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平成18年12月発表

 『佐久市で国内最大級の柱跡が出土』

 

 佐久市長土呂で、弥生時代では国内最大級の建物柱跡が発掘された。長野県内の遺跡としては、縄文時代から中世も含めて最大となる。建物柱跡は弥生時代後期(推定100年から200年)のもので、南北18m、東西9,5m。祭礼、宗教的施設、有力者の住居跡などの意見がある。さらに周辺からは住居跡が約200軒が出土している。


平成18年11月発表

 『高梨氏館跡が国指定史跡へ』

 

 11月17日、文化審議会は中野市の高梨氏館跡を国指定史跡に指定するように答申した。高梨氏館跡は、高井郡一帯を支配した高梨氏によって15世紀中頃に建てられた館で、1辺100m以上の土塁と堀で囲まれている。また、今年の春に発掘されたばかりの松本城西総堀土塁跡も史跡に追加指定するように答申された。


平成18年10月発表

 『32年ぶりの人形浄瑠璃』

 

 10月22日、伊那市手良野口にある八幡神社の舞台で人形浄瑠璃が32年ぶりに復活した。公演したのは、箕輪町の古田人形芝居保存会で、「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」を披露した。八幡神社の舞台は江戸末期の建築で、間口14.6m、奥行7.8m。浄瑠璃の語り手が座る大夫座、お囃子や三味線奏者が座る下座もある。昭和49(1974)年を最後に使われなくなったが、茅葺屋根をトタンで覆ったり、板壁を張り替えるなど手入れを続け、2003年に伊那市有形文化財に指定された。手良地区には、同神社のほかに3つの神社に舞台があったが、昭和50年頃までに、焼失したり維持できずに解体された。


平成18年10月発表

 『盗難された銅造菩薩立像が見つかる

 

 1995年に上田市下之郷の長福寺から盗まれた重要文化財「銅造菩薩立像」が、横浜市で見つかって無事に寺へ戻った。菩薩立像を盗んだとされるのは横浜市の男で、会津若松城から盗んだと供述している文化財3点を会津若松市などに売却しようとし、交渉の際に架空の東京都目黒区民の住民票を偽造・使用したとして、8月に逮捕された。男の自宅や実家からは、仏像や陶器などが大量に見つかり、その中に長福寺の菩薩立像も含まれていた。


平成18年10月発表

 『伊那郡衙の確証得られず

 

 奈良から平安時代の伊那郡衙があったと推定されている飯田市座光寺の恒川遺跡で、24年ぶりに発掘調査が行われている。今のところ役所に関連付ける遺物は確認されていないが、弥生から古墳時代にかけての竪穴式住居や土器、水路が見つかり、集落が形成されていたことを確認できたという。周辺の古墳建設に携わった人々の集落ともみられている。


平成18年9月発表

 『国内初の石積み六角形墳が出土』

 

 千曲市倉科の杉山古墳群で、石を積み上げた六角形墳が全国で初めて発掘された。六角形墳は縦10m、横9.5m、高さ1.5m程度となる。山中の南向き急斜面にあり、内部には横穴式石室が発見された。築造は出土土器から7世紀頃とみられる。中央と結びつきが強い、渡来系豪族の墓と考えられている。


平成18年9月発表

 『大勧進表大門に本堂屋根材を再利用』

 

  雨漏りや老朽化のため、初の大規模な修繕工事を進めている善光寺の大勧進表大門の屋根から、本堂屋根材に使われたとみられるサワラ板が大量に発見された。板厚が古文書とおおよそ一致することなどから、本堂屋根を葺くのに使われたサワラ板を、表大門新築の際に再利用されたとみられる。表大門は諏訪の宮大工立川和四郎が、諏訪大社秋宮を手懸けてから約10年後の寛政元年(1789)に、棟梁を務めて完成させた。屋根材は長さ45cm、幅は3cm〜20cmなど様々で、寄進者の名や先祖供養のための筆字が書かれている。残りの屋根材は、明治〜大正時代に修理した際に葺いた杉板だった。


平成18年9月発表

 『高遠藩武家屋敷を発掘調査』

 

 伊那市高遠町にある旧馬島家住宅横の東高遠若宮武家屋敷遺跡で、発掘調査が行われている。遺跡は天保年間頃のものと推測され、1,000m2の調査面積に武家屋敷3棟が確認された。そのうち1棟は「御家中屋鋪絵図」から、小泉純八という内藤家の家臣が暮らしていたとみられる。発掘調査ではこの他、小刀柄、高遠焼の土管、寛永通宝などが出土した。


平成18年8月発表

 『矢筒城の城下町遺構を発掘』

 

 牟礼村にある矢筒城では数年前に発掘調査が行われたが、期待とは別に大きな成果は見られなかった。しかし今回、県道工事にともなって矢筒城の南側一帯の発掘調査を実施したところ、建物10棟、井戸20基など、中世の遺構が出土した。矢筒城は島津氏の拠点で、戦国時代に武田と上杉の攻防が繰り広げられた場所である。中世以降の遺構は出土していないことから、後に北国街道が整備され、街道沿いに集落が移されたためと考えられる。


平成18年8月発表

 『飯田市で古墳調査の整理』

 

 飯田市では、市内の主要古墳報告書の作成を行っている。古墳の現状を把握するだけでなく、現状の課題や将来展望まで踏み込んだ報告書にするとのこと。今年度中の作成を目指している。飯田市内には消滅した古墳も合わせると500基以上がある。これらの古墳の学術的な意義を発信する目的でデーターの収集を行い、歴史的位置付けを明確にしていくとしている。


平成18年8月発表

 『下諏訪倉庫取り壊し』

 

 諏訪大社春宮の通りに、一際目を引く倉庫群がある。下諏訪倉庫と呼ばれ、この度10月までに取り壊されることになった。建物は木造4から5階建で、淡い茶色の土蔵となっている。全部で4棟になる。古いものは明治33年(1900)に建てられ、繭を保存する蔵として使用されてきた。


平成18年6月発表

 『登録有形文化財へ15件』

 

 6月16日、長野市の「長野聖救主教会」「旧真田勘解由家」「旧三河屋商店」「常徳院」「小山田家住宅」「長澤家住宅」「杭全家住宅」「荒神堂」「大木屋住宅」「野中家旧宅」の以上10箇所。上田市の別所温泉旅館「花屋」、小諸市の「北国街道ほんまち町屋館」「はりこし亭」、千曲市の「竜洞院架道橋」「滝沢川橋梁」が登録有形文化財に登録するように文部科学大臣に答申された。


平成18年6月発表

 『松本城築城当時の土塁発見』

 

 松本城の南西にあたる大手2丁目で、総堀土塁の一部が築城時の状態で残っていることが判明し、国史跡に指定される見通しとなった。調査では敵の侵入を防ぐための木杭30数本や武家屋敷跡も発見された。土塁は高さ約3m、幅約16m、奥行き12m。総堀を掘ったときに出る土を何層にも積みあげた跡が残り、築城時のものと断定した。


平成18年5月発表

 『東山道の遺構を発掘』

 

 下伊那郡 阿智村智里園原の東山道資料館建設にともなう発掘調査の試掘で、青銅鏡や建物の遺構とみられる柱穴が出土した。現地は、都と東国を結んだ「東山道」にあたり、昭和40年代の発掘調査で、古代から近世にかけての貴重な遺物が多数出土した杉の木平遺跡にも近い。園原地区では最近は本格的な発掘調査が行われておらず、総合的な再検証を求める意見もあった。出土した鏡は円形で直径5.2p、外縁高3.5o。中央に亀1匹、亀頭の左右に雀2羽、周囲には梅花が描かれている。亀の甲羅部分にはひもを通す穴がある。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて作られたものと推定される。


平成18年5月発表

 『高野辰之の墓地にスプレー』

 

 中野市永江の天正寺の墓地にある作詞家の高野辰之の墓石に、塗料がかけられた。調べによると、赤色のスプレーが、墓石の土台部分や周辺の踏み石にまで吹き付けられていた。周囲には多数の墓石があるが、他に被害はないという。


平成18年4月発表

 『新たに6件の長野県宝指定へ』

 

 県文化財保護審議会は、新たに県宝4件、史跡1件、天然記念物各1件の計6件を指定するよう長野県教育委員会に答申した。4月11日に開かれる県教委定例会で正式決定する。内訳は次のとおり、県宝=旧御料局名古屋支庁妻籠出張所庁舎(南木曽町)、絹本著色聖徳太子和朝先徳連坐影像(上松町)、旧前島家住宅主屋(長野市)、下茂内遺跡出土品(佐久市)、天然記念物=大クワ(泰阜村)、史跡=武水別神社神主松田家館跡(千曲市)
 妻籠出張所庁舎は、木曽郡の山林を皇室財産として管理していた御料局が明治32(1899)年に旧妻籠宿本陣跡に建設。当時の山間地としては珍しい本格的な欧風建築で、旧御料局の地方庁舎はほとんど現存しておらず貴重である。


平成18年3月発表

 『秋葉街道の一部を現地特定』

 

