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北国の海運と北前船 日本海運の主役として中世末期から近世中期にかけて活躍した北国船・羽賀瀬船は18世紀以降には北前船(北前型弁才船)に完全に主役を奪われた。 北前船の名称一般的に北前船と呼ばれている船は江戸時代から明治の初めにかけて日本海で活躍した廻船(弁才船)のことで、 特定の船型をさす言葉ではない。北前船の語源については諸説あるが、主な説は 1・北を前にする、2・北国松前の略語、 3・「北廻り」「北米」の転化などがあるが、「北前」とは古くから「日本海側」を一般的に指す言葉であったので、要するに北前船とは 関西、瀬戸内海と蝦夷(北海道)との間を往来して輸送に当たっていた北陸地方の貿易船を云った呼称である。 北前船の航海北前船の航海は西廻り航路が主で、基本的には大坂を基地に蝦夷へ向けて1年1航海である。「総だち」といって、北国の船乗りたちは2月頃に春祭りを済ませて大坂に向かって出発、5日〜6日で大坂に着いて、出帆の準備にかかり、4月初めに出帆し、瀬戸内海、日本海の寄港地で商いをしながら蝦夷地に到着。6月頃に買付けを終えて7月〜8月頃に出帆、大坂へは冬の初めまでに戻る。北前船の積荷は蝦夷に行く下りが米、酒、塩、砂糖、紙、木綿などで、大坂に行く上りは昆布、鰊などの海産物や〆粕等であった。北前船の積荷の利益は「千石船一航海の利益は千両」と云って、下り荷三百両、上り荷七百両といわれている。 |
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