1938年ドイツ第三帝国はオーストリア無血併合を達成した。そしてヒトラーは、東方に生活圏(レーベンスラウム)を確保するために
隣国チェコスロバキア侵略を構想した。チェコスロバキアは、第一次世界大戦の産物として誕生した。旧オーストリア・ハンガリー帝国の
北半分がチェコスロバキアとして独立したのである。人口1500万人の内350万人がドイツ人であった。当時チェコスロバキアに同情的であった
イギリス・フランスに対して、「戦争になるぞ!」と恫喝を与えチェコスロバキアの孤立化政策が実施された。ヒトラーの思惑は「英仏は
戦争を望まず、ソ連は介入を好まず、イタリアは関心をもっていない。」というもので、ミュンヘン会議はチェコスロバキアの意思を無視して、
あっさりとチェコの工業地帯であるズデーテン地方のドイツへの割譲を認めた。チェコスロバキアは国際的支援を失い、まもなく崩壊した。
目先の戦争回避を最優先したミュンヘン会議の結果は、悲惨な第二次世界大戦の導火線となった。我々は歴史に何を学ぶのか。・・・・・・・・
中国共産党は、チベットを平然と侵略し、国内でも毛沢東が、大躍進・文化大革命などの時代に"約8000万人"の国民を餓死・処刑等で死亡させた。その
独善による犯罪は明白であり、覇権帝国は断固阻止されなければならない。
・・・・・・・アジア諸国は日本の動向に注目している。