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本会は、石川県海外青年交流協議会(海青協)が実施していた「石川青年の翼」から生まれました。毎年「石川青年の翼」の訪問国がタイであり、私も実際に訪れてみて、その素晴らしさに感動し、その後もタイとさらに交流を深めたいという思いに駆られ、私が海青協の会長を辞任した機会に、石川県タイ友好協会を発足させた次第です。
発足当初は、何をしていいのか暗中模索と言う状態で、とりあえず、その国の理解は言語からと、タイ語講座をスタートさせました。
そして、その2年後平成8年に本会の運命を決定する好機が訪れました。本会の申請により、今日のタイとの交流の窓口となっているナコーン・シー・タマラート県に郵政省の国際ボランティア貯金が交付されたのです。最初の年は福祉機器を、翌年からは図書を贈りました。国際ボランティア貯金の交付は平成13年に終了しましたが、その後も独自で支援し、これまで、これまで約220校(学生数5万人)、1万5千冊のタイの本と日本の絵本6千冊を贈っております。
また、高校生が参加している「石川青年の翼」とともに、北陸大学の大学生もナコーン・シー・タマラート県を訪れ、マングローブの植林活動やホームステイ等で青少年のボランティア育成と交流を深めております。
こうした教育関係などの協力や高校生や大学生をはじめとする若い人との交流の促進により、かつて第2次世界大戦では一番反日感情の強かったタイの地域が、うそのように今ではタイで一番親日県となっております。
ナコーン・シー・タマラート県は、一次産業以外に産業らしいものがなく、南国特有ののんびりした風土で貧しい地域でありました。しかし、アユタヤで活躍した山田長政が客死したのが当地であることから、当会の進言によりそのことを日本人向けの観光の目玉として進めることになりました。
まず、兼六園を模した日本庭園をオープンし、そこに山田長政の記念碑が建立されるなど、様々な日本人の集客方策が講じられ、微増でありますが、日本人が増えている状況となっております。
過去を知り、未来を生かす当会の方針は、ナコーン・シー・タマラート県に根付き、平成19年には元金沢大学留学生のテムラック・チャオ(天夢楽茶男)氏が会長であるナコーン・シー・タマラート日本友好協会と友好協定を結ぶことができました。そしてその年に日タイ修好120周年記念し、小松とバンコクの初のチャーター便が就航し、石川県訪問団一行が当地を訪問、タイ政府観光庁主催の記念大会に参加し、大歓迎を受けました。その際、当時のナコーン・シータマラート市長から高校生を石川県に留学させたいという希望が出され、平成20年から3年間男子3人が金沢学院東高校に入学、本会の支援のもとで、日本のことを学び、昨年3月に無事卒業、現在はタイの大学に学んでおります。こうした大地に深く根をおろした大樹のように本会の責任は一段と重くなっております。
これまでの歴史を積み重ねられたのは、タイが好きで何も求めない多くの役員とそれを支えてきた会員や関係者のお蔭とも言えると思います。そして、何をおいても感謝したいのは、兄弟、親戚以上に信頼関係を築くことに努力されたテムラック・チャオ氏とナコーン・シー・タマラート県民が積極的に取り組んでいただいたということです。
さて、今年も10月に2回目のバンコクと小松のチャーター便を計画されているということです。この機会に、一人でも多くの方がタイのことを知り、関心を持っていただきたい、そして交流していただきたいと強く思っております。そして、2年後の記念すべき20周年に向けて、当会がこれまで以上に発展できるよう、これまでお会いした方々と更なる強い絆を持ち、タイと良好な関係を築いていきたいと考えております。今後とも、皆さまのご支援、ご協力をお願いしたいと思っております。
最後になりましたが、昨年のタイの洪水の義援金として、皆様の温かいお気持ちを頂戴し、誠にありがとうございました。