 このほど未確定だった伊那市(旧長谷村)を南北に貫く秋葉街道を地元有志が確認した。確認されたのは、江戸時代の古地図を元にした三峰川の右岸崖上に続く数百mで、過去に通学路として使われたこともあったが、車は通れず現在は通る人もほとんどいない。広い部分で幅2mで、白衣観音が道の脇に安置されていた。


平成18年3月発表

 『仮面土偶が重要文化財へ』

 

 3月17日文化審議会は、茅野市出土の土偶「仮面の女神」とセゾン現代美術館(北佐久郡軽井沢町)所有の「厨子入木造大黒天立像」の2件を、重要文化財に指定するよう文部科学大臣に答申した。仮面の女神は、茅野市中ッ原遺跡出土の縄文時代後期前半。内部は空洞で、高さ34cm、仮面をかぶったような顔で、下腹部は妊娠を示すように大きく膨らみ、胴部に幾何学文様が描かれている。
 厨子入木造大黒天立像」は、神奈川県立歴史博物館(横浜市)に寄託されており、製作年代は1347年。1180年に焼失した東大寺食堂を再建して、そこに安置する目的で製作された。


平成18年3月発表

 『ナウマンゾウを発掘したい人を募集!』

 

平成18年3月24日から31日まで 第16次野尻湖発掘が行われます。
応募締切:3月10日(金)
野尻湖ナウマンゾウ博物館へ026-258-2090


平成18年2月発表

 『飯田城の内堀跡にて発掘調査』

 

 飯田市の銀座通りにて、建て替えにともなう発掘調査が行われている。ここは飯田城と城下を隔てる内堀がめぐらされていた箇所で、追手門のあった部分に近いところにあたる。城壁など防御機能の解明が期待される。


平成18年2月発表

 『善光寺門前町で発掘調査』

 

 長野市の善光寺門前で試掘を行った結果、江戸時代の伊万里焼・青磁や瓦などが出土した。善光寺門前での発掘はほとんどされておらず、中世から近世にかけての善光寺門前の生活を窺える結果が期待される。


平成18年1月発表

 『中村家住宅が登録文化財へ』

 

 文化財審議会が安曇野市三郷にある中村家住宅を登録有形文化財にするように文部科学大臣に答申した。答申されたのは江戸時代に建てられた本棟造の主屋、土蔵、納屋、塀、門などで、内装もほぼ当時のままである。


平成17年12月発表

 『高森町の北原遺跡で石室が出土』

 弥生時代中期後半の遺跡とされる下伊那郡高森町の下市田にある北原遺跡から横穴式石室の1部が発掘された。道路と地区集会施設の建設に伴う試掘調査で発見され、弥生時代の竪穴住居跡約13軒と古墳2基が発見された。その他に北原式土器や打製石器なども大量に出土した。石室はL字型の構造をした横穴式で、全国でも飯田市座光寺の3カ所しかない。


平成17年12月発表

 『大祝家の保存を検討』

 

 諏訪大社の祭政を支配した大祝(おおほうり)の家系が2002年に途絶え、現在諏訪市中洲にある屋敷は荒廃が進んでいる。地元では課題となっている史跡の指定に向けて取り組んでいる。屋敷は江戸時代後期のもので、敷地は2300uにおよぶ。


平成17年11月発表

 『国名勝の姨捨が拡大』

 

 棚田で知られる国指定名勝の「姨捨」が追加指定を受けて、面積がこれまでの2倍近くになることが決定した。追加の箇所は宝ケ池や甥石と呼ばれる地区で、3万6千uにのぼる。


平成17年10月発表

 『上田市で東山道の遺構を発掘』

 

 上田市でアパートの建設にともなう発掘調査によって、東山道らしき遺構を発掘した。遺構は幅12m道路の両側に1.7〜2.0mの溝があり、突き固められていた。


平成17年10月発表

 『登録有形文化財の全国一斉公開

 

 文化庁では、登録有形文化財(建造物)の存在と価値を広く国民に周知して制度の一層の普及・浸透を図るために、全国に所在する登録有形文化財(建造物)の一斉公開イベントを実施しています。

 

平成17年10月6日から同年12月26日まで

小林家住宅主屋、北蔵

(味噌蔵・文庫蔵)、正門、燻蒸蔵

長野市

期間中(10:00〜17:00)(内部見学要予約)

三原屋商店店舗、北蔵、中蔵、東蔵、南蔵、西蔵

長野市

期間中(10:00〜17:00)

日本クレーン協会長野支部博物館

(旧池田警察署庁舎)

長野市

期間中(10:00〜17:00)

藤屋旅館 長野市 期間中(10:00〜17:00)
利休堂酒井家住宅主屋、長屋門、土蔵、味噌蔵、庭塀 長野市 日曜日(10:00〜17:00) 内部要予約
中澤時計本店 長野市 期間中(10:00〜17:00)

金鵄会館(長野高等学校旧南校舎)

長野市

日曜日(10:00〜17:00)

旧徳善院本堂(極意家神殿)、庫裏(宿坊)

長野市

(戸隠村)

期間中(10:00〜17:00)

山田旅館本館、長屋、浴室、新館、前土蔵、新土蔵、薬師堂

小谷村

期間中

よろづや旅館松籟荘、桃山風呂

山ノ内町

12月1日〜20日(11:30〜14:00)土日除く

湯田中駅旧駅舎

山ノ内町

期間中(10:00〜21:00)第一火曜日を除く

信濃教育生涯学習センター

安曇野市

(豊科町)

11月4日(13:30〜15:00)

法蔵寺鐘楼門ほか

安曇野市

(豊科町)

11月4日(13:30〜15:00)

和田家住宅主屋、土蔵

富士見町

11月3〜4日(10:00〜16:00)

旧橋家住宅主屋、南蔵、北蔵、西蔵

安曇野市

(穂高町)

期間中

旧山一林組製糸事務所・守衛所

岡谷市

11月3日

高遠閣

高遠町

10月29日〜11月13日


平成17年7月発表

 『諏訪大社の修復が始まる!』

 

 このほど諏訪大社が下社秋宮(下諏訪町)と春宮(下諏訪町)の修復を予定していることを発表した。秋宮では、国指定重要文化財に指定されている弊拝殿・左右片拝殿・神楽殿。春宮では、国指定重要文化財に指定されている弊拝殿・左右片拝殿を修復する予定。屋根や土台の傷みが目立ってきたためとし、これほどの大規模修復は築造以来初めてとなる。修復に必要な資金として国庫補助事業を既に申請しており、奉賛金も境内で募っている。


平成17年6月発表

 『塩尻市で観光客と文化財の関わりを検討』

 

 観光客が増えつつある塩尻市の国指定重要文化財(建築物)について、市重要文化財民家の会(仮称)が観光客との今後のあり方について検討することになった。現在塩尻市には「堀内家」、「島崎家」、「小松家」、「小野家」の民家が重要文化財に指定され、さらに今後「深沢家」が指定される可能性がある。防火、防犯、観光など様々な議論がされていく。


平成17年5月発表

 『中野市で台湾行政文書を発見』

 

 中国の清朝時代に書かれた大量の台湾行政文書が、中野市の旧家に保存されていたことがわかった。清朝時代の台湾に関しては日本に統治されたことも影響してほとんど残っていなかったが、中野市の蔵には盗難届、囚人の獄死報告、殺人事件の捜査報告など1850年前後における貴重な文書が残っていた。


平成17年5月発表

 『松代の山寺常山邸がオープン』

 

 長野市で整備をしていた松代藩士山寺常山の邸宅がこのほど完了してオープンした。江戸時代後期に知行140石の中級武士の家に生まれた山寺常山は、藩主真田幸貫の信望も厚く、寺社奉行・郡奉行を務めたほか、藩士に兵学を教授した。同じく藩士の佐久間象山、鎌原桐山とともに松代の三山と賞されたほどの人物である。

 現在残っているのは長屋形式の表門と書院(対竹廬)で、土蔵や庭園などもあわせて整備された。年中無休、9:00〜16:30、入場は無料。


平成17年5月発表

 『贄川宿の深沢家住宅が重要文化財に』

 

 国の文化審議会は塩尻市(旧楢川村)の中山道贄川宿(にえかわじゅく)に残る深沢家住宅を重要文化財に指定するよう文部科学相に答申した。深沢家住宅は幕末の嘉永7年(1854)の建築で、木造2階建、出梁造りの主屋の他に漆喰の土蔵が2棟ある。中山道木曽路の最北端に位置する贄川宿の様子を残す貴重な建築物だ。


平成17年5月発表

 『旧馬島家住宅の修繕工事始まる』

 

 高遠町東高遠にある県宝旧馬島家住宅が道路工事に伴い移転、復元される。馬島家は高遠藩の藩医の屋敷で、本棟造、天保年間に建てられた。南側の小屋は診察室として増築されたもので、庭や蔵も残っている。平成18年から一般公開される。


平成17年4月発表

 『松代で36件もの登録有形文化財を申請』

 

