このページは、2004年(平成16年)10月22日に亡くなった 四竈更(しかまこう)牧師の最後の1ヶ月の治療をした記録です。

あなたの病院での病気のみたては大丈夫ですか

これは、私のパートナーの父親のことです。
義父は、1934年(昭和9年)生まれで、実直で一本気な性格の人で、キリスト教の牧師として、多くの方にしたわれていました。
その説教も、難い内容のようでしたが、迷いのない自信に満ちたその話しには、大勢のファンがいました。
牧師の名は、四竈更(しかまこう)牧師です。四竈牧師の名を知る人はかなり多くいるようです。
四竈先生の多くの功績については、四竈更でネット上で検索して下さい。
四竈先生は、2004年(平成16年)10月22日、70歳という若さで、多くの方々に惜しまれつつ、この世にお別れをしてしまいました。
今から15年ほど前に、長野県上田市にある上田教会の立て直しに身も心も注ぎ、信州の地に骨を埋めると言っていましたが、あまりに早い他界に、家族や教会員共々全身の力が抜け、精神的支えにもなってくれていた牧師だったこともあり、葬儀には大勢の方々が、最後のお別れに来て下さいました。
四竈牧師の若すぎた死は、西洋医学の過信にあったと言ってもいいかも知れません。
50歳頃尿管結石や高血圧、その後、糖尿病、高脂血症、消化器の潰瘍、関節痛、皮膚炎症などで、十種類以上の薬を飲まれていて、医学は西洋医学が絶対で、症状が出たら大量に薬を飲めば治るものと信じていた傾向が強く、高血圧で処方されている薬が血管拡張剤と利尿剤、消炎鎮痛解熱剤も最大限に飲まれていて、潰瘍治療剤も数種類、ステロイド外用薬にインスリンと長期間飲まれていました。
東洋医学はあくまでも慰安的なもので、ものすごく軽視していたことを私は経験しました。
以前、四竈先生が医大生と話されていて、その近くに私もいたのですが、これみよがしに医学は西洋医学であり、現代医学が病気に立ち向かい治してくれるものだ、一生懸命勉強して‥‥‥‥と話されていました。
さて、そんな四竈先生から、私の身体を診てほしいと連絡があったのが、2004年(平成16年)9月13日のことでした。
前々から、右肩関節の痛みがあったのですが、2004年(平成16年)9月9日に激痛があり、痛み止めを飲んでも治らず、翌日10日の日も痛みは治まらない状態で、2日間一睡もできなかったようです。
翌日の11日、激痛に耐えながら、有事法制ピースウォークに参加したものの、痛みがひどくなり救急車で、長野病院整形外科に搬送され、詳しい検査の必要があるとのことで、22日にMRI検査の予約をし、ロキソニン、ボルタレン、セルベックスの投薬をされて、自宅で安静にしているよう指示されて帰宅。その後も症状は良くならず、検査の日を待つかたわら、12日には、予定されていた応援奉仕のため上京し説教をしていたが、痛みの苦痛は続いていた。そのときに、鍼でもうってもらえばと言われていた。
13日、激痛がとれないため、再度長野病院整形外科を受診したが、最大限の手当をしているので、絶対安静で苦痛や激痛にも耐えるように指示され、何の治療もないまま帰されてしまう。このとき青山会に連絡が来る。
14日、身体を少しでも動かすと激痛が走り脂汗が出てくるような状態で、MRIの検査の日を待つことにしていたようですが、もしも東洋医学の鍼などで痛みが取れるのなら、試してやるかという安易な気持ちで、みてほしいと知らせが来ました。
15日、早速出向いて、四竈先生の身体を診させてもらいました。
まず、脈診をして、私の指から伝わってくる脈にエッと疑い、何度も確認しましたが、漢方でみる脈診の七死脈である弾石脈(だんせきみゃく)と釜沸脈(ふふつみゃく)が伝わってくるのです。
弾石脈は石を弾くように感じるかたい脈で、腎と肺の絶脈を意味します。釜沸脈は釜の湯が沸くようにさわがしく、出ることがあっても入らない脈で、まもなく死が近いというサインの脈です。
腹診においても、肝の究極的な実証と腎の虚証、内臓の働きはもう限界の状態でした。
いまの肩関節の激痛は、頸椎に異常があるわけではなく、東洋医学的な見方では、究極の冷え状態で身体が最後の悲鳴を上げているもので、長年に渡る鎮痛解熱剤の服用で身体が芯から冷え切って最後の警告を肩の激痛として訴えているのだと説明しました。
そして、とても危険な状態でこのままでは一週間持つか持たぬかという危篤状態であることを、四竈先生に説明しましたが、信用されていない表情でした。また、上田教会の主要幹部の方々にも危ない状態であることを説明しました。
その日から治療を施し、治療時間は三時間ほどかかり、その後も治療に当たっては三時間の時間を要し、全身の指圧治療と要所要所への鍼治療を加えて行いました。
22日は、MRI検査のため長野病院整形外科を受診し、27日にMRIの検査資料を持って信州大学の麻酔科へ行くよう指示されて帰宅。この日も治療を行ったが、検査疲れでぐったりとしていたが、治療をして元気が出てきたと言ってました。しかし、とても危険な状態で、東洋医学的にみると、多臓器の働きが恐ろしく低下しているので、無理は絶対禁物ですと話したのだが…??
27日には、信州大学麻酔科で頸肩腕症候群でしょうといわれ、テグレトール(癲癇薬であり精神安定剤としても使用)を処方されて帰宅。
西洋医学と東洋医学的診断との大きな差と、その違いには、どのように感じ取ればよいのか、困惑しつつも、四竈先生本人は、東洋医学での治療は本当の意味で手当だと、近親者に電話や来られる方々に話されていました。
