Guppy気まぐれ日記

<平成十七年>

2月 2日(水曜日) 天気「雪景色昼間の晴れで大分溶け」

胆石症日記(検査日1日目)

 今日、某病院へ行って来た。父の亡くなった病院だ。検査が受けられる様に昨夜から何も飲食せずに行った。正解だった。まず問診で詳しい話をした。最初血液検査でC型肝炎ウイルスの抗体が見つかり、それで別の病院でエコー検査をしてもらったら胆石をいっぱい発見した、(この時の検査料は3割負担で2,420円だった)多分手術した方が良いから精神科と外科 (消化器外科) のあるこちらへ来る様勧められた。おそらく18年前の帝王切開でC型肝炎ウイルスに感染したのだろう。原因不明の高熱が何度も出たので…と夫は説明してくれた。すると医者は胆嚢炎の熱ではないかと言っていた。それからCTスキャン、エコーを取ってみたが、やはり近いうちに胆管に詰まるかもしれないし、今のうちに取った方が良いからと早めに手術をする事になった。もしかしたら帝王切開でへその下に縦に10センチ以上の傷があるから中身が癒着しているかもしれないので、開腹手術になるだろうと…。それに、内視鏡手術だと血が止まらなかったらすぐ切り開いて止血しなければならないしとの事。そして突然「閉所恐怖症じゃないですか」と聞かれた。何かと思えば、来週受けるMRCP検査 (MRI(磁気共鳴映像法)による最新画像法。今は造影剤を用いることなく胆嚢・胆管・膵管などを描出できるのだと) の事だった。(笑) トンネルの中に入ってしまうので怖いと入れないのかなあ。来週も朝から飲食禁止、あ〜あ。次の検査日と、手術の日は決まった。もちろん今日受けた検査結果次第でその日のうちに入院する事になるかもしれないが…。その後、 手術の為の検査に大きな病院内をウロウロした。レントゲン4枚、心電図、肺活量検査(これがいっちゃん疲れた、ただ息を吸って一気に吐くだけなのに3度目にやっと出来たはずだが、結局インフォームド・コンセントの時に主治医から思いっ切り息を吐き出す事は出来なかったみたいですねと言われた)、血液検査5本、血がどれくらいで止まるかの検査、最後に尿検査だった。そして前の病院の紹介状が無かったので余分に1,525円取られて、しめて3割負担で15,185円した。今日は9時半に行って終わったのは午後の2時。あー疲れた。のどが渇いていたので急いで飲み物を飲んだ。ふー。

 面白い物発見。どこの天井にもレールが付いていて、カルテの入った鉄の箱が自動的にレールを移動していた。これだけ大病院になるとカルテも膨大なんだろうな。そういえば診察カードは永久保存で、一度失ったらお金を出して新しく発行してもらわないといけないらしい。私は何か手術をしなくてはならなくなったら、精神科の有るここしか手術をしてもらえないから、診察カード大切にしないとね。また何時お世話になるかわかんないから。

 帰りに前開きの下着のシャツを探したがなかなか無いもんだなあ。やっと見つけたがLLが無い。仕方が無いのでLにした。帰ってから着てみると丁度良かった。ホッ。後は腰巻きを用意する様に言われたがバスタオルでも良いと言うので、そうする事にした。だって今時腰巻きなんてする習慣が無いもの。買っても無駄になるだけだ。寝間着は1日60円ぐらいで浴衣を借りれるらしい。この先どうなるのだろう。先が読めないので不安だ。特に入院費、幾らするのかなあ。

 次回検査日は2月9日に。

息子の学費貯金を使う事になりそうだから、あんまり高いと大学に行かせられなくなる。折角本人が行く気になってくれたのに、それじゃああんまりだー。そうならない事を祈ろう。パパ曰く「いざとなったらバイトでもしてもらおう」って。うぇーん。(涙)

2月 5日(土曜日) 天気「曇り空雪解け水がポタポタと」

昨日、息子が風邪をひいて学校を休みました。 熱はなかったのですが、のどがお茶も飲めないほど痛いらしいのです。 医者へ行くように言いました。 ところが一眠りしているうちに医者へ行くのが面倒臭くなった様で不機嫌になりました。 それでも行く様に言って、私は2度寝に入りました。 帰ってから機嫌の悪い事。 おまけにのどが痛いと言うので朝ご飯を食べなかったのに、私は寝てしまいお昼ご飯を食べさせるのを完璧に忘れていました。 夕方、夫が帰って来て目が覚めたのです。

それから夫と買い物に行き、本当なら1日1000円の食費の予定が、とにかく息子が食べる気になる物をと5000円も1日分に使い果たしてしまいました。 お陰様で息子は食欲が出たらしくいっぱい食べてくれました。 が、そこから私の食べ始めたら止まらない病が出て、息子の為に買った物を次から次へと食いあさりました。 それで夫に叱られてしまいました。 何の為に買ったのかと…。 言い訳になりますが、食べ始めたら止まらないのです。

何とかシャワーを浴びてまた欲しくならないうちにと、髪の毛も濡れたまま寝逃げしました。 でも今朝になってもこの症状は治まっていません。 嫌になってしまいます。 体重はたった1日で1.5キロも増えました。 ホント泣きっ面に蜂です。 この体重どうやって減らそうかしら。 運動はオンチで腰痛だし…。

