731部隊・細菌戦とは?


731部隊とは

●こんなにもあった細菌戦部
●731部隊の設立から敗戦まで
●731部隊では何が行われたのか
 細菌生体実験、凍傷実験、毒ガス実験など多
岐にわたる731部隊の犯罪「業務」の中でも、
最も主要な「業務」は、細菌兵器の開発とその実
戦使用であった。つまり細菌戦こそ、この部隊の
主任務であり設立目的でもあった。


●実戦に使われた細菌兵器
●細菌戦の出撃拠点

 細菌戦が初めて記録として登場するのは193
8年、中国華北を中心に展開されたものである。
 中国側の記録によれば、「日本軍機数十機に
よる細菌爆弾の投下」「飲料用井戸へのコレラ、
チフス菌の投下」「鉄道沿線へのコレラ菌撒布」
など、40年以降行われたと同様の作戦方法が
採られている。

細菌戦の実態
●1940年10月衢州ペストノミ投下
●1940年10月寧波ペストノミ投下
●1941年11月常徳ペストノミ投下
●1941義烏(衢州か伝播)
●1942年浙かん作戦・広豊・玉山
●1942年浙かん作戦・江山

 1940年5月末日から6月にかけて、参謀本部
陸軍、支那派遣軍、関東軍の上層部メンバーら
によって細菌戦実施計画がまとめられた。
 攻撃目標は、中国「浙かん沿線都市」、指揮官
は石井四郎大佐(当時)、攻撃方法はペストノミ
による雨下(上空から撒布)攻撃、時期はとりあ
えず「7月中」(実際には遅れた)とされた。

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