防錆塗料のウンチク(更新:2000/7/23)

0. サビはクルマのガン!

1.水と酸素とサビ

2.サビはサビを防ぐ

3.人工的な化成皮膜による保護

4.サビ変換剤

5.防錆顔料の仕組み

6.鉄の犠牲になってサビを防ぐ

7.サビの上に塗れる防錆塗料



0.サビは車のガン!
 ボディのサビ処理のもっともオーソドックスな方法は、サンドペーパーやワイヤーブラシ、ときにはサンドブラストなど物理的な方法でサビを取り除き、露出した金属表面が酸素と化合して再びサビに戻らないように、防錆塗料を塗布することである。しかし、サビを完全に除去するのは、いかに強靭な体力および精神力を持っていたとしても容易なことではない。表に出ているさびなら、フェンダー一枚分くらいは電動工具を駆使して取り除くことも可能だが、裏側の入り組んだ部分や袋構造の内側などは絶望的である。また、サビは表面を均一に錆びているわけではないので、深いサビの部分を取り除くうちに、鋼鈑に穴が開いてしまうこともたびたびである。このようなときにサビを取り除かずに、サビの上から塗るだけでサビの発生を抑えたり、またはサビそのものを別な物質に変換し食い止める塗料・薬品が市販されている。これらの原理を知ることはレストア作業を進める上で非常に有益である。

1.水と酸素とサビ
 サビは金属から電子やイオンが移動することによって起こる。そのため、表面に電解質である水溶液がないと鉄は錆びることはできない。表面に結露や雨水の付着などの要因によって、液体である水が付着することで鉄はサビを生じる。いくら湿度が高くても結露によって、鉄の表面に液体である水が付着しない限り、鉄はほとんど錆びない。逆にいうと、車のボディ鋼鈑の温度を外気よりも高く保つとか、あるいは外気の湿度自体を低く保つことで、サビの発生を抑えることができる。また、液体の水に強電解質である塩が加わると、サビの発生が促進される。
 鉄が錆びる上で、水のほかにもうひとつ必要な要素は、酸素である。酸素がないと鉄は錆びることができない。だから空気のない月面に自動車を保管しておけば、自動車は永遠に錆びないことになる。ところが、鉄が酸化しないということは、結構面倒なことでもある。地球上では金属を切断すると、瞬時に表面に酸化皮膜が形成される。ところが、月のように酸素がないと、金属表面にこうした酸化皮膜が形成されない。酸化皮膜のない金属面同士は接合してしまうので、ベアリングなどの摺動面は焼きつきを起こしてしまう。月にクラッシックカーを保管しておけば錆びて朽ちることはないが、月で車を動かそうとすると、車はすぐに壊れてしまう。

2.サビはサビを防ぐ
 地球上の金属はこうした酸化物超薄膜と呼ばれる酸化皮膜に覆われている。そしてこの酸化皮膜に水が付着すると、金属の種類によって3種類の化合物に変質する。ひとつは、水酸化物を含んだ不動態皮膜と呼ばれるもので、ステンレスやチタン、アルミなどの金属の表面に生成される。これらの金属は、この皮膜に覆われることで保護されるので腐食しにくいのだ。また、この不動態皮膜はアルカリ雰囲気中の炭素鋼にも生成される。コンクリートのなかで鉄筋が錆びにくいのはこのためである。
 二つ目は、化成皮膜と呼ばれる塩基性のサビで、銅や亜鉛、ニッケルなどに生成される。銅のサビとして知られる緑青などはこのなかに分類される。
そして最後のひとつが、いわゆる狭い意味で我々が使うところのサビ、赤いサビである。これは、水酸化物がコロイド状に錆びついたもので、鉄に発生する赤錆は、表面にただくっついているだけなので、衝撃や摩擦で簡単に剥げ落ちてしまう。また、水にも溶けやすいため、再びその部分に新たな水酸化物が生成され、これを繰り返すことで、鉄は次第に消耗される。
 一般に、こうした水酸化物や水酸化物の皮膜のことを我々は広義でサビと呼んでいる。ところで、イオン化傾向からすると、アルミは鉄に比べ活性であり、はるかに錆びやすいはずなのだが、常温の大気中ではサビ(酸化皮膜)によって保護されているため、サビは発生しにくいということになる。