何もかも病人食の嫌いな息子のせいです。 誰がそんな風に育てたのでしょう。 夫です。 お粥をあんまり食べなくてもうダメかもしれないと思った時に、夫が「何が食べたい?」と聞いたら「ピザ」と答えたので、最期だと思ってなけなしのお金で買いました。 そうしたらみるみるうちに元気になって、体力もついて病気が治ってしまったのです。 それからです。 病気になる度に美味しい物を買って来る様になったのは…。 それが今の私には目の毒になりそうなものばかりで、ハー、困ってしまいます。

今日はクリニックに行ってきました。手術をする事を報告し、抗けいれん剤を今までに飲んでいないか確認をして、レボトミンで動けなくなった話をしました。するとレボトミンからレキソタンに変えられてしまいました。ショックー。また病院に申告し直しです。言わなきゃ良かった。

2月 8日(火曜日) 天気「朝小降り昼には晴れて暖かい」

明日はMRCP (胆道・膵管のスクリーニング検査→スクリーニング検査とは、症状がまだ現れない段階で、癌があるかどうかの可能性を調べるもの) の日だ。何だか落ち着かず朝からレキソタン飲んでいる。でもまだ胸がフルフルしている。心細い。とにかく何かしていないと落ち着かないので流しの洗い物をしてネットでサーフィンして、お風呂に入って2度目の洗濯をしている最中。体重は64キロ。先週の検査の日から落ち着かず夕飯後絶えず何かを食べているからだ。

一昨日は息子のおやつを食べてしまって、怒った息子が好物のヨーグルトを捨ててしまったくらい。何もそこまでしなくても、ねー。まあこれはパパも同じ事をするのだけれど…。遺伝的に受け継いだのか、環境から習得したのかわからないが、農家で「お米を一粒も無駄にしない様に」と育った私にとっては心の痛む行為だ。それだけは止めて欲しい。本当に…。

さて明日は何を着て行こう。MRCPはMRIでするから、磁気を使うので入れ歯は外して欲しいと言われている。ということは綿パンも脱がなくてはならないのかな。チャックあるし…。ニットのスカート履いていこうか。そうしたら脱がなくてすむと思うのだけど、もしそれでも脱がなければならないのならストッキングは面倒臭い。でも、金具の付いた下着も脱いで欲しいと調べたら書いてあったので、ブラジャーは先週と同じく金具の付いていないのにしよう。これで完璧だと思うのだけど、どうなるのでしょう。

2月 9日(水曜日) 天気「冷たくて朝からずっと曇り空」

今日はMRIで検査した。予約時間に間に合う様に行ったら病院の手違いで1時間早かった。それで一旦外で散歩でもと病院から出たが、私が昨日から扁桃腺を腫らしていて寒かったので、結局また病院へUターンして、待合室でお喋りしていた。内容は子供の進学の事。私には言わず夫に言ってあったらしいのですが、今日はスーツを着て願書に貼る写真を学校で撮るとの事。今日なら写真代は学校持ちだとかで、本当は散髪に行きたかったらしいのですが、昨日聞いたばかりで間に合わなかったらしい。実は入院費と手術代は子供の学費の残りで払おうと思っていた。でも編入試験の願書提出がこんなに早いのなら、あんまりお金使えないなあ。まだ4年生だよ。5年の秋だと思っていたから泡食っちゃうじゃない。大丈夫かなあ。

胆石症日記(検査日2日目)

 そうそうMRIでの検査だけど、まず入る前に靴をスリッパに替え、入ってから個室で服を全部脱いで、下着だけになり浴衣みたいな服に着替えさせられた。「ブラジャーは取って」と言われたが、「金具の付いていないのだ」と言ったらそのままでもOKだった。(金属の付いた物は全て外さなければならないのだ、入れ歯も指輪もネックレスも時計も) それから前の人が終わるまで待っていた。順番が来たとき早口で金属の物は付けていないか聞かれて「大丈夫です」と太鼓判を押して返事した。(実は忘れていたのだが…) そして胸に白い鎧みたいな機械を乗っけて太いバンドで2箇所止め、ヘッドフォンをしてトンネルの中に入った。15分ぐらいと言っていた。ヘッドフォンから「はい、息を吸ってー、止めて下さい」、「はい楽にして」と言う女性の声が繰り返し聞こえてその通りした。長い場合は20秒間止めっぱなしだった。苦しかった。短いのは大丈夫だったけれど長い時は終わった後、鼓動がしたぐらいだ。息を止めている間、ものすごく色んな音が聞こえた。大太鼓の様な音とか、ドラム缶を叩く様な音とか3種類ぐらい音があったかな。終わったと同時に部分入れ歯をしたままだったのを思い出した。慌てて先生に言ったら「大丈夫ですか」と聞かれたので、「大丈夫ですけど、そちらの方は…」と言うと「問題ありませんでしたよ」と言われてホッとした。撮り直ししなくても大丈夫なのかな。そんでまあ終わったので、また個室で着替えて先生に礼を言って部屋を出た。

 今日は担当医の外科部長さんは診察終了で、代診の先生だった。すごく怖くて感じの悪い人と夫が言っていた。「胆管に詰まっていないから胆嚢だけですね、明日入院して麻酔科の検査を受けて下さい」と言われた。ところが女医さんが麻酔科に電話したら、ベッドの空きが無いとの事。取りあえず外来で来て下さいと言われた。

