オーナー日記(別窓)
嬬恋村近隣の山々
館内案内 嬬恋村の主な指定文化財
料金表 嬬恋村愛妻家協会
交通のご案内 空室検索・予約はこちらから

お問い合わせ

〒377-1612 群馬県吾妻郡嬬恋村大前817-10
E-Mail totigiya0810@globe.ocn.ne.jp
Tel 0279-96-0002
VoIP 050-3345-1698
Fax 0279-96-0417














館内案内

館内案内
大浴場(シャンプー・ボディーソープのみ)・新聞各種・自動販売機・洗濯機・乾燥機(コイン式)
客室案内
タイプ 収容人数 室数 設備
シングル(洋室) 1名 3室 LAN・浴衣・タオル・ハブラシ・TV・ドライヤー・冷暖房・バス・トイレ・シャンプー・リンス・ボディーソープ
シングル(和室) 〜2名 3室 浴衣・タオル・ハブラシ・TV・ドライヤー・冷暖房
ツイン(洋室) 2名 3室 浴衣・タオル・ハブラシ・TV・ドライヤー・冷暖房・バス・トイレ・シャンプー・リンス・ボディーソープ
和室 〜4名 6室 浴衣・タオル・ハブラシ・TV
その他
駐車場(20台)・収容人数(50名)
チェックイン PM 3:00から
チェックアウト AM 10:00まで

TOP









2007年12月1日現在
- 一泊二食 一泊夕食 一泊朝食 一泊食事なし
シングル 8,500 7,500 6,600 5,600
ツイン(2人) 8,100 7,100 6,200 5,200
和室(新館1人) 7,900 6,900 6,000 5,000
本館(4人) 7,300 6,300 5,400 4,400
本館(3人) 7,300 6,300 5,400 4,400
本館(2人) 7,300 6,300 5,400 4,400
本館(1人) 7,700 6,700 5,800 4,800

※上記の料金はお一人様の場合です(消費税込み)
※洋室はバス・トイレ付き
※宿泊料金は別途ご相談に応じます

   

ご予約はお電話もしくはWebから承ります。

webからの予約は以下からどうぞ。
空室検索 ・ プラン一覧からの予約 ・予約確認・キャンセル

TOP









 お車で 

関越道・上信越道どちらからでもアクセスらくらく

1.関越自動車道 渋川伊香保IC下車 約1時間30分
2.上信越道 碓氷軽井沢IC下車 約40分
3.上信越道 上田IC下車 約35分

地図はコチラ 赤い十字が当館の場所になります。


 電車で 

特急利用なら乗り換えなしで到着

1.新特急草津号 上野から約2時間40分 万座・鹿沢口下車
2.新幹線 上野駅から軽井沢まで約1時間 下車後バスで1時間20分(冬季運休)で万座・鹿沢口



車なら周辺リゾートエリアからも30分圏内!









※所要時間、登山時間は当館主人が計測したものであり、あくまで目安です。
- 標高(m) 当館からの
所要時間(車)
登山時間 写真 (クリックで別窓表示されます)
浅間山 2568 20分 3時間30分 浅間山 / 中央部は小浅間 /
頂上からの富士山 /浅間山火口 /
火口からの嬬恋村方面
小浅間 1655 20分 40分 鬼押し出しハイウェーからの小浅間 / 登山道 /
裏から見た左側の小浅間 /
裏から見た右側の小浅間 /
頂上からの浅間山 / 頂上からの嬬恋村
高峰山 2106 - - -
東篭ノ登山 2227.2 30分 35分 池の平駐車場より / これを登ると頂上 /
頂上からの嬬恋方面 / 頂上からの四阿山 /
富士山(この日初冠雪)H13/9/22 /
手前水の塔山、奥浅間山
西篭ノ登山 2212 30分 東篭ノ登山から20分 池の平駐車場より / 東篭ノ登より /
頂上 / 嬬恋方面中央が四阿山
水の塔山 2202 30分 東篭ノ登山から40分 林道より / 東篭ノ登より / 頂上 /
頂上からの嬬恋村 / 浅間山 /
左東篭の登、右西篭の登
湯の丸山 2103 20分 1時間20分 コンコン平登山道からの湯の丸山 /
レンゲツツジと湯の丸山 /
頂上からの烏帽子岳 / 頂上 /
頂上からの嬬恋・ 田代湖が見える / 桟敷山
烏帽子岳
(えぼしだけ)
2065.6 20分 1時間20分 桟敷山 / 途中の白窪湿原 / 登山道 /
頂上 / 烏帽子岳からの湯の丸山 /
湯の丸山からの烏帽子岳
四阿山
(あずまやさん)
2354 10分 1時間30分
ゴンドラ使用
四阿山と破風岳 / 頂上 /
頂上にある上州の宮 / 頂上からの嬬恋方面 /
鳥居峠下山途中のニッコウキスゲ /
コメツガ原生林 / 的岩(まといわ)
浦倉山 2090.6 10分 10分
ゴンドラ使用
バラギ湖方面より / ゴンドラ山頂にて /
頂上からの眺望 / 頂上 /
米子大瀑布・浦倉山より約2時間 / 米子不動寺
土鍋山 2000 1時間 1時間20分 土鍋山 / 五味池と土鍋山への分岐点 /
登山道が分からないほどの 笹薮 /
これを登ると頂上 / 頂上 /
小串鉱山跡、嬬恋方面
破風岳 1999 1時間 40分 破風岳 / 頂上 / 頂上から見た嬬恋方面 /
頂上からの土鍋山と浅間山 / 絶壁(恐かった)
岩櫃山(吾妻町) 802 40分 1時間 岩櫃山 / 登山口 / 何ヶ所にこんなクサリ /
頂上 / 頂上からの嬬恋方面 / 岩櫃城跡 /
桟敷山 1915 10分 40分 桟敷山 / 登山道 / 頂上から望む田代湖 /
四阿山 / 湯の丸スキー場方面 /
桟敷山を源泉とする”たまだれの滝” /









