青木だんじり復興経過(平成7年現在)

平成62年、本体のみの姿で復活しました。 地域の関係者が各地区のだんじりを見学しさらに神社の屋根などを考慮し、このような姿に決定しました。横幅は宮入の時の道幅などを考慮し消防自動車のサイズにし、奥行きは住吉クラスのだんじりサイズにしました。屋根は神社の社殿のように傾斜を付けました。材質はケヤキ、ひのき、シオジなど考慮致しましたが、当時の予算の関係と白地が美しいシオジ(塩地)に決定しました。棒鼻はヒノキを滋賀の山地まで世話人(保存会)が車で買い付けにいきました。製作は地元大工の指導のもと世話人なども手伝い約430万ほどで出来上がりました。 この年はこの姿で地練り・宮入をしました。困ったことに高さが以外に高くこの時、鬼板・鳥衾なしで、すでに3.9Mとなっていまして、宮入は水道筋を通り遠回りとなりました。
昭和63年頃
平成2年頃
祭礼終了後、だんじり製作やメンテは青木地車保存会、寄付金を集める組織として青木郷土の祭り復興奉賛会(のちに青木祭礼奉賛会)が結成され役割分担となりました。昭和63年山型に提灯(約79万円)、チャンコ姿も少しは慣れてきました。まだ飾り幕は中野区の旧幕を借り、大太鼓も西青木区から借りていました。半鐘、摺り鉦は残っていました。 平成2年には鬼板(ケヤキ正目:120万)、宮飾り金具(660万)と手を加え上写真右のような姿になりました。
自作だんじり庫
太鼓の奉納式
平4成年にはだんじり太鼓の資金の寄付を頂き、加賀の太鼓メーカーに発注しました。皮面2尺2寸のだんじり太鼓(ケヤキ胴:約200万)です。さらに平成6年度屋根下周りの彫刻を発注(ケヤキ正目:約1050万)、飾り幕を梶内に発注(約1,500万)と勢いが出たところで、現在ここまでで製作は中断しています。基本姿勢としては、あくまでも地域の者で作り上げ、関係者自らもだんじり製作のノウハウを手に入れ、後世に受け継いでもらうことに重点を置いています。材料・幕飾り幕は縁故者の協力を得、極力出費を押さえました。現在下の姿になるのに約4100万と新規製作購入の半分です。

青木だんじりの彫刻は現在も制作途中ですが、出来たものをご案内します。材質はケヤキで彫師は神戸市東灘区田中町の井岡勘治氏にお願いしました。
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鬼 板
(おにいた) |
神社などの鬼瓦に相当するものです
(大屋根2枚、小屋根1枚) |
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朱 雀
(すじゃく) |
大屋根正面の真ん中ひさしの彫刻
鬼板の下にあります (拝懸魚:おがみけんぎょ) |
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青 龍
(せいりゅう) |
大屋根正面奥の彫刻
(車板:くるまいた) 龍は天に昇り雨を降らせ大地に恵みを 雷をもって邪鬼をはらい、玉をもって 願いがかなうと言い伝えられています。 |
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青 龍 | 大屋根正面ひさし下左右
(隣懸魚:となりけんぎょ) |
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青 龍 | 大屋根下左右の彫刻
(大屋根欄間:おおやねらんま) |
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獅 子
(しし) |
木鼻(きばな)と呼びまして
屋根下の柱の外側2面に付けます だんじりの柱の外側にありまして、 魔除けの意味もあります。 |
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獏(ばく) | 木鼻にです。悪夢を食べると
いう伝説があります。 |
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オオナムチの
鷲(わし)退治 |
小屋根ひさし奥(小屋根車板)
オオナムチが航海を荒らすワシを退治する場 面です。横にいるのは素盞鳴命の娘須世理姫 です。 後に結婚し大国主命となりました。 |
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青亀に乗る
素盞鳴命 (すさのう) |
青木地名の由来で、氏神、青亀に乗りて
漂着するなり(青亀→青木) あおき→おおぎ 小屋根後ひさし下(鬼板下) (小屋根、拝懸魚) |
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日 輪 | 素盞鳴命の姉、天照を意味します。
小屋根後ひさし下 (小屋根、隣懸魚左) |
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月 光 | 素盞鳴命の兄、月読命(つきよみのみこと)
を意味します。 (小屋根、隣懸魚右) |
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毬と遊ぶ
獅子 |
先代のだんじり彫刻をそのまま採用
しました。 小屋根左右横下にあります。 (小屋根、欄間左右) |
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獅 子 | 大屋根、小屋根間の小屋根の上に
二対あります。 (子屋根前両脇:絵振(えぶり)) |
●だんじりのコマ作り
一本のクスの原木から円筒形を切り出し芯をあける。
重機と同じ特殊合金のシャフトとコマに入れる芯材
シャフトのだ金と合金のワッパを円周にはめる。
だんじりに取り付け完了