 今日の検査費用は、3割負担で2,650円だった。MRIの検査は高いと思っていたが、けっこう安いのね。

パパは今日も休んで明日もお休みを取らなくてはならない。その次は祝日で結局今週はほとんど仕事に行っていない。私がこんな病気だから一人では対処出来なかった。本当に申し訳無いと思う。でも会社の人もわかってくれているとの事でホッとした。私が入院してしまったら後は休まないからね。あっ、手術の日は休むと言っていた。別に全身麻酔だし居ても居なくても気が付かないのに…。でも有り難い。

2月10日(木曜日) 天気「冷たくて朝からずっと雨模様」

胆石症日記(手術日5日前)

 「入院準備品」寝間着(借りた)、下着類、洗面用具とタオル、箸とスプーン、スリッパ、湯飲み、ポット、ティッシュペーパー、服用中の薬、印鑑。

 「手術用準備品」浴衣(借りた)2枚、肌襦袢(前開きのシャツ)2〜3枚、腰巻き2枚、腹帯(マジックテープ式)1〜2枚、バスタオル1枚、タオル2枚、ティッシュペーパー1箱、紙おむつ(マジックテープ式「ア○ント」)2枚、吸い飲み。

 地下の売店で紙おむつL寸2枚セットを買う、約500円。寝間着保証料2000円、これは退院時に精算してくれる。

 麻酔科にて「救急救命士による気管挿管実習承諾書」に同意する。救急救命士がアメリカの様に救急車の中でも気管挿管が出来る様になるまでに30回ほど訓練するらしいのだ。これはそのうちの1回になる。私は常々他人様のお役に立ちたいと思っていたが、精神科のお薬を飲んでいる事とC型肝炎のキャリアという事で、輸血も出来ずドナーにもなれなくて仕方なく「ドラえもん募金」で気を紛らわしていたが、やっと他人様のお役に立てる様で嬉しかった。それですぐにOKした。勿論これは強制ではないので同意しなくても良い。同室の人はやはり同意しなかったらしいので、だからといって何と言う事もない。

 全身麻酔なので何かあったらいけないという事で「麻酔承諾書」にサインする。

 手首にバーコードの腕輪をされる。まるでTVドラマの「ER」みたいだ。これは点滴のミスが無い様に、パソコンで腕輪のバーコードと点滴のバーコードを入力して、それが一致したら「○」と表示されて初めて点滴を受ける事が出来るのだ。

精神科の先生に受診する。薬は手術まで、その後は点滴で入れるらしい。退院時にクリニックの主治医宛てに手紙を書いてくれるそう。薬は全てナースセンターに預けてその都度もらう事になった。もし全部飲んでしまったら大変だからだ。夕飯後抗うつ剤を飲む。夜中目が覚めるが、追加のお薬をもらおうか悩んでいるうちに眠ってしまった。

カーテンで間仕切りして今日はずっとこもっていた。念の為、「富豪刑事」の文庫本を持って来ていたが、やはり読む気にならず。

2月11日(金曜日) 天気「一夜明け辺り一面雪景色」

胆石症日記(手術日4日前)

 6時半起床。

 8時朝食、12時昼食、6時夕食、食事は全て温かい物は温かく、冷たい物は冷たく出てきた。

 6時から7時、夫が来たのでハンガーを頼む。着てきた皮のジャンパーがしわしわになりそうだったから。同室の人達はタオルを乾かすのに使っていた。

 9時消灯。9時15分から腰痛がひどくて1時半になっても眠れず。明け方4時に我慢しきれずナースコールを押したら、睡眠薬は2時までしか出せないとの事。あー、もっと早くナースコール押しておけば良かった。

朝食と夕食に抗うつ剤が付いて来たので飲む。薬の効果が無くなるのでグレープフルーツはダメと担当ナースに言っておいたら、ちゃんと「禁グレープF」というピンクの紙がお盆に乗っていた。

今日は同室の人にカーテンを開けられてしまい、仕方が無いので文庫本を1話読んだ。疲れたが、何年ぶりかで本が読めた。嬉しい。

パパに病院から電話があったらしい。イライラ止めの頓服はどうするのか。私が術後の精神病薬の点滴に不安がっているとの事。それで私のお気に入りの曲を全て入れた「iPod」を持って来てくれた。だけど初めて使うので使い方がよくわからず、結局明け方まで腰痛に耐えながら悶々としていた。

2月12日(土曜日) 天気「今日もまた辺り一面雪景色」

胆石症日記(手術日3日前)

 地下の売店で腹帯 (1,785円) を買う。

 今日は朝食前に体重測定の日。63.6kgだった。7時半朝食。病棟を新聞売りが回っている。

 12時夫に電話する。月曜日に夫と一緒に手術の話を聞く事になった旨、伝える。昼食。

 12時半、検温。やっと37度を切って36.8度になった。

 4時半から5時半まで、夫と息子が来る。手術日までまだ間が有るのに、「絶飲食」というお札をあちこちに貼られてしまう。(笑)

 5時40分、夕食。嫌いなバナナも頑張って食べる。夫からの差し入れのレーズンパンも食べる。

 9時消灯。夜中の2時に腰痛で眠れなくてお薬もらうが、2時間しか保たず。

結局、昨夜は徹夜になった。朝食時と夕食時に抗うつ剤もらう。夜9時に眠前のお薬飲むが、腰痛で眠れず、頓服のヒルナミンを飲むが効果無し。

今日は2話目を読む。大分慣れたかな。

2月13日(日曜日) 天気「朝晴れて昼は時々曇り空」

胆石症日記(手術日2日前)

