過去の大きな水害・台風・火災を経験してきた地区でもあり、自分の地区は自ら守るという伝統があり、その象徴が青木消防団です。神戸市東灘消防団に所属し昭和31年西青木分団と合併し担当地区は西青木・青木地区で近隣地区の火災にも神戸市消防局東灘消防署の支援に出動しています。 。昭和50年以降は大きな災害も無く、消防団の存在価値が問われていましたが、平成7年度の阪神淡路大震災では救命・消火・救援・防犯活動で大活躍しその存在と重要さが見直されました。 その伝統をご紹介いたします。 また新しく小学校校区単位の防災コミニティーも組織され、その指導者としての役割も兼ねています。
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| 大正8年青木組、手押しボンプと台車にて出動 | 昭和13年西青木組、福池でポンプ車放水訓練 |
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| 昭和29年青木分団、神戸市消防団大会にて優勝 | 昭和46年特別年末警戒 |
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| 平成9年夏季訓練(震災活躍団員・化学車) | 平成9年サントリーより消防積載車寄贈 |
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| 明治末期に建てられた鉄製火の見櫓(約13M)
消防団の象徴として保存されています。 |
平成10年現在の青木消防分団の団員と消防自動車です |
青木消防分団の略歴
| 明治37年 | これまでの私設消防組から
本庄第二部 青木消防組創設(組員46名) 寄付金にて二号手押しポンプ・諸道具購入 |
| 大正3年6月24日 | 本庄村公設消防組合となり道具の充実をし
服装を 一定にする。組員24名(寄付金百円) |
| 大正9年1月2日
西青木 |
西青木村は基本金100円維持費は西青木で、私設消防組
を組織し、2号ポンプ一台を購入す。後に本庄村公設消防組 合(第三部)となる。 組員39名 |
| 昭和8年 西青木 | フォード製消防ボンプ車購入 |
| 昭和9年8月 | 本庄村防護団青木支部に組織を改める(全国一斉)
警護・警報・灯火管制・消防・交通整理・避難担当 |
| 昭和13年頃 | 手押しポンプに加え、蒸気式ポンプ導入。 |
| 昭和16年 | 本庄村警防団青木分団に統一される(全国一斉)
青年団などが解散し警防団に編入、戦時体制 |
| 昭和20年 | 本庄村青木消防分団を再編成 |
| 昭和25年10月10日 | 神戸市に合併。芦屋消防組合から神戸市灘区東消防
署の管轄となる。 |
| 昭和27年5月 | 消防自動車配車 |
| 12月 | 青木消防後援会設立 |
| 昭和28年4月 | 消防車庫完成(30万)、塗装費(3300円)
装備改装費(18万) |
| 昭和31年11月 | 東灘消防団発足。(五消防団を統合。西青木、青木
分団合併、青木分団となる) |
| 昭和35年 | 消防ポンプ車導入
(前消防車と交換、装備補強) |
| 昭和50年11月 | 消防ポンプ車導入
(青木財産区寄贈、590万円) |
| 昭和52年11月 | 化学消防ポンプ車導入
(神戸化学(株)寄贈、1200万円) |
| 平成7年1月17日 | 阪神淡路大震災。当日出動、人命救助・消火活動
防犯警備にあたり、後に救護・救援活動をする。 |
| 平成9年12月2日 | 消防積載車導入(サントリー(株)寄贈) |
| 平成9年12月7日 | 新消防積載車入魂式 |
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