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平成23年10月発表
『映画 一遍上人の撮影』
2012年5月から全国順次公開される映画、一遍上人の撮影が佐久市新海三社神社で行われた。あらすじでは、一遍上人が佐久の武家屋敷に寄った際、一遍の念仏に合わせ、突然、超一が踊り始め、これが踊念仏の
始まりであるとされる。撮影はラストシーンで、主演ウド鈴木を中心に行われた。
平成23年8月発表
『地震で被災した栄村の文化財を保護』
3月12日に発生した長野県北部を震源とする地震により、栄村の多くの家屋が損傷を受けた。その後、復旧にあたって破損した家屋や土蔵の解体が始まり、そこに収納されていた古文書や民具などが散逸したり、盗難されたりする恐れがあったため、地域史料保存有志の会が中心となって保存に努めている。保護した文化財は飯山市の文化施設などで保管されている。
平成23年7月発表
『国指定重要文化財小野家住宅再現へ』
塩尻市の国道153号沿いにある小野家住宅が、このほど幕末の旅籠の姿に復元されることになった。主屋の3回にわたって改築された部分を撤去し、古い図面に残された板張り部を土間にするなどの工事を2013年夏までに行う予定。
平成23年7月発表
『牛伏寺付近で寺院跡が発掘か』
松本市内田の牛伏寺付近で、9世紀後半から10世紀頃のものと推定される竪穴式住居跡と礎石が発掘された。昨年の調査では11から13世紀のものと推定される仏具が発掘されているので山岳宗教の施設ではないかとされている。
平成23年2月発表
『県宝木造毘沙門天立像が盗難』
北安曇郡池田町の栂ノ尾地区にあった毘沙門天立像が持ち去られていることが判明した。錠前が壊され堂内にあった像が無くなっていた。像は檜の1木造りで高さ112cm平安時代後期の作とされる。
平成22年12月発表
『松本城の枡形を復元へ』
松本市が松本城の枡形復元のため、現在はその地に建っている旧武富士松本ビルと眼鏡時計店が営業しているビルを購入するで検討していることがわかった。既に鶴林堂書店ビルを取得してるので、これにより松本城の顔ともいうべき古き南大手門前の景観が戻ることになる。
平成22年12月発表
『新たに塩尻の4件を登録有形文化財』
文化審議会は、塩尻市宗賀本山の「秋山家」「田中家」「小林家」、宗賀平出の「荻上家」の主屋を登録有形文化財に指定するよう答申した。本山の3件は旧中山道に並んで建ち、いずれも木造2階建てで、明治2年(1869)の大火後の建造となる。
平成22年9月発表
『高島藩の鮒鮨を再現』
諏訪湖漁業協同組合は、諏訪湖でとれた鮒を米の発酵を利用して鮨にし、販売することにした。江戸時代、諏訪の高島藩は、鮒鮨(ふなずし)を鮨鮒(すしぶな)と呼び、氷餅とともに毎年春になると将軍家へ献上していた。それにちなんで諏訪湖漁協では、諏訪湖産の鮒を昨年5月から漬け込み、今年9月に販売を行う。
平成22年9月発表
『真田邸の大規模改修が完了、一般公開へ』
長野市松代町にある国指定史跡の真田邸の改修工事が終わり、9月18日より一般公開が始まった。真田邸は松代藩9代藩主の真田幸教によって江戸時代に建てられ、母屋、門、土蔵、庭が一体になって残っている。今回の改修は、柱を残してほとんどを解体し、屋根や壁、床などを当時の史料をもとに忠実に復元した。
平成22年8月発表
『映画ほかいびとの撮影が本格化』
幕末から明治期にかけて伊那谷を放浪し、数多くの俳句を残した俳人、井上井月(せいげつ)(1822〜87年)を題材にした映画「ほかいびと〜伊那の井月〜」の撮影がまっさかりである。監督は伊那市美篶出身の映像作家である北村皆雄さん。主演は舞踊家の田中泯さん。映画製作を手掛けているのは、伊那市などの俳句愛好家や研究者でつくる「井上井月顕彰会」で、2011年8月の完成を予定している。顕彰会では製作費の寄付を募っている。
