歴史に学ぶ : 通商国家カルタゴの興亡

2000年前に地中海世界でひときわ繁栄した通商国家カルタゴは、大国ローマ帝国との3度にわたる戦争で、 歴史の中に消え去った。経済的利益のみを追求し続ける通商国家という姿勢は、外交や防衛という国家の将来像に関わる 政策を後回しにしてきた戦後の日本に重ね合わせることができる。
当時の文明地図を、現代史の構図に移してみると、ローマがアメリカ、ギリシャがヨーロッパ、そしてカルタゴを 日本と見ればよく理解できる。当時のギリシャとローマの関係は、現代のヨーロッパとアメリカの関係とよく似ている。 当時のカルタゴはギリシャやローマとは異文化であり、カルタゴ人は価値観・メンタリティにおいて明らかに異質であった とされている。
当時のローマは地中海を支配しようとする覇権主義であり、一方のカルタゴは自らの権益を守るために覇権主義に 反対し、互いの勢力均衡を維持しようとしていた。ポエニ戦争はギリシャ・カルタゴの抗争に端を発した。
第1次ポエニ戦争は、ローマによる国際化の強制であり、これを日米関係に当てはめると、幕末日本の開国である。 これから近代化に向け発展しようとしていた日本はアメリカに戦わずして屈伏した。そして、反撃の体制づくり と軍事力の強化が明治維新である。

ローマは第2次ポエニ戦争よって、強大化する異文化カルタゴを封じ込めようとした。これを日米関係に当てはめると 太平洋戦争・大東亜戦争であり、日本はアメリカ・ヨーロッパの覇権がアジアに及ぶことに反対して強力なる連合軍に 立ち向かった。

アメリカは、広くアジア・太平洋地域における自らの完全な覇権確立を目的とし、そこに立ち塞がる日本と 太平洋戦争を戦った。アメリカはこの勝利によって、覇権を不完全ながら確立した。しかし、アジアから盟友である ヨーロッパ勢力は駆逐される結果となった。アメリカの軍事的完全勝利に対し、日本は亜細亜諸国の独立達成で 一矢を報いた。政略では引き分けであったと考えるべきである。そして、引き続きアメリカは、アジア・太平洋地域 の覇権確立を虎視眈々と狙っている。我々は現代の戦争が、武力戦のみではないことを銘記すべきである。 熾烈な情報戦・思想戦が今も戦われている。


カルタゴは第2次ポエニ戦争の敗戦後、驚異的な経済復興を達成し、市民は個人主義を謳歌し繁栄に酔いしれた。 これは、日本の戦後にたいへん酷似している。敗戦は、日本民族が本来もっていた価値観を大きく変化させた。 軍事軽視の商業優先主義が蔓延し、人々は目先の快楽と利益に走り、全体の利益を疎かにする風潮が社会を支配している。 国民としての国家への忠誠心は空洞化してしまった。 三島(楯の会)事件は、国家への忠誠心を喪失した日本人への警鐘であった。

歴史は、カルタゴがその繁栄の故に、国民が国家観を喪失し、その強大な経済力にもかかわらず第3次ポエニ戦争で敗れ、 文字どおり灰塵に帰したと伝えている。


そして、現代の第3次ポエニ戦争は、国際化の美名の下に、グローバルスタンダードを強制しようとするアメリカと日本の 経済・金融戦争かもしれない。我が日本が、通商国家カルタゴの運命を辿らないためには、過去・現在の正義を手放すことなく、 アジアの友邦国家との連携に主軸を置いた、未来の正義実現を念頭に置いた巧妙な外交・軍事・経済戦略が必要である。
日本にとって必要なことは、過去の謝罪ではなく、過去の正義について自信を復活することである。 アジア諸国が日本に期待するのは、無原則な過去の否定ではなく、歴史的使命に確固たる自信を有する道義国家日本の再建である。 欧米列強の手先である華僑たちの正義ではなく、真実のアジアの正義復権によつて、日本は再びアジア諸国からの信頼を得ることが できる。


歴史に学ぶ : 中国の恫喝外交と覇権主義

1999年7月台湾の李登輝総統は、中国と台湾の関係を「特殊な国と国の関係」と位置づけた発言をおこなった。この発言は「一つの中国」 を標榜する覇権主義の中国共産党を激怒させた。これ以後中国は日本・アメリカ・アジア諸国に対して、台湾の武力解放すなわち「戦争」 をちらつかせる恫喝外交を展開している。中国と台湾の関係は、「合法政府と反乱団体・中央政府と地方政府」というものではないはずである。 もしも台湾孤立化政策が成功するならば、今後アジアにおける中国の覇権主義を阻むことは困難となるであろう。

1938年ドイツ第三帝国はオーストリア無血併合を達成した。そしてヒトラーは、東方に生活圏(レーベンスラウム)を確保するために 隣国チェコスロバキア侵略を構想した。チェコスロバキアは、第一次世界大戦の産物として誕生した。旧オーストリア・ハンガリー帝国の 北半分がチェコスロバキアとして独立したのである。人口1500万人の内350万人がドイツ人であった。当時チェコスロバキアに同情的であった イギリス・フランスに対して、「戦争になるぞ!」と恫喝を与えチェコスロバキアの孤立化政策が実施された。ヒトラーの思惑は「英仏は 戦争を望まず、ソ連は介入を好まず、イタリアは関心をもっていない。」というもので、ミュンヘン会議はチェコスロバキアの意思を無視して、 あっさりとチェコの工業地帯であるズデーテン地方のドイツへの割譲を認めた。チェコスロバキアは国際的支援を失い、まもなく崩壊した。 目先の戦争回避を最優先したミュンヘン会議の結果は、悲惨な第二次世界大戦の導火線となった。我々は歴史に何を学ぶのか。・・・・・・・・

中国共産党は、チベットを平然と侵略し、国内でも毛沢東が、大躍進・文化大革命などの時代に"約8000万人"の国民を餓死・処刑等で死亡させた。その 独善による犯罪は明白であり、覇権帝国は断固阻止されなければならない。

・・・・・・・アジア諸国は日本の動向に注目している。