内気功 |
参考文献=気と人間科学 |
| 道教・仏教・儒教などに伝えられてきた呼吸法や瞑想法は内気功の一例です。要するに自分自身の内部で行う気の訓練が内気功です。これに対して外気功は、熟練した治療者や武道家が訓練によって身につけた能力によって患者を治療したり技をかけたりするものです。中国では、政府の支援の下に気功科学協会が設立され、哲学、医学、体育、生物科学、物理学など、各方面の学者、実践家が協力して研究をはじめています。気功の歴史的起源は、中国の伝統的な哲学や宗教(易・儒教・道教・仏教)の中に伝えられてきた修行法にあります。 |
| 内気功 |
| 中国古来の宗教である道教・儒教・仏教には、いずれも気の訓練を中心にした修行法が伝えられています。道教では二千年前の老子や荘子の時代から気功(導引)が行われていて、漢代(紀元前2〜紀元後1世紀)の有名な馬王堆という墳墓から出土した帛書には、現代の気功と同じような気功法の図(導引図)が描かれています。唐代(8〜12世紀)には仏教がさかんになり、需・道・仏の三経が交流して、修行法が発達したのです。道教でいう内丹、仏教の坐禅、儒教の静坐などはいずれも内気功で、自分自身の内部で行う気の訓練です。朱子や王陽明などの有名な哲学者は、いずれもこの修行をやった人たちです。 |
| 道教を例にとって説明します。 |
| 「気」という言葉は、道教ではふつう「神・気・精」と並列して用いられ、「三河(サンホー)」とよばれています。「精」は肉体の本能と結びついたときの気の状態、また「神」は訓練によって純粋な状態にまで高められた気の状態をいっています。つまり内気功は、「精」の状態にある気をコントロールし、次第に「神」の状態にまで純化し変容させていく訓練です。内気功の基本は調身・調息・調心(調神)の三つです。 |
| 調身は身体の姿勢を整えること(坐法や姿勢)、調息は呼吸のコントロール(呼吸法)、調心は雑念を払って思念を集中する訓練(瞑想法)です。 |
| 内気功の原理 |
| 瞑想を主にした内気功の基本は、呼吸と思念集中の訓練からはじまりますが、道教の瞑想法では、これを「逆法」とよんでいます。「逆法」というのは、気の流れ方を逆にする方法という意味です。東洋医学の心身観によると、ふつう陽の気は身体の背面の経絡を上から下へ流れ、そこで陰の状態に変わって、前面の経絡を下から上へ流れて全身をめぐっていると言います。呼吸の訓練はゆっくりした腹式呼吸を主にしたものですが、瞑想するときは、呼吸と共に、気の流れがふつうとは逆の方向に流れてゆくように思念するのです。言いかえると、陽の気が背面の督脈を通って下から上へ逆流し、陰の気は前面の任脈を通って上から下へと流れるように思念を集中します。これらの方法は、「坎水(かんすい)(水が穴に落ちる・坎は八卦の一つで陽が陰に囲まれている)逆流す」とか「小周天」の方法とよんでいます。「周天」は「天をめぐらす」という意味で、宇宙の気の運行と一つになるということを意味しています。熟練した修行者はさらに「大周天」とか「踵足(しょそく)」といって、仰臥して足の裏から気を出入りさせると言いますが、これはふつうの呼吸法とは違って、みえない気を全身にめぐらせるやり方です。 |
| この場合、思念を集中する基本的な部位とされているのが三丹田です。下腹部を下丹田、心臓のあたりを中丹田、そして額の中央のあたりを上丹田とよんでいます。道教・仏教・儒教を問わず、瞑想の際に下丹田を練る(下腹部に思念を集中する)ことは瞑想法の基本とされています。東洋医学の経絡には、下腹部に「気海(きかい)」とよばれるツボがあり、下腹部には気がよくたまる場所とみなされています。また、上丹田は仏教でいう「白亳(白い巻き毛)」で、この部分が目ざめて活動し始めると悟りがひらけてくる、といわれているものです。上丹田で「気」が「神」の状態にまで変化し、純化されるということです。道教ではこれを「真人受胎」といいます。 |
| 現代的観点からも、この三丹田の位置は興味深いものがあります。インドのヨーガでは、脊柱にそって七つのチャクラ(光の輪)を考え、これらを思念を集中する場所と定めています。道教ではこれを三つに簡略化しているわけですが、これらの位置は内分泌腺と対応しています。内分泌腺には下から生殖器、副腎、胸腺、甲状腺、脳下垂体などがあり、自律神経の作用を円滑にするホルモンを分泌しています。セリエの研究以来、内分泌腺の作用は心理作用と関係が深いことがわかっています。瞑想の訓練はしたがって、内分泌作用をさかんにし、ストレスを解消する効果を持つのではないかと考えられています。 |
| 気功は、神経伝達物質のエンドルフィン(快楽物質の一つ)類の分泌を高めているのではないかといわれ、その分泌作用が高まると気持ちのいいエクスタシー状態になると考えられています。 |