日 本 基 督 教 団  竹田教会  Taketa Church,   United Church Of Christ In Japan /Kyoda

      

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                                                                             説教より   

 

あなたは 人目の大切な訪問者です。日本基督教団竹田教会  牧師 尾崎明 

 

信じない者ではなく、信じる者になりなさい。新共同訳聖書ヨハネによる福音諸20章27節

 

日本基督教団竹田教会の礼拝は日曜日10時−11時です。説教は教会に出席した方に向けてしていて 20ー30分間です。

説教後 説教を基にして ホームページやブログを見る方のために書いたのが 説教よりであり 説教(ブログ)です。

2010年6月よりの「説教より」はホームページの容量の関係で 説教ブログ )に 掲載します。

聖書の言葉は(C)共同訳聖書実行委員会 (C)財団法人 日本聖書協会 「新共同訳聖書」より引用しています。

 

大分県竹田市大字竹田2625−2  日本基督教団竹田教会 (小羊保育園の隣り)

 

日本キリスト教団竹田教会のホームページ  http://taketa.church.jp/

 

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5月30(日)の日本基督教団竹田教会の 礼拝の説教をもとにして。

説教題:「救ってください」。  説教者:牧師 尾崎明。

 

聖書:「マタイ福音書」6章13節。 時:10時−11時

 

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 「わたしたちを誘惑に遭わせず、

 

   悪い者から救ってください。」 (新共同訳聖書「マタイ福音書」6章1 3節)。

 

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「神さま わたくしたちは弱い者です。どうか試みに 誘惑に遭わせないでください。また 悪から 悪い者から救ってください。」 このように祈りなさいとイエスさまは教えておられます。この祈りを真剣に祈って 今週歩んで行きましょう。

 

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5月23日(日)の日本基督教団竹田教会

 

   聖霊降臨日(ペンテコステ)礼拝の説教をもとにして。

説教題:「負い目」。  説教者:牧師 尾崎明。

 

聖書:「マタイ福音書」6章12節。 時:10時−11時

 

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 わたしたちの負い目を赦してください、

 

 わたしたちも自分に負い目のある人を

 

  赦しましたように。 (新共同訳聖書「マタイ福音書」6章12節)。

 

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 わたくしどもの教会では 礼拝ごとに「主の祈り」(文語訳)を一緒に唱えています。

 

  「我らに罪を犯す者を 

 

   我らが赦すごとく 

 

   我らの罪をも赦したまえ。」

 

 原語が「罪」とか「負い目」と訳されていますが 両方の意味があり どちらも大切な課題です。「罪」と訳されると 神さまの「御こころ」と「的外れ」している状態がよく表現されます。「負い目」と訳されると「負債」という意味がよく表現されます。

 

 きょうは 聖霊降臨日(ペンテコステ)です。イエス・キリストが復活して50日、天に帰って10日の出来事です。

イエス・キリストの弟子であるペテロやヨハネは一度は堕落し信仰を捨てましたが、神さまの聖霊が注がれました。その結果 弟子たちの信仰が回復され 最初の信じる者の集まり「教会」が誕生した「教会の誕生日」です。

 

 21世紀の現代の状況をみると 各人にも社会にも世界にもさまざまな「負い目」「課題」が存在します。「神さまに祈願する祈りの柱・課題」が山積しています。ここに「宗教・信仰」の大切な役割があります。神さまに赦していただき 救っていただく「宗教的な課題」が存在します。

イエス・キリストの十字架の犠牲によって わたくしたちは神さまに「赦され」愛されている状態になりました。神さまに愛されていることを知ると、隣りの人を受け入れ「許しあい」理解しよう支援し合うという心と行動が誕生します。

 

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大分県竹田市大字竹田2625−2 日本基督教団竹田教会(小羊保育園の隣り) 

 

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○ 聖霊降臨日(ペンテコステ)礼拝のなかで聖餐式がありました。

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5月16日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして。

説教題:「必要な糧(かて)」。  説教者:牧師 尾崎明。

 

聖書:「マタイ福音書」6章11節。 時:10時−11時

 

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 わたしたちに必要な糧を今日与えてください。(「マタイ福音書」6章11節)。

 

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 救い主イエス・キリストは 神さまにこのように祈りなさいと祈り「主の祈り」を教えてくれました。「マタイ福音書」6章11節には「わたしたちに必要な糧を今日与えてください」と祈りなさいと記されています。この11節の「祈り」から 次のことを教えられます。

 

(1) 「わたし」ではなく「わたしたち」です。自分のための「糧」でなく「みんなの」「糧」を神さまに願い祈りなさい。

 

(2) 神さまに願う「糧」とは 食料 食べ物や目に見えるものだけでない。人間が生きていくためには 友情、許し合う心、支援しあう心が必要です。さらに 神さまのみ言葉によって 励まされ 救われることが必要です。神さまの御言葉を求め願いなさい。

 

(3) 明日や将来のことは神さまに委ねて きょうだけの糧を求めなさい。必要以上の「糧」をもとめないように。「創世記」にあるように 砂漠で余分に集めた「マナ」は腐ってしまったとあります。

 

(4) みんなと「糧」「聖書の神さまの御言葉」だけでなく 「負担」「苦労」「苦楽」を分かち合える人間 社会 世界になりなさいと教えています。

 

 このように「祈りのみ言葉」は 人間の生き方 社会のあり方 世界のあり方をも教えています。

 

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5月9日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして。

 

説教題:「御国が来ますように」。  説教者:牧師 尾崎明。

 

聖書:「マタイ福音書」6章10節。

 

 

 イエス・キリストの教えてくれた「主の祈り」に「御国が来ますように」という祈りがあります。

 

神さまの御心 御意思が隅々まで充分にいきわたっている状態・国が来ますようにとの意味です。

 

人間の意思ではなく、神さまの御意思がいきわたりますように。

 

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本日は竹田教会の野外礼拝の日。10時に竹田教会を出発して 途中 キリシタン遺跡を見たあと 豊後大野市朝地にある朝倉文夫記念公園で野外礼拝をしました。きょうは「母の日」 。 とても良い天気でした。

 

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  5月2日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝をもとにして。

説教題:「天におられるわたしたちの父よ」。 聖書 :「マタイ福音書」6章 9節。

説教者:牧師 尾崎明。 時:10時−11時。 場所:大分県竹田市大字竹田2625 竹田教会。

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 「マタイ福音書」6章 9節には 救い主イエス・キリストがこう祈りなさいと祈り方を教えてくれた「主の祈り」が出ています。

 だから、こう祈りなさい。

   「天におられるわたしたちの父よ、

    御名が崇められますように。」

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ここの御言葉で重要なことが3点あります。

1.神さまは「天におられる」。人間とはまったく区別され 異なる神さまです。

2.神さまはわたくしたちの「父」である。峻厳な方であるとともに 「父」のような親しみやすいお方です。

  また、わたしだけの神さまではなく、「わたくしたち」みんなの神さまです。

3.御名とは 神さまご自身です。神さまが崇められますように。神さまが神さまとして 信仰されることが大切です。

 このことを忘れないで今週も生きていきましょう。

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   4月25日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝をもとにして。

説教題:「祈るときには」。 聖書 :「マタイ福音書」6章 5-8節。

説教者:牧師 尾崎明。 時:10時−11時。 場所:竹田教会(小羊保育園の隣り)。

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 「マタイ福音書」6章 5-8節において イエス・キリストの祈りについての教えが記されています。

1.あなたが祈るときは隠れたところにおられるあなたの父なる神さまに祈りなさい。

2.隠れたことを見ておられるあなたの父なる神さまが報いてくださる。

3.あなたがたの父なる神さまは願う前から、あなたがたに必要なものをご存じである。

 わたくしたち人間にはいろいろな悩みがあり 神さまに悩みの解決を願い祈ります。しかし、神さまは願う前からわたくしたちひとりひとりに何が必要かご存知です。このことを忘れないで今週も生きていきましょう。

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きょう 礼拝後11時20分より14時まで 竹田教会の定期総会が開催されました。

 

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   4月18日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝をもとにして。

説教題:「弟子たちの派遣」。 聖書 :「マタイ福音書」2816-20節。

説教者:牧師 尾崎明。 時:10時−11時。 場所:小羊保育園の隣り。

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イエスは、近寄って来て言われた。

 

「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。

 

だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。

 

彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。

 

わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。(「マタイ福音書」2818-20節)。

 

 

このように 復活したイエス・キリストは宣教の大命令を11人の弟子に与えたのである。

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4月11日(日)の大分県竹田市大字竹田にある日本基督教団竹田教会の日曜(主日)礼拝の説教をもとにして。 

説教題「イエス・キリストの復活」。 説教者 牧師 尾崎明。

聖書「マタイによる福音書」28章11節−15節。 

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   四福音書に記されているように 救い主イエス・キリストは本当に復活されました。

その 救い主イエス・キリストを信じるものは救われます。その人だけでなく家族も救われます。

他の人も救われます。それが喜ばしい知らせ「福音」です。

 2008年6月にわたくしは 日本聖書協会主催の「聖書の旅」でエルサレムに行きました。

その時に 実際に歩いて見て 聖書の復活の記述をはっきりと確信し 復活の意味をより深くしることができました。 

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    4月4日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして

聖書 「マタイによる福音書」 28章1-10節。

説教題「復活」。説教者 牧師 尾崎明。 場所 大分県竹田市大字竹田 日本基督教団竹田教会。 時 午前10時より。 

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  「マタイによる福音書」28章に書かれているように イエス・キリストは復活されました。

このことは わたくしたちにも希望と復活があるということです。

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きょう4月4日は復活日(イースター)でした。

大分県竹田市大字竹田にある日本基督教団竹田教会では10時より復活日(イースター)礼拝がありました。

イエス・キリストの復活をお祝いしました。

教会員 小羊保育園職員 など30人という大勢の出席者がありました。

記念写真のあとイースター卵をいただきました。

その後 竹田教会の墓地で墓前祈祷会がありました。

そこで竹田教会と教会の墓を撮影しました。

きょうは 竹田市の桜祭りがあり岡城近くにたくさんのひとが散策していました。

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3月28日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして。