 長野市松代町の住民有志が、江戸時代の街並みを保持する建築物を登録有形文化財に指定してもらうために長野市へ申請書を提出した。申請したのは象山神社や長屋門など36件で、国の文化財保護制度と町づくりを合わせた珍しい取り組みである。


平成17年2月発表

 『信州名産の小石丸着物』

 

 養蚕業者などでつくる信州ブランド繭・蚕用途開発協議会は、2月に「小石丸」で織った着物約20点を紹介する展示会を長野市で開催した。「小石丸」は、皇室で飼育されていることでも知られる 日本の在来種で、糸は光沢に富んで細く、高級織物に重宝されている。しかし、繭1粒から取れる糸の量が一般種の10分の1と少なく、蚕が病気に弱いことから飼育が難しいという。


平成17年2月発表

 『社宮寺遺跡の漆紙』

 

 千曲市八幡の社宮司遺跡から出土した9世紀前半の須恵器に付いていた漆紙文書に、出挙と呼ばれる古代の貸借税制の内容が書かれていることが判明した。漆紙文書の出土は県内では3例目 で、国道18号バイパス建設工事に伴う発掘調査で発見された。集落を区切る長さ約40m、幅10m、深さ1mの溝から2001年に出土し、須恵器の内側に直径12p、高さ4 pの漆が付着していた。その後、長さ5p、幅2pの漆紙が張り付いているのが分かり、今年になって赤外線カメラで観察したところ「十月十一日正税廿束」の文字が確認された。 「10月11日に20束の稲穂を収納した」という内容で、当時の税の実態や更級郡衙の位置を特定する上で重要なものとなる。


平成17年2月発表

 『旧富士見高原療養所 保存問題』

 

 堀辰雄の小説「風立ちぬ」の舞台にもなった旧富士見高原療養所の保存が危ぶまれている。療養所は昭和元年(1926)に設立され、日本初のサナトリウムとして全国から結核患者を収容した。多くの文化人も訪れ、竹下夢二もここで死去した。数十棟あった内、現在残っているのはこの1棟だけ。木造2階建てで、県厚生連富士見病院の事務室として使われている。

 療養所の後身である県厚生連富士見病院によると、敷地が手狭で管理棟などを新築する際に旧富士見高原療養所を壊して跡地に建てるしかない。できれば保存したいので可能であれば隣接する町有地へこれを建て、この病棟は記念館として保存したいらしい。しかし、富士見の町長は「病棟は町の財産ではなく病院の財産。特に病院を優先するつもりはなく」、町有地貸与の考えはないという。

 

 ※市町村長個人の文化レベルによって壊される物、保存される物の命運が分かれる。へたをすると教育長などの段階で握りつぶされる案件もこれまで幾つも見てきた。彼等が大いに口にする言葉「財政が」、「地域の声が」である。こういった地域は有り体にして都会と同じどこにでもあるつまらない風景を形成している。文化レベルの高い市町村から見ると笑われてしまう問題かもしれない。登録有形文化財のほとんどは個人所有。重要文化財でも、国宝でもある。たまたまそこに建っていたから、たまたまあの人が、たまたま老朽化したのに気付いたのが今だから、語りは尽くされない。築70〜50年、県内の昭和建築物はこれから選別淘汰されていく時代に入り始めている。


 

平成17年1月発表

 『災害で失われた石碑が復活』

 

 大鹿村大河原文満集落からは巨大な山崩れの跡が見える。この文満の国道256号沿いに「金毘羅大権現」「秋葉山大権現」の文字が刻まれた立派な石碑がこのほど立てられた。この石碑は昭和36年6月27日の豪雨により松平神社の境内にあったものが、山崩れにより埋没したもので、このほど小渋川の護岸工事によって河川の土中から発見された。

 40年以上にわたって土中にあったため、文字がかすれてしまったが、化粧直しをして再び通行者の安全を守る石碑として復活することとなった。石碑には「文久」年間の文字があり、江戸幕末に村人が秋葉街道の安全を祈願して建立したものとのこと。


 

平成17年1月発表

 『追手町小学校校舎を登録文化財申請

 

 昭和4年(1929)に建設された飯田市の追手町小学校校舎が、文化庁に登録文化財として申請することになった。飯田市は旧山本中学校校舎、旧大平小学校校舎も申請する予定である。県内の学校建築物では、信州大学繊維学部講堂(上田市)、松本深志高校校舎(松本市)が登録文化財になっている。追手町小学校の校舎は、世界恐慌が吹き荒れる時代に最先端の鉄筋コンクリート造り地上三階、地下一階で建設された。玄関や廊下壁面がアーチで装飾され、部分的にステンドグラスがはめられている。


 

平成16年10月発表

 『新たに県宝・県指定史跡・県指定天然記念物を指定』

 

 長野県教育委員会は10月12日定例会で、旧松本カトリック教会司祭館(松本市)、旧倉沢家住宅(上田市)の主屋、常楽寺(上田市)所有の「絹本著色綱敷天神像」の3件を県宝に指定した。また、高遠山古墳(中野市)、根塚遺跡(木島平村)の2件を県史跡に指定した。その他、マッコウクジラ全身骨格化石(四賀村化石館所有)、袖之山のシダレザクラ(牟礼村)と、地蔵久保のオオヤマザクラ(牟礼村)の3件を県天然記念物に指定するよう、25日に開く県文化財保護審議会に諮問すると決めた。

 

 旧松本カトリック教会司祭館は木造2階建て。明治22年(1889)年に建築された県内では数少ない明治中期の本格的な洋風建築で、建築史的な価値が高い。1991年に松本市丸の内から現在地に移築された。県内のキリスト教の歴史を知る上でも、貴重な建築物という。

 旧倉沢家住宅の主屋は江戸時代前期の建築で、県内最古級の民家。客座敷は享保12年(1727)の建築で、当時の大庄屋の居住の様子を知る上で貴重である。

 常楽寺の「絹本著色綱敷天神像」は、菅原道真の像が当時漁師の使っていた座具に座っており、類例が少ないという。

 高遠山古墳は3世紀末から4世紀前半に造られた前方後円墳で、東日本最古級の前方後円墳とされ、弥生時代から古墳時代に移行する時代の貴重な遺跡である。

 根塚遺跡は3世紀後半の円形墳丘墓である。


 

平成16年10月発表

 『豊田村の川久保遺跡での発掘報告』

 

 100年前に弥生時代の磨製石斧や土器が出土し、遺跡であることが知られるようになった豊田村の川久保遺跡で、千曲川の築堤工事に伴う発掘作業が行われている。調査範囲は川沿いの長さ300m、川辺から最大で100mの箇所で、古墳時代と平安時代の集落跡や、土石流で埋没した古墳時代の水田と思われる畝跡が出土した。千曲川沿いの砂層からは弥生時代中期の土器が大量に出土され、約2000年前の地形が明らかになった。約1500年前の古墳時代には、千曲川のかなり近くまで村が形成されていたことが分かった。


 

平成16年10月発表

 『戸隠村でサメの歯が出土』

 

 信州大学理学部が今年の夏休みに開いた「青少年のための科学の祭典」の催しで、岩石片から化石を取り出す作業に参加した子供が持ち帰った化石の中に、信州が陸化する直前の時代のサメの歯が含まれていることが分かった。岩石片は上水内郡戸隠村で出土したもので、約300万〜150万年前の地層から出土した。県内での発見例としては最も新しい時代の物で、付近の生態系が推測できる可能性がある。


 

平成16年10月発表

 『穂高町で天蚕の帯を製造販売』

 

 南安曇郡穂高町が、日本古来の蚕原種である天蚕を利用した特産化に取り組んでいる。薄緑色の天蚕糸だけで織った帯を商品化して、穂高町天蚕センターで販売を開始した。薄い柄が付いた2種類で、1本57万円(税込)。1本作るのに繭1500個分の糸を使っており、天蚕ならではの優美な光沢が特長だ。帯を作るのは初めてで、穂高が誇る天蚕文化をもっと売り込んでいきたいとのこと。


 

平成16年10月発表

 『善光寺世界遺産登録への準備始まる』

 

 世界遺産登録を目指す善光寺は、まず伝統的建造物群保存地区の選定を受けるため、宿坊等の予備調査を開始する。世界遺産登録では、対象が文化財保護法など国内法で保存されていることが条件で、国宝の本堂、重要文化財の経蔵と三門は保存対象となるが、善光寺の参道脇の39軒の宿坊は今のところ対象外となってしまう。予備調査では、宿坊の建物の構造や古木の有無、歴史的な価値といった概要を本年度中にまとめる予定で、期待が高い。


 

平成16年10月発表

 『松本城下で麹窯跡出土』

 

 松本市城東で、江戸時代初期のこうじがま跡とみられる石組みが見つかった。こうじがま跡の出土例は県内で初めてで、全国でも稀である。平石が4枚程積まれ、西側には1.3m方形、東側には1.2m円形で、深さは1m余。円形部は石が焼けて赤くなっており、炭が堆積している。方形部に、こうじの原料を入れたせいろなどを載せて蒸したらしい。現場は江戸時代に宿場町だった東町の北端。城下に十三軒あったとされるこうじ屋の一つと確認された。