3.人工的な化成皮膜による保護
 金属の表面に人工的にサビ皮膜を生じさせ、それによってサビを防ごうという考え方がある。ラストリムーバーやメタルプレップ、あるいはメタルレディ、ラストオフなどと呼ばれている製品がこれに属すると推測される。ほとんどの製品がリン酸を主体とした溶剤のようだ。これに他の酸や有機溶剤、界面活性剤などを混合したものが製品化されている。酸は酸化皮膜を作るのと同時に、すでに発生しているサビを落とす効果もあわせもっている。これがサビ除去剤の効果だ。
 サビの除去能力だけから言うと、実際には、リン酸よりも塩酸や硫酸のほうが強い。ところが、リン酸は鉄と反応し、薄いリン酸第二鉄の皮膜を形成する。この皮膜は水に溶けないので、処理後水洗いが可能であり、洗浄後、空気や湿気にさらされてもサビが発生しにくくなる。
 ところで、鉄は酸と反応し酸化鉄を作る際に水素を発生する。そして、発生した水素の一部が鉄に吸収されると水素脆性という現象を引き起こす。鉄の組織内に原子状水素を取り込んでしまうことにより、鉄がもろくなってしまうのだ。しかも、この現象は強度をうりとする高張力鋼や炭素鋼ほど起こりやすい。塩酸や硫酸などの強い酸を使用する場合にはこの点に注意が必要。また、メッキを行う際にも酸洗い(この場合はたいてい強酸を使用する)を行うから、この場合にも水素脆性は起こる。メッキしたスプリングやシャフトが折れやすいのはこのためである。
 また、発生した水素はリン酸塩皮膜の表面にも小さな穴をあける。さらに、リン酸塩の結晶は鉄鋼の表面で結晶核となり、それが成長し皮膜となるので、皮膜表面には微細な凹凸がたくさんできる。この状態で長く放置すると、水素ガスの発生した穴から酸素や水が供給されサビが発生するが、この皮膜の上に塗料で塗膜を作ってやると、サビの発生を抑制できる。しかも、皮膜表面には微細な凹凸があるので、表面積(接着面積)が増え、さらに、できた気孔が投錨効果を生むので、塗料の付着制をあげる効果もある。これがリン酸系処理剤の塗装下地処理作用である。

4.サビ変換剤
 これらのサビ除去剤(ラストリムーバー)とは異なり、サビ変換剤(ラストコンバーター)と呼ばれる製品がある。商品名ではサビハンター、サビチェンジャー、レノバスプレー、ワンステップなどがこれにあたる。
 これらの商品は、変換剤を使ってサビを安定した酸化鉄に変換すると同時に、成分として含まれる樹脂を使ってこれをコーティングするというもの。レノバスプレーの場合には、樹脂にエポキシ樹脂が使われている。その他の製品に関しては、変換剤に何を使用しているか、樹脂に何を使用しているかは不明。
 一般に、サビ変換剤のほうがリン酸系のサビ除去剤に比べて、そのまま放置した場合でもサビの発生はしにくい。しかし、これらの場合も上塗りをしたほうが防錆効果は大きく、必ず上塗りをすることを指定している商品もある。
 ただし、上塗りの付着性に関しては、リン酸系のサビ除去剤よりもサビ変換剤のほうが劣っているといわれる。サビ変換剤では、樹脂によってコーティングされるため、リン酸塩皮膜のようなエッチング効果が期待できないし、樹脂によっては上塗り塗料との相性の問題も生じる。さらにサビとの付着性も、サビ変換剤よりも、塗料の種類によっては防錆塗料のほうが強力である可能性もある。PORなどは下地処理にサビ変換剤を使用しないように指示している。