平成22年7月発表
『新たに4箇所を登録有形文化財に指定』
7月16日の国文化審議会で、長野県松代の五明家住宅、原山家住宅、恵明寺(えみょうじ)、松本市大手の旧光屋(きゅうひかるや)を登録有形文化財として登録するよう文部科学大臣へ答申した。五明家住宅は、明治に建築された「離れ座敷」「文庫蔵」。原山家住宅は、江戸時代に建築された「仲間部屋」「表門」「住宅塀」。恵明寺は江戸時代に建築された「本堂」「鐘楼」「山門」。旧光屋は明治時代に建築された「店舗兼主屋」「文庫蔵」。
平成22年4月発表
『繊維学部資料館が開館』
上田市にある信州大学繊維学部のキャンパス内に資料館が開館した。2階建て煉瓦造りの旧貯繭庫を改装し、織物を紹介する「織物見本帳」、全国の製糸会社の商標を集めた「生糸商標彙帖」、上田蚕糸専門学校時代の教材などを展示している。
平成22年3月発表
『今年の野尻湖の発掘調査が終了』
上水内郡信濃町の野尻湖で行われている発掘で、参加する学生の宿泊費を支援しようと全国から約150万円の寄付が集まった。発掘における宿泊費は自己負担で、長期間参加したくてもできないと悩んでいる学生がいることを知った調査団顧問らが寄付を募った。今回の発掘調査では、石器や骨器を作る道具「敲石(たたきいし)」とみられる石が約4〜5万年前の地層から見つかった。たたき石が見つかったのは3例目で、一帯がキルサイト(狩猟解体場)だったことを示す資料だとしている。
平成22年2月発表
『新たな長野県宝へ』
上水内郡信濃長野県文化財保護審議会は、東筑摩郡朝日村の「光輪寺薬師堂」と、下伊那郡下条村の龍嶽寺が保有する「紙本墨画淡彩隻履達磨図(しほんぼくがたんさいせきりだるまず)」の2件を県宝に指定するよう県教育委員会に答申した。光輪寺薬師堂は、宝暦10年(1760)の建立で、茅葺きの入り母屋造りで、各所に彫刻が施され、県内でも数少ない五間堂である。紙本墨画淡彩隻履達磨図は、臨済宗中興の祖とされる白隠禅師が宝暦7年(1757)に龍嶽寺に立ち寄った際に描いたとされ、片方の履物を手にした達磨の上半身を墨を使って大胆な筆遣いで描いている。
平成21年12月発表
『NHK大河ドラマに真田幸村を』
平成21年11年末に、上田市で「NHK大河ドラマに真田幸村公放映の実現を願う会」が設立された。同会では幸村が大坂城入城400周年となる平成26年(2014)までに放映実現を目指している。このため真田家の旗印「六文銭」にちなんだ66万6666人の署名を集めるという。12月にはさっそく顧問である村井長野県知事がNHKへ実現を要望した。
平成21年11月発表
『縄文時代の鮭骨が大量に出土』
1994年まで発掘調査が行われていた千曲市の屋代遺跡群で採取された土を、このほど「土壌水洗選別法」で調べたところ、大量の鮭の骨が発見された。歯の大きさなどから体長60〜100cmで、日本海から千曲川を遡上した鮭と考えられる。
平成21年11月発表
『史跡
中山道に追加指定』
文化審議会は、小県郡長和町と木曽郡南木曽町(計16.7km)で指定されている「中山道」について、長野県境にある岐阜県中津川市の「新茶屋の一里塚」「落合宿本陣」「常夜灯」などを追加するように答申した。
平成21年11月発表
『膠状珪酸および珪華の指定を一部解除』
