シムノン『小さな聖者』

Georges Simenon Le petit saint ( Presses Pocket, 1993 )

 

1965年の初版帯には「ついに書いた!」( Enfin, je l’ai écrit ! ) と記された。シムノンにも思い入れのある作品。

ルイ・キュシャLouis Cuchasはムフタール街の貧しい家庭に育つ。父はなく母は荷車で野菜を売る。体が小さく、いじめられても無反応、不思議な微笑を浮かべているので「小さな聖者」のあだ名がつく。パリ中央市場に勤めるかたわら独学で絵を描き、やがて画家となる。(シムノンの頭にはシャガールやザトキンZadkineがあったらしい)

ほぼ世紀の変わり目に生まれたルイ、彼と家族(双子を含む兄が三人、姉、幼くして死ぬ妹)は否応なく二度の大戦を体験する。兄や姉は早々と家を出るが、彼は母と残る。

 

初めの記憶

 

Il avait entre quatre et cinq ans lorsque le monde commença à vivre autour de lui, lorsqu’il prit conscience d’une vraie scène se jouant entre des êtres humains qu’il était capable de distinguer les uns des autres, de situer dans l’espace, dans un décor déterminé. Il n’aurait pas pu préciser, plus tard, si c’était en été ou en hiver, bien qu’il eût déjà le sens des saisons. Probablement en automne, car une légère buée ternissait la fenêtre sans rideaux et la lumière du bec de gaz d’en face, seule à éclairer la chambre, jaunâtre, semblait humide.

四〜五歳の頃だった、その時世界が回りで息づきはじめ、それぞれに区別でき、空間と、はっきりとした背景の中に位置づけられる人間たちの間で演じられる本物の場景が、意識に浮かんだのだ。夏か、冬だったか、後(のち)になってそれを言うのはむずかしかっただろう、季節の感覚はすでにあったのだけれど。たぶん秋だった、カーテンのない窓にはかすかに露がつき、唯一部屋を黄色っぽく照らす向かいのガス灯の光は、しっとりとして見えた。

 

眠っていたのだろうか?毛布の中の体は熱かった。子供たちは床に藁布団、母親と、頻繁に入れ替わる男はベッドに寝る。カーテン代わりに垂らした古いシーツ越しに、あえぎ声、呻きと、ベッドのスプリングのきしみ音が混じる、耳慣れた音がした。

 

原光景 子供が実際に観察したり、いくつかの手掛かりから推測したり、また想像したりした両親の性関係の光景のこと. 子供は、この光景を、ふつう父の側からの暴力行為と解釈する.」(ラプランシュ / ポンタリス『精神分析用語辞典』みすず書房)

 

天井に映るガス灯の明かり。少しずつ兄のヴラジミールの姿が浮かぶ。子供たちは寝るときも昼間と同じシャツ姿(en chemise de jour) シーツの破れ目から、兄は覗き見をしている。ささやき声で妹のアリスを呼ぶ。

兄はアリスに言う、「見ろよ」

 

精神医学に深い関心を持つシムノンだが「原光景」にも独特のひねりを与えている。兄は姉に、母親が男にしていることを真似るよう強いる。「覗き・見る」の主題は彼の作品につきまとう。ルイはまたいつのまにか眠ってしまう。

 

臭い 光

 

「藁布団は床にじかに置かれ、かびた干草の臭いがした。他の臭いも漂っていた、家庭の臭い、彼らの世界の臭い、そして建物全体の臭い、窓が開いていれば外の臭い」

ルイは何かに嫌悪感を持つということがない。「この家、この界隈の住人で、臭いがいやだと言うひとがあるだろうか?」

一家の住む二階にはトイレがない。母も子も男も夜間は室内用便器(pot de chambre)を共用。器がいっぱいなのに気づいた男は「くそっ!」と窓から中身を捨てる、母親は笑う。彼女は台所の流しにあけた後、水を流しておく。

石油ランプの火を消した後も、ムフタール街は狭いので「向かいのガス街灯」(le bec de gaz d’en face)の光が届く。家主はやがて家にガスを引く。だが部屋の隅々まで照らしだす白い光は、壁の汚れや藁布団のつぎまで顕わにする。ルイは親密さをこわしたガスの灯りをうらめしくさえ思う。『小さな聖者』は母胎になる暗い部屋からの家族離散の物語とも言える。

 

中央市場 les Halles

 

ルイは朝早く、母の引く荷車を押してレ・アル(中央市場)まで行く。

On y voyait des légumes, des fruits, de la volaille, des caisses d’œufs partout, sur les trottoirs, sur la chaussée, plein les pavillons, et tout bougeait, s’entassait à un endroit pour être ensuite transporté dans un autre.