 7時半朝食、嫌いな牛乳を頑張って飲む。

 検温、36.9度から36.3度になる。

 夫、11時半から12時まで居た。12時昼食。

 6時夕食。同室の人よりお菓子をもらう。

 生理始まりそう。生理痛ひどし。でも、手術の延期は無いそうだ。当日は紙おむつにナプキン当ててナースにいちいち交換してもらう事になるらしい。普通のパンツになったら、自分で取り替えられる。それにしても恥ずかしいなあ。

 夜中、とうとう生理始まる。

朝食時と夕食時に抗うつ剤もらう。

今日は最終回を読む。達成感を味わう。

お昼、地下の売店で本を物色中、突然心臓が苦しくなり、近くの自販機コーナーのソファーで休憩する。

夜9時、眠前の薬を飲む。

2月14日(月曜日) 天気「有り難い今日は朝から天気良し」

胆石症日記(手術日前日)

 今日は朝の5時半から尿検査と血液検査あり。検温37.3度。

 朝8時、朝食。嫌いな牛乳を今日も飲む。偉い偉い。

 10時半、バスタオル2枚と前開きシャツ2枚と紙おむつ2枚とナプキン2枚と腹帯1枚、持っていかれる。

 11時15分から30分、シャワーを浴びる。今日は11時からお昼の2時まで、翌日手術を受ける人だけが入浴出来るのだ。生理中なのでお湯に浸かれなかったのが残念だ。

 12時昼食。タオル2枚とティッシュ1箱を用意する。ナース曰く、明日は一晩ICUに入る為、時間の観念がわからなくなるので時計を用意しておく様にと。後で取りに来てくれると言うのでテーブルに置いておいた。

 午後1時、オリーブオイルでへその掃除を処置室でされる。これは手術の時3カ所穴を開けるのだが、その一つがおへそだからだ。

 午後2時、外科の回診が始まった。医者がゾロゾロとやってくる。私はお腹を出していて、主治医は慌ててパソコンを開きながら外科部長に説明していた。その偉い先生は私のお腹を一撫でして「痛くないですか」と優しく聞いてくれた。ホント昔見た故田宮二郎のドラマ「白い巨塔」そのものだった。主治医がオロオロしているのがおかしかった。

 午後2時半、夫と一緒に主治医からインフォームド・コンセントを受ける。胆のうと胆管を合わせて胆道といい、胆道のどこかに石ができるのを胆石症と言う。胆石が出来る人はまた胆石が出来やすいので、手術し易くする為にみぞおちと右腰とおへそに穴を開け、おなかの中へ炭酸ガスを注入してふくらませ、おへそから胆嚢ごと取ってしまうらしい。それでも胆汁 (脂肪を分解する成分) は肝臓で出来て胆嚢はそれを貯めておくだけの働きに過ぎないから、胆管に石が詰まってさえいなければ無事十二指腸に流れるので、初めは油っこい物を食べると下痢になるかもしれないが、そのうち体が慣れてきて胆嚢が無くても問題無いとの事。それで私の場合「胆石症による腹腔鏡下胆嚢摘出術」と言う手術になるらしい。大昔は開腹手術をしていて快復に時間がかかったが、穴を開けて内視鏡で手術が出来る様になってからは、何が何でも内視鏡でと輸血をしながら5〜6時間かけてもまだ手術していたらしい。でも、今は内視鏡でやってみて癒着や出血、損傷が有った場合は即開腹手術に切り替えるので、短時間で済むようになったとの事。合併症として、出血、胆汁の漏れ、胆管や腸の損傷、創感染、肺炎・無気肺・心不全、脳梗塞・心筋梗塞・肺梗塞・腸梗塞があげられると聞かされた。その上で「手術及び処置・検査等に関する説明」に師長立会人のもと、夫婦でサインした。夫はこの説明で何かあってからでは遅いとびびり、私の身内にメールを送ったらしい。(笑)

 下剤(グレープフルーツ味の氷入りジュース)を飲んだ。

 午後3時半、ICU師長、挨拶に来る。明日着る服(ガウンの中に前開きのシャツの袖を通しバスタオルを腰巻き代わりにセットされた物)を一組病室に届けられた。ついでにふくらはぎのサイズを測っていった。(これは明日履く弾性ストッキングのサイズを合わせる為だった)

 午後6時、夕食。夫と息子来る。夫、会社の同僚からバレンタインのチョコもらったと言って持って来たが、同室の人に分けるには好みがわからないので、チョコ好きな息子にあげる。うーん、食べたかった。

 午後7時から30分間、あの頑固な便秘がほとんど出てしまった。下剤恐るべし。

 夜9時、ピンクの小粒の下剤2錠飲む。生理痛用の鎮痛剤も1錠飲む。絶飲食に入る。消灯。

 この日は、とにかく体を清潔にして爪を切り、マニキュアをとっておく日。

昨夜は1時半と3時に中途覚醒。やっぱり落ち着かないのだろうか、4時半早朝覚醒する。

朝8時精神科の受診。昨日、突然胸が苦しくなった事を訴える。でものれんに腕押し。やっぱ主治医が一番だよな。2〜3日点滴になるが大丈夫か聞かれた。そんなのなってみないとわからんのにと思った。