 

平成16年9月発表

 『信濃大宮社の欅御神木を出石へ』

 

 上田市 科野大宮社のケヤキ御神木の枯れた部分約1.5mが兵庫県出石町に贈られた。このほど江戸時代に上田藩主であった仙石氏が出石に移封なった縁で、兵庫県出石町にある仙石家始祖の社に御神木として祀られた。御神木は幹が空洞となっても巨木を雄大な姿で見せている。


 

平成16年9月発表

 『信濃国分寺南門跡発掘』

 

 上田市の国指定史跡 信濃国分寺跡内の僧寺跡で進めている発掘調査において、国分寺の敷地の出入口に該当する「南門」の跡が発掘された。北から講堂、金堂、中門と直線に並ぶ線上にあり、奈良時代に建てられた国分寺の南端が確定した。


 

平成16年9月発表

 『駒形遺跡から大量の黒曜石が出土』

 

 100軒以上の大集落が発掘されている霧ケ峰の東南山麓にある国指定史跡駒形遺跡(茅野市米沢北大塩)の南端3,000uから、縄文時代前期(約6,000年前)とみられる大量の黒曜石が出土した。黒曜石を加工した矢じり、剥片、原石などで、場所によっては1箇所で400個以上を超えた。縄文前期の竪穴住居跡五軒や土器片も出土し、土器破片には『関山式』『下吉井式』と呼ばれる関東・東海系の『木島式』も含まれ、黒曜石を通じた遠隔地交易があったと考えられている。

 茅野市など八ヶ岳西山麓にはこの他、特別指定史跡の「尖石石器時代遺跡(茅野市)」、史跡の「上之段石器時代遺跡(茅野市)」「井戸尻遺跡(富士見町)」「阿久遺跡(原村)」がある。


 

平成16年8月発表

 『保科正之をNHK大河ドラマへ』

 

 26日高遠町、伊那市、長谷村が福島県の会津若松市、猪苗代町と東京都新宿区と共にNHKを訪れ、「保科正之」のNHK大河ドラマ化を要請した。保科正之は2代将軍徳川秀忠の隠し子として高遠藩の保科正光(武田信玄、勝頼に仕えた後、徳川家康の家臣となる。)に預けられ、正光は将軍家への配慮から正之を養子と成して高遠藩3万石を継がせた。やがて3代将軍徳川家光の知るところとなり、20万石で最上(山形県)に移封させ、さらに加増して会津若松(福島県)23万石を与えた。

また、猪苗代町の土津神社には保科正之の墓所があることから、このほど高遠町が猪苗代町と親善交流書を締結した。


 

平成16年8月発表

 『小諸市で石釧が出土

 

 発掘調査を進めている小諸市御影新田の野火附(のびつけ)遺跡で、古墳時代前期末の竪穴住居から儀礼用の腕輪形宝器である石釧(いしくしろ)の破片が出土した。

 石釧は古墳の副葬品として国内で発見されているが、竪穴住居からの出土は全国的にも珍しいという。見つかった石釧の破片は、削り易い緑色凝灰岩ででき、復元すると外径約10cmと推定される。石釧は地域の有力者に大和政権が与えた宝器とされ、大和政権につながる有力者がこの地域にいた可能性がある。


 

平成16年8月発表

 『飯山城にて岩井備中守の石碑』

 

 飯山市の飯山城跡で28日、戦国時代に城の改修に取り組み城下町の基礎を築いた、岩井備中守信能(びっちゅうのかみのぶよし)の功績をたたえる石碑の除幕式があった。 関係者はこれを機に「寺の町」としてだけでなく、「城下町」としての飯山の歴史もアピールしていきたいという。


 

平成16年月発表

 『佐久市から貞観永宝が出土』

 

 佐久市岩村田の 円正坊遺跡の発掘調査で、平安時代後期とみられている住居跡から皇朝十二銭の1つである『貞観永宝』が出土した。出土したのは1枚だけだが、長野県内では3例目にすぎず東信地域では初めての出土となる。


 

平成16年7月発表

 『福徳寺の美しい屋根が戻る』

 

 下伊那郡大鹿村にある国重要文化財指定の福徳寺の屋根修理が完了した。今回は昭和35年(1960)の大改修以来に老朽化した屋根の修理を行い、最高級のサワラ材を美しく敷き並べた屋根が映えている。平成15年3月から大鹿村が1,300万円かけて修理を行っていた。

 ここには大鹿村指定文化財の阿弥陀如来像、薬師如来像、毘沙門天像、聖観世音菩薩像が安置され、室町時代の南北朝動乱を偲ばせる歴史に胸が躍る。

 


 

平成16年6月発表

 『秩父事件を映した「の乱」の上映が始まる

 

 緒方直人さん等が出演する「草の乱」の上映が各地で始まる。長野県では「上田劇場04年秋」、「佐久グランド劇場04年秋」の2箇所で行われる。

 http://www.kusanoran.com/

 秩父事件が何故おきたのか?、時代のリアリズムを体感する良い機会になるのではないか。

 


 

平成16年6月発表

 『大桑村歴史民俗資料館で新聞整理

 

 大桑村歴史民俗資料館で、明治時代の新聞の整理作業を開始した。地元の人々から寄贈された当時名古屋で発行されていた「中京新報」で、虫食いや破損などもなく良好な保存状態である。日露戦争中の明治37年から38年にかけてが主で、戦争に関する日本での捉え方が分かる。


 

平成16年6月発表

 『小布施町の北斎館で「宝船」を購入

 

 
 葛飾北斎が「宗理」と名乗っていた時代に描いた摺物を、北斎館が購入した。色鮮やかな宝船の絵には26首の狂歌が描かれ、狂歌絵本の代表的な作品である。狂歌は四方歌垣、森羅亭万象などの作品で利根川が題材となっている。また、宝船は隅田川に浮かび、鯛や昆布の入った俵、千両箱などを積んだもので、絵と狂歌で色々な思考がされるように工夫されている。


平成16年6月発表

 『下諏訪町で菩薩像が盗難』

 

 下諏訪町樋橋の国道142号沿いに祀られていた「延命地蔵大菩薩像」が盗まれた。
 菩薩像は高さ80cmで、目と額に水晶が埋め込まれ、中山道の樋橋茶屋本陣を営んでいた小松家が代々守ってきたものである。江戸時代に当主がこの地蔵を背負って巡礼の旅をしたというエピソードもある。盗難は、4月27日夜頃で、お堂の錠が壊されて盗むという悪質なもの。


平成16年6月発表

 『松本城惣堀の戦闘用杭列が出土』

 

 松本市丸の内の松本城総堀の石垣改修工事に伴う発掘調査で両端が鋭く削ってある多数のくいが列状に出土した。城跡の土塁の堀際で見つかる杭は、これまで土留め用と考えられていたが、削った跡があることから城を守る目的と解釈できる。防御上のくいは全国的にも発掘例が少なく、今後の城郭研究に役立つとのこと。
 杭は直線の堀に沿って長さ26m、幅40cmにわたって427本が見つかった。杭の長さは40cm―80cmで、栗や赤松を使用している。また、腐食防止や固くするためと考えられる焼き跡が残っていた。杭は秋にも埋め立て、石垣で覆う予定。


平成16年6月発表

 『飯田市街地での商家発掘調査』

 

 飯田市は通り町1丁目、銀座3丁目の再開発事業に伴う発掘調査で、縄文時代から近代にかけての遺構遺物を発見した。
 場所は旧飯田城追手門跡近くの通り角にあたる所で、天正10年(1582)に小笠原氏によって飯田城下として造られた区域にあたる。通り町1丁目は、江戸時代に番匠町と呼ばれ、職人が住んでいた町である。江戸時代の層からは商家跡が発見され、地下室、井戸、ごみ穴、厠、鍛冶工房の跡が見つかり、庭だったと推定される個所からは、水が落ちると美しい音色がする水琴窟が出土した。水琴窟は、高さ70cmの常滑焼の甕で、現代でも京都の妙心寺退蔵院でその音が聞ける。

 ごみ穴からは陶器類の他に、昭和22年飯田大火の焼けた木材などが入っていた。その他、縄文時代の土器、弥生時代のお墓など、時代をついで人が生活していた痕跡が確認された。


平成16年5月発表

 『50年ぶりに踊り舞台を復元、牟礼村』

 

 牟礼村平出地区の有志が、50年近く村内の寺の天井裏に分解保存していた踊り舞台を復元した。舞台は木造2階建て構造で、高さ約4m、幅3m。2階部分には太鼓を叩く場所があり、釘を使用していない。明治4年(1871)頃の建築とされる。

 現在は牟礼村民会館ロビーで一般公開している。


 

平成16年5月発表

 『千国街道牛方宿の旧千国邸修復完了』

 

 新潟県糸魚川と松本を結ぶ千国街道沿いに現存していた牛方宿(うしかたやど、小谷村)が、修復を終えてこのほど5月1日から一般公開が開始された。牛を使って物資を運んだ牛方が宿とした建物で、茅葺き屋根の二階建て、雪の重みで曲がって育った木材を屋根の傾斜に合わせて使うなど、この地方の特徴を生かした建築物となっている。