文化審議会は、安曇野市中房温泉の天然記念物「膠状珪酸(こうじょうけいさん)および珪華(けいか)」の指定を一部解除することを答申した。温泉に含まれる珪酸が沈殿したり結晶化したりする珍しい現象で、昭和3(1928)年では約20万5千m2がその指定対象とされたが、現在は3万5千m2まで分布が減少してしまった。
平成21年6月発表
『野尻湖で国内最古のヘラジカ化石』
昨年3月に野尻湖底で行われた発掘調査で、国内最古となる約41,000年前(中期旧石器時代)のヘラジカの左下顎の化石が出土した。ヘラジカはこれまで約2万年前までのものしか発見されていなかったが、今回の発見で大きく生息年代がさかのぼることになった。
平成21年3月発表
『木曽谷の世界遺産登録めざした一歩』
木曽広域連合は、昨年9月に文化庁が発表した、国内候補の暫定リストに「妻籠宿・馬籠宿と中山道」が落選したことから、木曽谷全体で世界遺産登録を目指す組織を目指すことにした。まだ組織内容も確定していない段階であるが、地道に地域の文化財の掘り起こしや、保全などに取り組んでいくなかで協議していくとしている。
平成21年1月発表
『諏訪湖の伝統漁法用具が登録有形民俗文化財へ』
文化審議会は下諏訪町の諏訪湖博物館所蔵の「諏訪湖の漁撈用具及び舟大工用具」を登録有形民俗文化財へ指定するように答申した。昭和30年代に諏訪湖の伝統漁法を後世に残そうと収集したもので、ヤツカ漁や出格子漁などの用具や、ちょうななどの舟を造る際に使われた道具である。
平成21年1月発表
『木曽義仲を大河ドラマで』
木曽義仲を大河ドラマにしようと、長野県と富山県が共同でNHKへ要請した。木曽義仲が北陸を通って上洛した歴史に踏まえて、富山県が中心となって50話のストーリーを作成した。2014年度に開通予定の北陸新幹線長野−金沢に合わせて実現できればとしている。
平成20年11月発表
『東山道発掘品を展示する「はゝき木館」』
下伊那郡阿智村が観光拠点として整備を進め、平成20年4月20日にオープンした東山道園原ビジターセンター「はゝき木館」で、企画展「神坂峠の石製模造品とその時代展」が行われている。かつて東山道の難所と言われた神坂峠周辺で発掘された石製模造品を実際に見ることができる。防人の心にふれてみるのもよいだろう。
平成20年9月発表
『全4件が世界遺産の国内候補に落選』
世界文化遺産の国内候補に申し込んだ「善光寺」「松本城」「妻籠宿」「製糸業建物群」の4件について、26日文化審議会は暫定一覧表に記載しないことを決定した。4件とも「普遍的価値を持つことの証明が不十分である」として、前3件がカレゴリーTb、後1件がカテゴリーUとされた。
今回の審議会により、「金と銀の島、佐渡」など国内候補地は13件と増えたため、当面は公募は行われないという。
平成20年9月発表
『箕輪町東箕輪の無量寺 菩薩立像2体が県宝指定』
県文化財保護審議会は、無量寺が所蔵する木造観音菩薩立像と地蔵菩薩立像の2体について、県宝に指定するよう答申した。両菩薩像は高さ約1.3mで檜材に彩色が施されている。平安後期(12世紀後半)の作とみられる。審議会では、阿弥陀三尊の図象的に貴重であり、藤原氏一族による造像とみられることから、美術史的、歴史遺産としても価値は高いとしている。
平成20年6月発表
『林野庁の史料が国立公文書館へ移管』
林野庁の出先機関が所蔵する江戸時代以降の林業史の史料約1万6000点について、一元的に保存して広く研究に役立ててもらうため、国立公文書館に移管することが決まった。明治時代の長野県木曽郡の皇室御料林に関する資料も含まれ、当時の森林整備の在り方を知る上で重要性が高い。
平成20年4月発表
『県宝、無形民俗文化財に指定』