朝食時と夕食時に抗うつ剤が出る。夜9時眠前の薬も飲む。

2月15日(火曜日) 天気「今日もまたお天気の良い一日だ」

胆石症日記(手術日)

 朝7時40分、髪の毛は今まで通りくくっておくよう昨日言われていたのでそうする。体温36.1度。夫来る。

 主治医が来たので聞いたら、歯磨き洗面はOKとの事。早速する。口の中のネバネバが取れてスッキリした。忘れないうちに部分入れ歯を外す。眼鏡もコンタクトレンズも指輪もネックレスも時計も外す事。勿論、化粧は×。

 午前10時半、兄が来る。こんな事でも無いと有休使えないからと言っていたが、やはり心配になったのだろう。11時、二人とも一旦帰る。

 点滴始まる。浣腸してすぐトイレに走る。さすがに強力で更に便が3粒出た。

 12時、弾性ストッキング (約3000円ぐらいの物で外国製「コンプリネット・プロ<ストッキングタイプ>」と言う) を履く。これは血のめぐりを良くする為に履くみたい。後で教えてもらったが、指のところに穴が空いていてつま先部分は蓋をするみたいにして履くらしい。ナプキンをして紙パンツに履き替える。生理の血で床を汚し、濡れティッシュで拭き掃除。(;^_^A アセアセ・・・

 12時半ストレッチャーに寝転んで、同室の人に見送られてオペ室へ運ばれる。かなりのスピード。看護師さんて皆細腕なのに力持ちなのね。入り口を入ったところで、髪の毛を使い捨てのヘアーキャップにまとめて入れ、それまで来ていた寝間着と下着を脱いだ。それから上に何かを掛けられて奥のオペ室へ入り、看護師に支えられながら膝を曲げおへそを見る様にしてエビみたいな格好をして、脊椎に麻酔を打たれた。すごい痛かったのに、オペ室に流れているBGMが大好きな五嶋みどりのCDに入っていたのと同じ曲だったので、「この曲バッハですか。ビバルディですか」と聞いてしまった。麻酔医が「ビバルディの春」と答えたところで眠ってしまった。あれはバッハだと思うのだが…。

 気が付いたらICUで、夫とそこに居たらしい兄と会うが夫しか覚えていない。胆石 (※お食事時は見ない事、気分が悪くなる) を見せられたが、黄色いビーズの大きさのがジャラジャラと透明な入れ物に入っていた。

 夫が胆嚢を切り開いて中の石を分けてトレーに置いてあったのを見せてもらったらしい。その時にトレーに敷かれたガーゼにも黄色い色が移っていたので「その黄色い色は胆汁の色ですか」と聞いたら「違う、何の色かはわからないが人によって違う」と言われたらしい。「コレステロール系の石ですか」と聞いたら「どちらかと言えばそうですねえ」と言われたとの事。この時に「念の為にガンとかが無いか、胆嚢の組織を組織検査に回しています」と言われたらしい。

昨夜は3時半に覚醒するが、もう頓服はダメ。不安で不安で胸がいっぱいになる。朝7時40分に抗うつ剤のみ許されて飲む。

2月16日(水曜日) 天気「曇り空ICUの窓越しに」

胆石症日記(手術後1日目)

 午前3時に覚醒。看護師に時間を確かめる。時計は結局持って来てはくれなかった。ストレッチャーに乗った時に自分で持って来れば良かった。

 酸素マスクから鼻に短い管を通すのに替えてくれたら、水蒸気で鼻水が垂れている様な感覚が無くなった。不快だったから良かった。

 つま先から血液を強制的に送り出す装置(間欠的空気圧迫装置)が足に付いていて、片足ずつ血圧計みたいな物がギューっと締め付けてはゆるんで、まるでポンプの様な感じがした。血流が滞って静脈瘤が出来たりするのを防ぐ為に付けていたらしい。昔は麻酔で寝ている間によく静脈瘤が出来ていたそうだから…。

 あまりに早く目が覚めて退屈なので、右上に有った生体情報モニタ(心拍数や血圧や脈拍数などを監視する機械)の画面をずっと眺めていたら、明け方、目の疲れから頭痛がしてきた。

 午前6時半、夫、会社へ行く前に寄ってくれる。

 午前中、2度口の中を吸い飲みでゆすがしてもらう。

 朝一に多分外科部長だと思うが、先生が来てくれた。頭痛の事、言いそびれた。

 午前中、看護師二人がかりで体を拭いて着替えさせてくれる。その時、着替えの中がバスタオルだったので看護師が困って、結局バスタオルだと歩く時ずり落ちるので使わなかった。ケチケチせずに、腰巻きを地下の売店で買っておけば良かった。1000円ぽっちの事だったのに…。その後、背中に枕を当てて寝返りを2〜3度してもらい、足の装置を外してパ○マウントベッドを座れる様にしてくれた。座っている間、指に機械を取り付けて何度も深呼吸の検査をする。

 12時、ICUに昼食届く。お箸とスプーンを借りて5分粥と細切れのうどんを食べ、ヨーグルトジュースを飲んだ。小さく切った煮物は残した。食べ終わったら、おならが出たので嬉しくてナースコールを押して報告する。その後、痰もようやく出た。きちんと吐き出す。みぞおちのところが痛い。