 

説教題「十字架」. 説教者  牧師 尾崎明。

聖書 「マタイ福音書」27章32−56節。 礼拝の時 10-11時。

 

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 さて、昼の12時に、全地は暗くなり、それが3時まで続いた。3時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。 「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(「マタイ福音書」27章45-46節。)

 

イエスさまが叫ばれた「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」は 詩篇22編2節3節にあります。詩篇22編4節以降では 神さまに対する信頼と賛美に満ちています。イエスさまは詩篇22編全部を含めて叫び告白していることになります。

 イエスさまはすべての人間の罪の罰を代わりに受けてくださいました。イエス・キリストのご受難とその意味を考えつつ過ごしていきましょう。

4月4日(日)にはキリスト教会で復活祭(イースター)の礼拝があります。

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     3月21日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして。

 

説教題「ペテロの否認」. 説教者  牧師 尾崎 明。

 

聖書 「マタイ福音書」26章69−75節。 礼拝の時 : 10-11時。

 

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 ペテロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。

この「マタイ福音書」2675節にある「ペテロの弱さ」を 私たちも持っています。4月3日までの受難節を 自己の弱さを自己点検して 克服する方法を考えながら過ごしていきましょう。

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    3月14日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題 「ゲッセマネの祈り」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」26章36-46節。時:10時より。

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「父よ、できることなら、この杯をこの杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしに願いどおりではなく、御心のままに。」(「マタイによる福音書」6章39より) 

 「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」(「マタイによる福音書」6章42より)

 捕らわれ十字架に着く前にした このイエスの「ゲッセマネの祈り」を心に覚えて受難節を過ごして行きましょう。

 私は2008年6月に日本聖書協会主催の「聖書の旅」で イスラエルのオリーブ山のゲッセマネの園を訪問しました。古いオリーブの樹があり イエスが祈った岩の場所に記念の教会が建っていました。

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3月7日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題 「施しをするときには」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」6章1-4節。時:10時より。

 

   「マタイによる福音書」6章3-4節に イエス・キリストの教えが出ています。

「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。

あなたの施しを人目につかせないためである。

そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」

 

 施しだけでなく 人にした親切な言葉や行いをその人が忘れていても 父なる神さまは覚えていてくださる。

このイエス・キリストの教えを 忘れないで 生きていきましょう。

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  2月28日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題 「敵を愛しなさい」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」5章43-48節。時:10時より。

 

 イエス・キリストは「マタイによる福音書」5章43-48節において 「 敵を愛しなさい」と教えています。

この御言葉を忘れないで 生きていきましょう。

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2月21日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題 「復讐してはならない」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」5章38-42節。時:10時より。

 

 イエス・キリストは「マタイによる福音書」5章38-42節において 「復讐してはならない」と教えています。

この教えを忘れないで 生きていこうではありませんか。

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2月14日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題 「誓ってはならない」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」5章33-37節。時:10時より。

 

 「マタイによる福音書」5章33-37節には 救い主イエス・キリスト の「誓ってはならない」と いう教えが出ています。「一切誓いを立ててはならない。---あなたがたは、「然り、然り」「否、否」と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」

 救い主イエス・キリストのこの「誓ってはならない」と いう教えを忘れないで生きていきましょう。

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2月7日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題 「離縁してはならない」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」5章31-32節。時:10時より。

 

大地震のハイチのこと 大雪の新潟や長野などのことを覚えて きょうの礼拝を守りましょう。

聖書「マタイによる福音書」5章31-32節で 救い主イエス・キリストは  「離縁してはならない」と言われました。

どうかこの御言葉を忘れないで 夫婦仲良く過ごしましょう。

結婚の時に 「健やかな時も 病める時も」助け合うことを誓い合ったことを思い出しましょう。

 

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1月31日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題「地獄に落ちない方がましである」。 説教者 牧師 尾崎明。 

聖書「マタイによる福音書」5章27-30節。時:10時より。

 

 救い主イエス・キリストは「マタイ による福音書」5章30節で言っておられます。

 

「もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」

 

私たちの救い主イエス・キリストのこの御言葉を忘れないで 今後生きていきましょう。主は厳しさとともに優しさを持ってわたくしたちを導いてくださるお方です。

 

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 1月24日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題「腹を立ててはならない」。 説教者 牧師 尾崎明。 聖書「マタイ による福音書」5章21-26節。時:10時より。

場所:日本基督教団竹田教会 大分県竹田市大字竹田2625(小羊保育園の隣り)

  「マタイによる福音書」5章から7章に イエス・キリストの「山上の説教」が載っています。「幸い」「地の塩 世の光」「律法について」、 そして 本日の「腹を立ててはならない」です。

 イエス・キリストは 「兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける」 「早く和解しなさい」と言っています。この救い主イエス・キリストの勧めをよく覚えて今後 過ごしたいものです。

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 大地震がカリブ海のハイチで起こり 大きな被害が出たと報道されています。日本キリスト教協議会、日本基督教団などでは義援金を受け付けています。竹田教会関係者は竹田教会で受け付けてそちらに送ります。

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 1月17日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題「エジプトよりナザレへ」。 説教者 牧師 尾崎明。

聖書「マタイ による福音書」2章19-23節。 時:10時より。場所:大分県竹田市 大字竹田2625。

 

 ヨセフは主の天使の声を聞いた。御子の命をねらっていたヘロデが死んだので 避難し滞在していたエジプトのカイロを出発し 御子とマリアとヨセフは以前住み慣れていたナザレに無事に着いた。

 私は2008年6月にエジプトのカイロとイスラエルのナザレなどを訪問した。 「聖家族」は歩いてベツレヘムからカイロへ カイロからナザレに旅したのであった。「聖家族」にとって 困難な不安な旅であった。しかし ナザレでの希望と平安な日々が待っていたのである。イエス・キリストは伝道の公生涯に入るまで 長くナザレにお住まいになったのである。

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   1月10日(日)の日本基督教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

説教題「ベツレヘムの子ども」。 説教者 牧師 尾崎明。

聖書「マタイ福音書」216節。 時:10時より。場所:大分県竹田市竹田2625。

 

さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。

 

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ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、ヘロデは一人残らず殺させた。20−30人の子どもたちが殺されたという。

救い主降誕のときの ベツレヘム周辺での悲惨な出来事が「マタイ福音書」に記されている。

御子と父ヨセフと母マリアは ベツレヘムを 夜 脱出し エジプトまで避難した。そして エジプトのカイロにしばらく滞在した。私は2008年6月に「聖書の旅」でカイロを訪問した。カイロには聖家族が守られ滞在した場所に記念の教会があった。

 

 クリスマスのもうひとつの出来事を忘れてはいけないことを「マタイ福音書」は伝えている。

 

 

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  1月4日(日)の日本基督教団竹田教会の主日礼拝より

 

説教者 : 日本基督教団竹田教会牧師 尾崎明。説教題 :「人の創造」。

 

聖書 :「創世記」1章27節。時:10時ー11時。場所 : 日本キリスト教団竹田教会小羊保育園の隣り).

 

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 新しい年2010年の最初の日曜日の主日礼拝 で 人は誰によって どのように創造されたかを聖書を通して考えたい。

 

 

 今日の主日礼拝に与えられた聖書「創世記」1章27節には 「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」とあります。

 

 

 このように 本来 人は 神によって 神にかたどって 男と女に創造された。神と人との正しい関係は 創造者と被創造者との関係である。使徒パウロが新約聖書に何度も記しているように  神との正しい関係をなくした 原罪を背負った人は キリストを信じることによって キリストによって 元の創造者である神との正しい関係に回復される。

 

 このことを 忘れないで 新しい年 2010年を生きて行こうではないか。

 

 

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  1月1日(日)の日本基督教団竹田教会の元旦礼拝より

 

説教者 : 日本基督教団竹田教会牧師 尾崎明。説教題 :「天地の創造」。

 

聖書 :「創世記」1章1-5節。時刻:10時ー11時。場所 : 日本キリスト教団竹田教会小羊保育園の隣り).

 

  一年の始めに 聖書の最初にある「創世記」を学びたいと思います。神さまより使命を受けたモーセはイスラエルの民をエジプトから 約束の地カナンに 約40年間 苦労して導きました。その苦労の旅のなかで 「創世記」や「出エジプト記」などモーセ五書は書かれました。天地は誰によって何のために創造されたか。人は誰によって何のために創造されたかが記されました。

 私は2008年6月に モーセがたどったと思われるシナイ半島のコースを通りました。 モーセは「神さまの言葉・声」によって励まされ導かれ 「天地を創造した創造者」のことを考えながら旅したことを教えられました。

 神さまは「光あれ」と「言葉」によって 天地をお造りになりました。私たちは新しい年2010年を イエス・キリストの父なる神さまの「言葉」を「聖書」に求めながら 自分たちの人生という旅をして行きたいと思います。人の平和 社会の平和 世界の平和を求める旅を 日曜日ごとに一緒に礼拝をし考えながら生きて行きましょう。

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元旦礼拝のあと 例年のように みんなで抹茶をいただき 語り合い 励ましあいました。

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      12月27日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「エジプトへの避難」, 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 

聖書「マタイによる福音書」2章13-15節.

