそ死んでしまっても構わない」という出だしなのです。
かなり強烈な始まり方で、その理由が次の句以降に書いてあるのですが
この和歌には補足説明が必要になっています。
この歌の題名は「忍ぶる恋」なのです。つまり「知られてはいけない、秘密の恋愛」なわけです。
それを踏まえて見ていくと、「ながらへば」とは
「この世に生き永らえたら」ということ。「忍ぶること」とは「恋を忍ぶ気持ち」のことです。
つまりこの歌は
「絶えるならいっそこの命よ、絶えてしまえ。このまま生きていると
この恋を忍ぶ気持ちが弱って、皆に知られてしまいそうだから・・・」
という解釈になります。
この式子内親王という女性は後白河上皇の皇女、つまり娘さんです。
皇女というのは大抵、生涯独身で過ごすものと決まっていました。
だから当然、自由な恋愛など出来るわけもなく、秘めた想いに身を焦がすことになります。
その強い想いがこの名歌を生み出したのでしょう。
一説には、式子内親王の恋の相手は「百人一首」を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)だと言われます。
もしそうなら、定家はどんな思いでこの歌を百人一首に入れたのでしょうか・・・。
関連:山深み 春とも知らぬ
今はただ 想い絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな
( いまはただ おもいたえなむ とばかりを ひとづてならで いうよしもがな )
「後拾遺集」より。小倉百人一首にもある、恋の歌です。
この歌は普通に解釈すると特に印象に残るというわけではないのですが、その背景を
前述の「式子内親王」の歌と照らし合わせてみると、面白い歌です。
これもまた恋、しかも「皇女の恋」が絡んでいます。道雅のお相手は三条天皇の娘、
当子内親王(とうしないしんのう)でした。
しかし、忍び通した式子内親王と違い、この交際はどこからか発覚してしまいます。
世間での噂はやがて父親である三条院の耳にも入り、二人の仲は引き裂かれてしまいます。
忍んで会うことすら出来なくなってしまった道雅は、この歌をこっそり
内親王の家(御所)の高欄(てすり)に結びつけてきた、と言われています。解釈は
「私はもう、あなたのことを諦めます。あなたのことを忘れます。
でも、そのことをせめてあなたに直接会って伝えたい。
人づてではなく、私の口から・・・」
当然、忘れてなどいません。諦めきれないからこそ、直接会いたいのです。
しかし諦めなければならない苦しみ。道雅の悲痛な想いが感じられます。
ちなみにこののち、当子内親王は悲しみのあまり尼になり、
道雅は非常に素行の悪い青年になってしまった(つまりはグレたってこと(^^;))らしいです。
思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを
( おもいつつ ぬればやひとの みえつらん ゆめとしりせば さめざらましを )
この歌は古今集の恋の歌、小野小町の「夢の歌3首連作」の最初の1首です。
この3首は、私はかなり気に入っているので、全部載せてしまいました。(^^;)
あの人のことを想いながら寝たから、夢にあの人が出てきたのだろうか。
もし夢だとわかっていたなら、目を覚まさなかったのに・・・
自分の好きな人が夢に出てきて、目を覚ました後にガッカリしたなんて経験、
自分もしたことがあるという人も多いのでは?(^^)
小野小町のこういう歌を聞くと意外に思う人がいるかもしれません。
「小野小町って絶世の美女なんだから、恋の苦しみなんて縁がないんじゃない?」
確かに小町はクレオパトラ、楊貴妃などと並んで絶世の美女として伝えられています。
実際はどうか、実は歴史的にあまり分かっていない人なのですが、色男で有名な
在原業平をフッたりしてるので、やはり美人だったんでしょう。
その上頭も良い(歌が上手い)のだから天が2物を与えたような女性だったのかもしれません。
でも、それでも上手くいかないのが恋愛ってものの面白いところです。
小町の好きだった男性は、他にも恋人がいて、小町は嫉妬に苦しんだ様です。
(別にその男性が女たらしだったわけでなく(笑)、男が複数の女性と一度につきあうのは
珍しいことではなかったんです)
うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふものは 頼み初めてき
( うたたねに こいしきひとを みてしより ゆめちょうものは たのみそめてき )
3連作の2作目です。訳は
うたた寝した時の夢に、恋しい人を見てしまってからは
あなたが私を想ってくれていると
夢を頼りにし始めるようになってしまった。
「夢てふものは頼み初めてき」には2通りの取り方があり、
1つはそのまま「夢で会うことを期待して」いるということ。