On lançait des chiffres. On écrivait, au crayon violet, dans des calepins noirs. Des forts des halles fonçaient, leur grand chapeau sur la tête, un demi-bœuf sur l’épaule. Des baquets débordaient de boyaux. Des femmes, assises sur des tabourets, plumaient la volaille avec des gestes de prestigitateur.

野菜、果物、家禽類、卵の箱が、至るところに見えた、歩道にも、車道にも、各棟いっぱい、そして何もかもが動く、ある所に積まれてはすぐ別の場所へ移されていた。

数字が飛び交った。紫色の鉛筆で黒い手帳に書いている。たくましい市場の労働者たちが大きな帽子をかぶり、牛の枝肉(骨付き肉を半身にしたもの)を肩にかついで突進した。桶から腸(はらわた)があふれていた。女たちが腰掛けに坐り、奇術師の手さばきで家禽類の羽をむしっていた。

 

 『小さな聖者』執筆は1964年。63年にはレ・アル解体が決まっている。69年からはランジスRungisの市場がこれに取って代わる。(フィエロ『パリ歴史事典』白水社)

 69年に書かれた『メグレとワイン商』では、この一帯は「沈みかけ」の人間の吹き溜まりである。「何箇月かして市場がランジスに移転したら、彼らはどこへ行くのかな」

勤め先を首になった会計係は、市場で明け方まで野菜の荷下ろしをする。ホテルに戻ると臭気やうるさいのやらで胸が悪くなった。『小さな聖者』のレ・アル付近の光景とは、時代設定によるだけではない視点の違いがあるようだ。

 

見るために Pour voir

 

「市場まで何しに行ったんだよ」と兄たちに聞かれ、ルイは«Pour voir.»(見に行ったの)と答える。

ほとんど物を言わないので、祖母がルイは知恵遅れではないかと案じたことがある。その時誰かが答えたのだった、«Peut-être n’en pense-t-il pas moins ? Ce sont souvent ces enfants-là qui observent le plus.» (でもこの子、けっこう考えてるんじゃないの?よくこういう子供が観察家だったりするんだよ)

壁のハエ、ガラスをしたたる水滴をただ見ることにルイは幸福を感じる。

目はまた距離を生む。夫の戦死の報せに姉のアリスが「母さん!」と母親に抱きつく時、ルイには悲嘆に暮れる二人の様子が「芝居がかり」「いつわり」と見える。

 

兵役免除第1号 Réformé no 1

 

髪が長く女の子のようだった幼時から、ルイが女とつきあう様子のないのを母が気にする青年期まで、彼の「男性」は時たま問題視される。母の「男の子は十九にもなれば女が必要なもんだよ」に続くやり取り、

N’aiez pas peur. Je suis un homme. 

Elle gardait l’habitude d’aller droit au but.

Tu le fais ?

Quelquefois.

「心配しないで。ぼくは男だよ」

彼女は相変わらず単刀直入だった。

「お前、するの?」

「時々」

 

徴兵検査会場には幼馴染もいて「ついてるなら見せてみろよ」と学校時代の「聖者」いびりが再現された。ルイは身長(1m54cm)のせいで兵役を免除される。« La patrie ne veut pas de toi.»(祖国はお前を必要としない)

 

戦争 la Guerre

 

戦争はルイにとって旗の色、日の光を受ける喇叭である。軍服の青が気に入り自分の絵に使う。徴兵検査で見た青年たちの姿から、『戦争』あるいは『行進』(Le Défilé)という絵を構想する。裸の兵士の行進、彼方には凱旋門でなく、横たわる巨大女の股間。

