稲築(いなつき)

山上憶良ゆかりの万葉故地

福岡県嘉穂郡稲築町は福岡県のほぼ中央に位置し、東西南の三方を山に囲まれ、西に遠賀川 東に山田川が流れ

川の両側に水田の広がる風光明媚な土地である

万葉歌人・山上憶良の「嘉摩三部作」がこの地で選定されたといわれていますので訪ねてみました

                                                         2000年9月7日

嘉摩郡(かまのこうり)

山上憶良は、神亀5年(728)7月21日、太宰帥大伴旅人に 

「日本挽歌」を贈った (巻D-794〜799)

この日は旅人の妻 大伴郎女の百ヵ日にあたり哀悼の意を込め

旅人の心になり代わって一連の作を献上し、その足で筑前嘉摩郡

を巡行したと思われる 現在の稲築町鴨生(かもお)辺りか

 

 

嘉摩三部作 (巻D 800〜805)

常盤なす 斯くしもがもと 思へども 世のことなれば 留みかねつも 

                              (巻D-805)

「神亀5年7月21日、嘉摩郡にして撰定す  筑前国守山上憶良」

長歌と短歌六首からなる一連の歌の最後にこの詞書がそえられている

稲築町の田園風景

山上憶良は67歳の時、大宰府に着任し この稲築にも

巡察の足を留め 嘉摩郡の郡家で「嘉摩の三部作」を

撰定したと思われる

          T 惑える情(こころ)を返さしむる歌

          U 子等を思う歌

          V 世間(よのなか)(とど)まり難きを哀しむ歌

稲築公園

遠賀川左岸の盛り上がった丘陵地 ここからはかつて

炭鉱の町として栄えた稲築の町が一望できる

   

私の稲築万葉歌碑めぐりはここから始まります

稲築公園の万葉歌碑 

銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子にしかめやも

                山上憶良  (巻D−803)

(しろがね)も金(くがね)も玉もいったい何になろう

これらの優れた宝石も子に及ぼうか いいえ 及びはしない

稲築町鴨生

役所址に建つ山上憶良の歌碑

銀も 黄金も玉も なにせむに まされる宝 子にしかめやも

 

このあたりに嘉摩の郡家があったものと思われる

 

鴨生公園

美しく整備された公園の中に「万葉の庭」が造られ

三基の万葉歌碑が整然と建っている

 

梅花の歌 

春去れば まづ咲く宿の 梅の花 独り見つつや 春日暮さむ

                            (巻D−818)

(春になると先ず咲く梅の花を ただ独り見ながら

長い春の日を暮すことであろうか)

揮毫は万葉学者で文学博士の故犬養孝氏

万葉歌人の心情の動きを捉えた繊細な解釈、また歌の

舞台となった風土の研究に新分野を築かれた。

筆をとった万葉歌碑は百基を超える

山上憶良臣、宴を罷(まか)る歌

憶良等は 今は罷らむ 子泣くらむ それその母も 吾を待つらむぞ

                              (巻B−337)

(私め憶良はもうおいとましましょう 今頃家で子供が泣いて

いることでしょう その子の母も私を待っていることでしょう)

 当時70歳近い憶良に幼児のいるはずが無く、宴会を途中で

退出する時の彼の才覚とユーモアを感じる

嘉摩三部作

ひさかたの 天路は遠し なほなほに 家に帰りて 業を為まさに

                            (巻D−801)

銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子に及かめやも

                            (巻D−803)

常盤なす 斯くしもがもと 思へども 世の事なれば 留みかねつも 

                            (巻Dー805)

揮毫は地元の金丸嘉與子氏

鴨生憶良苑

稲築町鴨生の金丸武一様のお宅を訪問

門を入るとすぐ「鴨生憶良苑」の四角い碑があり、広い敷地内には

奥様の嘉與子さん揮毫の憶良の歌碑が数基建っている

奥様から稲築町と山上憶良についてお話を聞く事が出来ました

同苑は万葉学者の犬養孝先生が命名、揮毫され1997年に

除幕されたそうです

 

七夕の歌

牽牛の 嬬迎え船 こぎ出らし 天の川原に 霧の立てるは

                          (巻G−1527)

(彦星が妻を迎える船を漕ぎ出したらしい 天の川の

川原に霧が立っているのは)

敢へて私の懐(おもい)を布ぶる歌

吾が主の み霊賜ひて 春さらば 奈良の都に 召上げ給はね

                            (巻D−882)

(あなた様のお力をいただいて春になったら奈良の都に

召し上げてくださいませ)

天平2年12月、任期を終えて帰京する上司.大伴旅人に

率直に思いを述べた憶良の歌 切実さが伝わってくる

秋の野の花を詠む歌二首

秋の野に咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七草の花

萩の花 尾花葛花瞿麦の花 女郎花また藤袴朝顔の花

                    (巻G-1537、1538)

(秋の野に咲いている花を指折って数えてみると七種の花になる

それは、萩、すすき、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗の花である)

 

金丸嘉與子さんのおもてなしに感謝しながら稲築を後にしました

万葉故地 稲築町は 山上憶良一色の旅でした


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