「読書日記〜S・キング“ダーク・タワー”再読」  2007年11月4日

 S・キング畢生のライフワーク「ダーク・タワー」。 原作は1982年〜2004年、なんと22年もの歳月をかけて(断続的に)書かれている。 日本版での最終巻は今年2007年の1月1日刊行だ。

 文庫本にして16冊。 あの「指輪物語」より多い。 キング本人も「指輪」を意識してたみたいですが。

 自称キングマニア寸前(やっぱりマニアになる根性もやる気も情熱もないのでこの地位どまり)の私にも、このヴォリュームは辛いぜ。 なにせ、私はこのシリーズが、他の作品に比べてあんまり好きではないのだから。

 そもそもこの作品、日本では初めは角川文庫で出ていたんですが、第4部「魔導士の虹」発売以来、未完のまま放置されていました。 それを、作者であるキングが再開するに当たって、雰囲気を直したり、後から思いついた設定を最初の方にも盛り込むために加筆したり、つじつまの合わない部分を訂正したりして完成したヴァージョンが、角川じゃなく新潮文庫から出ました。 第1部から、いっさいがっさい。

 こりゃお財布にも精神にも厳しいぜキングさん(そして新潮さん)よ。 しかも、一括じゃなく順次刊行。 角川版で第4部まで読み切っている人には、しばらく同じことの繰り返しですよ。 内容は少し違うとしても、大筋は一緒なんだから。 特に第3部・第4部なんて、ほっとんど角川版と変わってなかったんだから。 読み比べの楽しみもあるかもしれないけど、さっきも言ったように、私コレあんまり好きじゃないんですからね。

 しかしそこは新潮さんの狡いところ。 各巻(第3部まで・計5冊)のオビについている応募券を全部集めて送ると、日本未公開(現時点では今後も発売予定なし)のプレミアブック「コロラド・キッド」1万名様に当たる! というキャンペーンがついていたのでした。 こりゃ、ファンはそのためだけにでも本買うでしょう。 もちろん私も、本を全部買って、応募しました。 当たりました。 ほぼ全プレ状態だったんじゃないかと思いましたが、外れたって人もやっぱりいるらしいので、これはちょっとラッキーだったのでしょう。 騙された感は否めないけども。

 しかし、「ダーク・タワー」第1部「ガンスリンガー」も、もともとは限定版だったというぐらいなので、「コロラド・キッド」も、いつかは短編集(今後キングが書けば)に併録されたりするのでしょう。 まぁ、いいや。 本としての体裁を備えた「コロラド・キッド」は、コレクターズアイテムになること間違いなしなんだから。 うーん、ていよくマニア心につけこまれて騙されてる。 私。

 ああ。 「ダーク・タワー」の話ね。 でもね、今回の私のタイトルをよく見てごらんよ。 「読書感想文」ではなく「読書日記」であるのにお気づきか。 今日は「ダーク・タワー」を読んでどのように感じたか、というお話なんですよ。 え? それが感想文ですって? 違います。 「読書日記」とは、その本を読んだ私自身の、直接その本とは関係ないような背景・環境・心の動きなんかをも含めていろいろ書くことです。 読書を取り巻くプチエッセイ。

 今回の「ダーク・タワー」は、2回目の再読です。 第1部〜第4部は(角川版も含めれば)4回以上は読んでるし、第5部だけはこないだ再読したので、今回は第6部・第7部(それでも文庫本5冊)の再読となりました。 やはし、どんなにつまらないと思っても、同じ本は最低でも2回以上は読むべきです。 理解度が全然違ってくる。 まぁ、1回で全てを理解できるという人には何も言いませんけど。 私なぞは、初読ではほぼなんにも読み取れない方ですので、2回以上読まないと、買った本に失礼です。 もしくは金を払った意味を見出せません。

 で、2回目の読み返しを終わって、作品全体をそこそこ理解し、冷静な目で見て、言えることは・・・

 @訳者であり解説者である風間賢二が、私は大っ嫌いだ。 前から知ってたけど再認識

 A初回はその風間賢二の(本編以上とは言えないまでも)長ったらしい解説文を読んでなくて良かった。 初回に読んでたら憤ってたところだ。

 本の解説文というのは、内容の理解度を高めると共に、ややもすると読者に一定の解釈を強要することになってしまう諸刃の剣です。 解説者はそう意図していなくても、読者は「へー、あそこはこういう意味だったんだー」と、「正解」を得たような気になってしまうものです。 解説文は、とりわけ読書初級者には、難解な文学作品であればなおのこと、「解釈の一つのヴァージョンに過ぎないもの・または単なる多数意見」を、「それが正解であってそれ以外の解釈は不正解」と錯覚させるモノです。