 開館:午前9時〜午後4時半(木曜日定休)


 

平成16年3月発表

 『中山道ウォーキング -軽井沢宿〜塩尻宿-』

 

中山道の史跡や景観を楽しみ、沿道の人々とふれ合いながらゴールを目指しましょう。参加申込締め切り5月6日まで、お急ぎ下さい。

 5月15日(土)軽井沢宿〜岩村田宿:約22km 約6時間

 5月16日(日)岩村田宿〜芦田宿:約19km 約6時間

 5月22日(土)芦田宿〜和田宿:約18km 約6時間

 5月23日(日)和田宿〜下諏訪宿:約22km 約7時間

 5月29日(土)下諏訪宿〜塩尻宿:約20km 約6時間

*1参加日あたり参加費500円。どの日でも選択して参加できるようです。詳しくは下記より資料を取り寄せて、「参加申込書」にて申し込んでください。飛び込み参加はバス(駅−出発宿、到着宿−駅)が利用できません。

中山道地域連携プロジェクト実行委員会事務局

電話026−267−5707


 

平成16年2月発表

 『知事公舎移転工事3月完了』

 

 上水内郡小川村に移転した知事公舎の工事が進んでいる。移転工事をしているのは公邸部分で、その洋館部分の外壁はなまこ壁で全国的にも珍しい。大正9年に建造されたもので、全国に戦前の知事公舎は8棟しかない。小川村の地域づくりの拠点として期待されている。


平成16年2月発表

 『長野市が平成16年度の松代整備を協議』

 

 長野市社会教育委員会議が開催され、平成16年度の松代の史跡等整備について協議を行った。それによると、新御殿跡(旧真田邸)の保存整備をスタートさせ、山寺常山邸宅保存整備も行われる。


平成16年2月発表

 『川上村で毛沢東の書簡を発見』

 

 昭和20年(1945)5月、中国共産党の毛沢東主席が中国の延安にいた元日本共産党名誉議長の野坂参三に送った、戦後の日本で早期に天皇制を廃止することに消極的姿勢を示す内容の書簡が南佐久郡川上村で発見された。


平成16年2月発表

 『新たに県宝3件、長野県無形民俗文化財1件が指定

 

 平成16年2月9日(月)長野県文化財保護審議会が行われ、飯田市の平沢文書(飯田市美術博物館)、諏訪市の紙本着色諏訪社遊楽図(所有者個人)、千曲市の屋代遺跡群出土木簡(長野県立歴史館)が県宝に、高森町の大島山獅子舞が長野県無形民俗文化財に指定された。


平成16年1月発表

 『塩尻市平出遺跡 史跡公園化へ整備進む

 

  塩尻市の国指定史跡の平出遺跡で、史跡公園の整備が進んでいる。整備は「5千年に及ぶ平出の地」をテーマに、縄文時代中期から古墳、平安時代まで各時代にわたる複合遺跡の特徴を生かし、時代の流れが体感できる公園を目指している。対象面積は約8haで「縄文の村」「古代の農村」「体験施設地区」など5つのゾーンを設ける予定。


平成16年1月発表

 『登録有形文化財答申 3箇所』

 

 平成16年1月16日(金)に開催された国の文化審議会は、長野市の北村家住宅、松本市の塩原家住宅と松本館の3箇所合わせて9軒の建造物を登録有形文化財に登録するよう文部科学大臣に答申した。

 松本館は料亭建築になる。


平成16年1月発表

 『中野市で台湾の古文書を確認』

 

 江戸から明治にかけ豪農として知られた中野市江部の民家で、1800年代の台湾の地方行政文書が「渋紙」の裏張りに使われているのが発見された。第2次大戦後の国民党支配の下で古い文書が廃棄され、台湾のこの時代の公的文書はほとんど残っていないため、貴重な史料である。


平成16年1月発表

 『松本市美術館で西善寺の涅槃図を公開(初詣)』

 

 松本市美術館で展覧会「美術館へ初詣 わが家で見つけたこころ」が1月4日から2月8日まで開催されている。涅槃図、刀剣、千手観音像等50点が市民から寄せられた。訪れる人の目をひときわ引くのは、縦3.1m横4.6mの釈迦涅槃図で、松本市和田の西善寺所蔵の松本市重要文化財で、江戸時代中期の享保14年(1729)に描かれたとされる。修復作業が昨年6月に完成し、今回初めて寺から出して全体を一望できる場所での公開となった。

※常設展観覧券800円


平成16年1月発表

 『軽井沢町の三井三郎助邸を移築保存

 

 軽井沢町は、旧三井財閥の三井三郎助が明治時代に建てた旧軽井沢の別荘を、離山地区の国道18号沿いにある同時代の事業家 雨宮敬次郎の邸宅跡「雨宮御殿」の一角に、2005年度から2年間で移築保存する方針を決めた。 この別荘は軽井沢が保養地として注目され始めた当時に登場した初めての本格的な洋館。


平成15年12月発表

 『高森町の武陵遺跡から墳墓を発見』

 

 高森町下市田で道路工事に伴う武陵地遺跡の発掘調査で、石を斜めに積み上げた古墳時代のものと思われる「墳墓」を発見した。葺石または貼石とも考えられ、後世の削平で築造された当初の墳丘高さは不明で、周囲に溝(周溝)を巡らしている。周溝の幅は2〜3mで、周溝を含めた全体の規模は一辺が約15mになる。


平成15年12月発表

 『飯山市が平成16年度中に歴史資料館を建設』

 

 飯山市は歴史資料館「ふるさと学習館(仮称)」について、これまで想定していた商業ビル「アスクビル」跡地へ建設する方針を示した。全国で合併による行政文書が失われる可能性が指摘されており、保存への足掛かりとされたい。


平成15年12月発表

 『旧松本藩士が記念誌を刊行』

 

 松本藩主戸田家に仕えた旧松本藩士の子孫たちでつくる六星会が、発足100周年を経たのを機に、初の記念誌「六星会百年のあゆみ」を刊行した。記念誌はA4判186ページで、戸田家の家系や家臣名、歴代の藩主のエピソードが収録され、歴史資料としての価値が高い。

 記念誌は一般への販売はしておらず、松本市役所や図書館、松本城管理事務所で閲覧できる。


平成15年12月発表

 『堀金村で墨書土器が出土』

 

 堀金村教育委員会が、堀金小学校の南側で平安時代の竪穴住居跡から「寺」の字が墨書きされた素焼きの土器を発掘した。同様の土器は、松本地方では塩尻市などで数点確認されているが、南安曇郡内では初めてとなる。寺院との関連を示唆する資料として注目されている。

 須恵器などに墨書きする風習は様々な用途が研究されているが、主に朝廷に仕える役人などが字の練習として書いたものや、落書き、所有を明記するために書いたものとされている。奈良時代や平安時代の物に多い。


平成15年12月発表

 『軽井沢町 長倉神社の八坂神社放火により消失』

 

 12月3日午前2時45分頃、北佐久郡軽井沢町長倉の長倉神社境内にある八坂神社社殿が全焼した。八坂神社社殿では、木造平屋約20uの建物と、中にあったご神体や夏祭り用のみこし5台などが消失した。軽井沢署は、連続放火の疑いで調べている。

 長野県の文化に育まれてきた貴重な神社を放火する行為を決して許してはいけない。付近の石仏も壊されていたようで、廃仏毀釈か何かのつもりでやったのか、いずれにしても許されない行為である。


平成15年12月発表

 『信濃町 貫ノ木遺跡から最古級の土器片出土』

 

 上水内郡信濃町の貫ノ木(かんのき)遺跡から1999年10月に出土した21個の土器片を最新の年代測定法で調べたところ、約15600年前のものと確認された。青森県の大平山元1遺跡の世界最古級約16500年前の土器片に迫る物で、日本列島の土器出現期の姿を探るための重要な資料とされる。


平成15年12月発表

 『飯田市歴史研究所オープン』

 

 平成15年12月1日市役所上郷支所庁舎2・3階に飯田と下伊那地域の歴史を総合的に研究する飯田市歴史研究所(0266-53-4670)がオープンした。史料調査と公開、教材の作成、教育活動、研究活動、飯田市誌の編纂などが主な業務。飯田アカデミア2003という市域をキャンパスとする大学レベルの歴史講座も開催されており今年度後半期の講座を紹介する(会場:りんご庁舎3F会議室)。

第6回講座 15年12月20日 13:00-16:30 中世の道
  15年12月21日 10:00-14:30

同上(再講座)

第7回講座 16年1月24日 13:00-16:30 平安時代の地方社会と王朝国家
  16年1月25日 10:00-14:30 同上(再講座)
第8回講座 16年3月27日 13:00〜16:30 女性にみる日本の近世
  16年3月28日 10:00〜14:30 同上(再講座)

平成15年11月発表

 『阿智村の戸沢(生)鉱山坑口を発見』

 