 お昼に主治医が来て、尿管も生体情報モニタも全部外して良いと言ったが、ベッドから起きて立ち上がったらふらついて、改めて看護師付き添いの元、病棟の廊下を歩いてみたが、生理が流れてきてすぐ帰り、見てもらったら、やはり紙おむつがガバガバで漏れていた。ナプキンがもう無いので、ICUの看護師さんが、私の病室まで取りに行ってくれた。改めてM寸の紙おむつを借りて履く。

 いつもエレベーターからキリン模様の不思議な機械が出て来ていたが、その正体がやっと分かった。移動式レントゲンだった。ICUにも来て2枚撮られた。

 病棟の看護師が忙しいのでお迎えは結局4時になった。車椅子でのご帰還である。病室の皆が「お帰りー」と言ってくれた。すぐに紙おむつから生理用ショーツに替える。

 午後5時、主治医が来てまだ尿管したままなのを、病棟の看護師に怒る。可哀想に、ICUの看護師さんが病室からトイレが遠いので気を利かせて付けたままにしておいてくれたのに…。その時ついでに背中に付いていた麻酔用の針を抜いてくれた。針が入っていたとは知らなかった。通りで痛かったはずだ。

 夕方6時、夕食がICUに届いていたので病室へ運んでもらう。届いた頃、ちょうど弟一家が見舞いに来てくれた。話し込んでいたら夫が来て、弟から見舞い金を受け取っていた。弟一家が帰った後、ようやくお粥と軟菜食の夕飯を完食。でも食べるのに疲れた。看護師さん忙しいらしく、まだ尿管を外してもらえず動けないので、夫に食べ終わった食器を運んで行ってもらう。ついでにポットにお茶も入れてきてもらった。会社からも見舞金を頂いたらしい。有り難い事だ。

 午後7時40分、ようやく尿管を外してもらい、早速トイレに行ってみる。つたえ歩きながら何とか歩けた。あー、疲れた。例のストッキングは洗濯して使えば足が細くなるとの事。(笑)

 体温37.5度。氷枕をする。頭痛の鎮痛剤は医者に聞かないと出ないらしい。諦める。

ICUを出る直前に精神科医が来た。看護師と32条の話をしていた。とにかく明日受診との事。その結果をパパに伝える事。

交通事故で亡くなった患者さんがICUに居たらしい。暇なので耳ダンボで医者同士の話を聞いていたら、事故後20時間以上経った場合は「事故死」にならないそう。遺体を運ぶ時、カーテンを全部閉められた。

その後、工事の人が来て、夕方まで工事をしていて頭痛がひどくなった。何の工事かと思えば、スピーカーが付いてCD5枚をリプレイしてBGMが鳴る様になったらしい。とにかくうるさかった。ICUは去年出来たばかりで、それまでは、手術を受けた人は病棟の観察室に入っていたらしい。

弟のお嫁さんと話していたら、今はおめでたらしい。長男は二人目が誕生する頃には2才になっている。ちょうど良い間隔だね。

そう言えば、パパが毎日持って来る占いの紙、昨日はもらっていない。夕方来た時に聞いて初めて気が付いた。どうも昨日は朝早く目が覚めて、出掛ける用意をしていたら櫛が折れたそうな。その上、占いは最悪で、事故・ケガとかはっきり書いてあって、あまりに内容が生々しかったので、わざと持って来なかったそうだ。そういうところに気が利くのがA型気質なのよね。

今日は疲れて、眠前の薬飲んだかも忘れてしまった。

2月17日(木曜日) 天気「曇り空頭の中は晴れマーク」

胆石症日記(手術後2日目)

 体温36.3度。他異常無し。起き上がる時ちょっと痛いのと、ご飯は全粥と軟菜食で、食べ終わった後息切れして動けず。

 昨日まで履いていたストッキングのせいか、足を掻きむしる。

 午前11時半、体温36.9度。他異常無し。傷のところの大きな絆創膏が汚れていなければOK !

 12時、まだ全粥と軟菜食。今度は朝ほど息苦しくないが、相変わらずゲップが出る。体重63.3kg

 午後2時、体温37.3度。忘れていたが、救急救命士の人が挨拶に来られた。上手くいったらしい。良かった。

 午後3時半、指に機械をはめて深呼吸の検査。

 午後6時、全粥と軟菜食、完食。

 午後6時半から7時まで夫来る。

 午後7時半、体温36.8度。他異常無し。今日も一日おならは出たが便は出ず。

朝食時と夕食時に抗うつ剤。

午前10時、精神科医お薬出してくれるって。粉薬が有るので、難しい時はオブラートで包んで飲んでくれとの事。次回の受診は木曜日。この事は、午前11時にパパの携帯に電話して伝える。早速、地下の売店でオブラート買う。280円した。けっこう高いのね。

今日は躁状態で、有ること無いこと喋りづくしだったらしい。サービス精神旺盛だ。

午後8時45分、眠前の薬飲む。

2月18日(金曜日) 天気「明るい日曇り時々お日様が」

胆石症日記(手術後3日目)

