■ 会社概要
株式会社 神静民報社
神奈川県 小田原市 栄町 3−21−2
電 話 0465−35−1888
FAX 0465−30−1888
■ 創 刊 1946(昭和21)年2月11日
■ 資 本 金 1000万円
■ 業務内容 新聞発行、出版、印刷、広告デザイン
■ 発行地域 小田原市、南足柄市、足柄上郡、足柄下郡
秦野市、二宮町、大磯町、静岡県熱海市泉地区
■ 沿革
1946(昭和21)年 2月11日
創刊号を発行(週刊、菊判2ページ)。
発行者=当時神奈川新聞初代小田原支局長の田中要之助、
発行所=小田原市緑3−326(現小田原市栄町3−21−2)、
『神静民報』の紙名は、旧足柄県の神奈川県西と静岡県東の地域の新聞を意図したもの
1947(昭和22)年 2月
資本金19万5000円で「株式会社神静民報社」創立、代表取締役社長に田中要之助が就任。
小田原駅前の緑1−396(現小田原市栄町2−8−38)、
日新工業寮の木造3階建ての建物を買収、本社を移転。
109号から日刊で発行。現在の新聞サイズ、ブランケット判で発行を始める。
1960(昭和35)年 8月
第1回小田原地方官公庁親睦野球大会を開催。
1978(昭和53)年 11月
第1回親善ゴルフ大会を開催。
1980(昭和55)年
神静民報PR版を発行。各新聞販売店で組織する「神静会」を設立。
1996(平成8)年
創刊50周年を迎え、記念祝賀会を開催。記念誌発行
2000(平成12)年
ホームページを開設
2006(平成18)年
創刊60周年記念事業として、小田原競輪に「神静民報社杯争奪戦」を創設。
1996年から2005年まで10年間のニュースをまとめ、
記念冊子 『神静民報が報じた神奈川県西ニュース』
を発行。
記念祝賀会を湯本富士屋ホテルで開催。
焼け跡の混乱の中から産声
地域に根ざす紙面づくり
〜 創刊60周年を迎えて 〜 |
おかげさまで、神静民報は2006年2月11日、創刊60周年を迎えました。
人間で言えば還暦にあたるわけですが、
小田原地方では創業100年など歴史ある老舗は多く、まだまだです。
地元のローカル紙として60年を迎えることができたのは、
地域のスポンサー、購読者、値域住民皆様のおかげです。
そして、雨の日も風の日も毎日、新聞を届けてくれている新聞販売店の皆様のおかげです。
ここに感謝とお礼を述べさせていただきます。
60年を振り返ると、創刊当時の小社のことを知る人や社員も少なくなっています。
これまでの歴史や足跡を作り、きょうまで社を盛り上げてくれた先輩社員、
そして経済情勢が不透明で、めまぐるしく変わる今を支えている社員の汗と努力のかいあって、
県西地区で日刊新聞発行を続けることが出来ています。
地域紙の運営は難しいとよく言われていますが、小田原、箱根を中心に県西地区の企業、
地域住民に支えられて、今日まで地域に生かされてきたんだと強く感じます。
創刊した1946(昭和21)年は、終戦の翌年。焼け跡の混乱の中で産声をあげました。
当時は人集めや資金面などあらゆる苦労を乗り越えて何物にも動じない精神で、
自由・公正の名のもとに、日夜、地域の報道に努めてまいりました。
小田原の水産関係、箱根の観光関係など県西地域の経済界や地域住民の
ご支援により創業したのは、神奈川新聞初代小田原支局長の田中要之助でした。
その意思をついで発展させたのが2代田中久雄です。
歴代社長が、神静民報社の社員とともに荒波を乗り越えて来ました。
地域紙は、その地域が繁栄するために努力をするということが使命と痛感しています。
紙面では讃えることもあれば、勇気を持って批判をするということもあります。
これからもより一層、地域に根ざした紙面づくりと、きめ細かな報道を目指して
地域に密着、役立つ新聞づくりに励んでまいります。
さらなるご支援、ご鞭撻と変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。
神静民報社 代表取締役社長 田中 一之
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60周年記念式典 2006(平成18)年
4月15日 湯本富士屋ホテルで
戦後の混乱期に産声を上げた神静民報社(田中一之社長)は15日、箱根町湯本の湯本富士屋ホテルで「創刊60周年記念祝賀会」を開いた。県西地区の首長、議会議長をはじめ経済界など各界から約250人が出席し、節目となる60年をたたえた。会場で本紙社員一同は、「これからも不屈のジャーナリスト精神で、社員一丸となり郷土に根ざした報道に努め、地域に愛される紙面づくりを進めていく」との決意を示した。
| あいさつに立つ田中社長(右) |
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| 石坂逸美編集局長代理 |
原義明小田原箱根
商工会議所会頭
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山口昇士箱根町町長 |
小澤良明小田原市長 |
| 祝賀会の様子 |
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