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大桑村 |
定勝寺じょうしょうじ | ○○○ | |
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重要文化財1登録 桃山時代建造物 本堂・庫裏・山門 ほんどう・くり・さんもん
定勝寺の創建 :1387年 室町時代初期 定勝寺の創建者:木曽親豊 重文建築物建設:石川光吉(犬山城主)1598年 宗 教 :臨済宗妙心寺派(浄戒山定勝寺) 本堂の構造 :入母屋造 平入り六間 仏壇 書院 庫裏の構造 :切妻造 妻入り 土間 書院 居間 山門の構造 :切妻造桧皮葺屋根 円柱 その他の重文 :木曽義元像 香林和尚外三和尚頂相(県宝) 定勝寺は、室町時代初期に、この地を領した木曽親豊が創建したと言われ、始め木曽川の近くにあったので数回洪水に襲われて荒れましたが、豊臣秀吉が全国を統一して安定した世の頃に、犬山城主石川光吉が現在のこの地に再建しました。 江戸時代に入ると、この地は中山道の須原宿にあてられ、現在でも周辺は宿場町の面影を残しています。中山道から階段を登ると重要文化財に指定されている小さな山門があり、山門をくぐると明るい庭園と庫裏が目に入ってきます。定勝寺の本堂は平入り六間となっていることから、中に入り易くすぐに仏壇が見えます。板敷きはうぐいす張りになっており、柱はすべて大面取りとなっています。室内は仏間のみ板敷きで、中に柱を4本立てて仏壇を設け、他の場所は畳敷きとなっています。 庫裏は逆に妻入りとなり、入口が小さいので入り難くなっています。桃山建築の禅宗庫裏の定法に従って大きな妻壁を正面に見せて庫裏全体が目立つように仕上げられています。中に入ると土間になっており、囲炉裏が見えます。囲炉裏があるので農家風と思いきや、奥には質素な庭が見える書院が続いており、畳敷きと一体となって美しく見えます。天井板は張らず、梁組の太い黒々とした木材が見えるのも、江戸時代の豪農家の建物のようです。 山門は、桧皮葺屋根の苔が雨で映えてきれいでした。その蟇股の中の彫刻は唐獅子と牡丹になっています。
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