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  聖書の言葉

占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」  ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

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   「マタイによる福音書」 の2章13〜21節には 生まれたばかりの御子が父ヨセフ母マリアと共に エジプトに避難したことが記されています。きょうは そのなかの2章13-15節に注目したいと思います。

  ヨセフは 神さまが使わした天使の言葉を夢のなかで聞きました。そして 夜のうちに 子供とその母親を連れて エジプトへと逃げました。ここで教えられることは 神さまの言葉どおりにヨセフはすぐ実行し 危機一髪で助かったことです。旧約聖書の「創世記」にあるように、ノアは神さまの声のとおりに山の頂上に大きな船を造りました。そしてノアと家族は救われました。 

 ヨセフのように、 神さまからの言葉があったら 素直に 実行したいものです。わたくしたちは日曜日ごとの礼拝で 神さまの言葉である聖書の言葉を通して神さまの御心を正しく聴いて実行していきたいものです。

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      12月24日(日)の日本基督教団竹田教会クリスマス・イブ礼拝の説教をもとにして

説教題「 救い主がお生まれになった」, 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書「ルカによる福音書」2章8-21節。 19時より。

聖書の言葉

    その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。

  「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

   「いと高きところには栄光、神にあれ、  地には平和、御心に適う人にあれ。」

   天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

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  クリスマスおめでとうございます。

  神さまはアブラハム、モーセ、多くの預言者たちを地上に派遣されました。しかし 人間は神さまの救済を受け入れませんでした。そこで 神さまは人間を救うために、御子イエス・キリストを地上に派遣してくださいました。神さまご自身が人間の姿になって地上に降りてきてくださいました。十字架による死による人間救済をご決意されて。

  救い主のご降誕をお祝いする。それが クリスマスです。

 孤独のなかにいる 病いのなかにいる 救いを求めている 皆さま方のうえに あなたに あなたにこそ 救い主イエス・キリストのご祝福が豊かにありますようにお祈りします。

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教会員 求道者 近所の方 小羊保育園職員など27人で礼拝をまもりました。

Merry  CHristmas  2009, Taketa  Church  In Japan 

クリスマスの案内     竹田教会のクリスマス    園クリスマス   小羊保育園クリスマス

聖書の言葉は(C)共同訳聖書実行委員会 (C)財団法人 日本聖書協会 「新共同訳聖書」より引用しています。日本聖書協会の「今日の聖句」 。)


大分県竹田市竹田にある日本基督教団竹田教会のホームページhttp://taketa.church.jp/

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    12月20日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「神に栄光 人に平和」, 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書「 ルカによる福音書」2章8-21節。

聖書の言葉

    その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。

  「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

   「いと高きところには栄光、神にあれ、  地には平和、御心に適う人にあれ。」

   天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

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 救い主イエス・キリストのご降誕おめでとうございます。

 羊飼いに天使は「神に栄光 地と人に平和」と言いました。神さまは「地と人」に「平和」を与えるために御子を 「地と人」に送ってくださいました。神さまは人間の姿になって 「地と人」に平安と救いを与えるために 降りて来てくださいました。

2009年の「地と人」は「平和」を求めています。世界の各地に平和がきますように。 世界の山積みの難問題に解決があたえられますように。孤独と悲しみのなかにいるひとりひとりに平安がきますように。家族に職場に地域に「平和」シャロホームがありますように。

 “きよしこの夜 星はひかり、救いのみ子は まぶねのなかに ねむりたもう、やすらかに”(「日本キリスト教団出版局発行 讃美歌21の264番」)

 皆様方のうえに救い主イエス・キリストのご祝福が豊かにありますようにお祈りします。

どうぞ よいクリスマスをお迎えください。

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きょう10時より日本キリスト教団竹田教会で2009年度クリスマス礼拝と祝会がありました。 クリスマス礼拝と祝会にアメリカから日本に来て学校で英語を教えている青年が出席されました。

難問が山積している世界ですが クリスマスの礼拝と祝会で国際的友好をふかめることができ感謝でした。手作りのごちそうを食べ 楽しく交流しました。アメリカを始め 世界中の教会のクリスマス礼拝と祝会に祝福がありますように。どの国の方々とも いろいろな難問を理解しあえますように。

Merry  CHristmas  2009, Taketa  Church  In Japan 

クリスマスの案内     竹田教会のクリスマス    園クリスマス   小羊保育園クリスマス

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     12月13日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「神は我々と共におられる」, 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」1章22-25節

 

本日の礼拝は待降節第3主日の礼拝で、日本キリスト教団竹田教会の礼拝の聖書の言葉に注目したい。

 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」

 この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。(「マタイ福音書」1章22-23節)

新型インフルエンザ問題や地球温暖化問題をはじめや山積みの難問を抱えたなかで迎える2009年クリスマスに 救い主イエス・キリストの父なる神さまが わたくしたちとともにおられるようお祈りしたいと思います。

  「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。

     この方こそ主メシアである。」(日本聖書協会 新共同訳聖書「ルカによる福音書」2章10節−11節)

 きよしこの夜 星はひかり、救いのみ子は まぶねのなかに ねむりたもう、やすらかに(「日本キリスト教団出版局発行 讃美歌21の264番」)

神さまは人間を救うために、御子を地上に派遣してくださいました。皆様方のうえに救い主イエス・キリストのご祝福が豊かにありますようにお祈りします。 

どうぞ よいクリスマスをお迎えください。12月20日(日)10時からのクリスマス礼拝・祝会と24日(木)19時からのクリスマス・イヴ・キャンドル礼拝にご出席ください。いっしょに 励ましあい、救い主ご降誕の意味を味わいましょう。

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  12月6日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

 

説教題「救い主イエス・キリスト到来」, 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」1章18-22節

 

 昨晩の寒さはとても厳しいものでした。その厳しさと同じように 社会と人間のかかえている諸課題・難題も厳しいものです。失業・自殺・新型インフルエンザ ・地球温暖化問題など。

 2000年前の ヨセフは厳しい問題を抱えていました。マリアとひそかに縁を切ろうと決心したと19節にあります。

このように考えていると 主の天使が現れて ヨセフを励ましました。ヨセフはマリアを再び迎え入れました。

我々も厳しい諸難題を抱えています。しかし聖書の言葉は励ましています。勇気をもって この待降節と年末に厳しい現実に向かっていきましょう。

救い主イエス・キリスト到来であるクリスマスを待ちましょう。

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    11月29日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

 

説教題「待降」, 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」1章17節

 

本日は待降節第1主日です。1本のろうそくに火がつきました。12月20日の降誕節(クリスマス)まで 祈りつつ過ごしたいと思います。

「マタイ福音書」1章17節のみ言葉に注目します。

 こうして、全部あわせると、アブラハムからダビデまで14代、ダビデからバビロンへの移住まで14代、バビロンへ移されてからキリストまでが14代である。

 42代という永く待ち望んだ後に 救い主イエス・キリストが与えられたのです。新型インフルエンザが早くおさまりなくなるよう祈りつつクリスマスを迎えたいと思います。

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11月22日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

 

説教題「天の国」,説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」5章19-20節

 

 新型インフルエンザが早くおさまりますように 祈りつつ説教します。

きょうの聖書の言葉に注目しましょう。聖書の言葉がすべてを解説しています。付け加えることは 何もありません。

「これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうすように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。」(節19)

「あなたがたの義が律法学者の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは天の国に入ることはできない」(20節)と イエスさまは言われました。

  今日から このイエス・キリストの言葉を忘れないで 日々歩んでいきましょう。

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   11月15日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「律法」 説教者 日本キリスト教団竹田教会牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」5章17-18節

「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。---」(517節)。

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 みなさん この一週間どのように過ごされたでしょうか。心安らかに過ごされましたか。それとも いろいろな難問がやってきて その解決のために悪戦苦闘されたでしょうか。

 救い主イエス・キリストは言われました。「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。」(517節)。「律法」の中心は「十戒」であり そのなかに「神を神として信じなさい。」また「あなたの父と母を敬いなさい。それは あなたが幸福にすごすためである。」とあります。

 主イエス・キリストは律法・「十戒」に従って ものごとを判断し 行動しなさいと言われています。これから始まる一週間 律法やイエス・キリストの教えを守って過ごしましょう。 いろいろと予想できない難問がやってきても イエス・キリストの山上の垂訓や教えや律法・「十戒」を思い出してください。きっと 同伴者である主イエス・キリストがあなたを支援してくださるにちがいありません。

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きょうは礼拝のあと 11時より 9月29日に92才で天に召された教会員の「記念式」がありました。ご遺族と教会員が参列。続いて 岡城跡の近くの竹田教会の墓地で納骨式がありました。竹田教会の納骨塔(墓)は1999年に造られました。墓碑には「我の国籍は天にあり」と 彫られています。

 

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   11月8日(日)の礼拝は豊肥ブロック三教会合同礼拝(犬飼教会にて)でした。

 

説教者 青佐牧師。 説教題「敵を愛しなさい」。

聖書「マタイ福音書」5章38-48節。

 

イエス・キリストは「敵を愛しなさい」と命じておられますとの説教がありました。

 

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礼拝後に残った23人で 昼食 自己紹介 交流の時を持ち 午後は犬飼幼稚園の二階でエルサレムについてのDVDを鑑賞しました。豊肥ブロック三教会(犬飼教会・三重教会・竹田教会)の連帯を確認し合った一日でした。竹田教会からは10名が参加しました。

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   11月1日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「光」 説教者 牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」5章16節

 

 みなさん この一週間 どのように お過ごしになられましたか。堂々と自信を持って生きることができましたでしょうか。

 救い主イエス・キリストの16節のみ言葉に注目したいと思います。

 「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々があなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめようになためである。」

 きょうから 始まる一週間、イエス・キリストの光を吸収して 人々の前に自信を持って自分を輝かしていこうではありませんか。イエス・キリストにすべてを委ねて行動し 生き つとめを果たしていきましょう。必ず 同伴者である主が助けてくださいます。来週まて゜元気を出して 自分の光を照らして歩みましょう。

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  10月25日の礼拝は2009年度の竹田教会の特別伝道礼拝でした。 津久見教会の野口春夫牧師の「人生の同伴者 はだれ」という説教題による説教の礼拝に22名が出席されました。

礼拝後に13名の方が愛餐会に残られ、一緒に食事をし 自己紹介をし、交流のひとときを持ちました。感謝でした。

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   10月18日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「ともし火], 説教者 牧師 尾崎明, 