このほど長野県立歴史館所蔵『清水家文書』が長野県宝に指定され、『諏訪大社上社十五夜祭奉納相撲』が長野県無形民俗文化財に指定された。清水家文書は、江戸時代に松本藩松川組の大庄屋を勤め、村長や県会議員を歴任した清水家の公私にわたる文書である。十五夜祭奉納相撲は、諏訪明神の神事・祭礼として行われてきたもので、古来の型をそのまま継承し、相撲に関する歴史史料として貴重である。
平成20年3月発表
『木曽馬のDNA鑑定』
木曽馬保存会が全国で確認している木曽馬は150頭ほど。このほど岐阜大学応用生物科学部応用生物科学科の獣医学講座が、木曽馬の遺伝的な多様性を調べる研究を行うことになった。木曽馬は数の減少に伴い、近親間での交配が行われた経緯もあり、種の保存などに欠かせない遺伝的多様性をどう維持するかが課題となっている。
平成20年3月発表
『柳沢遺跡の銅戈に九州型』
弥生時代の銅戈が7本発掘された中野市の柳沢遺跡について、大阪湾型と推定していた銅戈に九州型が混じっていることが判明した。これまで九州型銅戈は近畿地方では見つからず、逆に大阪湾型の銅戈は九州では発見されていない。これにより、これまで考えられていた弥生文化圏の考え方や、青銅祭器の伝播等について再考を迫られることになった。
平成20年2月発表
『池口寺薬師堂は1289年造営』
現在解体修理中の大桑村殿にある池口寺の薬師堂で、年輪年代測定が行われた。これまで建築様式などから鎌倉時代末期の造営とされてきたが、1枚の板材の測定によって正応2年(1289)の伐採と判明し、歴史が裏付けられた。また、関西方面で造られたという伝承が残る薬師如来座像も同様に調査し、年輪から近畿地方の檜パターンと一致し、1200年前後に伐採されたことが判明した。台座は薬師堂造営と同時期の木曽檜で、薬師如来があってそれを鎮座する薬師堂と台座が造営された経緯が確定された。
平成20年2月発表
『松本城が犬山城・彦根城と連携』
世界遺産登録を目指す松本城は、彦根城、犬山城、姫路城の国宝4城をセットとした登録を目指しており、彦根城と犬山城のある彦根市と犬山市との協力を取り付けた。姫路城は現在すでに世界遺産に登録されていることから静観する構えである。3月中に事務レベルでの共同研究をスタートさせる予定。
平成20年1月発表
『広域諏訪史学会が発足』
諏訪地方の歴史を研究する「広域諏訪史学会」が発足した。諏訪広域を対象とする歴史研究を行う団体とし、市民から見た歴史の研究、報告、討論の場にする予定である。当面は2カ月に1回、奇数月の第2土曜日に学習会を開いていくとのこと。年会費は500円、資料代として毎回100円程度を実費徴収。入会申込は宮坂氏(電話0266−53−7464)
平成19年12月発表
『大室古墳群で新たな古墳を発見』
国指定史跡の大室古墳群で、6世紀末〜7世紀初とみられる古墳が1基見つかった。古墳は円墳で、鉄製の鏃、金メッキが残る青銅の耳飾りなどの副葬品10数点が出土した。古墳は直径約10mで、石室の床面と壁の一部が残っていた。
平成19年11月発表
『佐久郡衙の発見へ前進』
発掘を行っている西近津遺跡群(佐久市長土呂)で、「郡」と底に刻まれた須恵器が出土した。須恵器は底面直径10cm、縦横3cm弱で、8世紀末のものとみられる。西近津遺跡群では、弥生時代後期から鎌倉時代中期にかけての竪穴住居跡が約460軒、掘立柱建物跡が約40棟見つかっており、今回の出土によって遺跡近くに佐久郡衙があった可能性がより高まった
平成19年11月発表
『旧小諸銀行が登録有形文化財に指定』
江時時代、小諸宿本町であった場所に建つ萬屋骨董店(旧小諸銀行)が、国指定登録有形文化財となった。萬屋骨董店は木造3階建て土蔵造りで、小諸銀行として明治時代(1880年代)に建てられた。建物正面の両側に袖うだつが地上から軒下まで伸びているのが特徴。やがて小諸銀行は破綻し、昭和5年(1930)に米問屋だった荻原家が買い取って現在に至っている。