嬬恋村の主な指定文化財
浅間山溶岩樹型
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和15年(1940) 国指定天然記念物
昭和27年(1952) 特別天然記念物
溶岩樹型というのは、火口から噴出した溶岩流が山麓に茂っ ていた森林中の大木を覆い、そこで冷えて固まり、その後樹木 の幹が朽ちたために出来た井戸状の窪みのこと。約500ヶ所あり、 樹型の直径は50〜200cmあり、深さは3〜7mに及んでいる。
湯ノ丸レンゲツツジ群落
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
湯の丸山(2098m)東麓から長野県堺の地蔵峠まで広がる 高原を湯の丸高原と言います。6月中旬から7月上旬にかけて、 数万本のレンゲツツジが赤いじゅうたんを敷き詰めたように咲い ていく光景は見事です。レンゲツツジの群落で天然記念物に指定 されているのはここだけですから、日本一のレンゲツツジ群落と言えます。
百番道しるべ観音
クリックで拡大表示(別窓)
昭和48年村指定文化財(史跡)
  長野県の東部町から鹿沢温泉までの峠の道筋に、 里人が一番から百番まで百体の観音像を安置して 旅の安全を祈り道しるべとしたものです。 これは百番目の観音像です。
中居屋重兵衛の墓
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和31年(1956) 県指定文化財(史跡)
文政3年(1820)中居村(三原)に生まれ 20歳の時に江戸に出て学問を学び 文武の道に励み、火薬の造り方の「砲薬新書」や 人の生き方を説いた「子供教え草」という本を書いている。 尊王開国の考え方を持ち、横浜開港とともに 横浜一番の大きな店を出して生糸などの輸出を始めた。
鳴尾の熊野神社逆さ杉 昭和31年(1956) 県指定文化財(天然記念物)
  弘法大師(774〜835)がこの地を訪れ杖を立てたものに根が生え、 逆さに育ったと言い伝えられています。樹齢1100年、根回り9m・ 高さ36mの大杉で、幹が垂れ下がる様相は”さかさ杉”の名にふさ わしい。又熊野神社は文保3年(1319)鎌倉時代末期とされ入り口、 奥の院の岩に梵字が刻まれている。
抜道の碑
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和48年(1973) 村指定文化財(史跡)
通行手形のない人への大笹街道(仁礼街道)迂回路。 国内でも珍しい抜け道の碑(道標)があり、碑文が刻ま れている。「揚雲雀 見聞てここに休ふて 右を仏の道 と知るべし」正道 「右を仏」とは善光寺を暗示している。 その先に善光寺橋がある。
天明三年浅間焼け遺跡
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和31年6月県指定文化財
  天明3年(1783)の浅間山噴火により、鎌原村は 「土石なだれ」に襲われ、118戸、477人(馬匹165頭) は一瞬のうちに埋没し、高いところにあった鎌原観 音堂だけが唯一の建物として残りました。生き残った 90余人がこのお堂に集まって罹災者の供養を続けな がら村の再建につとめてきました。いまでも村の老人 達がここに集まって和讃を唱えて熱心に先祖の供養 を続けています。
大笹関所跡
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和48年(1973) 村指定文化財
寛文二年(1662)4代将軍 徳川家綱の時、 沼田城主真田伊賀守により建てられ、 沼田から上田、高崎・仁礼・善光寺、草津への 旅人を取り締まった。関所のある大笹は宿場 として繁栄をきわめていました。明治元年(1868) 9月廃関となる。当時の屋敷囲い(アララギの木) が残っている。
今宮権現跡
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和51年(1976)村指定文化財(史跡)
  吾妻山頂の白山神社、上州里宮(信州里宮は山家神社) 当時は国道添いにあり境内も広く権現茶屋(吾妻屋)があり、 旅人の休憩の場であった。応仁2年(1468)室町時代中期、 滋野朝臣景幸(しげのあそんかげゆき)(平安時代より栄えた 北信濃の豪族)が社領を寄進し、後にその一族の下屋氏が 信仰し武力、宗教両面より西吾妻の地を支配した。後に真田 軍の戦勝祈願所となる。
円通殿
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和48年(1973) 村指定文化財
永正年間1504年頃曹洞宗常林寺の住職をしていた 旭邦和尚が隠居庵として建て、 師(近江の禅寺の円通上人)を偲び円通殿と名付けた。 和尚は村人に手習いを教え余生を送ったという。
石樋
クリックで拡大表示(別窓) クリックで拡大表示(別窓)
昭和51年(1976)村指定文化財(天然記念物)
県立バラギ高原キャンプ場から北西に約3k入った所に 「石樋」があります。およそ300mにも及ぶ安山岩床によっ て宇田沢の川床が形成されています。石でできた「樋」に たとえて、”石樋”と名付けられました。
場所など詳しくは当館までお問い合わせください。





TOP