その前にルイは娼婦との体験をしくじっている。彼は頭を離れない性的イメージを構図、「色のしみ」として絵画化することで〈昇華〉(シムノンはそんな言葉を使わないが)する。母の目を気にせず絵が描きたい。初めて彼は自分のアトリエがほしくなる。 

 

わからない Je ne sais pas

 

幼いルイは保育園を一人で抜け出し、野菜売りの車が並ぶ場所に来る。警官に「どうしたの?」「お母さんは?」と聞かれほとんど「わからない」(Je ne sais pas )OuiNonで答える。

 

画家として齢を重ねても、ジャーナリストの質問など受けると«Je ne sais pas.»が多くなる。   

 

Il avait beaucoup travaillé. Il travaillait toujours. Il lui faudrait des années encore pour rendre ce qu’il sentait en lui depuis toujours.

Quel est exactement votre but ?

Je ne sais pas.

C’était la phrase qu’il a le plus souvent prononcée dans sa vie et qu’il continuait à répéter.

彼は絵に打ち込んできた。いまも描いていた。ずっと以前から自分の中で感じているものを表現するには、まだまだ歳月が必要だろう。

「正確には何を目標にされているのですか」

「わかりません」

人生でもっとも頻繁に口にし、今も繰り返す言葉だった。

  

穏やかさ 比喩としての子供

    

 シムノンはこの小説を『ビセートルの環』と同様、最初は鉛筆で書いた。『環』のように「取材」を要する本ではなかった。ルイの少年期に自身の記憶が重ねられていても不思議ではない。ビスケット缶に大事なものをしまうところは『下宿人』を思い出させる。とはいえムフタール街の雰囲気に浸るため、パリに短期滞在している。

 

 主人公ルイの微笑は主題のように反復される。学校時代の

Or, il apparut à tous que Cuchas souriait d’un sourire, à peine perceptible,comme le reflet d’unejoie intérieure. 

さて誰もが気づいたのは、キュシャの微笑だった。目だって表情を変えない、内面の喜びを映すような微笑だった。

  六十代、白髪の彼の顔はますます冴え渡り、

… il se désincarnait pour n’être qu’un regard limpide, un sourire doux et troublant.

肉体は消えさり、彼は澄んだ眼差し、柔和な、見るものを戸惑わせる微笑となった。

 

この晴朗さに、評伝«Simenon»のピエール・アスリーヌは多少いらだちを感じるらしい。彼の目に、ルイ・キュシャは絵がすべてで人間に無関心な「エゴイスト」と映る。アスリーヌは小説『密告』(白井成雄訳 作品社)で架空の作家「デジレ・シモン」に託して第二次大戦中のシムノンの「日和見主義」を揶揄しているほどだから、当然の反応か。シムノンがムフタール街に「浸る」ための滞在で高級ホテル「ジョルジュ=サンク」(George-V)に泊まったのまで指摘せずにおかない。

 

しかし穏やかさ、無感覚はシムノンの小説の随所に見られるものだった。人を殺した後眠くなる、心地のよい暖かい場所に隠れる。劇的な状況と主人公の体験するゆるゆるとした時間の奇妙なずれ。

1976年、フェリーニ宛の手紙でシムノンは書く、「73歳半」でなお自分は子供だと感じる、創造する人間は「大きな子供」、規則よりも「内から来る、しばしば説明のつかない衝動」に従う。

ルイも小説の最後で、自分についてどんなイメージをお持ちかと聞かれる。瞬間彼の顔が輝き、うれし恥ずかし(joyeux et pudique)の口調で「子供のイメージです」

 

シムノンは〈子供系〉の形容詞や比喩を好む。『メグレ保安官になる』でメグレは米国の法廷でパイプを喫っている。「ちょっとあなた!」と鋭い声、誰に怒っているのか、おそるおそる「小学校の時みたいに comme à l’école」振り向くのだ。

 

 

追記 アスリーヌは編集長を務める«Lire»シムノン作品必読20に、『小さな聖者』を入れている。

 

 

 

 

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