ツボは全部でいくつ
ツボとは日本で作った言葉です。中国最古の医学書「素問(そもん)」には、ツボのことを「気穴(きけつ)」と言い、「脈気(みゃくき)の発するところ」と表現しています。
奥の細道に旅立った、江戸時代の俳人、松尾芭蕉は、両脚のすねの外側にある三里というツボに灸をしています。
「三里に灸して‥‥」などの記述にでてくる「三里」のツボは、足の疲れを取ったり、胃腸の働きを活溌にしてくれます。
これと同じようなことが、ドイツのナチス総統ヒットラーの側近、親衛隊長ヒムラーにつかえていたマッサージ師は、とても神経質でよく急性の胃けいれんを起こして苦しむ彼に、ツボどころを圧して、胃けいれんを治したということが、ドイツの作家ケストナーという人の小説、「奇跡の手」と言う題名でとして紹介されています。
歴史的に見ると、ツボの数は増え続けています。紀元前3世紀にできたとされている「黄帝内経(こうていだいけい)」では、160のツボの数が出ていますが、紀元後3世紀の「鍼灸甲乙経(しんきゅうこうおつきょう)」では349のツボがあります。
また、清時代の「医宗金鑒(いそうきんがん)」では、361のツボが紹介されています。
気の流れるルートには、12本の正経脈という流れがあり、直接、臓腑(ぞうふ)と関連をもっている経脈と、8本の奇経八脈という直接臓腑と関連のもたない経脈があり、そのうちの2本は、横の流れを受け持っていて大事な経脈として、合わせて十四経脈として、全身を網羅しているネットワークとして機能していると説明されています。
臓腑とは、六臓六腑として示され、六臓には、肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓・心包、六腑には、胆嚢・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦があり、五臓という臓器は実質中がつまっている器官で、六腑という器官は中が袋状や筒状になっているものです。
そしてこれらの臓腑の名が冠している縦のネットワーク経脈が12本あり、横をネットワークしている経脈が二本あります。この12本の正経脈は一連の流れを形成していて、一日に50回、気が流れているとされています。
1,手太陰肺経(11) 2,手陽明大腸経(20) 3,足陽明胃経(45) 4,足太陰脾経(21) 5,手少陰心経(9) 6,手太陽小腸経(19)
7,足太陽膀胱経(63) 8,足少陰腎経(27) 9,手厥陰心包経(9) 10,手少陽三焦経(23) 11,足少陽胆経(43) 12,足厥陰肝経(13)
( )内は、ツボの数で左右にそれぞれ分布されています。合計は303あり、これに横のネットワークの経脈
督脈(27) 任脈(24)        
( )内は、ツボの数で、表裏(表:お腹側と、(裏)背中側)にそれぞれあります。これらを合計すると657のツボがあります。
それに年々出てくる新穴という新しいツボと、手のツボや足のツボ、耳のツボや頭のツボなど、総合計は三千とも四千とも言われていますが、通常、前後左右合わせた657のツボが主流です。
とくに、耳のツボは、中国の古典に「耳は気の聚(あつ)まる」場所であると記載されています。耳をよく見ると、母体の中の胎児の姿そっくりで、1950年にフランス人医師のノジエが、耳介刺激療法として体系化しています。中国で耳鍼療法が盛んになったのは、1960年代後半からです。
日本においては、江戸中期につぶさに観察していたドイツ人医師ケンベル(1659〜1716)は、二年に渡る見聞を「日本誌」などにまとめています。医師としての彼は、日本の鍼や灸の治療に関心を持ち、その鍼が何の薬物も付けずに治療効果をあげていることに疑問を抱いたと伝えられています。ケンベルは日本での鍼治療にヒントを得て、針に管(くだ)を通し、それによって薬物を体内に注入する治療法を開発されたという説があります。

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