精・神・津液
精の生成と働き
精は水穀の精微な物
精は飲食物(水穀)が、胃と脾の消化吸収、および気化作用を受けて生成された精微な物であると述べられています。営、衛、血、津液などに変化して人体の基礎的物質として全身を循環し、また、脾を経由して腎に貯蔵され、五臓六腑の要求に応じて配送されて各臓腑を養うとあります。同時に、生殖用の精になって、新しい生命体を生み出すとあります。
さらに、精は、肺に輸送され、肺で吸入した「天空の気」と合体して真気となり、人間の生命活動の原動力となって機能するとあります。
(素問:陰陽応象大論篇、疏五過論篇、金匱真言論篇)

栄養

 

淫液

 

体各

部へ

←←

→→ 身体 各部

体各

部へ

←←

⇒⇒ 精の倉庫の腎へ
精は人体の栄養物質と生殖用の淫液とに分けられます。栄養物質の精は、営、衛、血、津液となって身体各部に配送されてそれらを養います。また腎に貯蔵されてそれらを養います。また腎に貯蔵され臓腑の要求に応じて供給し、それを養うとあります。
精と妊娠
男女の精の合体により妊娠は成立し、合体した精は胎児にとっては「先天の気(腎気)」になると述べています。そしてこの腎気を中心に、母胎の気、血から栄養を受けながら、脳→髄→骨→筋→脈→皮→肉→毛→髪の順に胎児は形成されて成長しているとしています。
しかし、母胎からの栄養を十分に活用できるか否かは、胎児自身の腎気いかんによるといっています。親からゆずり受けた腎気(先天の気)が、すでに妊娠成立時に不足していると、生まれながらにして虚弱体質になるというのです。
(素問:上古天真論篇、霊枢:経脈篇)

母親からの

栄養補給

妊娠の

成立

父母の精の合体が妊娠です。合体した精は胎児の腎気となります。
その腎気を中心に母胎から栄養を受けて、胎児の身体は形成され、成長
していくと解かれています。
     

腎気

→⇒

神の生成と作用
神の生成
(しん)は生命体の誕生と同じく、両親の精気の合体により生成し、人間の思惟や意識、および生命活動の正常な状態を現すとしています。

神の生成

この生命の神も常に栄養をとって成長していくもので、何の根拠もなく生まれ出たのではなく、一定の物質を基礎にして誕生し、成長するものであると解いています。
神は、魂(こん)、魄(はく)、意、志を総括したもので、神の作用が魂が生まれ、精の作用で魄(気力)が生まれると解かれています。思うことを意といい、意のあるところを志といいます。
しかし、これらは名称は異なるが、すべて神に属し、神の総括下にあるというのです。

(素問:六節臓象論篇、霊枢:本神篇、平人絶穀篇)

神の作用

神は、生命体そのものであって、神と生命は不可分で、ものを考え、目で見、耳で聞き、
口で話し、肢体で運動ができるなど、思惟、意識、および身体の運動活動はすべて神が

人体にあって発揮する作用の表れであると解いています。
霊枢の天年篇では、「神気皆去り、生命終わる」と述べ、漢方医学では肉体から遊離した「精・神」を否定しています。
つまり肉体が病めば神も病み、神が病めば肉体も病み、肉体の死とともに、精神は天地の気になって自然に帰ると考えているからです。
また、神は五臓との関係が密接で、心は神を内蓄し、肺は魄を、肝は魂を、脾は意を、腎は志をそれぞれ内蔵するとしています。そして、この関係は、肺が傷つけば魄(気力)が衰え、また、逆に魄が弱い人は、肺の機能が衰弱しているという形で具現されるというのです。
(素問:宣明五気篇、移精変気論篇、霊枢:本神篇、天年篇)
神と精、気の関係
神、精、気は、漢方医学独特の概念で、きわめて大切なものとして、「人体の三宝」と呼ばれています。
人体の内燃機関にたとえれば、五臓六腑はエンジンであり、「精」は燃料、「気」はその燃料から生まれたエネルギーということになります。さらに「神」は、生命そのものとされています。つまり、この三者の人体における役割は、精は人体の活動の物質的基礎となり、気は人体のすべての生理作用を生み出す原動力であり、神は人体のいっさいの正常な生理活動の統一をつかさどっていると捉えています。
そして、気は精より生まれ、精は気によって生じ、神は精と気の共同作業によって現れるというように、密接な関係にあるのです。
したがって、精気の盛んな人は、神もまた旺盛であり、反対に、神の衰弱している人は精気も不足しているのです。
そして、精を過度に消耗すると気の生成は弱まり、反対に過度に気を消耗すると精の生産が減退し、同時に神の不足も発生すると言われています。また、過度の精神活動は、神を傷つけて、精と気に悪影響を及ぼし、身体の衰弱を招くようになるとされています。
(霊枢:本神篇、張氏類経)