平成19年11月発表
『中野市の柳沢遺跡で大発見』
千曲川と夜間瀬川が合流する東側で発掘中の柳沢遺跡(中野市)でから、弥生時代(AC200〜BC0)の銅弋5本と銅鐸の破片2点が出土した。出土した銅鐸の1点は6cmの破片で、もう1点は8cmの破片で鋸歯文様があり、古代の鳴り物である「外縁付紐」か「菱環紐」とみられている。これまで銅鐸は塩尻市での出土が日本の最北東限とされてきたが、それを大幅に北上して時代も遡った。銅弋5本は刃先が全て西を向き、銅鐸との配置から中央の典型的な祭祀形式を表し、大和王権とのつながりのあるクニが存在していたとされる。
平成19年10月発表
『松本城の外堀を復元』
明治時代の廃藩置県後に埋め立てられ、現在は民有地となっている外堀の西側と南側が復元されることになった。復元される外堀は幅30m程で延長が400mに達する。この復元により内堀と外堀の全てが往時の姿となる。総事業費は100億円となり、国指定史跡を受けての補助を松本市は見込んでおり、現在国と協議中である。
平成19年10月発表
『上伊那郷土館が解体』
伊那市にある上伊那郷土館の解体が開始された。上伊那郷土館はRC3階建ての建物で、昭和42年(1967)に開館された。教育会の研究拠点として、歴史などの資料を収蔵してきた。隣接する旧上伊那図書館の再生整備事業の一環で、跡地には来年度収蔵庫棟が建設される。11月からは戦後GHQに使用された旧上伊那図書館の耐震診断にも着手する。
平成19年10月発表
『東日本初の完全な銅戈が出土』
昨年から行われている柳沢遺跡(中野市)の発掘調査で、弥生時代中期とみられる青銅製祭器「銅戈」が2本出土した。これまで群馬県で破片が出土した他、完全な形での出土は大阪より東で初めてとなる。格子目の文様があることから国内産とみられ、人工的に掘られた穴に並べられた形で置かれていた。中京圏を越え、長野県の北端に近い地で出土したことから、信濃川を遡ってきたのではとの見方もある。「赤い土器のクニ」成立過程と合わせて、これからの研究に期待が寄せられる。
平成19年10月発表
『奈良井宿の手塚家住宅が国指定重要文化財に』
中山道奈良井宿(塩尻市)にある手塚家住宅が重要文化財に指定されることになった。手塚家は江戸時代に問屋を務め、明治時代以降は特定郵便局として使われていたが、昭和46年(1971)から「上問屋史料館」として一般に開放している。指定される建物は、主屋、別棟座敷、土蔵になり、主屋と別棟座敷は天保11年(1840)、土蔵は文久3年(1863)に建築された。
平成19年10月発表
『鎌倉時代の善光寺遺構が出土』
善光寺仁王門(長野元善町)の近傍で行っている発掘調査で、鎌倉時代に造成したとみられる盛土や石積の遺構が見つかった。調査地は、江戸時代中期まで本堂があったと推定される場所で、鎌倉時代の遺構が出土するのは今回が初めてとなる。傾斜地を平らに固めた盛土が確認され、「巴文」という瓦に酷似し瓦や、土器片なども多数発見された。
平成19年9月発表
『梨久保の榑木踊りが危機』
下伊那郡泰阜村梨久保地区で江戸時代初期から続くとされる無形民俗文化財「榑木踊り」が、高齢化や人口減による担い手の不足で、今年から休止となった。来年以降の見通しは立っていない。江戸時代に、この村が納めていた榑木年貢の完納を祝した祭礼踊りとして始まったとされ、毎年10月上旬に池野神社で行われていた。
平成19年9月発表
『世界遺産暫定一覧表へ新たな応募』
