実戦に使われた細菌兵器

 

     ●ペストノミが投下された常徳市  ●コレラ菌が入れられた井戸(江山市内)

 731部隊と南京1644部隊は、1940年、浙江省の衢州、寧波、金華に対して、
さらに翌年(1941年)は湖南省常徳に対してペスト菌による細菌戦を行なった。
飛行機から、穀物などにまぜたペストノミを投下させるなどして、人為的にペスト
を流行させたわけである。
 1942年には、国民党軍飛行場を潰滅させるために、浙江省から江西省にかけ
ての浙かん鉄道沿線で、ペスト菌、コレラ菌、チフス菌などによる細菌戦を行なっ
た。
 これは、細菌を混ぜた餅を住民に配る、井戸に細菌を投げ入れる、米に細菌を
つける、細菌を注射したネズミを放つなど謀略的な色彩が強い作戦であった。
 この他にも、収容所に入りきれなくなった香港難民にゲルトネル菌を混ぜた湯を
飲ませて虐殺した細菌戦(波8604部隊・広東)、河の堤防を決壊させコレラ菌を流
し汚染区を作り出した山東コレラ作戦(甲1855部隊・北京)などの細菌戦もある。
 この他にも多数の細菌戦が行なわれたことを記す中国側の資料がある。
 石井四郎がいみじくも言ったように、細菌戦lは「害毒性が人体深く浸透」し、感染
を繰り返しながら被害を拡げていく。一度の攻撃で持続した被害を与えられるという
性格を持つものであった。


 丸山茂さん(元波8604部隊)

 Mは部隊長lこ指導されて、ゲルトネル菌を飲用湯に投入したそうです。
 一般的に腸管系の細菌は熱に弱く、摂氏45度くらいで死んでしまうわけです。
炊事場で湯桶に汲まれた湯の温度は60度を越す。菌が死なない43度以下に下
げるには時間がかかるわけです。釜から桶に湯を移したときの温度を計って、時
を見計らって菌を入れたと彼は話していました。
 また、収容所の中に残った難民200人を、北江の上流の日本軍占領地外、つま
り敵の勢力圏に移送したということです。
 その人たちはMの散布した菌を飲んでも死ななかった連中です。
 菌の保有者なんです。そういうことをして、生き残った人間まで使って細菌戦を
行なったわけです。