シムノンとセルジュ氏 

Le Relais- d'Alsace (1931) 邦題は『山峡の夜』(1936)『山の十字路』(1937)『アルザスの宿』(1960)

Le Passager du "Polarys" (1932) 『北氷洋逃避行』(1936)『北海の惨劇』(1952)

Georges Simenon OEuvres complètes 1  Rencontre, 1967 による。「シムノン翻訳書誌」(芝 隆之氏編 ミステリマガジン1990年3月号 早川書房)をもとに邦訳タイトルを付した。

 どちらもファヤール社と契約していた時期の作品。シムノン名義で書かれながらメグレ警視が出てこない「非メグレ」に分類されるが、ミステリ的な謎解きの要素も持つ。

Le Relais-d'Alsace  アルザスの峠Le Col de la Schlucht、ケラー夫婦の「アルザスの宿」le Ralais-d'Alsaceは電気も水道もない、ひなびた旅篭。客のムッシュ・セルジュことセルジュ・モローは、女中たちにも気さくに振舞う一方、どことなく品格がある。目的不明の長期滞在、数か国語をあやつるなど、正体不明の男。

 たまった宿賃の催促に、なにやら金のあてがあると言う。プラチナのブレスレットをかたに置き出かけた間に、そばのホテルでオランダ人夫妻の金が消え、彼に嫌疑が。いわくありげな夫人の態度。どうやらセルジュを昔ブダペストで会った男と混同しているらしい。
 
 山荘Chalet des Pinsには未亡人マダム・ムーリスと結核の娘エレーヌが住む。澄んだ空気、純潔な世界でしか生きられない母娘、二人はセルジュの大切な友人だが、ビール醸造業者カンプが山荘とムーリス夫人をわがものにしようと狙う。パリから来たラベ警視は、セルジュが国際的ペテン師 Le Commodoreではないかと疑っている。
 ある場面で、セーラー服、麦藁帽の幼いセルジュの写真が見つかる。山荘は―以下、多少ネタバレになるかも―彼にとって思い出の場所だった。ピエール・アスリーヌは「失われた楽園」をシムノンの中心主題にあげている。

  峠には第一次大戦の終わりまで独仏国境を示す道路標があったことになっている。(現在の写真には、オー・ランHaut-Rhin・ヴォージュVosges県の境界標↓)

 http://www.crans.ens-cachan.fr/~kieffer/Vosges/vosges.html

 セルジュ・モローにシムノンの自画像を見ることもできる。フランスでの年月を通して、彼はいつも一種の異人だった。妻と女中、犬を乗せた舟で川をめぐり、タイプライターを叩く水上生活者。奇行の目立つ人気作家は伝説に包まれた。フランスのジャーナリズムは、ことあるごとに彼がベルギー人なのを思い起こさせた。

 "Le Ralais-d'Alsace"が書かれた当時、もうひとりのセルジュがフランスを騒がせた。ロシア生れのペテン師セルジュ・アレクサンドル・スタヴィスキー Serge Alexandre Stavisky(1886-1934)である。政界を巻きこむ金融スキャンダル、そのさなかスタヴィスキーの自殺、さらに控訴院のプランス判事の怪死は臆測を呼び、急進社会党のショータン政権が倒れる。

 「パリ・ソワール」紙はシムノンに事件の捜査=ルポルタージュを依頼する。シムノンは多少軽率に、判事はやくざ(le Milieu)に消されたという説を唱える。けっきょくこの取材で彼は大恥をかいた。

 16歳で「ガゼット・ド・リエージュ」紙の記者を始めたシムノン。アスリーヌの伝記("Simenon", Folio )からは、どんなネタでもすばやく原稿にしてしまう器用さ・たくましさ、同時にあまり念入りな調査むきではない青年の姿が浮かぶ。パリに出てからもスタヴィスキー事件ではそんな軽さが裏目に出た。

 "Le Ralais-d'Alsace"執筆時にシムノンがどこまでスタヴィスキーを意識していたかはさておき、ここで久生十蘭(1902-1957)を登場させておきたい。十蘭は1929年から33年までフランスに滞在、戦後『十字街』(1952)でスタヴィスキー事件を「壮大な政治推理小説」(中島河太郎)として描く。(『久生十蘭全集X』三一書房に収録)

 十蘭の小説については、雄馬助さんの「『十字街』〜パリの寂寥Le Carrefour ou la solitude de Paris」

 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1211/apprencont/appr97/juji.html

 『十字街』に書かれたパリは時にシムノンやレオ・マレを彷彿させる。貧乏絵描きの小田が暮らしているのは『霧のトルビアック橋』で覚えのある「救世軍の民衆の家」なのだ。いやむしろ、十蘭をシムノンたちに匹敵する同時代作家と考えるべきなのだろう。

 中島河太郎(前出書解説)によれば、十蘭は事件と行き違いに日本に戻るが、その後の資料を集め続けた。シムノンには現代史の謎に挑む「暗黒事件」ものはないはずだ。彼が作家的関心を持ったのは、"Pedigree"(1948)として結実する家族と自分の歴史だった。

 "Le Ralais-d'Alsace"とメグレもの第一作『怪盗レトン』とは、ヨーロッパを股にかける詐欺師、「分身テーマ」という共通項を持つ。こちらの作品では、セルジュが一人で追われる者と探偵を演じることになる。

 とはいえ、『怪盗レトン』のメグレ警視の圧倒的な存在感はセルジュとは段違いである。シムノンにとって模索の時期と言えるが、メグレものこそが読者の心をつかんだのももっともだと思えた。

 

 

 

Le Passager du "Polarys" ペーターゼン船長の乗る「ポラリス」は、ハンブルクとノルウエー北のヒルケネスKirkenesを行き来する商船。旅客もまばらな冬の航海、乗組員に三等航海士ヴリアンVriensが加わる。船長は、デルフザイルの海軍兵学校を出たばかりのヴリアンがいかにも頼りなく見える。同じ19歳で、自分は世界を三まわりもしていた。
  船客のエリクセンが出港後姿を消す。
  極秘に乗船したドイツの警察高官(Conseiller de police)スタンバーグは、何者かに殺される。スタンバーグはモンパルナスの画家のアトリエで起きた事件を捜査していたらしい。酒と麻薬びたりのボヘミアンの世界と、船客たちを結ぶものは何か?

 霧、雪、沿岸の風景も荒涼としてくる。ヴリアンと乗客のドイツ女性カーチャ・シュトルムが急接近。青年は短い間に嵐のような体験をすることになる。船長の彼を見る目も変わっていく。

 スティーヴンソンやコンラッド、ジャック・ロンドンを愛し、遠洋航海船長資格まで持っていたシムノン。海は隔離された社会と野生の自然、ドラマにうってつけの舞台を提供する。無垢な若者が愛、罪、嘘、のどろどろにはまり、そばで見守る年長の人物、という構図、"Le Relais-d'Alsace"と重なるかもしれない。

 オランダ北のデルフザイルDelfzijlは、1929年シムノンが自分のカッター(cotre)「オストロゴート号L'Ostrogoth」で寄港中、『怪盗レトン Pietr-le-letton』を書き上げたところとして知られる。デルフザイルとフローニンゲンは『列車を見送る男 L'Homme qui regardait passer les trains 』(1938)で物語の発端となる。(未読だが1931年のメグレもの『オランダの犯罪 Un crime en Hollande』もこのへんが舞台らしい) またシムノンはノルウェー北部まで汽船の旅を実際に経験している。北の海を向くシムノンも、作家の肖像には欠かせない部分である。

 

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