 明治から昭和初期にかけてアンチモン(Sb)を採掘していた阿智村智里の山中の戸沢鉱山の坑道入口がこのほど発見された。 戦後閉山して土砂に埋まっていたが、堰堤工事の過程で発見され、中部森林管理局南信森林管理署などが鉱山跡を今年夏から調査していた。加工施設跡もあり貴重な産業遺跡である。

 この付近の鉱物は、ベルチェ鉱と輝安鉱が主で、共にアンチモンという青白い金属を含んでいる。アンチモンは合金材料や半導体材料に利用される。


平成15年11月発表

 『南相木村で古文書整理』

 

 南相木村教育委員会が、村内に残る古文書の目録作成を続けている。現在は、名主も務めた旧家の蔵にある約200点の資料を整理中で、村の歴史研究に役立てる。長野県内でも研究が遅れている南佐久郡の歴史解明に一役買われることとなる。


平成15年10月発表

 『宮平遺跡(御代田町)から石棒、今泉遺跡(伊那市)から土偶が出土』

 

 現在発掘調査をしている御代田町豊昇の宮平遺跡で、祭祀に使ったとされる男性器を模した縄文時代中期(約4500年前)の石棒が出土した。

 伊那市の今泉遺跡で出土した土偶は、立体的な三つ編がほどこされた土偶で、全国的にも珍しいものである。


平成15年9月発表

 『県宝守矢文書の解説本出版

 

 茅野市神長宮守矢資料館(茅野市宮川389-10266-73-7567 )より、『県宝守矢文書を読む〜中世の史実と歴史が見える〜』定価5千円500部が出版された。諏訪頼重、武田信玄と諏訪大社を取り巻くエピソードなどが掲載されており、中世の歴史に興味のある方は購入を。


平成15年9月発表

 『上村で隕石墜落の跡を発見』

 

 下伊那郡上村の南アルプスにある御池山にある半円状の地形は、隕石が衝突してできたクレーターと判明した。岩盤の石英をレーザー分析して確認できたという。発見者の飯田市坂本さんによると、クレーターとして国際データベースに登録申請する予定で、登録されれば国内では初めてとなる。瞬時に15万〜20万気圧の高圧がかかって変形した跡と断定。隕石の直径は45mほどで、2〜3万年前に衝突したと推定できるという。


平成15年9月発表

 『善光寺三門修理本格化と寄付金不足』

 

 善光寺は、国重要文化財指定の三門(山門)の解体修理工事が本格化したのに伴い、12月10日まで門を通行止めにしている。三門の解体修理は江戸時代の1750(寛延3)年の建立以来初めてで、平成20年に終了する予定。

 今春、御開帳結願大法要が行われ、過去最高だった前回より約113万人多い約628万人を記録した。しかし、三門修理に対する寄付金は芳しくなく、予定にはるか届かないとのこと。三門修理費用が当初予定より増大し、善光寺では現在も寄付金を募集している。


平成15年8月発表

 『諏訪湖より 吹く涼風か 花すすき』小林一茶

 下高井郡山ノ内町横倉の諏訪八幡神社に、江戸後期の文政7(1824)年、上水内郡信濃町出身の俳人小林一茶が投句の選者を務め、地元の弟子たちによって奉納された俳額二枚が残っていることが分かった。一茶全集に未掲載のもので、これまで知られていない一茶の句も記されており、当時の弟子とのかかわりや一茶の人となりを示す貴重な資料としている。俳額は一般から公募した句を審査し、優秀な句を書いて奉納したもの。二枚はいずれも縦66cm、横183cm。二枚目の終わりから五番目、俳額奉納を主宰した四人の弟子の句の前に「諏訪湖より 吹く涼風か 花すすき」と一茶の句が記されている。


平成15年7月発表

 『信大(上田市)で、弥生時代後期の井戸跡発掘』

 

 上田市常田の信大繊維学部構内にある下町田遺跡で2日までに、弥生時代後期(今から約2000年〜1800年前)のものとみられる井戸の跡が出土した。円筒形になった板の周囲を、石組みで補強した強固な造りで規模も比較的大きい。県内では弥生時代の素掘りや板枠だけの簡素な造りの井戸跡の出土例はあるが、こうした頑丈な構造の井戸跡の出土は初めて。

 井戸跡は、地表から約2m掘った地点で、円筒形になった板の上部を確認した。内側は黒くなっており、西側部分は欠けている。井戸の底部ははっきり確認できないが、1mほどの深さで、今も水がしみ出ている。外側には人の頭よりやや小さめの石数十個が組まれていた。

 一帯ではこれまでの調査で、弥生時代後期の竪穴住居を中心とした100棟近い集落跡が見つかっており、井戸跡もその範囲内で発見された。市教委は、当時、身近で飲み水を供給し、集落での生活を支えていたとみている。また、井戸の内部からは弥生時代後期の遺跡から出土する赤色の「箱清水式土器」と呼ばれるつぼやかけらが大量に出土。


平成15年6月発表

 『世界最古のアシカ科化石を発見』

 

 南安曇郡豊科町の地層で見つかった動物の化石が、世界最古のアシカ科の左下あごの骨の一部であることが21日分かった。従来の発見例より約600万年古く(1300万年前)、それより古い化石はアシカ科の先祖「エナリアルクトス類」のものしかなかった。発掘したのは化石博物館の館外研究員小池伯一さん(57)=松本市で、海底堆積物の中部中新統青木層で発見した。

 化石は長さ約7cm、高さ約3cm、3本の三角形の歯が残る。第2臼歯がないアシカ科の特徴を確認した。あご、犬歯の大きさや摩耗具合から推定体長約1.2mの若い雌とみられる。アシカ科の化石は、米カリフォルニア州で発見された約700万年前が最古だった。地層にあった貝の化石などから、発見場所は水深100〜120mの比較的沖合だったとみられる。魚を捕まえやすい歯の形から、現在のキタオットセイのように沖合に生息し、魚を食べていた可能性が高いとみられる。


平成14年10月発表

 『岡谷市の旧林家住宅が、重要文化財に』

 

 文部科学相に答申したされたのは、主屋、外蔵、洋館など五棟で、意匠的に優れていると評価された。世界的に知られた「シルク岡谷」の隆盛を伝える遺産が初めて重文となる。岡谷市御倉町二の旧林家住宅は、製糸の街として栄えた同市の歴史を伝える、市内でも数少なくなった近代化遺産の一つ。岡谷を代表する製糸家の一人、林国蔵が建てた。洋館の存在に加え、離れには西洋の金唐革(きんからかわ)をもとに日本で発展した金唐紙張りの座敷があるなど、当時の製糸家の「進取の気風」を象徴している。


平成14年10月発表

 『 小林一茶座像が盗難』

 

 上水内郡信濃町の小丸山公園にある、お堂「俳諧寺」から、俳人小林一茶の座像が盗まれていたことが十日、分かった。座像は高さ32cm、幅23cm、奥行き18cm。記念館によると、明治43(1910)年、お堂が建てられたときに一緒に作られたという。盗まれたのは8月18日。お堂は無人で、扉は北隣にある同記念館の職員が朝夕、開閉を担当している。同日夕、施錠をしにいったところ、朝はあった座像がなくなっているのに気が付いた。

 俳諧寺は、一茶記念館から一茶の墓への道沿いにあり、訪れた人が中で休めるようになっている。歌人の与謝野晶子が昭和九(一九三四)年に訪問し、「俳諧寺 文人たちの落がきを 見ぬように座す一茶の像は」と短歌を詠んだ場所で、天井には俳人の句も書かれている。長野県の文化財を愛する者として許せない。


平成14年9月発表

築110年飯田市の旧遊郭久保田楼を取り壊しで調査』

 

 飯田市二本松に残る旧遊郭「久保田楼」が17日に取り壊されることになり、調査を行った。飯田の遊郭は1882年に設置が許可され、久保田楼はその数年後に建てられた。一帯には昭和初期の最盛期、十数の遊郭が軒を連ねていたという。1956年の売春防止法で遊郭は廃止された。内部は、約20の部屋が当時の面影をとどめ、玄関脇には、遊女の写真を飾った客部屋「張り見世」が残る。欄間や下地窓など数寄屋造りが凝縮された「本部屋」には、最も格上の遊女が住んだという。


平成14年9月発表

 『宮田村の中越遺跡から出土した土器 など県宝へ』

 

  県宝指定を諮問する文化財は4件。1751年建築の御代田町真楽寺三重塔、佐久市貞祥寺にある惣門(建築1635年)、山門(同1672年)。宮田村中越遺跡から出土した縄文時代前期の土器28点、石器191点、石製品2点と、諏訪市穴場遺跡18号住居址から出土した縄文時代中期の土器3点、石器5点。中越遺跡は、県史跡への指定も諮問する。


平成14年9月発表

 『岡谷丸山遺跡で、 縄文草創期の石器「矢柄研磨器」』

 