聖書の言葉「マタイ福音書」5章15節

 「---また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれは、家の中のものすべてを照らすのである。---」

 

 みなさん ひとりひとり この一週間を どんな志をもって過ごしましたか。この社会のなかで 自分の思っていることを自信を持って表現した人もいるでしょう。イエス・キリストの教えを実践しようと頑張った人もいることでしょう。イエス・キリストの救いの言葉を人に伝えようとした人もいるでしょう。

 イエス・キリストは 「ともし火をともしなさい」と言っておられます。「ともし火」は聖書のイエス・キリストの真理・救いの言葉とも言えます。その「ともし火」を升の下においては まわりを照らすことができません。燭台の上に置き 家の中のものすべてを照らしなさいと言われています。

 きょうから始まる一週間 礼拝で受けた聖書のイエス・キリストの言葉を  自分の心に照らし整えて、 家庭に照らし、 社会に照らしていこうではありませんか。次週の礼拝は 今年度の竹田教会の特別伝道礼拝です。案内のチラシを配り 礼拝におさそいしましょう。

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    10月11日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「世の光], 説教者 牧師 尾崎明, 

聖書の言葉「マタイ福音書」5章14節

 「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。」

 

 みなさまがた この一週間どのように 過ごしましたか。どのような課題と願いと祈りを持って生きてこられましたか。

 ご自身が「世の光」である救い主イエス・キリストは あなたがたは世の光・社会の光でありなさいと言われました。光はイエス・キリストですから その光を正しく反射するのです。「あなたがた」は直接的には弟子のことですが わたくしたちクリスチャンにも ひとりの人間にも イエス・キリストの光を反射させなさい 証しをしなさいと言われています。

 これからの一週間 イエス・キリストを世の光として指し示し証ししていきたいものです。

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きょうの礼拝に 教会員の家族で東京と福岡在住の方が出席されました。

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   10月4日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「地の塩」, 説教者 牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」5章13節

 

  皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。愛する人を天国に送り 悲しみのなかにある方もいるでしょう。

 イエス・キリストは弟子たちに「あなたがたは地の塩である」と言われました。わたくしたちにも 弟子と同じように「あなたがたは地の塩である」と言っておられます。クリスチャンはキリストの弟子ですから 自分は「地の塩」であるという自覚が必要です。

 塩は人が生きていくためになくてならない貴重なものです。あなたは人々が生きていくために ぜひ必要なかけがえのない人です。塩にはどんな性質があるでしょうか。清める性質。ものが腐るのを防ぐ防腐剤の役目。食べ物に味をつける役目。

 13節後半には 次のように記されています。「だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。」

 わたくしたちは この社会の中にあって 塩として クリスチャンとして イエス・キリストに認められるように 生きていきましょう。

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9月29日(水)19時より竹田教会で92才の教会員の前夜式がありました。その時の白い花できょうの会堂正面は飾られていました。

きょうはまた「世界聖餐日」で 聖餐式がありました。

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    9月27日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「 天には大きな報いがある」, 説教者 牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」5章12節

 

 皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。人に認められ 心と体の調子がよかったでしょうか。あるいは人に受け入れられず 苦しみ悩み 心と体が不調でしたでしょうか。

 

きょうの聖書の箇所には次のようにあります。

 

 「喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」

 

自分のことだけで苦しみ悩むのでなく 他の人 他のことでも きっと悩まれたことでしょう。11節の聖書の言葉のように イエス・キリストのために、 苦しみ悩み迫害を受けるまでなりたいものです。そしてそのことを喜びたいと思います。

 

 きょうからの一週間 きょうの12節の聖書の言葉を忘れないで歩んでいこうではありませんか。

 

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礼拝の祝祷に続いて 敬老のお祝いを20日の礼拝に続いてしました。 続いてお茶の時。「キリスト教葬儀」のビデオを見ての学習と話し合いの時。教会堂の掃除。その後 6人で  危篤の教会員のお見舞いに老人保健施設に行きました。

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    9月20日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「迫害」, 説教者 牧師 尾崎明, 聖書の言葉「マタイ福音書」5章11節

 

 皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。 人に認められほめられて 気持ちよく生活した人もいるでしょう。

 

人に誤解されて辛い日々を歩んだ方もいるでしょう。また 人から 自分の悪口を言われて 悩んだ人もいるでしょう。

 

 きょうの聖書の箇所には 次のように書かれています。

 

 イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くによって来た。そこで、イエスは口を開き、教えられた。 

  「---わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。---

このように、「ののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである」とあります。何か悪口を言われても 迫害されされても 頑張っていきましょう。

  しかし、ここで注目したいことは 「わたしのために」と「イエス」が弟子たちに言われたことです。私が昨年2008年6月に「聖書の旅」でイスラエルに行った時に キリスト者が迫害された遺跡を見ました。また 大分市内の殉教公園の彫刻版にもあるように キリシタンが迫害され 信仰を守るために 命を捨てたことを覚えます。

 どうか 「至福の教え」の最後に言われているように イエス・キリストのために迫害されるまてに 「福音に生きて」行きたいものですね。

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  きょうの礼拝には 名古屋の教会の教会員が出席されました。黒川に泊まり バスで来たと 言っておられました。竹田教会の場所はすぐわかりましたかと訪ねると 「竹田教会のホームページ」を見て来ましたと。これを聞いて これからもホームページやブログを書くことが 礼拝出席につながっていることを再発見しました。

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      9月13日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝の説教をもとにして

説教題「義のために迫害される人々は、幸いである」, 説教者 牧師 尾崎明,   聖書の言葉 「マタイ福音書」5章10節


  皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。

  イエス様はこの群衆を見て、山に登られました。腰を下ろされると、弟子たちが近くによって来ました。そこで、イエス様は口を開き、教えられた。

「---義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。---」

  義とは人間の義ではなく神の義です。イエス・キリストの父なる神を信じ抜くこと。たとえ 迫害されようとも。キリシタンが命を捨ててでも守った神の義、信仰。

 そして 被爆国の信者としての祈りは 世界中から核兵器を廃絶することです。神のみ心に会うことと信じます。神の助けを祈ります。迫害があっても 祈り続けたいものです。

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 きょうの礼拝に竹田市に転居されてきた親子三人が出席され とても うれしく思いました。続けて出席されますように。

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  2009年9月6日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝説教をもとにして

聖書「マタイによる福音書」5章9節  説教題「平和を実現する人々は幸いである」  説教者 牧師 尾崎明

 

 皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。ある人は心安らかに一週間を過ごした人もいるでしょう 。ある人は週の途中に他の人との間が平和て゜なくなり 和解を祈っている人もいるでしょう。社会が平和であったと思う人もいるでしょう。社会が平和でなかったと思う人もいたでしょう。

 「マタイによる福音書」5章9節に記されているように、イエスさまは群衆を見て、 ガリラヤ湖の近くの山に登られました。腰を下ろされると、弟子たちが近くによって来ました。そこで、イエスさまは口を開き、教えられました。 「八福」内の第七福。「---平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる---」 。

 聖書にある「平和」の基本は 人と神さまとの間の「平和」です。人と神さまとが「平和」であれば 人と人は「平和」な関係になるのです。人は あの人この人と平和でありたいと努力するけれども 人を造り導く神さまと「平和」であるように努力することが少ないのです。礼拝を守ることは 神さまと平和になる道です。

 現在の日本の「平和」の課題は 「憲法第九条」の「平和」の実現です。被爆国日本の信者の祈りは 「核兵器廃絶」です。

 どうか 本日から始まる一週間 あなたの魂が神さまと 和解し「平和」になりますように。人との誤解が解けて 人と和解できますように。また 家族 職場 地域 社会 国 民族 世界が「平和」になりますように。

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 きょうの礼拝の出席者は23人でした。感謝でした。礼拝後 臨時役員会があり 今年度の「特別伝道」について協議しました。

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2009年8月30日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝説教をもとにして

聖書「マタイによる福音書」5章8節  説教題「心の清い人々は幸いである」  説教者 牧師 尾崎明

 

 皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。心を清くして歩めた思う人もいるでしょう。週の途中で挫折した人もいるでしょう。

 「マタイによる福音書」5章6章7章には イエス・キリストがガリラヤ湖の近くの山の上でした「山上の説教」があり 5章に「幸いの教え」があります。今日の「マタイによる福音書」5章8節には 「心の清い人々は幸いである、 その人たちは神を見る」とあります。「清さ」とは 神さまのご性質ですが、神の子イエス・キリストは 弟子たちや村人に 清い心を持って接しられました。本当の「清い人の生き方」を示してくださいました。 救い主イエス・キリストは十字架の上で痛みの極みまでお苦しみになりました。槍で刺された時 この人は何をしているのかわからないでしているのです。神よ、赦してやってくださいと執り成しの祈りされました。これこそ 清い心のなせる行為です。

   一度は挫折し信仰を捨て 主に拾われ立ち直ったペトロの殉教の時も  「心の清い」人の行為でした。ペトロは言ったと思います。「主と同じように頭を上に足を下にして十字架につくなんて、もったいのうございます。穴の中に 頭を下に足を上に 逆さ十字架にして埋めてください。」救い主イエスさまの 贖罪の愛と取り成しを知ったペトロは 主と同じ 清い心で 殉教を決断したのです。

お祈りします。どうか、本当の意味で 心の清い人になれますように。 大事な時に 心を清くして み心に適った決断をすることができますように。 挫折してもなお立ち直るチャンスのある 清い社会にすることができますように。

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 (礼拝後に 旅の途中で礼拝に出席した方と語り合い握手をしました。ポーランド出身の方でした。東京の教会に行っておられるとのこと。わたくしの書いたホームページやブログを読んで 竹田教会を訪問したとのこと。遠い東京からの旅の途中に 選んでこの竹田教会に来てくださったとは。その方と話していて 何か心が洗われた気持ちがしました。)

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  2009年8月23日(日)の日本キリスト教団竹田教会の礼拝説教をもとにして

