森田玉子の目の履歴

幼少より近眼。
23才(1965年) ハ−ドコンタクトレンズ着用。
24才(1966年) 左目にボ−ルが当たり虹彩が開く。
33才(1975年) 大阪日赤では緑内障と診断。実は、ポスナ−シロスマン。1年毎に、3回繰返し以後治まる。(和歌山医大眼科)
37才(1979年) 右目の眼底出血。黄はん部は免れた。光凝固。(関西労災病院)
以後トラブル無し。
ポスナ−シロスマンは年齢が行くと無くなると聞かされていた。
おまけに、私の目は緑内障に間違われるから
ポスナ−シロスマンだと言いなさいと注意されていた。
ということで、私はポスラ−シロスマンと言い募っていた。

49才(1991年4月10日)透析導入
ある日透析ドクターが、一度眼科医に診てもらったらの言葉に診察。
60才(2002年) 正常眼圧緑内障。みかけよりは傷んでないとのこと。
        視野は正常だった。キサラタン1日1回。
        透析施設転院して自動的に眼科も転院。
        岡山中央病院イシマクリニック眼科。
      トルソプト(1日3回)追加。
        白内障になってきた。視野にも乱れが起きてきた。

62才(2004年) 1月ワンデイアキュビュ−コンタクトレンズ使用。
62才(2004年) 7月ポスナ−シロスマンが蘇った。リンデロン+チモプ     
        トールで治まる。
63才(2005年) 5月再びポスナーシロスマン
         6月ポスナ−シロスマン。緊急で川崎病院に行った。
         リンデロンを急に止めると繰返すということで
  リンデロン1ヶ月続け、現在フルメトロンに代えて継続点眼中。

65才(2006年)?月倉敷中央病院眼科で白内障手術

両目緑内障チモプトールEX1回点眼・左目のみ炎症細胞が現れるので

フルメトロン4回点眼。

後発白内障左右共にレーザー治療済み。

中央病院は急性期病院につき転院をせっつかれる。

68才(2010年)3月頃より、左目に黒点と云うか極小の円が見えるようになった。