 午前7時15分、体温35.7度。他異常無し。

 午前8時、まだ全粥と軟菜食、でも完食。今日はすぐ動けた。

 午前8時35分、主治医来る。息切れ無し。おならOK。便無し。

 午前9時半、体温36.1度。

 午前10時半、看護師に傷の部分を見せる。

 午前11時15分、指に機械を挟んで深呼吸の検査。ちゃんと酸素有る。

 12時、全粥と軟菜食と大嫌いな牛乳。でもちゃんと飲んだ。

 午後1時10分、体温36.3度。

 午後2時、外科部長回診ゾロゾロ。かゆみを言った。熱も下がったし良好らしい。同室の同じ胆石症の人、炎症を起こしてから入院したのでまず内科で炎症を抑えるのに1週間絶食して点滴をし、それから外科に移って手術という事になり、たくさんの検査をして時間がかかり、あげくに癒着していたらしく、腹腔鏡下胆嚢摘出術だったのが開腹手術になって、もう一晩ICUに泊まるらしい。先月から入院しているというのに…。

 夕方、兄が見舞いに来ていたらしいが眠っていたので、走り書きした名刺と見舞い金を置いて帰ったらしい。

 午後6時、体温36.0度。全粥と軟菜食。

 午後6時過ぎから7時まで夫来てくれる。体重63.5kg。担当のナースが下剤の事、明日主治医に聞いてくれるって。

 結局、今日も便出ず。

午前1時半と5時40分に中途覚醒。「お酒飲めない」と寝言を言ったらしい。(笑) どんな夢を見ていたのだろう。確かに私は精神科のお薬との相性とC型肝炎のキャリアという事でお酒は一滴も飲んではいけないのだが、子供の頃からの酒好きがよほど辛かったのかなあ…。

朝食時と夕食時に抗うつ剤。

この病院がパソコンの電子カルテになったのは去年かららしい。看護師さん達がパソコンの講習を受けて、ただでさえ忙しいのに大変だったとの事。

午後8時45分、眠前の薬飲む。

2月19日(土曜日) 天気「シトシトと静かに雨が降ってくる」

胆石症日記(手術後4日目)

 午前6時40分、起床。体重測定日62.2kg。

 午前8時全粥と軟菜食。

 午前10時半、体温36.3度。

 午前11時45分、主治医来る。もう痛くないと報告。便が出ないと言ったら、明日も出なかったら考えるとの事。

 12時、全粥と軟菜食と野菜ジュース。

 午後1時45分、体温36.7度。看護師から、便を出すにはもっと水分を取る様にと注意される。同室の胆石症の人、ようやくICUからご帰還。体内の出血を出す管が付いていて首からそれを貯めるタンクをさげていた。

 午後4時半から2時間、夫来た。菓子パンを買ってもらって食べる。

 午後6時半、全粥と軟菜食

 午後7時40分、体温36.8度。血圧上が99

 午後8時50分、就寝。

昨夜11時20分と1時10分と今朝の5時20分に中途覚醒。

朝食時と夕食時に抗うつ剤飲む。

私は馬鹿だ。一昨日の躁状態の時に、内輪の事をベラベラ喋って嫌悪感。この人生、早く終わらせたい!!

午後4時半、担当のナースより、明日から精神科のお薬がここの病院の精神科から出るのでと処方箋見せられる。後で頼んでコピーをもらった。

午後8時50分、眠前のお薬飲む。今ここに全てのお薬が有ったら飲んでしまうのに…。持たされていない事が悔しいー。

2月20日(日曜日) 天気「雨降って粉雪舞って綺麗だわ」

胆石症日記(手術後5日目)

 午前6時10分、起床。体温36.2度。

 午前8時、全粥と軟菜食

 午前10時、体温36.5度。同室の胆石症の人は肝臓に癒着していたらしい。

 午前11時半、主治医から消毒に呼ばれたが、その必要無し。大きな絆創膏をとる。後には手術用テープだけが残っている。

 12時、全粥と軟菜食。体温36.5度。

 12時から2時半まで夫とお喋り。途中で便やっと出る。長さ60cmはあっただろうか。良かった良かった。看護師さんに報告。

 午後6時、全粥と軟菜食とプレーンヨーグルト。

 午後9時、就寝。

昨夜0時20分に中途覚醒。

朝食後と夕食後の抗うつ剤が、デプロメールの代わりにルボックスになった。新品のパンツを履いたら掻きむしってしまった。

パパにマンガ2冊買ってもらい、これで静かにしている様、注意される。

午後9時、眠前のお薬、やっぱり粉薬はオブラートに包んでも飲みにくいや。

2月21日(月曜日) 天気「起きたらば雪と言うより吹雪だわ」

胆石症日記(手術後6日目)

 午前7時半、慌てて起床。

 午前8時、全粥と軟菜食。

 午前8時半、主治医来る。

 午前10時15分、体温36.2度。看護師さんにいつまでお粥か聞いたら、好みでご飯になると聞いたので、早速お願いした。

 12時、全粥と軟菜食

 午後1時40分、体温36.8度。

 午後2時、外科回診。いつからお風呂入れるか聞いたら、もう今日からでもOKとの事。

 午後2時20分〜3時20分、回診の隙間を通ってお風呂に行く。初めて傷口を見た。みぞおちと右腰骨の上に横1cmの傷、そしておへそにも傷口有り。背中に大きな絆創膏が貼ってあった。夜看護師さんに言ったら取ってくれた。どうも麻酔の針を刺してあった所に貼ってあったらしい。

 午後3時45分〜4時15分、飛び込みで院内の美容院へ行く。カット1500円。本当はナースセンターに言ってこないといけなかったらしい。何かあったら大変だからと。帰ってから報告した。

 午後6時〜6時半、夫来る

 午後6時半、やっとご飯になった。

 午後9時、消灯。今日も便出ず。

昨夜は午前1時5分と明け方5時半に中途覚醒。新しい眠剤は効きすぎるみたい。朝寝坊した。

朝食時と夕食時に抗うつ剤。

パパ曰く、テンション上がっている、軽躁状態じゃないかと。

午後9時、眠前の薬飲む。

2月22日(火曜日) 天気「寒い日だ雪が舞ったり晴れになり」

胆石症日記(手術後7日目)

 午前5時、起床。

 午前7時半、採血の検査。手術後の傷がかゆい。

 午前8時、ご飯だー!!