聖書「マタイによる福音書」5章7節  説教題「憐れみ深い人々は幸いである」  説教者 牧師 尾崎明

 

 皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。困難な課題にぶつかった人もいるでしょう。希望が見出せた人もいるでしょう。人に親切にされた人もいるでしょう。人に親切にした人もいるでしょう。人は人に親切にされた分だけ、人に親切にすることができます。人は受け入れられ赦された分だけ、人を赦し受け入れることができます。人は愛された分だけ、人を愛することができます。

 「マタイによる福音書」5章6章7章にはイエス・キリストがガリラヤ湖の近くの山の上でした「山上の説教」があり 5章に「幸いの教え」があります。今日の「マタイによる福音書」5章7節には 「憐れみ深い人々、は幸いである その人たちは憐れみを受ける」とあります。「憐れみ」とは 神さまのご性質ですが、神の子イエス・キリストは 弟子たちや村人に その人の立場に立って 同情し、憐れみの心を持って接しられました。十字架の上でも 傍らの人のことを心配し 憐れんでくださいました。

  救い主イエスさまに 憐れまれていることを知った人は 人を憐れんでいくことができます。どうか、憐れみ深い人になることができますように。憐れみ深い社会にすることができますように。

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  2009年8月16日の礼拝説教より

聖書「マタイによる福音書」5章6節  説教題「義に飢え渇く人々は幸いである」  説教者 尾崎明

 

 皆様 この一週間の間 どのようにお過ごしになられましたでしょうか。どんな現実に真剣に向かい取り組まれたでしょうか。

 竹田市片ケ瀬の岡城祉近くの国道502号で8月10日(月)18時10分頃土砂崩れが発生しました。国道の南側斜面が高さ約100メートル、幅約50メートルにわたり崩れました。車8台が土砂に巻き込まれ うち車3台が大野川に転落しました。乗っていた13人うち6人が軽いけがを負い 7人にけがはありませんでした。重い負傷者が出なくなによりでした。一時間に77.5ミリの非常に激しい雨を記録しました。小羊保育園は現場から約600メートル離れていますが、18時10分頃 激しい雨と雷がありました。  園児を迎えに来た保護者が無事に家に着くようにとの思いでした。緒方方面に帰る職員は 通行止めのため 朝地を通って帰りました。園児 保護者 職員 地域の方々は無事でなによりでした。この時 わたしたちは この集中豪雨という「現実」に「真剣」に向かい取り組みました。

 8月15日(土)は64回目の「終戦の日」でした。戦争を二度としてはならない、戦争への道を歩んではならない、戦争は310万人余の犠牲者を作ったことを「真剣に」受け取りました。「憲法」9条の精神を守っていくことが大切であると思いました。「核兵器廃絶」という大きな目標に向かって 「真剣に」取り組む決意をしました。

 きょうの聖書の箇所である「マタイによる福音書」5章6節には イエス・キリストの「至福の教え」より 「義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。」とあります。 この「至福の教え」は わたくしたちに 質問を投げかけ 挑戦して来ます。あなたは 餓死する者が食べ物を求めるように、渇いて死にかけている人が水を求めるように 切実に真剣に神の求める「 神の義」を求めているかという意味です。

 お祈りをします。天の父なる神さま  真剣に「神の義」を追い求めることができますようにお導きください。アーメン。

 

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         2009年8月9日の礼拝説教より

   聖書「マタイによる福音書」5章5節  説教題「柔和な人々は、幸いである」  説教者 尾崎明

 

  本日8月9日は長崎に原子爆弾が落とされた日です。世界から核兵器が廃絶されるよう祈りながら 過ごしたいと思います。

聖書の「マタイによる福音書」5章から7章まで イエス・キリストの「山上の説教」が出ています。その最初が「山上の垂訓ー至福の教えー」です。 「至福の教え」のなかで 「平和」に関係するみ言葉は6節9節10節です。6節。義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。9節。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」10節。「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

  そのような「至福の教え」のなかで 本日は5節の「柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。」に注目しましょう。ここの「柔和な人」とは、怒るべき時に怒り、怒るべきでない時に怒らない人。 自分の無知と弱さを知っている謙遜な人。そういう人こそ幸いである、と 救い主イエス・キリストは言っています。私は昨年(2008年)6月にイスラエルのガリラヤ湖のそばの「山上の垂訓 記念教会」を訪問しました。イエスさまが「山上の垂訓」のなかでいわれた「柔和な人々は幸いである」。「柔和な人」。どのような意味で言われたかを生涯にわたって考え、「柔和な人」になりたいと思います。

お祈りします。天の父なる神さま、イエスさまが言われたような「柔和な人」になれますように お導きください。

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      2009年8月2日の礼拝説教より

聖書「使徒言行録」3章17-26節  

説教題「悔い改めて立ち返りなさい」 

本日8月2日は日本基督教団の定めた「平和主日」です。8月6日には広島に 8月9日は長崎に原子爆弾が落とされた日です。きょうの礼拝では 平和の尊さについて考えながら過ごしましょう。特に「戦責告白」を覚えたいと思います。

 「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」

 わたくしどもは、1966年10月、第14回教団総会において、教団創立25周年を記念いたしました。今やわたくしどもの真剣な課題は「明日の教団」であります。わたくしどもは、これを主題として、教団が日本及び世界の将来に対して負っている光栄ある責任について考え、また祈りました。

 まさにこのときにおいてこそ、わたくしどもは、教団成立とそれにつづく戦時下に、教団の名において犯したあやまちを、今一度改めて自覚し、主のあわれみと隣人のゆるしを請い求めるものであります。

 わが国の政府は、そのころ戦争遂行の必要から、諸宗教団体に統合と戦争への協力を、国策として要請いたしました。

 明治初年の宣教開始以来、わが国のキリスト者の多くは、かねがね諸教派を解消して日本における一つの福音的教会を樹立したく願ってはおりましたが、当時の教会の指導者たちは、この政府の要請を契機に教会合同にふみきり、ここに教団が成立いたしました。

 わたくしどもはこの教団の成立と存続において、わたくしどもの弱さとあやまちにもかかわらず働かれる歴史の主なる神の摂理を覚え、深い感謝とともにおそれと責任を痛感するものであります。

 「世の光」「地の塩」である教会は、あの戦争に同調すべきではありませんでした。まさに国を愛するゆえにこそ、キリスト者の良心的判断によって、祖国の歩みに対し正しい判断をなすべきでありました。

 しかるにわたくしどもは、教団の名において、あの戦争を是認し、支持し、その勝利のために祈り努めることを、内外にむかって声明いたしました。

 まことにわたくしどもの祖国が罪を犯したとき、わたくしどもの教会もまたその罪におちいりました。わたくしどもは「見張り」の使命をないがしろにいたしました。心の深い痛みをもって、この罪を懺悔し、主にゆるしを願うとともに、世界の、ことにアジアの諸国、そこにある教会と兄弟姉妹、またわが国の同胞にこころからのゆるしを請う次第であります。

 終戦から20年余を経過し、わたくしどもの愛する祖国は、今日多くの問題をはらむ世界の中にあって、ふたたび憂慮すべき方向にむかっていることを恐れます。この時点においてわたくしどもは、教団がふたたびそのあやまちをくり返すことなく、日本と世界に負っている使命を正しく果たすことができるように、主の助けと導きを祈り求めつつ、明日にむかっての決意を表明するものであります。   1967年3月26日復活主日 日本基督教団 総会議長 鈴木正久

 

 第二次世界大戦中の日本基督教団の犯した罪を告白して 悔い改め続けることが大切てす。悔い改め続けなければ 「神を第一としない」「人が人を殺す戦争に協力する」過ちをまた犯す危険があります。きょうの聖書の箇所の「使徒言行録」 3章19節には ペトロの説教が出ています。「---だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。--−」。「平和の主日」にあたり 悔い改めて 平和のため努力する決意を新たにしたいと思います。

 お祈りします。天の父なる神さま 平和のために努力できますように。 アーメン。

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       2009年7月26日の日本キリスト教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

   聖書 : 「使徒言行録」3章11節ー16節  讃美歌 28,210,352,504,27  交読詩篇33  

  説教題 「ペトロの説教」  説教者 尾崎明

 

 みなさまがた この一週間どのようにお過ごしになられたでしょうか。

ペトロは神殿の「美しい門」で 足の不自由な人を自分の力によるのではなく、「イエス・キリストの名」によって癒されました。その後 ペトロは神殿の「ソロモンの回廊」に集まった民衆に説教しました。「あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。--」

  ( 以下 省略)

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2009年7月19日の日本キリスト教団竹田教会の礼拝説教をもとにして。

   聖書 : 「使徒言行録」3章1節ー10節 讃美歌 28,210,405,515,27  交読詩篇47 説教題 「ペテロによる癒し」 説教者 尾崎明

  みなさん この一週間どのように過ごされましたでしょうか。健康に過ごされた方もいるでしょう。また 大きな思いもよらない病いにかかり 悪戦苦闘した方もあるでしょう。きょうは 病いを癒したペテロについて 「使徒言行録」3章1節より10節までを通して学びたいと思います。イエス・キリストは救い主で 人々の心身を癒されましたが 12弟子のひとりペテロも足の不自由な人を癒されました。ペテロは一度は挫折し信仰をなくした者でしたが、復活したイエス・キリストに出会い聖霊を受けて 立ち直りました。そして 人々にイエス・キリストを伝える人に生まれ変わりました。

  ある時 エルサレムの神殿の「美しい門」で 生まれつき歩けない男の人に言葉をかけ 歩けるようにしてあげました。ペテロの方から声をかけました。「わたしには金や銀はないが、 持っているものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」すると その男の人は 不思議なことに 立ち上がり 歩き回り、神を賛美したのです。そしてペテロは神殿で説教をしました。ペテロとヨハネが、午後3時の祈りの時に神殿に上って行きました。ここで「祈りの時」について考えてみましょう。今から2000年前 エルサレムの神殿では 決まった時刻に祈る戒めがありました。私は昨年2008年6月に 日本聖書協会主催「新共同訳聖書発刊20周年記念 聖書の旅」に参加して イスラエルを訪問しました。そこで ユダヤ教徒 イスラム教徒 が「祈りの時」を厳守している姿を見ました。私たちキリスト教徒は「祈りの時」を厳守しているかを考えさせられました。