  岡谷丸山遺跡から、10000年ほど前の縄文時代草創期の矢柄(やがら)研磨器2個一対が並んで出土した。矢柄研磨器は、やじりを付ける木を磨いて真っすぐにするための石器で、縄文草創期の特徴的な石器と位置付けられている。二個の矢柄研磨器に木を挟んで使っていたとの説が有力で、今回の出土は使用方法の裏付けになりそうとのこと。出土した矢柄研磨器一組はほぼ完全な形を残しており、二個ともほぼ同じ大きさ。かまぼこ型で、平らな面は長さ23cm、幅8cmほど。それぞれの平らな面には、幅6mmほどのU字型の溝が真っすぐに一本付いている。重ね合わせると石棒のようになり、厚さ11.5センチほどになる。二個はほぼ平行に並び、溝がある平らな面を下に伏せた状態で見つかった。


平成14年9月発表

 『旧石器時代の竹佐中原遺跡 で、昨年と違った石器が出土』

 

 昨年、後期旧石器時代(約30000〜1?000年前)以前とみられる県内最古級の石器群が出土した竹佐中原遺跡(飯田市山本)において、昨年とは異なる特徴を持った新たな石器群が出土した。昨年出土した現場の東側一帯で、磨製石斧が完全な形で出土するなど、25点が見つかった。 昨年出土した石器が凝灰岩か玄武岩を材料にしているのに対し、今回の石器は緑色岩を材料にしたものが多いという。 具体的な年代については、特定されていない。


平成14年8月発表

 『松代大本営近代遺跡へ向けて文化庁検討』

 

 文化庁は、松代大本営地下壕群について、近代遺跡の指定に向けて必要な「詳細調査」を行うことを決定した。同地下壕群は、全国の軍事に関する遺跡の中でも規模、内容ともに研究者の評価が高く、この調査により、近代遺跡指定へ大きく前進することになった。 早ければ秋頃にも調査に入る。 これまでに指定された近代遺跡は19件で、軍事に関する遺跡は「原爆ドーム」(広島市)だけ。


平成14年7月発表

 『松代城北不明門の復元始まる』

 

 松代城本丸の出入口としては、南が太鼓門(たいこもん)、北が北 不明門(きたあかずもん)、東が東 不明門(ひがしあかずもん)の3門があった。平成15年度完成にむけて 整備事業 が実施中であるが、今年度早々に太鼓門が完成し、いよいよ最終段階である北不明門の復元 に着工した。


平成14年6月発表

 『木島平村根塚遺跡出土の鉄剣は朝鮮半島製』

 

  下高井郡木島平村教育委員会が2000年第5次発掘調査で 円形周溝墓から発見した「三号鉄剣」も、朝鮮半島製とみられることが判明した 。同遺跡の調査は村教委が主体となり、1996年から2000年まで5年間にわたり行われ、1996年の第一次調査 においては、弥生時代では全国でも例のない渦巻き文装飾付きの鉄剣が出土し、その後の金属分析の結果、同時に出土した別の鉄剣とともに、朝鮮半島製とみられることが確認さ ている。


平成14年3月発表
 『文化審議会が諏訪郡富士見町の藤内遺跡出土品を重要文化財に答申』

 

 平成14年3月22日に、諏訪郡富士見町烏帽子の縄文時代中期の集落跡「藤内遺跡」から出土した土器47点と土偶1点、石器151点の計199点を、一括で国重要文化財に指定するよう文部科学大臣に答申した。

 立体的な人体装飾のある大型の筒型土器や、抽象的な舞踏人体文のある有孔鍔(つば)付土器など特異な形状の土器群が中部高地における縄文土器の、一つの到達点を示すと高く評価された。出土品は富士見町の井戸尻考古館が管理している。


平成14年2月発表
 『生島足島神社摂社諏訪社が県宝に指定』

 

 県文化財保護審議会は八日、上田市下之郷の生島足島(いくしまたるしま)神社摂社諏訪社の本殿と門を県宝に指定するよう、県教委の諮問通り答申した。生島足島神社摂社諏訪社の本殿は、1610(慶長15)年に上田藩主真田信之の寄進で建てられた。桃山様式が県内に導入されたことを示す。ひさし下の梁(はり)の形などが室町末期の様式をとどめる。門も同時期の様式を受け継いでいる。


平成14年2月発表
『菩提院の曼荼羅図を県宝に指定』

 

 県文化財保護審議会は8日、飯山市瑞穂の菩提院所蔵の絹本著色両界曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくりょうかいまんだらず)を県宝に指定するよう、県教委の諮問通り答申した。曼荼羅図は14世紀末期 〜15世紀前半の作と推定される。縦・横1メートルの二幅の絵で、中世以前にさかのぼる両界曼荼羅図は県内では数少ない。


平成14年2月発表
 『荻原碌山の「欧米の風俗」を穂高の碌山美術館に寄贈』

 

 南安曇郡穂高町出身の彫刻家荻原碌山(守衛、1879〜1910年)が生前に欧米の風俗について寄稿した雑誌がこのほど、所有していた岩手県内の男性から同町の碌山美術館に寄贈された。雑誌は東京の出版社が1909(明治42)年10月に発行した「商業界臨時増刊『世界の風俗』」。留学から帰国後に、「予は欧米婦人を如斯(こう)判断する」と題した文書を寄せている。

 この中で、碌山は「欧米各国の風俗中何(いず)れを好むかと問はれたならば、自分は第一に米国と答えたい」と記載。「米国の事業は何でも大仕掛けで、而(し)かも躊躇(ちゅうちょ)や渋滞なぞと伝(い)ふ文字は無い国のやうにさつさとやつて退(の)けるところは何の事はない、我侭(わがまま)の総領息子と伝ふ趣がある」と書いた。女性についても、「人工的な美」のフランス人と比べ「自然的の美人は亜米利加(アメリカ)が一等だと思ふ」と評している。衣装の記述では、「英吉利(イギリス)は仏蘭西(フランス)を真似て及ばざる者の如(ごと)く独逸(ドイツ)は余りに濃厚に過ぎ、其(そ)の他の国は何(いず)れ前者の亜流を嘗(な)めて居(い)ると伝ふに過ぎない」と記している。


平成14年2月発表
 『松本城東北隅櫓平成7年復元』

 

 松本市2月18日、松本城二の丸に五つあった櫓(やぐら)のうち、東北の角に位置した「東北隅櫓」を、市制百周年の2007年に復元すると発表した。工事では復元済みの二の丸太鼓門と、東北隅櫓とを結んでいた延長百四十メートルの塀も復元。

 東北隅櫓は二層二階。計画だと、当時とほぼ同じとみられる高さ約七メートル、延べ約八十平方メートルに復元する。市は2002年度から塀の発掘調査や櫓の基本設計策定を始め、2004年度に工事着手、2007年度完成を目指す。


平成13年11月発表
 『国内最大級の腕輪出土 弥生時代の塩崎遺跡』

 

 長野市篠ノ井塩崎の塩崎遺跡群から、弥生時代後期のものとみられる鉄製のらせん状腕輪「鉄釧(てつくしろ)」が出土し、市埋蔵文化財センターの調査で29日までに、らせんが十六段も連なる国内最大級のものであることが分かった。

 鉄釧は、県内を中心に東日本で十数例が発掘されている装身具。そのらせんの数はこれまで、七社神社前遺跡(東京都北区)で発掘された十段が最高だった。専門家は、一帯の千曲川流域に独自の鉄の文化が育ち、成熟した社会があった可能性を指摘している。塩崎遺跡群は平安時代まで続く複合遺跡。今回の発掘は、長野、更埴市境の市道塩崎粟佐線の拡幅工事に伴う調査で行い、鉄釧は7月中旬に見つかった。地表から約一メートル掘り下げた地点で、東西に並ぶ二つの木棺墓の南側の一棺から、男性の右手首とみられる人骨と一緒に出土。直径約4センチ、長さ約8センチで、一本の細い鉄をらせん状に巻いてあった。外見で少なくとも16段のらせんを確認した。釧は2世紀末〜3世紀半ばの弥生時代後期の装身具とされる。西日本では貝や青銅でできたものが出土、鉄製は東日本に集中している。多くは人骨と一緒に発見されるが、「今回のように保存状態がよく、手首を巻く形のまま出土するのは珍しい」(同センター)という。県内ではこれまでに、篠ノ井遺跡群(長野市)、五里田遺跡(佐久市)、剣ノ宮遺跡(塩尻市)など、塩崎遺跡群を含む13の遺跡から出土。国内出土遺跡の7割以上を占めている。


平成13年11月発表
 『信濃町仲町遺跡のゾウの足跡から石器片が出土』

 

 県埋蔵文化財センター(更埴市)が上水内郡信濃町の野尻湖近くにある仲町遺跡で行っている発掘調査で、既に見つかっていた約4万年前(中期旧石器時代)のナウマンゾウの足跡の中などから石器とみられる石が多数見つかった。国道18号パイパス工事に伴う発掘調査で、同遺跡ではこれまでに約六百個のナウマンゾウの足跡が見つかった。この足跡の穴は約4万年前の火山灰が埋めている。足跡を一つずつ調べると、約百個の足跡の中と、その下の地層から、石器の可能性がある破片計約二百数十点が見つかった。仲町遺跡から近い野尻湖底の立ケ鼻遺跡からは、過去十四回にわたる湖底発掘でほぼ同時代の石器が見つかっている。立が鼻遺跡との関連を知る上でも今後の調査が注目される。