もう1つは、この時代には相手が自分を想ってくれていると、その人が夢に出てくるという俗信がありました。
(今風に言えば「両想いだと恋の相手が夢に出てくる」といったところでしょうか)
そんな、全く信憑性のないような占いまで期待するほどあなたのことが恋しい、といった取り方です。
今回は、後者を取りました。
夢という不確かなものにさえ期待してしまうような、そんな心を詠みあげた名歌だと思います。
いとせめて 恋しきときは むばたまの 夜の衣を 返してぞ着る
( いとせめて こいしきときは むばたまの よるのころもを かえしてぞきる )
3連作最後の1首。「夜の衣」は夜寝るときの衣服、簡単に言うと今のパジャマです。
この頃の俗説として「夜の衣を裏返しにして着て寝ると、恋しい人が夢に出てくる」というものがありました。
(なんでパジャマを裏っ返して着るとそんなことになるのかは知りませんが(^^;))
「むばたまの」というのは枕詞と言って、訳す必要のない言葉です。つまり解釈は
どうしようもなくあの人が恋しいときは、夢の中で会えるおまじないで
寝間着を裏返して着るの。
「恋しい人の夢を見るおまじない」なんていうものが平安時代にすでにあったわけです。
おまじないに凝ってる人は一度、「平安時代式」を試してみては?(笑)
我が袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそしらね 乾く間もなし
わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし
「百人一首」にもとられている、恋の歌です。
この歌は、「石に寄する恋」、つまり「石を題材にして恋の歌を詠め」という題が与えられたものです。
花や草木ならともかく、石なんて無機質で面白みのないもので恋の歌とは、変わった題です。
「潮干に見えぬ」とは「引き潮の時でも見えない」ということになります。
つまり、浜辺から遠く離れた沖の海底に沈んでいて、引き潮の時でも
海中に沈んでいる石を詠んでいるのです。
私の袖は、引き潮の時でさえ海の底に沈んでいる、沖の石のよう。
人に知られず、いつもあの人を思って涙で濡れている・・・
技巧が凝らしてあるわけではなく、特にテンポがいいというわけでもない歌ですが
「我が袖」を「潮干に見えぬ沖の石」とし、人に知られずひっそりと、乾く間もなく濡れているという
表現は見事の一言につきます。私もお気に入りの歌です。
作者の二条院讃岐はこの歌から「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになったほどです。
ながからん こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもえ
百人一首の80番に取られている、恋の歌。作者は待賢門院というお后に仕えた、堀川と呼ばれた
女性ということ。本名じゃありませんよ、念のため(^^;)
これは、シチュエーション的には「共に一晩を過ごしたあとの朝」です。
これを後朝(きぬぎぬ)と言います。
「ながからむ心も知らず」とは、恋人の気持ち、自分への愛が「永く」あるのかどうか分からない
ということです。今が幸せだからこそ、この幸せが永く続くのかどうか分からないという気持ちでしょう。
そうやって気持ちが「乱れて」しまい、物思いに耽ってしまうというわけですね。
「永からむ」は同時に「長からむ」の意味で、「髪」の縁語になっていて、
その髪が「乱れて」と縁語が繋がっていくわけです。
(昔は、髪は長くて美しい黒髪が美人の条件でした)
あの人の気持ちはいつまでも続くのかしら。
この幸せは永く続くのかしら。
乱れたこの黒髪のように、思い悩む私の心。
なんとなく色っぽい歌です。意味を知らない頃でも妙にそんな雰囲気がありますが
意味を知るとなおさらそう思えてしまいます(笑)
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
きみがため おしからざりし いのちさえ ながくもがなと おもいけるかな
百人一首の50番の恋の歌。この歌で分かりにくいのは「もがな」という言葉ですが
これは「〜したい」という意味の言葉です。この言葉はちょくちょく出てくるので
覚えておくと「和歌を読む上では」便利かもしれません(笑)
君が僕の事を想ってくれるなら、この命だって
惜しくないと思ってた。でも、いざ君が想ってくれると
少しでも永く、この幸せの中で生きたいと想うようになったんだ。
この歌、相手の女性については詳しく分かっていませんが、この義孝という人は
色男でまじめ、地位もあり、ファッションセンスも抜群だったようです。
羨ましいというか、むしろ妬ましいくらいですが(笑)、彼はわずか21歳の時に
疱瘡の病にかかって、死んでしまいます。