 次に ペテロが 足の不自由な男の人に 声をかけ 話しかけたことに注目したいと思います。ぺテロがやさしい心で声をかけたのは、 イエス・キリストからしていただいたことでした。人はしていただいたことを また他の人にするのです。ガリラヤの湖のそばで 「わたしについて来なさい。あなたを人を導く人にしましょう。」と声をかけられたこと。それ以降 何度となく 声をかけていただきました。 やさしく しかも強く言われました。ペテロもこの男の人に「ナザレ人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と 声をかけ 強く勧め 命じています。強い信仰と信念を持って発言することの大事さを教えられます。最後に「イエス・キリストの名によって」について考えます。自分の計画・考え・名でなく、 救い主の名・言葉と力によって 人に話しかけ勧め行動しています。 キリスト者とは このペテロのように 「イエス・キリストの名によって」 発言し 奉仕し 行動し 生きていく者です。 幼子や周りの人に ペテロのような気持ちで話しかけたり 保育したり お世話したり 支援したり 介護したり 癒したりしていきたいものです。

 お祈りします。天の父なる神様、どのように 厳しい状況の中でも 使徒ペテロのように 「イエス・キリストの名によって」 人に奉仕したり 癒したりして 生きていくことができますようにお導きください。

 

    説教より

 (尾崎明の説教は約20分ですが、そのごく一部分です。)   日本基督教団竹田教会

 
 「説教より」 の 目 次 

 2002年度 1月26日 2月2日  2月9日  2月16日  2月23日  3月2日  3月9日

 3月16日  3 月23日 3月30日

 2003年度 4月6日 4月13日 4月20日 4月27日 5月4日  5月11日  5月18日 

5月25日   6月1日  6月8日  6月15日  6月22日  6月29日 7月6日 7月13日  

7月20日  7月27日  

 

2003年1月26日の説教より
  修復
   ネヘミヤ記3章1節ー5節

賀川豊彦先生はよく修復ということを言われた。神さまは、民を人を修復して、お用いになると、いうことを。

ミッション・バラバの映画 親分はイエスさま の案内の言葉。あなたに伝えたい、今 もっとも必要な愛と希望を。自らの愚かさにきづくことが、どんなに尊いことか。それこそが、人を信じ、やり直し人生に向う原点の心です。誰でもやり直せます。本当です。

今こそ、人生と日本と世界の修復を神さまに祈り願う時である。

まず、ネヘミヤ記全体をとおして、ネヘミヤの働きをみてみたい。イスラエルの民はバビロニアに捕囚されていた。そのバビロニア捕囚から帰還した人々のなかで、もっとも重要な人物は、エヘミヤ記の中心人物であるネヘミヤである。ネヘミヤは荒廃した祖国の復興のために願い、許され、エルサレムに帰還する。紀元前445年頃、ネヘミヤはユダの総督に任じられた。ペルシャの援助を得て城壁の修復の便宜をはかった。祭司エズラはネヘミヤよりも13年前にエルサレムに帰還して、イスラエルの民を激励し指導していた。このエズラの宗教的な指導とネヘミヤの政治的な指導によって、周辺の敵の妨害にもかかわらず、エルサレム城壁は修築されることができた。12年間の総督としての働きの後に、スサに帰ったが、再びエルサレムに招かれ、終生そこに住んだ。このように、エズラとネヘミヤは捕囚に続く困難な期間、イスラエル民族を再興するために、協力した。 このことは、イスラエルの人々から深く感謝された。

さて、エルサレムの再建は、ネヘミヤの神さまへのざんげの祈りから始まりました。神さまが先頭に立ってくださるとき、再建、修復、新設の事業 働きは祝される。また、エルサレムの城壁の修理には、多くの人々が協力しました。祭司も鋳物師も総督もこどもたちも。多くの立場の人々が協力しあって修復工事に当たった。神さまは仕える人々の小さな業を用いて、あらゆる面の修復・回復をなさる。

神さま、エズラとネヘミヤとが協力して神さまのなさる修復に労苦したように、わたくしどもも殉教の精神であらゆる人々と協力して、修復・回復の働きができるように。たとえ、動けなくなっても、ベットにパソコンをおいて、インターネットのホームページで発信できるように。拡大文字で。

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 2003年2月2日の説教より   
   神に祈る
      ネヘミヤ記4章1節ー8節

 神に祈ってから、困難な課題に立ち向かっていくことが大切である。賀川豊彦牧師は、瀬戸内海の豊島という島の丘の上で、独りよく祈った。世界に平和を、日本に救いを と。60年ほど前のことである。

わたくしは、豊島でおこなわれた学生ワークキャンプの時にその祈りの場所に行ったことがある。35年ほど前のことである。そこは、ゲッセマネの丘と呼ばれていた。神に祈る賀川豊彦牧師。

かつて、祭司エズラがエルサレムの神殿を建てようとした時に、多くの反対者がその工事を中断させようとした。今回も、ネヘミヤがエルサレムの修復の工事をしていると、周辺の多くの民が皆で共謀して、エルサレムに攻めのぼり、混乱に陥れようとした。ネヘミヤは神に真剣に祈った。祈ってから、妨害者から身を守るために警戒した。そして、言った。敵を恐れるな。偉大にして畏るべき神の御名を唱えて、兄弟のため、息子のため、娘のため、妻のため、家のために戦え と。ネヘミヤは、祭司でなく、預言者でなく、総督であった。祈ってから、行動した。行動には、祈りがあった

困難な課題にであったときに、まず、祈る。祈りは行動、生き方に影響を与える。わたくしたちも、ネヘミヤのように、賀川豊彦牧師のように、まず、神にしっかりと祈って、力をうけて、困難な諸問題に対処していこうではないか。                                                                

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2003年2月9日の説教より   
  心に留めてください
  ネヘミヤ記5章14-19節  

 ネヘミヤは、アルタクセルクセス王の第20年にユダの地の長官に任命された。その日から第32年までの12年間、ネヘミヤも兄弟たちも長官の給与を1度も受け取らなかった。ネヘミヤの前任者は、民に重荷を負わせ、パンとふどう酒に加えて、銀40シェケルを徴収した。また、彼らの配下の者も民を圧迫した。しかし、ネヘミヤは、神を畏れ、そのようなことを決して行わなかった。ネヘミヤは城壁の工事にも力を注いだ。しかし、ネヘミヤは長官の手当を要求しなかった。それは、再建作業が民にとって、重荷になっていたからである。また、ネヘミヤは、他の人たちと違った基準によって生きていたからである。

この信念・基準を各自がしっかりと持つことが大切である。過疎化と少子化のなかて、それぞれの持ち場を活性化させるには、奉仕と殉教の心を実践するしか方法がないのではないか。

ネヘミヤは祈っている。神よ、わたしが、この民に尽くしたすべてのことを快く心に留めてください、と。

今日、しっかりとした基準をもって世界の平和のために生きるとは、どういうことか。ある人は、自分の信念・基準によって、兵役を拒否する。また、戦争を絶対に阻止するために祈り行動する。

  2003年2月は大切なときである。それぞれの持ち場で、それぞれの基準で、ネヘミヤのように、無私の心と勇気を持ってことに対処しなくてはいけない。世界に戦争が起きないように、祈って行動しようではないか。

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2003年2月16日の説教より 
 手を強めてください
   ネヘミヤ書6章7節ー13節

 ネヘミヤは城壁を再建し、崩れたところが一つとして残らず、あとは城門に扉をつけるだけになった。これに反対してきたサンバラトたちは、ネヘミヤのもとに使者をつかわし、谷で会おうと言った。彼らは、ネヘミヤに危害をくわえようと計画したのであった。ネヘミヤは、祈った。神よ、今こそわたしの手を強くしてください。そして、ネヘミヤはサンバラトに言った。わたしの立場にある者は逃げることはできない。城壁は55日かかって完成した。私たちもユダの長官ネヘミヤのように、どんな困難にであっても、そのことから逃げることはできない。

少子化のため、小羊保育園の園児は4月からは半分になり、収入も半分になる見込みである。そのような厳しい状況のなかで、園の存続のために、どうしたらよいか。まず、神の国を求めよ。そうすれば、すべて与えられる。この聖書のみことばに、ヒントを得る。また、旧約聖書39巻、新約聖書27巻合わせて66巻。この聖書からヒントを受ける。視点を変えて、聖書のみことばに聴くことが、難局を乗り切る秘訣である。

2002年10月20日に、東京都大島の相沢良一先生が竹田教会員宅での家庭集会で、聖書のことばとご自分の55年間の教会と月刊黒潮による伝道について語られた。大いにヒントを受けたのである。東京からずいぶん遠い大分県まで、福音を届けに来てくださった。22年間、東京に行っていない私は、相沢良一先生から、東京だけでなく、全国の教会の様子を聴くことができた。また、使徒言行録19章21節-22節を通して、メッセージを受けた。相沢先生は、大島から逃げないで、今も大島を拠点に伝道しておられる。ネヘミヤは、この立場にあるものとして、逃げることはできないと、言った。

わたくしたちも、ネヘミヤや相沢良一牧師のように、立場にあるものとして、逃げないで対処したい。

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2003年2月23日の説教より
任 務
 ネヘミヤ書7章1節ー3節