私どもが頼りにしている、薬剤師の方とも相談して漢方薬の処方もしてもらい、27日から、今まで口にしなかった漢方薬も飲んで、もう西洋医学は信用できないと言っていました。できる限り西洋薬を避け、糖尿病の管理のためインシュリンは続け、自宅で闘病生活をしていました。
ほぼ毎日の治療で、身体は大変楽になり、徐々に元気も出てきましたが、西洋医学の見立てとは異なり、東洋医学的には、危険な状態は続いています。そんな中で、これは、スポークスマンになって青山会を世に知らしめなければと話していました。
四竈牧師婦人(義母であり、私のパートナーの母)は、ただ頸椎に問題があってというような状態ではないように思うし、今までも危ないと思うことはあったが、今回は覚悟していると、娘である私のパートナーに話していました。
治療に当たった日々
9月 15 19 21 22 26 29 10 3 6 10 12 13 16 17 18 19 20 21 22死去
最後の治療は、10月21日、午後の治療を終え、四竈先生は、いびきをかいて気持ちよさそうに寝ていたので、起こさずに帰った。帰る途中、持ちこたえてくれたら、11月に入って早いうちに輸血を受け、栄養剤の点滴などで次の対処をと話して帰途。
その日、牧師婦人は、夕方から用事があって外出していて、夜帰ってくると、四竈牧師は来られている教会の幹部の方々の前で、数時間話をしていたらしく、教会から戻ってきてぐったりした状態で、就寝したが、眠れずトイレに行ったりしていたとのこと、未明に具合が悪化したらしく、私どもの所へ牧師婦人から電話があり、どう対処したらいいかといわれ、私どもが帰った後の経緯を簡単に聞き、これはもうだめかも、すぐ救急車で病院へ連れていくよう指示し、我々も取り急ぎ、上田に向かうべく車に乗り込みました。
途中で、四竈牧師の死が携帯電話で知らされることとなった。
残念でしたが、どうしようもなかったのかと、治療をしていた私は、深く深く思うものです。
いま日本の政府は、総合的に診断できるシステムづくりを医師会と行うようですが、そこに東洋医学的な総合診断の陰さえ見えません。
現実に現状の各種症状で悩まれている人たちは大勢いますが、検査結果である画像や、血液やその他の体液検査での数値に終始して、いま苦しんでいる人たちの身体全体を、自分の手と眼で診た情報と、現代医学との情報をかみ合わせ、診断を下し最善の処置ができる専門的人材を育てることが必要なのですが、以前として東洋医学はただ古くさく、何の価値もないと思っている現代医学のドクターが、大半を占めている現状は、何ともし難いです。
青山会FMTに来られているお客さんの中でも、腹部の触診で腸がネチョネチョした感覚で、ガンの末期の方へバリュウム検査をし、バリュウムが剥がれる際に、腸壁もろとも崩れ、腸に穴が開き腹腔に腸の内容物が出てしまい、苦しんで亡くなられた方や、肺ガンの方でやっと微熱が出てきた状態だったのですが、このガンは切ってしまってスッキリしましょうと、ドクターが言うから切ってくるはといって手術。エッこれは切っちゃだめだよ四ヶ月持たないヨ、だって切って取れば治るってといったきり、四ヶ月で帰らぬ人となった四十台半ばの若い女性。
このような話はたくさんあります。いま医療機関の先生達が受難の時と新聞に載っていましたが、これまでの医療に携わってきた人たちが、一部であるとはいえ、大半といった方がいいかも知れないが、傲慢で科学万能の医療での処置に間違えがないと治療に当たり、うまくいかなかった結果に対しては、あなたが選んだ自己責任でしょうと言ってきた、そのつけがいま出てきているのではと思う。
下記は、2002年9月1日から2003年8月10日まで、日本キリスト教会上田教会の主日礼拝で、四竈更牧師が語られた説教集で、説教者として四十年を経てはじめて『ヨハネの黙示録』の講解説教を取り上げ、牧師婦人がテープをおこしてまとめたものです。
牧師婦人は、四竈牧師が2002年2月、長年苦しんできた病気の悪化により二度目の入院後、残された時間に危機感を持つようになり、黙示録の説教に伝道者、教会者としての最後を託そうとしたように思われますと、この書の終わりに述べています。
また、牧師婦人は、43年間、一人の牧師から説教を聴き続けた者として、そのつとめを果たす責任を覚えたとあります。2005年1月から、テープをおこしはじめ、一年がかりで文章化し、教文館からの出版にこぎつけたものです。

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死に至るまで忠実なれ
 ―黙示録講解説教―


《四竃更 著》(1月9日発売予定)

一見難解と思われるヨハネ黙示録は、歴史の中ですべてを支配しておられる方が、最後の勝利を収められる姿を描き出す書物であり、現代に語りかける重要なメッセージを持っている。長い間、こころに期すところのあった「黙示録」の世界を、著者晩年の一年をかけて説き明かした渾身の講解説教。

【四六判/412頁/定価2100円】[ISBN 978-4-7642-9931-3 C0016]
教文館
病院で診てもらってもなかなか症状が良くならない、また、西洋医学的治療で起こる副作用などの弊害は、東洋医学の治療で良くなります。
皆さんも身体の不調があるようでしたら一度、しっかりと東洋医学を熟知した先生の診断と治療を受けてみて下さい。

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