 午前8時半、主治医来る。採血の結果が良ければ、いつ退院しても良いとの事。

 午前10時、シーツ交換(看護学生がしていた)

 午前10時15分、体温計いつの間にはさんでいたのか、トイレで落とすまで忘れていた。体温36.1度。

 午前10時半、夫と電話する。

 12時、ご飯、おかずが豚肉だー!!

 午後1時半、体温36.6度

 午後6時、ご飯にグレープフルーツが付いてきたので残す。

 午後6時15分〜45分、夫来る。夫が来る途中主治医に会ったので聞いたら、もういつ退院しても良いから、そっちで決めてと言われたらしいので、木曜の午前中にした。組織検査も血液検査も異常無かったという事。

 午後9時、消灯。

昨夜は午前0時半に中途覚醒。

朝食時と夕食時に抗うつ剤飲む。夕食にグレープフルーツが出たが、薬との相性が悪いので、わざと残す。その事を看護師さんに言ったが忘れられたみたい。

マンガ、3回読んでやっと意味がわかった。(笑)

午後9時、眠前の薬飲む。

2月23日(水曜日) 天気「曇り空春一番か風強し」

胆石症日記(手術後8日目)

 午前6時40分、起床。

 午前7時、体温36.1度。

 午前8時、ご飯。

 午前9時半、体温36.5度。同室の人から聞いたが、手術用テープは自然に取れるまで放っておくらしい。

 12時、豪華尾頭付きエビにシチューのご飯。

 午後2時50分、体温36.7度。

 午後5時、弟一家がお見舞いに来てくれる。

 午後6時、ご飯。

 午後6時15分〜7時15分、夫来る。明日の打ち合わせ、同じ病室の人に何を贈るか。「快気祝いは落ち着いてから」と言われる。

 午後9時、脇腹痛し、就寝。

昨夜11時半と2時に中途覚醒。

朝食時と夕食時に抗うつ剤飲む。

午前10時45分、精神科医来る。追加のお薬は断った。クリニックの主治医に手紙を書いてくれるとの事。

午前10時50分、パパにクリニックの予約を頼む。

午後9時、眠前の薬飲む。

2月24日(木曜日) 天気「久しぶり穏やかな日だ曇り空」

胆石症日記(手術後9日目)

 午前7時20分、起床。

 午前8時、ご飯。

 午前8時半、荷物の片付け。

 午前9時半、私服に着替える。借りた寝間着は洗濯袋に入れて、後で地下へ行って精算をお願いするらしい。診察カードを受け取る。師長さんから入院費22万6千円かかったとメモを渡される。

 午前10時半、夫迎えに来る。まず荷物を車に運んでもらう。

 午前10時45分、同じ病室の人達に、お世話になったお礼に夫の用意した高級ティッシュ1パック (約750円×4人分) ずつを渡して挨拶をする。ナースセンターにも挨拶だけをする。1階のATMでお金を引き出す。精算、2週間の入院で計225,060円支払う。うち手術費は96,546円也。高額医療費については「サラリーマンの妻」なので社会保険事務所で手続きをしてくれと言われた。結局会社に「健康保険高額療養費支給申請書」と領収書(入院のみ)のコピーを渡して手続きしてもらう事になった。

 午前11時、貸し寝間着精算975円。

 次回診察日は3月7日に決まった。

昨夜は不安で眠れなかったせいか、11時40分と2時半と3時40分と4時半に中途覚醒した。

午前9時半、クリニックの主治医への手紙預かる。

午前10時、余った薬をもらう。

2月26日(土曜日) 天気「起きたらば辺り一面ドカ雪だ」

昨夜は「胆石症日記」を書き写していて眠れなかった。朝、パパが雪かきをしている間、小一時間程寝て少しマシになったが、便秘のせいでお腹が重い。久しぶりにクリニックに行ったら軽い手術で済んで良かったと喜んでくれた。術後躁状態になりガクンとうつになったかと思いきやまた軽躁状態になり、薬を全て元に戻してくれた。これでしばらくは落ち着くだろう。便秘が1週間も続いていて、今度もう一度病院へ行かなくてはならないので、それまでになんとかしたいと思い、看護婦さんにパパから下剤を頼んでもらった。そうしたら、出るは出るはいったいどれだけ飲めば良いんだという程、出してくれた。これなら大丈夫だろう。出来れば座薬はご免被りたい。

今日は結局、昼から7時まで寝てしまって、家事はパパがしてくれた。除湿器が壊れて電気屋さんに入院(笑)しているので、急遽室内用物干しを茶の間に移動して洗濯物を干してくれていた。掃除もご飯も作ってくれてありがたや。