■南方特別留学制度■
南方総軍司令部が発令した「南方圏教育に関する基本方針」に基づいて実施された。日本政府では大東亜省が担当
官庁となり、実施機関として国際学友会が南方特別留学生を引き受けた。
■南方特別留学生の選抜の地域■
○マラヤ・・マレー半島・シンガポール
○スマトラ・ジャワ・セレベス・ボルネオ・モルッカ諸島
○ビルマ・
○フィリピン・
○タイ・
○仏印(べトナム・カンボジア・ラオス
選抜の地域は東南アジア全域にわたっている。
■特別訓練所■
選抜された候補者は特別訓練所で教育され、ここでの成績で最終選抜者が決められた。
ラジャー・ノンチックさんは、この段階で召集されて南方特別留学生に選抜された。
選抜に漏れた12名は各郷里に帰ったが、全員マラヤ義勇軍に参加し、将校指揮官になった。
■南方特別留学生の規模■
○1943年・第一期生・・・102名
○1944年・第二期生・・・
日本の敗戦まで、西日本各地の大学や高等学校にて留学生活を送った。
■マラヤ・シンガポール地域の留学生8名のその後■
○ラジャー・シャヘラン・・22歳 宮崎高等農林学校・福岡高等学校・京都大学・独立後王宮国璽長官
○サイッド・マンソール・・・22歳 熊本医大・・・熊本で病死
○ハシム・ナエマッド・・・・20歳 横浜警察学校・独立後イミグレーション長官
○ボスタム・クルツ・・・・・20歳 福岡高等学校・独立後イミグレーション長官
○ニック・ユスフ・・・・・・・18歳 広島高等師範学校・広島で原爆死
○ラジャー・ノンチック・・・17歳 宮崎高等農林学校・陸軍士官学校・福岡高等学校・東京大学 ・独立後下院・上院議員
○トンク・アブドラー・・・17歳 宮崎高等農林学校・陸軍士官学校・福岡高等学校・京都大学 ・独立後下院議員
○サイッド・オマール・・・17歳 広島高等師範学校・広島で原爆死
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