 城壁が築かれたので、ネヘミヤは扉を取り付けさせた。そして、門衛と詠唱者とレビ人を任務に就けさせた。また、ネヘミヤは兄弟のハナニと要塞の長ハナンヤにエルサレムの行政を託した。このハナンヤは誠実で、だれよりも神を畏れる人物だった。ネヘミヤは彼らに言った。『日射しの暑くなる時まで、エルサレムの門を開いてはならない。また彼らが任務に就いている間に扉を固く閉ざしなさい。エルサレムの住民に守備体制を取らせ、各自が自分の持ち場と、各自が自分の家の前を守るようにせよ。」

 神の都を治めるためには二つのことが大切である。

一つは外敵から守ることである。そのためには、用心深くすることである。ネヘミヤは、扉を固く閉ざせと命じた。敵はいつ、どこから攻めてくるかわからない。

もう一つ大切なことは、リーダーは人を認めて用いること。それに答えて、それぞれが任務を忠実に果たすことである。任務とは、責任をもっておこなう務め、役目、職務、使命、ミッションのことである。ある人は、家族の食事用意をする。大切な任務である。人はその人でなくてはできない任務をもっている。

私は、月曜から土曜日まで、毎朝7時に出勤して、鍵をあけ、ストーブに火をつける。もし、7時におくれたら、一大事である。最初の園児が7時5分頃に登園する。この自分の任務を忠実に果たす。また、教会の週報を作る。日曜日に間に合わないと一大事である。礼拝の説教をして、最もよい体調で臨む。声が充分にでなかったら、一大事である。

小事に忠実であれ、とのキリストの命令に応答して、任務を誠実に実行していきたい。そうすれば、未来は開けてくるはずだ。テモテへの手紙一の1章12節のみことば通りである。「わたしを強くしてくださった、わたしたちの主イエス・キリストに感謝しています。この方が、わたしを忠実な者と見なして務めに就かせてくださったからです。」

 本日、ミッション・バラバの井上薫師の講演と映画「親分はイエスさま」が2回 竹田教会である。私たちは、この特別伝道の事業を誠実に果たし、福音伝道に励みたい。世界に平和を!と、祈りつつ、身近な小事に誠実に対処していこうではないか。

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                                                                                   2003年3月2日の説教より

主を喜び祝う
 エゼキエル書8章9節ー12節

 総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、民全員に言いました。「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」

律法とは、人間にたいする神の求めである。人間はだれも神の求めに完全にこたえることはできない。そこで、エズラたちが読む律法を聞いて、民は泣いた。しかし、今やそのいっさいの罪がゆるされ、エルサレムは復興し、その場所で再び礼拝することがゆるされた。そのことを思うと、人々は悲しんではならない。

今こそ、このゆるしの神を喜ぶ時である。神を喜び祝うことが、これからの生きる力の源であると、ネヘミヤとエズラはすすめた。生きる力はどこから来るかがしめされた。

いろいろな難問を人も社会も国も世界もかかえている。そのようななかで、生きるためには、力をいただかねばならない。強い人や強い国を頼っていいのか。そうではない。神を喜び祝い、神から力を受ける。ここに、答えがしめされている。神を頼って難問に対処していかねばならない。神に頼り、神の加護を感謝することこそ、神と人、神と国、国と国のあるべき姿である。2003年3月は大切なときである。どうか、戦争が起きないように、神さま守ってください。

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2003年3月9日の説教より
  大いなる苦境の中にある
    ネヘミヤ記9章32節ー37節

 本年は3月5日より4月19日までが受難節である。救い主イエス・キリストのご受難を思い、自らを反省して過ごしたい。ネヘミヤ記9章によると、イスラエルの人々は、仮庵祭に集まって断食し、荒布をまとい、土をその上にふりかけた。彼らは自分の立場に立ち、その日の4分の1の時間は、彼らの神、主の律法の書を朗読して過ごし、他の4分の1の時間は、彼らの神、主の前に向って罪を告白し、ひれ伏していた。祭司であり書記であるエズラは彼らにイスラエルの歴史を語って話した。

「立って、あなたたちの神、主を賛美せよ。とこしえより、とこしえにいたるまで 栄光ある御名が賛美されますように。いかなる賛美も称賛も及ばないその御名が。あなたのみが主。天とその高き極みを そのすべての軍勢を 地とその上にあるすべてのものを 海とその中にあるすべてのものを あなたは創造された。あなたは万物に命をお与えになる方。天の軍勢はあなたを伏し拝む。」

わたしたちは、受難節に断食しているだろうか。その日の4分の1の時間 聖書を朗読しているだろうか。また、その日の4分の1の時間 罪を反省し告白し ひれ伏しているか。反省する必要がある。「今この時 わたしたちの神よ 偉大にして力強く畏るべき神よ 忠実に契約を守られる神よ アッシリアの王の時代から今日に至るまで わたしたちが被った苦難のすべてを 王も高官も祭司も預言者もわたしたちの先祖も あなたの民の皆が被ったその苦難のすべてを取るに足らないことと見なさないでください。−−−わたしたちは大いなる苦境の中にあるのでする。」

苦境とは苦しい境遇、苦しい立場である。旧約聖書では、イスラエルの民が苦難の中で神を仰いで救いを求め、心を改めて神の意志に従うとき、苦難から救出される。2003年3月、世界は苦境、苦難の中にあるといえる。

こういう時こそ、神を仰いで救いを求めたい。心を改めて神の意志に従えば、苦難から救出されると教えられる。新約聖書では、イエス・キリストが人間の罪をあがなうために、人間に代わってみずから苦難を受けたことを伝えている。

大いなる苦境の中にある個人、共同体、職場、地域、社会、民族、国家、世界。苦境から脱出する方法、救われる方法は何かを考えながら生きていこうではないか。

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2003年3月16日の説教より
  誓 約 

    ネヘミヤ書10章29節ー32節

 祭司て゛書記であるエズラは、イスラエルの人々に彼らの罪を指摘し、悔い改めを迫った。そして、おもだった人々は誓約して、書き留め、捺印した。神のしもべモーセによって授けられた神の律法に従って歩み、神の戒めと法と掟をすべて守り、実行することを誓い、確約するものである。このようにして、厳格な規定の基礎が築かれた。

エズラはバビロニア生まれのユダヤ人で、祭司であり学者であった。彼は、バビロン捕囚から帰還するユダヤ人たちをエルサレムに導き帰った指導者であった。エズラはユダヤ人の異教化を非常におそれた。律法を人々に正しく紹介するために努力した。このように、エズラは律法を再発見して、宗教改革運動をした。政治的には独立を失ったイスラエルを、祭儀・安息日遵守などによって、宗教的共同体として再形成した。ネヘミヤ記10章40節に、「わたしたちは決してわたしたちの神殿をおろそかにしません」とある。

2003年3月に生きるわれわれは、罪を意識し、深く悔い改め、律法を遵守しようと志しているだろうか。個人も家族も社会も国家も民族も。

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2003年3月23日の説教より
  民
 ネヘミヤ記11章1節ー2節

 2003年3月20日に、アメリカとイラクの戦争が始まってしまった。民、民衆の犠牲者がひとりでも少ないことをお祈りします。1日も早く、不幸な戦争が終わるようにお祈りします。戦争のない世界平和を強く願うものです。

 民の長たちはエルサレムに住んでいた。ほかの民はくじを引き、10人のうち1人が聖なる都エルサレムに来て住み、残る9人が他の町々にとどまるようにした。民は、進んでエルサレムに住むすべての人々を祝福した。このように、1節と2節に記されている。エルサレムの城壁は築かれ、町は復興したが、人々はほとんど住みついていなかったようである。ネヘミヤはこのエルサレムに住む人を増やすために、民の中から10人に1人をくじ引きして住ませるようにしたとある。

神の民は、どのようにしたら、住みごこちのよい地域・社会をつくることができるのか。今日の課題として、地域の過疎化と少子化を脱却する方法を考えるうえでヒントはないだろうか。

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3月30日の説教より
   働 き
 ネヘミヤ記12章44節ー47節

  ユダの人々は、祭司とレビ人の働きを喜んでいた。祭司とレビ人は神への務めと清めの務めを守った と、ネヘミヤ記12章44節45節にある。

世界のそれぞれの地域のキリスト教会の牧師は、イエス・キリストの父なる神への務めを守り、人々にその働きを喜んでもらうように心がけていこうではないか。

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2003年4月6日の説教より
  受難
 マタイによる福音書26章36節ー46節

 2003年の復活祭は4月20日である。その前の40日間が受難節である。その間、救い主イエス・キリストのご受難を偲び、自分自身の罪を反省する時である。

 イエスは弟子たちとゲッセマネの園に来て祈られた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

 2003年4月の世界の現実をみると、そこには言語で表現できないような、民衆の「戦争による苦難」がある。戦争の犠牲者がひとりでも少なく、戦争が終わってほしい。途中で戦争を放棄してほしい。放棄することこそわれわれの願いである。

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2003年4月13日の説教より
  十字架
 マタイによる福音書27章45節ー56節

 イエスは活動が終わりに近づくにつれて、自分の死を予知し、それが神の定めによるものと信じ、死を覚悟して、エルサレムに行った。イエスは死を覚悟していたのである。われわれは、死を覚悟して何かをする勇気があるだろうか。

 十字架を負うことは、信徒の尊い義務であり、誇りである。信徒はキリストの十字架を負って、彼の後に従い行くものである。

 人間、民族、社会、国家は、いろいろな苦難、十字架を負っている。その苦難、十字架には大きな意味があるのである。

 ペテロの手紙一の2章20節ー25節のみ言葉に注目したい。「善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。あなたがたが召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。「この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった。」 ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻ってきたのです。」

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2003年4月20日の説教より
  復 活
 マタイ福音書28章1節ー10節

 イエス・キリストが復活されたことは、不安の中にあるわれわれに希望・癒し・解決・復活があるということである。

2003年4月23日のアフガニスタンの幼子・お年寄り、イラクの幼子・お年寄りには不安がいっぱいある。しかし、希望があるはずだし、なければいけない。

 今、病気で入院しているひと、家族のひとにとって、大きな不安がある。しかし、希望があるはずだし、なければならない。

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2003年4月27日の説教より
 あなたがたに平和があるように
   ルカによる福音書24章36節ー49節