 風間の場合、自分の多大な知識を陳列し(まぁ多分そんなつもりはないんでしょうけどw)、「キングのここの仕掛けでこう思った読者は、素直な人であり、まんまと乗せられている(これは実際に書いてた)。」とか言うんです。 何様だお前は!(訳者であり解説者であり研究家様です。) 研究者っていうぐらいだし、知識が凄いことは認めてあげるけど、あまりにも上から目線なんだよ。 「何だよ、日本のキングファンは全員オマエのファンだとでも思ってんのか?」と、私でなくても思うことでしょう。 「作品解説」ってよりも「持論展開」だし。

 もー、ほんと、初回でアレ読んでなくて良かったわー私。 後者の「まんまと乗せられている云々」に関して、あやうくひっかけられるとこだったもん。 2回目を読んだらちょっと冷静になって、「たくさんあるパラレルワールドの中の“根本原理世界”ってどこ?」って考えてたから良かったけどさー。 危なかったー。 やっぱ解説文は、自分なりに本の内容を理解したと思ってから読むことにしよう。 初読で解説を読むのは危ない。

 だいたいにして、なんで「解説」が4部構成で34ページもあるんだよ。 ヘタすりゃ短編小説より長いよ。 「解説」を離れて独り歩きしちゃってるよ。 解説は長くても5ページでまとめて、あとは読者の解釈に任せろよ。 語りたかったら「ダーク・タワー」研究書でも出して好きなだけ語れよ。 読んでやんねーからw

 そんで、風間は、あろうことか、ちくま文庫「夢野久作全集1巻」にも解説文を寄せております。 うわー、こんなとこにまで出てくんなよ風間ー。 2部構成になってて、文章長ぇしよー。 夢久以外の引用文いっぱいひけらかしてるしよー。 またもや独り歩きだよ。 やっぱこのヒト、嫌いだー。 私の好きなところに出てくんのが嫌だー。 もっともっと東西の怪奇文学を読んでる人には、風間賢二の名はもっともっと知れてるのかな。

 風間の場合(←まだあんのかよ)、訳文にも問題がありまして。 まぁ、これに関しては、キングの原文がどうなってるのかはわかりませんが、たぶん、キング自身もハチャメチャな言葉遣いをしてるんだろうと思います。 英語の言葉遊びやスラングを、日本語で表して、日本人にとってもおかしく読めるようにする、というのは大変な作業であることでしょう。 それはわからないでもないですが、ちょっと行きすぎな感があります。 異世界から来た主人公が現代のアメリカに転移してきて、「ツナサンド」を「鮒の産道」って解釈してしまうくだりがあります。 おそらく原文では、違う言い回しでおかしな勘違いをしてるのでしょうが、「鮒産道」あまりにもなぁ・・・。 ルビを使ってでも何でも、もっと自然に読みたいです。 ルビ自体が不自然かもしれないけど、読者はキング作品をアメリカ人の作品とわきまえて読んでるんだから、「鮒産道」のほうが私には違和感あるけどなー。

 この傾向は風間だけじゃなく、キング訳者の中で今最も無難(クセがあまり無い)と思われる白石朗氏にもときおり見受けられます。 白石氏いわく「キングのパワフルな文体を訳すために熟語をよく使う」とのことですが・・・このまま調子乗ってると風間みたいになっちゃうんだからね。 既に熟語だけじゃ済まなくなってるのが見えてるからね、白石氏。

 まぁ、「ダーク・タワー」面白いです。 キングのいろんな作品リンクしているので(むしろキングのいろんな作品これにリンクしているので)、ある程度以上キングを読んでる人ほど楽しめると思います。 だから私は敢えてキング初心者にはお勧めしていません。 キング自身がこの作品をマニア向けにしてしまってる気がするなー・・・。 これを読んでから、解説文読んで、「理解を深めるために他の作品も読もう!」と思うのもいいかもしれないけど。

 そうなると、「呪われた町」「不眠症」「アトランティスのこころ(第1部)」あたりは、完璧に「ダーク・タワー」の「外伝」扱いになっちゃうわけか。

 やっぱマニア向けだ。 マニアはそういうの好きだもんなー・・・。