人 体 の 三 宝

人体の生理活動の統括

人体の生理作用を生み出す基礎

人体の活動を生み出す物質的基礎
津液の生成と働き
津液の生成
津液とは、体内の正常な水液の総称です。飲料が消化されて栄養作用のある物質に変化したものを精、あるいは精気と言います。この精気の一部は小腸と膀胱の気化作用を受けて清いものと濁った物に分類され、濁った物は尿として膀胱より排泄され、清い物は五臓の経脈に注がれて全身に分布されると解かれています。
この経脈中に注がれた精なる物が実際上の津液です。人体の津液の需要量は正常な状態では常に一定し、また、飲料の摂取量、津液の生成と分布、水分の排泄なども一定を保っていると解かれています。

体 内

水 分

                     

全 身

     

     

脳髄の

栄 養

津と液の働き
「津」と「液」は同類物質であるが、厳密には二者の間には違いが存在します。

←←←中焦の気化作用

営と結合

「津」は衛気とともに脈外を流れて全身に散布され、肌肉を潤し、皮膚に栄養を補給します。汗は津が変化して皮膚面から出たものです。
「液」は、営と血と共に脈中に入り、全身を周流し、筋骨に注いでこれを潤し、関節に注いで、その屈伸を容易にするといいます。また骨腔や脳腔に滲出して脳髄を補充し、栄養を与え、体表に流れて皮膚を潤するといわれています。
さらに津液は、営気と結合し、中焦の気化作用を受けて血液に転化したり、五臓の作用を得て、汗涕(かんてい:鼻水)、涙、涎(よだれ)、唾に転化して、身体を外邪から防衛するというのです。

(霊枢:決気篇)

津液と血の関係
津液、精、気、血などは飲食物から生成されたもので、相互に生産しあい、作用し合っています。したがって、津液が消耗すると、気血も不足し、気血の不足は津液の不足を引き起こすといっています。
特に霊枢の営衛生会篇では津液と血の関係を「血を奪われたものは汗なく、汗を奪われたものは血なし」と述べ、血液も津液(汗は津液の変化したもの)の一種であるとしています。
したがって、臨床上、亡津液(津液がなくなる)と亡血(血がなくなる)とは、同一に論じられる場合が多く、たとえば、亡血の四大症状は、吐血、衄血(鼻血)、便血(血便)、溺血(血尿)で、亡津液の四大症状は、はき気、発汗、下痢、下消(尿過多)です。
吐血 はき気

………

………

…………
溺血 亡血 衄血 発汗 七津液 下消
←←→→
血便 下痢

………

………

…………

漢方では血便と下痢は本来同種のものと考える

血がなくなる

津液がなくなる

亡血の四症状

亡津液の四症状
漢方医学では、吐血とはき気、衄血と発汗、血便と下痢、溺血と下消は、それぞれ本来同種のものと考えられています。このことから「津を保てば血を保ち、血を養えば、津を生ず」という治療面での原則が生まれ、また、「下痢をする人は顔が青白い」というのは、これで証明されるというのです。

(霊枢:営衛生会篇)