5.防錆顔料の仕組み
 防錆塗料がサビを防ぐ仕組みは、大きく分けて2つある。ひとつは、塗料の中の顔料として、防錆効果の期待できる物質を含有するもの。そしてもうひとつは、サビ発生の必須要素である水や酸素を強い塗膜によって遮断することを主眼としたものである。
 塗料は主に、「顔料」、「展色剤」、「溶剤」で構成されている。展色剤というのは、塗料の中で接着剤のような役目を担う要素で、専門家はビヒクルなどと呼ぶが、ここでは、「樹脂」と呼び変えてもいいと思う。着色を主目的とした塗料では、顔料に色を持たせる。一方、防錆塗料では、この顔料に防錆効果を持った物質を使用することで、塗料に防錆効果を持たせている。
 そして、この防錆顔料も、いくつかに分類することができる。アルカリ性の塗膜を作ることで、腐食反応を止める働きを持つのが、俗に鉛系塗料と呼ばれる防錆塗料だ。顔料としては主に、鉛丹(PH8.3)を使用する。鉛丹は英語にすると”Red Read"、つまり、光明丹である。鉛系防錆塗料は鉄鋼などに塗布される赤錆色の防錆塗料として普及した。
 ただし、同じ赤錆色のペイントでもベンガラを顔料としたものもある。こちらは酸性塗膜である。ベンガラは対紫外線性に優れ、これによって樹脂を保護することで塗膜の性能を上げている。

6.鉄の犠牲になってサビを防ぐ
 防錆顔料を使用した塗料にジンクリッチペイントと呼ばれる塗料がある。これは、塗料の顔料として亜鉛粉末を使用している。鉄よりもイオン化傾向の速い亜鉛を顔料として使用することで、亜鉛が先に陽極化し、鉄が腐食するのを電気的に食い止めようという仕組みである。亜鉛が鉄の身代わりになることから犠牲陽極などとも呼ばれる。ジンクリッチペイントは、海洋などの厳しい環境下でも防食性に優れていることから、橋梁などの重防食塗料の下塗り塗料として普及した。
 しかし、このペイントは亜鉛粉末を使って電気的に防錆するものなので、金属面と亜鉛粉末とが密着し、電気的に導通していることが、防錆力を発揮してくれるポイントとなる。つまり、ジンクリッチペイントは中塗りとして使用しても意味がないのだ。また、リン酸塩皮膜も不良導体であるから、塗装前の下処理としてラストリムーバーなどを使用するのもうまくない。ブラスト、またはペーパーなどを使って下地調整、サビ落しをしたあと、直接鉄の表面に付着させる形で施行しなければならない。
 また、すでにサビの発生している面に対しては、ジンクリッチの効果はあまり期待できないといわれている。さらに、アルミは亜鉛よりもイオン化傾向が大きいので、アルミの防錆塗料としてジンクリッチを使用すると逆効果になってしまう。