 ナウマンゾウの足跡から見つかった石片のうち、酸性凝灰岩とみられる 1点(長さ約10センチ、幅5センチ)と安山岩2点(長さ約10センチ、幅約5センチと長さ約5センチ、幅約3センチ)に加工跡があり、石器と確認した。


平成13年9月発表
 『長野市の遺跡で「馬形帯鉤」が出土』

 

 長野市道工事に伴い発掘している吉田地区の浅川端遺跡で、古墳時代後期(5世紀半ば 16世紀末)とみられる住居跡から、ベルトのバックルに当たる青銅の「馬形帯鉤(うまがたたいこう)」が見つかったと発表した。韓国などで約300点の存在が確認されているが、発掘調査で見つかったのは、国内で初めて。模様と青銅の質から朝鮮半島で作られたものとみられるとしており、朝鮮半島との交流を物語る貴重な発見となりそうだ。地表から1メートルほど掘り下げた、古墳時代後期のものとみられるかまど跡近くから出土。大きさは縦6.7センチ、横9.2センチ、重さは約40グラム。背にくらを乗せて、片方の前足を前方に突き出した様子をかたどってある。馬形帯鉤はほとんど1〜3世紀に朝鮮半島で作られたとみられ、同半島では権力者が帯を締める実用品としても利用されていたらしい。ただ、日本では装飾品としての意味合いが強かったとみられる。


平成13年9月発表
 『国内初「六角木幢」 更埴・社宮司遺跡で出土』

 

 更埴市八幡の社宮司(しゃぐうじ)遺跡発掘で、平安末期から鎌倉初期のものとみられる木造の仏塔の一種、「六角木幢(もくどう)」が出土したと発表した。現在残っている同様のものは、鎌倉時代以降の石造りの「石幢(せきどう)」だけで、木造が見つかったのは全国で初めて。側面に仏画が描かれており、専門家は「当時の仏教信仰や仏教絵画史を知る上で貴重な発見」としている。


平成13年8月発表
 『県内最古級の石器群 飯田「竹佐中原遺跡」から出土』

 県埋蔵文化財センターは24日、三遠南信道建設に伴い発掘調査を進めている飯田市竹佐の「竹佐中原遺跡」で、県内最古級とみられる旧石器時代の石器群が出土したと発表した。詳しい年代特定はこれからだが、出土した地層や石器の形状から、後期旧石器時代(約一万数千年―三万年前)より前の「前・中期旧石器時代」に属する可能性が高いとみている。旧石器時代研究では昨年、ねつ造問題が発覚。時代区分の根拠が大きく揺らいでいるだけに、専門家は「旧石器時代史の再構築の足がかりになる可能性もある」と今後の調査を注目している。


平成13年8月発表
 『長野市で、江戸時代の水路発掘』

 

 長野市松代で、松代藩(真田氏)時代の城下町の遺構である水道施設が発掘された。松代城下水絵図と照らし合わせて現在検証中である。地面に配置された木管が珍しい。


平成13年7月発表
 『飯田市で、縄文中期の集落発見』

 

 飯田市教育委員会が市内二遺跡で進めている発掘調査で、飯田下伊那地方には少ない縄文中期中葉(約4,500年前)の集落跡と、古墳時代中期〜後期( 5、6世紀)に古墳築造を支えたとみられるムラ跡が見つかった。縄文集落からは、茅野市で出土した「縄文のビーナス」と呼ばれる国宝の土偶とほぼ同時期の土偶も出土。

  一.縄文集落は、飯田市駄科の「城陸遺跡」

  二.古墳期のムラは、飯田市上川路の「開善寺境内遺跡」


平成13年7月発表
 『大町市文化財センター完成』

 

 この程、旧市立大町図書館を改修し、市内の遺跡から出土した土器や市所有の絵画・古文書などを展示する文化財センターがオープンした。

   開館時間は午前9時〜午後5時。日曜休館。


平成13年7月発表
 『松本城乾小天守が初の一般公開開始』

 

 平成13年7月1日から11月30日まで、今まで未公開であった松本城の乾小天守が一般公開されることになった。乾小天守では、通常寺社建築で用いられる花頭窓や、城郭では角材が使用されるところを丸太組の柱など採用して珍しい構造となっている。


平成13年6月発表
 『ナウマンゾウの化石と石器が発見』

 

 上水内郡信濃町の旧石器時代の「仲町遺跡」で二十五日までに、一つの地層(約25,000年前 〜40,000年前)からナウマンゾウのきゅう歯と黒曜石などの石器四点が約3メートルの近距離で見つかった。当時の「狩り場」とされる野尻湖底の「立が鼻遺跡」以外にナウマンゾウの化石と石器が一緒に見つかったのは初めて。町教委は「湖の周辺で当時の人が暮らし、ナウマンゾウと同時代にいた 、との予想を裏付ける資料」と評価している。

 町教委の発掘は、国道18号バイパス工事に伴い九九年八月から行っている。今回、きゅう歯と石器が見つかったのは、国道18号を挟んで野尻湖の西側。地表から約2.6メートル掘った同じ地層だった。発掘に当たった町教委の渡辺哲也学芸員によると、当時は野尻湖から西へ流れ出る川だった場所とみられるという。

 きゅう歯は長さ約15センチ、幅約5センチで、上あごのものとみられる。4点の石器はまとまっており、きゅう歯から北へ約3メートルの位置にあり、材質は安山岩、チャート、黒曜石で大きさは0.5〜2センチ。石器を作る際に残ったかけららしい。

 野尻湖南西に広がる旧石器時代の野尻湖遺跡群の四十の遺跡のうち、同じ地層からナウマンゾウの化石と石器が一緒に見つかったのは立が鼻遺跡だけ。地層の時代も三・三万年―四・五万年前に限られていた。


平成13年4月発表
 『南木曽妻籠宿の林家住宅、国重文に』


 文化審議会は20日、木曽郡南木曽町吾妻の「林家住宅」の国重要文化財指定を文部科学大臣に答申した。同住宅は、妻籠宿の「脇本陣奥谷」として一般公開されており、多くの観光客が訪れている。地元は「町並み保存に勢いがつく」と歓迎している。


平成13年4月発表
 『貴重な寺社の屋根用に、国有林の桧皮を試験販売』


 中部森林管理局は本年度、国有林の木曽ヒノキの皮(桧皮=ひわだ)を寺社など建造物の屋根ぶき用に試験販売する。同局によると国有林から桧皮を採取して販売するのは初めて。25日、対象のヒノキ林を管理する木曽森林管理署南木曽支署と、採取する技術者団体が販売協定を結んだ。販売に向けた採取は、来月15日に初めて行う。ヒノキに悪影響を与えないよう、樹液が流動する初夏は作業を休止し、八月下旬に再開する。採取や運搬などの作業は全て同会が行う。皮をむいた木の生育も調査し、問題がなければ、販売を継続する。


平成13年2月発表
 『松本城の入場者3000万人突破』


 昭和の大修理を済ませた1955(昭和30)年10月から有料で公開しており、45年と5カ月目にて、有料入場者数が3000万人を突破した。


平成13年2月発表
 『県宝指定 中禅寺の仁王像』


 現在、上田市 中禅寺の薬師堂は国の重要文化財に指定されている県内最古の建築物だが、その薬師堂の正門である、仁王門内に安置されている木造金剛力士像が、この度県宝に指定された。
 木造金剛力士像は、平安末期から鎌倉初期の制作と推定されている。阿形(あぎょう)、吽形(うんぎょう)の二体があり、それぞれ高さ約220cm。穏やかな表現が特徴とされる平安後期様式の金剛力士像は県内唯一であり、美術史的にも貴重とされている。


平成12年12月発表
 『箕輪遺跡にて弥生時代の水田跡出土』


 上伊那郡箕輪町松島地区にて、弥生時代の水田跡・農機具・土器・住居跡が出土した。天竜川の河岸段丘の中断に位置し、発掘前から遺跡が発見されると言われてきた地帯であり、予想通りの成果に関係者も喜んでいる。


平成12年12月発表
 『戦国期の用水遺構出土』


 下伊那郡高森町上市田地区より、戦国時代に造られた用水分配の堀の遺構が出土した。県内でも出土例がなく、当時の地域開発や民衆の生活を知るうえで大きな発見。堀は深さ約5m、幅約20m、延長約230mで、2カ所で直角に折れている。出土したのは全体の一部と考えられる。


平成12年8月発表

 『善光寺三門の修復が始まる』

 

 1750年以来の本格的な修理で8年 を要す。しばらく見れなくなります。


平成12年8月発表
 『茅野市 中ツ原遺跡から縄文時代後期の国宝級の土偶を発見』


 顔には仮面をつけ、全体が青色で、墓域から出土。

 


平成12年4月発表
 『文化財保護審議会で新たに以下の有形文化財が登録されました』


1.
望月町武重家主屋・酒蔵30棟
2.東部町児玉家住宅
  注意:登録有形文化財は重要文化財とは異なります。


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