長野県と岡谷市は、「日本製糸業近代化遺産」を世界遺産暫定一覧表へ応募した。これにより長野県内からの応募は4件となる。旧林家住宅を中心に、旧片倉組本部事務所、旧山一林組事務所・守衛所、旧山上宮坂製糸所事務所・工場棟・再繰工場棟・居宅、蚕霊供養塔(照光寺)など、世界規模で栄えた岡谷の製糸業遺構を対象としている。
平成19年9月発表
『佐久市で青銅印を発掘』
佐久市長土呂の西近津遺跡群で行っている発掘調査において、平安時代の青銅印が1個出土した。青銅印は9世紀末から10世紀初めの竪穴式住居跡から見つかった。印面は3.3cmで赤い顔料が付着し、「金○、子、私、印」と刻印されていた。この地の有力者が私的に使用していたものとみられる。
平成19年9月発表
『ポツダム宣言受諾の深山荘の保存』
軽井沢にある深山荘が取り壊されようとしている。昭和20年(1945)8月、深山荘において日本政府とスイス公使ゴルジェがポツダム宣言受諾などの終戦交渉を行って連合軍へ打電した。深山荘は旧軽井沢の三笠通りにあり、昭和17年(1942)に貸別荘として建てられた木造3階建の洋風建築である。東京電機大学がこの夏まで厚生施設として所有していたが、不動産会社に土地とともに売却した。この建物を保存しようと軽井沢町の有志によって9月中旬まで署名活動が行われている。署名運動の問い合わせは協会事務局の大嶋さん(0267−42−7572)
平成19年8月発表
『経済産業省の産業遺産候補』
経済産業省は「産業遺産」リスト案を発表した。地域の歴史を再認識することで、経済や教育の活性化につなげようとするのが目的である。案では33のストーリに分類統合され、製鉄、炭鉱、鉱山、製糸、紡績、製糸、醸造、発電所など多岐にわたり、11月までに最終決定される。長野県からは、桃介橋、万平ホテル・三笠ホテル、製糸関連建造物(岡谷市)・市立岡谷蚕糸博物館・製糸業関連遺産(須坂市)の3ストーリがエントリーされている。
平成19年8月発表
『文化庁の権限を市町村へ』
文化庁は、縦割りだったこれまでの文化財保護行政を見直し、文化財とその周辺環境を一体で保護する仕組みの導入を決めた。自治体が主体となって地域の遺産を生かす「まちづくり」につなげるのが狙いで、国指定の建造物などに限らず、自治体の単独指定や未指定の文化財、祭りなどの無形民俗文化財も広く対象に含める。来年度予算で、対象となる自治体に補助する予定である。
平成19年7月発表
『中越沖地震で正受庵が被災』
県指定史跡「正受庵」が中越沖地震で被災した。本堂の壁が一部崩れ、建物全体が東側に傾いた。3年前の中越地震でも被災し、4000万円で修繕を終え、5月に完成法要を行ったばかりだった。
平成19年7月発表
『穂高神社大遷宮祭の日程が決定』
安曇野市にある穂高神社は、20年に1度の大遷宮祭を2009年から行う。3つの本殿のうち1つを建て替えるほか、遷宮に合わせて拝殿も新築する。大遷宮祭は500年以上続き、本殿1棟の建て替えとともに隣接する神明社を合わせて4つの建物の配置を変更する。
平成19年7月発表
『御嶽山史料館として再開』
王滝村の財政難のため、昨年から休館していた「御嶽山史料館」として再オープンした。江戸時代の古い絵馬や大型絵馬など御嶽神社の関係資料25点を所蔵している。村内の宗教法人である御嶽神社が指定管理者となり、営業再開にこぎ着けた。郷土食を出す食堂も併設されている。
平成19年7月発表
『製糸夏期大学が開講』
岡谷市の製糸技術研究会は、7月26日と27日に製糸の歴史について学ぶ製糸夏期大学を開講する。会場は岡谷市内のホテルのほか製糸工場などで、参加費は1,000円で、教材費などで別に2,000円必要となる。事務局:0266−22−3664