7.サビの上に塗れる防錆塗料
 サビ落しが大変なのは、なにも自動車のレストアだけではない。自動車のサビ落しを経験したことのある人なら、高速道路や橋梁、それに、化学プラントなどのサビ落しは、想像しただけで逃げ出してしまいたくなるはずだ。
 結局、自動車に限らず、塗装を行う上でもっとも大変なのは、塗装の下地処理なのである。そこで、重防食の分野でも、こうした構造物の補修塗料として、サビをとらずにサビの上から塗れる塗料が研究開発されている。
 これまでに、レストアコーナー上に登場しているエスコ(ESCO)という防錆塗料もそのひとつだ。エスコの場合は、顔料に防錆顔料を使うのではなく、塗料の塗膜剛性によって、水や酸を遮断し、それによってサビの進行を抑えている。PORも同様。サビの上から塗れるという塗料は、強い遮断性を持った塗膜と、サビと強固に結合する付着性で、サビの進行を抑えるというものが多いようである。
 とはいっても、水と酸素では遮断しやすさに大きな違いがあるという。素人考えでは、酸素よりも水のほうが遮断しやすいように思えるのだが、エスコの開発者によると、実際には、水は塗膜をスカスカ通ってしまうとのこと。また、塗膜の中に入り込んだ水は、下にサビがあるとそれに抱き込まれてしまうという。また、水が塗膜をとおして入り込まなくても、サビはかなりの割合で水を抱えており、塗膜の気孔をなくして酸素を遮断しないことには、サビの発生を食い止めることはできないとのことだ。
 塗膜によって酸素を遮断するには、とまくの強度や無気孔性もさることながら、最も確実で簡単な方法は膜厚を大きくとることである。自然暴露テストの結果、上塗りまで含めた合計膜厚で250ミクロンを超えると、サビの発生は極端に少なくなると、鉄道技術No.1070は報告している。これは、一般に防錆塗料は厚塗りをベースに考えられていることとも合致する。エスコの場合だと、400ミクロン程度に厚塗りされても大丈夫なように、あらかじめ設計されているとのこと。
 また、エスコは浸透性防錆塗料とも呼ばれる。これはサビ層に対して強い浸透力を持ち、それによってサビとの付着力を増すというものだ。
 塗料の付着力は、樹脂の性質によるところが大きい。一概には言えないのだが、一般には、油性、アルキド(25kg/cm2前後)、塩化ゴム(30kg/cm2前後)、ウレタン、エポキシ(45kg/cm2前後)の順で塗料の付着力は強くなるといわれている。しかし、エスコの場合には、同系のエポキシ塗料と比べてもさらに強い付着力(50kg/cm2)を持っている。
 この仕組みには、ケチミンと呼ばれる特殊な硬化剤によるところが大きい。前述のとおり、サビ皮膜の内部には多くの水をたたえている。ケチミンはこの水と反応し、アミンとケトンという2種類の物質を生成する。実際にエスコを硬化させるのはアミンなのだ。サビ内の水をケチミンで置換し、水がなくなってできた隙間に樹脂が入り込み硬化するという仕組み。この作用はクサビ作用だとか投錨効果などと呼ばれる。またアミンとともに生成されたケトンは塗料の溶剤として働く。サビ層内の水との反応によりできたケトンはサビ層近くの樹脂の粘性を小さくし、わずかな隙間にも入りやすくする役目を担っている。
 ところが、ケチミンによる投錨効はサビのないスムーズな金属表面ではおきにくい。そこで、これらの塗料をサビていない金属表面に塗布する場合は、リン酸系下地処理剤でエッチングしたのちに塗装すると良い結果が得られるのだ。
前述のPORもエスコと同様、水置換硬化型の塗料である。エスコとの違いは、エスコがエポキシ系塗料であるのに対し、PORは特殊ウレタン系であること。ウレタンをベースとして使った方が塗膜強度の点では優れるが、デメリットもある。一般に、ウレタン系の水置換硬化型の塗料は、水と反応した際に、硬化剤のほかに、ケトンなどの溶剤(液体)ではなく、炭酸ガスなどの気体が発生していまう。そして、この炭酸ガスが塗膜に気孔を作ってしまうのだ。しかし、PORは樹脂の粘性や塗膜表面の硬化速度を遅くすることで、発生した気孔を再び閉じてしまうようにデザインされている。そのため、ハケ塗りしてもハケ目がほとんど出ず、塗膜表面がつるっとした表面になる。
 エスコやPORのような水置換型の塗料は、2度塗りして塗膜を稼ぐよりも、できれば1度塗りめを厚無理してやったほうがサビ内の水を多く置換でき優れた性能を発揮する。逆にいうと、2度目塗りは最初の塗膜に遮断され、サビ内の水をケチミンによって置換するという効果は期待できなくなってしまう。ただし、気孔の位置をずらし、また塗膜を稼ぐ意味から、酸素の遮断性に優れた上塗り塗料(ウレタンやエポキシ系塗料)を塗り重ねてやると防錆力は上がるという。
 また、わずかな隙間にも入り込む浸透性は、樹脂分が多く顔料の少ない塗料の特性で、顔料分の多いパテや防錆塗料などはこうした浸透付着性で劣ってしまう。自動車塗装の分野では、地金にまずパテを入れて、その後、プライマーを塗る仕様が一般的だが、防錆という立場から考えると、まず、付着性や塗膜遮断性、あるいは、顔料の防錆能力に優れたプライマーを施工したあと、その上にパテを重ねたほうが効果はあがるはず、とのこと。
 重防食では、まず付着性や遮断性、あるいは化学的な防錆性に優れたプライマーを塗装し、その上に必要に応じ足付けして、パテやバリヤなどの厚塗りを施すという。前述のとおり、ジンク粉末塗料もパテの上から塗ったのでは、その効果はほとんど期待できないという。

(Oldtimer No.30 OCTOBER 1996より)

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