23代 江田 嘉茂左衛門 (
)


松笠風鈴(和銑)
【 沿革 】
祖は近江国(滋賀県)栗本郡佐野の住人。子孫、江田掃部充源金家が下野天命(栃木県)から、
奥州登米(宮城県)の里に下り、鋳物を家業としていたが、10代目庄右衛門源兼氏が伊達氏の
所望を受け風鈴を製作。1772〜1778年(安永年間)現在の風鈴を創案し、形が松笠に似て
いる処から命名された。1781年(天明元年)伊達藩御用鋳物師の命を賜り、以後家業を継承。
風鈴の他、武器、神仏具、梵鐘、立像、工芸品等各種の鋳造品を製作し今日に至る。
現当主23代目江田嘉茂左衛門(
/ Eda Kei )は
日本工芸会正会員
茶の湯釜を中心に各種鋳物の製作、鑑定、修理を手がけている。
【 伝統の技 】
現在、唯一の伊達藩鋳物師である江田家に約240年間伝えられた風鈴の技法は一子相伝、
門外不出とされ、一族以外が鋳造工程を見る事は許されない。また、和銑(砂鉄地金)を素材と
する風鈴も今では国内外、類をみない品とされる。製品は一つ一つが手作りの為音色も全て異
なる。鋳造の約3割程が製品となり市場に出荷される。音色の良い品ほど鋳造確立が低く、音色
で価格が違う。伝統の鋳造技術は気温、湿度に左右され、各年の気候で製品数が変化する為、
限定生産とならざるを得ない。
* フランスの医師であったアルバート・シュバイツァー博士が住むアフリカ・アドリナノンゴの家にも
松笠風鈴が飾られていたと「シュバイツァー」(山本和夫著・偕成社)に書かれている。
* 三重苦の障害を克服した奇跡の人、ヘレン・ケラー女史にも愛用されておりました。
【 略歴 】
大正 3年 宮城県工芸品共進会1等賞
7年 皇太子殿下御買上
8年 全国特産品博覧会2等賞
11年 平和記念全国商工業美術博覧会2等賞
14年 東宮殿下御買上
昭和 3年 天皇陛下に献上
24年 宮城県産品推奨品に指定
40年 第1回全国風鈴大会1等賞
57年 伝統的工芸品産業振興協会功労褒章
57年 宮城県伝統的工芸品に指定
平成 12年 天皇陛下御買上
その他各種展覧会、博覧会にて受賞多数
価 格
\ 1,200円 (松飾り無し)/ \2.000円(松飾り有り)/ \3,000円 (松飾り有り)
\ 5,000円(松飾り有り)/ \ 10,000円(松飾り有り)
製 造 元(地方発送可)
江雲堂 e-mail ekei@aqua.ocn.ne.jp
【登米店】 〒987-0702 宮城県登米市
【佐野店】 〒327-0104
主な 取扱店
≪宮城県≫
「遠山の里」
「鰍アけしのしまぬき」
「尾張屋」
「風鈴の起源」
約2000年前、唐の岐王が竹林で玉片を東西南北に吊るし、音で吉兆を判断する「占風鐸
-せんぷうたく-」に始まるらしく、鐸(たく)とは中国で教令を発す際に鳴らす道具の事。
文事に木鐸、武事には金鐸が習いだったとか。遣唐使により仏教と共に日本に風鐸が伝え
られ、寺の仏堂や塔など軒の四隅に下げられた。その音色を魔物が恐れると信じられた。
後に風鈴の姿で厄病神除けとして各家の軒先に吊るされたと云われる。
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