平成19年6月発表
『登録有形文化財に4件』
国の文化審議会は、旧信濃中牛馬合資会社社屋(長野県)、旧第一勧業銀行松本支店(松本市)、飯島商店(上田市)、萬屋骨董店(小諸市)を登録文化財に登録するよう文武科学大臣に答申した。旧信濃中牛馬合資会社社屋は、明治45年(1912)に建設され、運送会社の社屋として用いられてきた。煉瓦造2階建、特徴のある明かり取窓が正面にある。
平成19年6月発表
『上諏訪遊郭の史料を発見』
諏訪市の並木通り近くに戦後まであった「上諏訪遊郭」の顧客名簿「遊客人名簿」が、富士見町内で見つかった。「新泉楼」の大正元年(1912年)9月3日から翌年3月31日までの記録で、231人の名前と住所などが記されている。当時、近くには諏訪花柳界があり、大手町界隈が賑やかだった頃の様子を伝えている。これまで遊郭に関する史料は全く残っていなかった。名簿は、中央に「上諏訪遊郭」と印刷された専用の用紙を2つ折りにして、ひもで束ねたもの。
利用した日付と名前、年齢と体形の特徴、住所は上諏訪町、湖南町、豊田村、四賀村、中洲村(以上、現在の諏訪市)宮川村、永明村、泉野村(以上、茅野市)、平野村、川岸村(以上、岡谷市)、本郷村、境村(以上、富士見町)、原村、上伊那郡伊那町(以上、伊那市)のほか、甲府市や山梨県北巨摩郡、同東八千代郡、名古屋市、東京市(現東京都)など市町村名と、人によっては番地や職業まで書かれている。相方の名前、金額(3〜5円)の欄もある。
平成19年6月発表
『世界最大級の大型海生哺乳類の化石出土』
松本市五常で40年以上前に見つかった化石が、およそ1300万〜1500万年前の大型海生哺乳類の陰茎骨だったことが判明した。体長は5〜6mと推定され、4本足の海生哺乳類としては世界最大級という。陰茎骨は肉食哺乳類の雄の生殖器にある骨である。旧四賀村一帯はかつて海底だったことが知られており、陰茎骨の化石とほぼ同時代のマッコウクジラの全身骨化石が見つかっている。
平成19年5月発表
『124年ぶりに御開帳』
長野市の善光寺と千曲川を挟んで対岸にあるので、別名:川東善光寺と呼ばれる中野市中野の南照寺で、124年ぶりに御開帳が行われる。御開帳されるのは本尊の金銅阿弥陀如来で、期間は平成19年6月9日から17日となる。
平成19年4月発表
『旧松本高校が国指定重要文化財に指定』
国の文化財審議会が、旧松本高等学校の本館と講堂の2棟を、大正期の学校建築を代表する校舎として重要文化財に指定するよう文部科学大臣に答申した。旧松本高校は現在、あがたの森公園にあり、文化会館として市民に開放されている。本館は木造2階建て、延べ床面積は約2480m2で、大正9(1920)年に建てられた。講堂は大正11(1922)年に建てられた。旧松本高校は大正8(1919)年の創立で、信州大学の前身となる。学制改革で閉校するまでの約30年間に多くの生徒が学び、卒業生に北杜夫、臼井吉見などがいる。
平成19年4月発表
『松本市歴史の里リニューアル』
松本市歴史の里が4月末にリニューアルオープンした。歴史の里では建物の野外博物館として、信州の近代をテーマに貴重な建物を移築復元している。6700m2の敷地には、県宝旧長野地方裁判所松本支部庁舎をはじめ5棟の文化財建造物が立ち並ぶ。
平成19年4月発表
『近代産業遺産群の指定』
経済産業省は、幕末から戦前にかけて日本の近代化に貢献した地域の建造物や鉱山、機械、製品などを「近代産業遺産群」として認定すると決めた。近代史を支えた地域の産業や技術の発展を物語る複数の産業遺産を結び付け、魅力ある新しい観光資源として活用する周遊コースも設定。4月下旬から、自治体など地域の関係者を対象に産業遺産の候補を公募し、専門家らの意見を聞いた上で、9月に十数カ所程度を選ぶ。