 復活されたイエスご自身が弟子たちの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。

 救い主イエス・キリストは今日のわれわれに、「あなたがたに平和があるように」と言われている。

 「もう戦争はいらない。NO MORE WAR,PEACE ON EARTH」の言葉のように、もう戦争はいらない。今こそ、平和を必要としている。アフガニスタン、イラクの幼子やお年寄りや民衆のうえに、やすらぎの日々が来ますように。また、あなたにも、あなたの家族にも、あなたの職場にも、あなたの地域にも、あなたの社会にも、あなたの民族にも、あなたの国にも、あなたの世界にも平和が来ますように。

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2003年5月4日の説教より
  派 遣
    ヨハネによる福音書20章19節ー29節

 復活されたイエスは弟子たちに「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

 一度は信仰を捨てたペテロをはじめとする弟子たちに、次のことを復活したイエスは言われている。

1. あなたがたに平和があるように。

2. わたしはあなたがたを派遣する。

3.  聖霊を受けなさい。

4.  だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。

われわれは、ひとりひとり、人の罪、社会の罪、国家の罪を赦しなさい、赦しあいなさいと教えられている。

 派遣された者は、派遣する者の目的を充分に理解することが大切である。

 人間はだれも創造主である神さまによって、命を与えられ、この世に派遣されている。神さまのみ心「赦しあうこと」を実践していきたいものである。とくに、2003年の復活祭に、この復活されたイエス・キリストの派遣の言葉、赦しあうことの大切さをしめされた。今、人も世界も赦されることを求めている。今、人も世界も他を赦しあって、生きていくよう強く奨励されている。

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2003年5月11日の説教より
  「わたしの羊を飼いなさい」
 ヨハネ福音書21章15節ー19節

 復活されたイエスは3度目に弟子たちに現れ食事をした。食事が終わると、イエスはシモン・ペテロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。それに対して、ペテロは「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」と言った。すると、イエスは「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。

 この同じ問答は合計3回続いている。それは、ペテロが一晩に3回イエスを知らないと言ったことと対応している。

 羊飼いの特徴は、誠実であり、羊群保護のためには、己の命をもいとわない。優しい心遣いをもって、小羊や親羊の面倒をみる。迷った羊を探し出し、病める羊を看護する。知恵を備えているので、ひとびとは羊飼いにいろいろな助言を求める。

 この羊飼いのような人間・社会・国家になりたいものである。

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2003年5月18日の説教より
  祝福に変えて
 ネヘミヤ記13章1節ー3節

 ネヘミヤ記13章2節に、わたしたちの神さまは、呪いを祝福に変えてくださる、と記されています。

神さまは、人間を、社会を、民族を、国家を、世界を赦し、祝福してくださる。

わたくしども、人間も、社会も、民族も、国家も、世界も、お互いに赦しあい、祝福しあっていこうではないか。

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2003年5月25日の説教より
  約束の聖霊
 使徒言行録1章1節ー5節

 イエスは苦難を受けた後、ご自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、使徒たちと食事を共にしていたとき、次のように命じられた。

 「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」

 この「使徒言行録」には、イエスの死後 聖霊の降臨によって、エルサレムに使徒たちを中心とする教会が生まれ、使徒たちが聖霊に導かれて福音を広めていく様子が記されている。聖霊の働きによって神の救済の計画が実現されていくという、救済史観をもって書かれている。

 神より人間になされた約束を考えてみたい。新約聖書においては、イエスの降誕と十字架と復活、また聖霊降臨は神の救済の約束によるものであった。

 約束を信頼して待つということが大切であることを教えられる。母親が夕食にカレーライスを作ってあげると言ったとしよう。あたりがだんだん暗くなる。カレーのにおいがしない。しかし、自分の母親を信頼して待つことが大事だ。夕食には約束どおりカレーライスがでてきた。

 それと同じように、神の聖霊を受けて、個人も社会も民族も国家も、良きように変わることを待とうではないか。

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2003年6月1日の説教より
   聖 霊 (せいれい)
 使徒言行録2章1節ー4節

 五旬節の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、弟子たちが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、「霊」が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

 五旬節は、ギリシャ語の「ペンテコステ」(第50)であり、元来は、イスラエルの3大祭のひとつである。「刈入れの祭」「七週の祭」ともよばれて、小麦の収穫款謝祭であった。のちのユダヤ教では、この日を、シナイ山で十誡が与えられた日として再解釈し、律法を感謝する日となった。

 キリスト教会は、キリストの復活(過越しの祭りと同じ時期)から50日目に聖霊が弟子たちにくだったとして、これを記念するようになった。

 このように、元来、農耕的な祭儀であったものが、ユダヤ教に取り入れられ、さらにキリスト教的に理解されるようになって、今日にいたっている。

 聖霊は、 弟子たちのうえの注がれて、彼らをキリストの証人として立ちあがらせた。

ことしの聖霊降臨日(「ペンテコステ」)は、6月8日である。

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2003年6月8日の説教より
    癒 し(いやし)  

  使徒言行録3章1節ー10節

 本日は聖霊降臨日である。使徒言行録2章に、弟子たちに聖霊が降ったことと、立ち直ったペテロの説教が出ている。

 そして、3章には聖霊を受けたペテロが足の不自由な人を癒した、奇跡の働きが紹介されている。

 聖霊は、弟子たちをキリストの証人として立て、教会を基礎づける神の力となっている。聖霊は、使徒たちの説教において働き、洗礼において罪をゆるし、きよめ、ゆたかな賜物を与えて、新しい人間を生み出す。教会の職務は聖霊によって立てられる。

 聖霊のわざとして、癒しの奇跡がおこなわれた。初代教会において、癒しはイエス・キリストの名においてなされる使徒的権能の一つであり、神より与えられた聖霊の賜物の一つである。

 ペテロは言った、「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ちあがり、歩きなさい。」すると、不思議なことに、生まれたときから足の不自由な人が歩きだし、神を賛美した。

 癒された者が、神を賛美し、生まれ変わって生きたという美しい話である。われわれも癒されたことを忘れずに、神を賛美して生きていこうではないか。

 わたくしは5月末に22年ぶりに東京に行った。始めて飛行機に乗った。保育園関係の研修会のあと、東京タワー周辺を散歩した。霊南坂教会を見つけることができた。同じ岡山県出身のN牧師と会う事ができた。お父さんは、岡山大学YMCAの先輩であった。病気になっても、高校の社会科の教師として頑張った。また、全国各地をご夫婦で巡回伝道された。天に召されて10数年になるが、息子さんがりっぱな牧師になられて、お父さんはきっと天で喜んでおられるにちがいない。

 ことしの聖霊降臨日を前にして、このようなうれしいことがあった。

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2003年6月15日の説教より
   お祈り (おいのり)
  使徒言行録4章23節ー31節

 立ち直ったペテロとヨハネの語った言葉を聞いて信じた人は多く、最初だけで5000人以上とある。

 2人の話を聞いた人たちは心を一つにして、祈った。

「主よ、今こそ、あなたのしもべたちが大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。−−ー」

 祈りが終わると、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語り出した。

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2003年6月22日の説教より

   癒 し( いやし)

  使徒言行録3章1節ー10節

 本日は大分地区交換講壇で隣の三重教会に来ました。

心と体が癒された人は それからの残りの人生を感謝して、せいいっぱい他者のために生きる。

たとえ 体が癒されなくても。故ヘレンケラー、故Nさんたちのように。

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2003年6月29日の説教より

   福 音 (ふくいん)

 使徒言行録5章40節ー42節

 立ち直ったペテロたちは神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音をつげ知らせていたと42節に

ある。福音とは救い主についての喜ばしいおとずれである。

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2003年7月6日の説教より

  恵みと力に満ちたステファノ

   使徒言行録6章1節ー7節 

 12弟子たちは、霊と知恵に満ちたステファノたち7人を選出した。そして、12弟子ある。

役割を分担して、各人を信頼していくことの大切さを教えられる。

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2003年7月13日の説教より

  ステファノの殉教 (じゅんきょう)

  使徒言行録7章54節ー60節

 ステファノが殉教した様子に注目したい。ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめた。

そして言った「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。

人々は彼に一斉に襲いかかり、都の外に引きずりだして、石を投げ始めた。

人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて言った。

「主イエスよ、わたしの霊をお受けください。」

それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。

ステファノはこう言って、眠りについた。

「殉教の地」竹田で多くの隠れキリシタンが殉教したことを思う。

わたしは石を投げる人か、それともステファノか。

どちらに立つか ひとりひとりが問われている。

同じ人でも、過去はどうだったか。

今はどうか、明日はどうしようとするのか。

地域も社会も職場も国家も問われている。

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2003年7月20日の説教より

  迫 害 (はくがい)

   使徒言行録8章1節ー3節

 エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリヤの地方に散っていった。

しかし、信仰深い人々が殉教したステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。

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2003年7月27日の説教より

  サウロの回心 (かいしん)

   使徒言行録9章1節ー19節

 サウロは小アジア・キリキヤ州の首府タルソのユダヤ人家庭で育った。彼はエルサレムで律法について学び、キリスト教徒を迫害していた。
ところが、ダマスコ途上で、復活のキリストの声を聞き、回心を経験した。迫害者から宣教者へと大転向をした。

 

教会   日本キリスト教団竹田教会よりのお知らせ 聖書    

            礼拝  日曜日午前10時より 。    出席をお待ちしています。

       聖書の言葉 「あなたがたに平和があるように。」 

        (日本聖書協会 新共同訳聖書 ルカ福音書24章36節より)

わたしはよい羊飼いである。新共同訳聖書ヨハネによる福音書10章14節

聖書の言葉は 「聖書  新共同訳」(c)共同訳聖書実行委員会Executive Committee of The Common Bible Translation 

(財)日本聖書協会Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 より引用しています。 

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