若くして流行病に倒れた彼の歌だからこそ、「長くもがな」が
悲痛に、それでいて美しく響いていると思います。
やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな
やすらわで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな
この歌は、彼女の妹が男に約束をすっぽかされた時に、赤染衛門が妹の変わりにこの歌を作ってやり、
男の元に届けたという歌です。内容も、約束をすっぽかした男への軽い恨み言となっています。
あなたが来るって言ったから、寝ないでずっと待っていたのに
とうとうあなたは来ないまま。西の空にお月様が傾いて、
夜が明けるまで待ってしまいました。
強烈な嫌味などではなく、軽い恨み言といった感じが上品で、私は結構好きな和歌です(^^)
難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢はでこの世を すぐしてよとや
なにわがた みじかきあしの ふしのまも あわでこのよを すぐしてよとや
百人一首の第19番目の歌で、恋の歌。
この伊勢という歌人、現代での知名度はそれほどでもないように思えますが
当時としては、紀貫之等にも劣らぬと言われたほどの才ある歌人です。
それから、完全にどうでも良いことですが、この「伊勢」という人
当然ながら百人一首の中で一番名前が短いです(笑)
「ふしの間」というのは、芦という植物は、竹みたいに節が出来てるもんなんです。
その「節の間」ですね。「すぐしてよ」は「過ごしていて欲しい」という様な意味。
逢わないでこれからは過ごして欲しい、つまりは別れ話をされちゃったわけですね。
沼のほとりの芦。短い芦の、さらに短いその節の間ほどの
短い時間ですら、あなたは私に逢ってくれないの?あんまりだわ。
うーん、和歌としては面白くて好きですが、こういうことを言われたらどうでしょうねぇ。
なんか逆にイヤかも。和歌が良く出来てるから余計に(笑)
ゆらのとを わたるふなびと かじをたえ ゆくえもしらぬ こいのみちかな
「新古今集」の恋の歌で、百人一首にもとられている。
「由良の門」は地名で、現在の兵庫県と和歌山の間にある、「紀淡海峡」のこと。
古くから和歌によく詠まれた所です。
「梶を絶え」というのは、船を漕ぐ「梶」をなくして(流されて)しまったということ。
この「梶を絶え」までが序詞なんです。
つまりここまでの内容は、あんまりこの和歌の本題には関係ないんです(笑)
言うならば、次の「行方も知らぬ」の例え話。
「梶を無くしちゃった由良の門の渡し船のように」行方も知らない、というような繋がり方ですね。
由良の門を渡る船頭さんが梶を無くしちゃったときみたいに
ゆらゆら、ゆらゆらと揺れて、これからどうなるかもわからない私の恋。
…なんとも掴み所のない歌です(笑)
上の訳を見るとわかりますが、この歌の珍しいのは「由良」という言葉で
「梶を失った船のゆらゆらとした感じ」をあらわしているところなんですが
表現は面白いですが、そのせいでちょっとわかりづらい歌かもしれませんね。
ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきばかり うきものはなし
「有明の」は、有明の月のことを指します。有明の月は、夜遅くなってから
朝早い時間にかけて見える月。徹夜明けとか異常に早起きしてしまったときに見えるアレです(笑)
あなたにも、月にも冷たくされて別れたあの日から、
夜明け前になるといつも憂鬱になります。
読むだけで何となく意味がわかる、実にわかりやすい歌です。
夜遅くに男が訪ねていったものの、その女性はついに会ってくれなかった。
とぼとぼと帰る道のり、月までが無表情に冷たく輝いている。
有明の月を見ると、その時のことを思い出してしまいます…という、
つまりは軽い恨み言なのですが、女性だけでなく月にまで冷たくされた、
という意味を含んでいるところがちょっと面白いところです。
確かに月の光の冷たい感じは、高貴な女性のイメージがありますよね。
沖深み 釣する海士の いさり火の ほのかにみてぞ 思ひそめてし
おきふかみ つりするあまの いさりびの ほのかにみてぞ おもいそめてし
「釣する海士の」までは序詞です。
「思ひそめてし」は「思ひ初めてし」、思い始めましたということ。書き初めの「そめ」ですね。
「沖深み」は、「沖が深いので」と訳します。「山深み=山が深いので」と同じ表現ですね。
沖が深いので、漁師が釣りをしている船の明かりがほのかに見える。
その明かりのように、あなたを遠くからぼんやり見た時から思い始めています。
ほのかに見た姿、そして抱いた恋心は、やはりほのかな恋心…でしょうか?
一目惚れ、という言葉では強すぎるような、淡い恋心を感じさせる歌だと思います。
関連:山深み 春とも知らぬ