平成19年4月発表
『新たな県宝の指定及び解除』
長野県は、光前寺(駒ヶ根市)の絹本著色地蔵十王図、菱田春草画の菊慈童(飯田市)、高遠山古墳出土品(中野市)を県宝に指定することを決めた。地蔵十王図は室町時代のものとみられ、十王信仰と末法思想に基づき、閻魔王以下の十王と救済の仏である地蔵菩薩を描いている。この他、沓掛温泉の野生里芋(小県郡青木村)が県天然記念物に指定され、鳥出神社のケヤキ(飯山市)は県天然記念物指定を解除された。
平成19年4月発表
『白鳳時代の善光寺瓦?大量に出土』
善光寺大本願(長野市)改築現場の発掘調査で、1,000年以上前のものとみられる大量の瓦が出土した。これまで善光寺の境内で本格的な発掘調査が行われたことはなく、善光寺縁起に書かれている7世紀の善光寺創建は伝説だと云われてきた。しかし今回、7〜9世紀のものとみられる瓦が出土したことから、今後大きな議論をよぶこととなる。鎌倉時代より以前の善光寺は今より南の位置にあったとされ、今回の発掘調査の位置は古善光寺の最も南にあたる付近で、門(想定)を入って左手にあたる。
平成19年3月発表
『岡谷市で琥珀(こはく)の装飾を発掘』
岡谷市で発掘調査している上向B遺跡で、縄文時代中期から後期の墓と推定される小竪穴から琥珀製の装飾品3点が出土した。琥珀は約4cmの半円形で中央に穴が開けられ、首飾りに使われていたとみられる。琥珀は縄文時代の貴重品で、産出地は千葉県銚子市に限られている。黒曜石を産出する和田峠を中心とした物々交流を示す貴重な資料になる。
平成19年2月発表
『佐藤博物館の甲冑を佐久市へ寄贈』
南北朝から江戸時代までの鎧80点、兜18点、刀剣、弓、火縄銃、上杉謙信の軍旗などを保有する中野市の佐藤博物館がこのほと佐久市へ寄贈を申し入れた。財団法人の解散手続きなどで、佐久市に移るのは1年ほど後になるとのこと。佐久市では今後、多くの人に鑑賞してもらえる方法を検討していく予定である。
平成19年1月発表
『高島城リニューアルオープン』
展示改装と冠木橋の欄干改修工事のために臨時休館していた高島城資料館が1月1日にリニューアルオープンした。展示はこれまでの資料を全面的に入れ替え、1階は戦国時代、2階は「築城」「藩主」「藩士」「藩政」のテーマごとに遺品や資料を展示した。冠木橋は、欄干に腐りにくいヒバを用い、塗装をせずに自然の風合いを生かした。
平成19年1月発表
『高遠藩校進徳館の整備が開始』
国指定史跡高遠城跡に唯一残る建築物の進徳館(伊那市高遠町)に併設されている管理棟の保存修理工事が始まった。管理棟は進徳館と昭和40年(1965)に取り壊された内藤家別邸を維持管理していた管理人の住居として使われていたが、平成15年(2003)の調査で進徳館の一部だったことが判明した。進徳館開校の1860年以前から高遠藩家老 内藤蔵人が住宅として使用していたとされ、今回調査修復して江戸時代当時の佇まいを復元させる。完成は2008年3月となる。
平成19年1月発表
『蘇民信仰の木簡が出土』
千曲市八幡の東条遺跡で、鎌倉時代末期から室町時代にかけての年代と思われる「蘇民将来子孫人也」と書かれた木簡が出土した。蘇民信仰は厄払い、疫病から逃れるためとして今日まで続くもので、古くは奈良時代から庶民の間で信仰されていた。県内では初めての出土。毎年1月に上田市の国分寺で行われている八日堂縁日などとの関係が今後の研究課題となる。
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